③ 変態(メタモルフォーゼ)をした?
③
「ねー、どうだった?」
「問2のDってさ、プロメテスだったよね?」
「えー、違うよ。そこはね‥‥」
テストが終わると教室は入室禁止になるため、生徒たちは廊下で感想会を開催して、ワイワイガヤガヤと賑わっていた。
「ふぃーー」
真子は疲労感たっぷりのため息を漏らしていると、雫が案じてくれた。
「どうした、どうした? テスト、ダメだったの?」
「それも、あるけど‥‥」
ずっと烈に見張られていたのも気が滅入っている理由だった。
その烈も、相も変わらず真子を見張るかのように伺っている。それとは別に真子は烈の方を見ないように、出来るだけ背を向けていた。
「まあ、休み明けなんだから体調が悪かった、すぐに先生に言って、保健室で休みなさいよ」
「うん、ありがとう。雫の心配りが一番の薬だよ」
わざとらしく真子は雫を抱きしめて、雫もまた抱きしめ返してくれた。
真子たちの小芝居に周りにいた友達の笑いを誘う。
「なにやってるのよ、二人とも。ほら、貴重な休み時間なんだから、一つでも用語を暗記をした方が良いんじゃない?」
「あ、そうだよね‥‥」
テスト勉強をしていない真子にとって、一分の勉強時間も貴重だった。さっそく、自分の電子情報端末機を取り出そうとしたが、
「だから、壊れたから持ってきてないのよ!」
「はいはい。私の見せてあげるから」
一人狼狽える真子に、雫が優しく声をかけてくれた。
「雫‥‥っ!」
頼れるものは友達だなと感慨に浸る中、真子は寒気を感じた。
真子だけではない。ギンもまた異様な雰囲気を感じ取ったのか、後ろを向きす警戒態勢を取っていた。
振り返ると、一人の男子生徒が電子情報端末機を持って、身体全体が震えていた。
目は虚ろで、口はポカーンと開けて涎を垂らしている。
「あ、あ、あー、あーーーー、+MEIw/DD8MPww/DD8MPww/A-!」
突然奇声をあげると、男子の身体から電気が‥‥青白い光が迸った。
いつか似た光景を見たことがある真子は、すぐさま思い出す。
「あれは‥‥」
『病院で会った子供と同じ症状‥‥電脳化だな』
ということは――
真子が案じる間もなく、狂変した男子は「+MEYwQjD8MPww/DD8-ッ!」と奇声をあげながら、側の生徒を殴り飛ばした。
殴られた男子は壁に叩きつけられて気を失い、力無く倒れた。
「きゃぁぁぁぁぁぁっっっっっーーーー!」
近くに居た女子が大きな悲鳴をあげた。
突然の出来事に状況を掴めない者が多数――やがて、現場はパニックに陥った。
狂変した男子は続けて他の生徒たちも殴りつけていき、やがて真子が居る場所へと走りかかってくる。
逃げようにも雫たちは身体が動かない。その中、真子が狂変した男子の方へと駆け出した。
「え、真子!?」と、雫が呼ぶ。
だが“真子”の意思ではない。“ギン”の意思による行動だった。
いつの間にかギンの意思が真子の身体の主導を握っていたのだ。
(ちょっと! 何? 何?)
『このままにしておけんだろう!』
真子の身体に、病院の時と同様に猫の耳や手が出現していた。
猫化した真子―通称“ギン子”は、狂変した男子に接近する否や、身体を掴み、窓ガラスの方向へと突進する。
(ここ、二階!)
と、真子が頭の中で叫ぶものの止まらない。
ガシャーンと豪快にガラスが割れて、ギン子は男子と共に中庭へと落下した。
廊下に残っていた生徒たちは仰天なシーンに、悲鳴をあげたり右往左往と大きく取り乱すしか出来なかった‥‥二人を除いて。
落下した真子は猫の姿だからなのか、くるりと身体を回転させて地に足を向け、地面に足が着地した瞬間、膝を折り曲げて衝撃を緩和させて難なく着地した。
一方、男子は成すがままに地面に身体を叩きつけられた。
普通の人間だったら痛みで悶えるだろう。だが、男子は平然と立ち上がった。
(な、なんなの、あれ?)
『電脳化してしまうと身体能力が飛躍的に向上し、通常ではあり得ない力を発揮するのだ。病院での子供もそうだっただろう。だから、たかが二階程度で落ちても何とも無い』
(だ、だったら、どうするのよ?)
『‥‥どうにかするしかないわな』
ギン子の右手から淡い青い光が発した。
「+MEYweTCJME4wgzBwMIkwiTB5MIUwiQ-ーーーーッッッッッ!」
男子は奇声を高らかに咆哮する――その瞬間だった。
ギン子は地面を強く蹴り出すと疾風の如くの速さで男子の懐に入り込み、
――スッパァァァッッッーーーン!
と、男子の顎へと猫パンチがクリティカルヒット!
男子は後方へと数メートルも吹き飛んでいき、地面へと仰向けに倒れこんだ。
ピクリとも動かない。
(や、やっちゃったの?)
『案じるな、殺してはおらん』
そう言うもの、全く動かない男子に気にかけていると、
「真子ーーー! 大丈夫? 真子ーーー!」
上空から雫の声が聞こえてきた。
中庭に植えている桜の木の陰で真子の姿が隠れてしまい、真子を見つけられないようだ。
ギンは危機は去ったと判断して、真子に身体の主導を返すと猫の手や耳は消えた。
元の姿に戻った真子は、すぐに桜の木から離れて二階の窓から顔を出している雫に姿を見せて、
「うん、大丈夫! 心配しないで!」
無事をアピールをしたのだったが、廊下では騒ぎが収まっていない。
だがその中で中神烈は、最初から冷静に真子の様子を見ていた。
「‥‥変態をした?」
と呟やき、自身の電子情報端末機を取り出しすと、操作をし始めたのだった。