武勇
…それは、まさに偶然の出来事であった。
「シイ、何か食べたいものとかある?」
「別に何もないけど…。トキは何か食べたいのあるの?」
「俺はねぇ、今日はラーメンの気分かな」
しっかりと手を握り締め、トキとシイは夜の街を歩いていた。
しかし、辺りはまだ完璧に闇に覆われる時間ではなく。
そこら中の居酒屋で、仕事帰りのサラリーマンの笑い声が聞こえて来る。
二人は、ゆっくりと歩みを進める。
その姿を捉えた若者達は、全員二人に頭を下げていく。
…そんな中、誰かが此方に向かって駆けてくるのが見えた。
「…おーい!レイジー!?」
…意外な来客を告げる声が、遠くから聞こえた。
「おーい!レイジー!!」
その人は、周りがトキとシイに頭を下げている事になど目も向けずに、レイジと呼ばれる青年の名を叫び続けている。
トキとシイは、お互いの顔を見合った。
あまりにも、見知った顔であるからである。
「…シイ」
「了解です」
トキがシイの名を呼んだ瞬間、シイは目にも留まらず速さでその青年の前まで移動した。
いきなり誰かが目の前に現れた事で驚き固まった青年の、腕を掴む。
「なっ!…シイさんっ!?」
「忙しそうだね、ヒカル」
「…げっ、トキさんまで居るし……」
シイが捕まえた…、ヒカルという青年は二人を交互に見てから顔を歪ませた。
黒髪を無造作に遊ばせ、やや幼げな印象を見せるヒカルはトキとシイが己を離す気がないのを確認すると重い溜息を吐いた。
「…なんスか。俺、いま忙しいんですけど」
「レイジを探してるのかい?」
「あーはいはい、そうですよ。アイツ自由人なもんで」
ヒカルは、しきりに辺りを見渡している。
「レイジを探してるって事は、今日は武勇の集まりがあるの?」
「…そーっスよ。んで始めようとした時にレイジが居なくなって…。んで俺がタスクさんに怒鳴られて…」
「自由奔放な幼馴染を持つと大変だね、ヒカル」
「…全く、俺は別に偉いわけじゃないのに…!アイツがいつも抜け出すから…!」
ヒカルは、諦めた様に肩を竦める。
「…トキ」
「うん、これは良い機会かも知れないな」
「…はっ?」
トキは、ヒカルに満面の笑みを見せる。
…ヒカルは、直感した。
コイツ等、何か変なこと考えてやがる!
「っ、じゃあ、俺行くんで!」
「離さないわよ?」
「!シイさんっ!」
マジで勘弁してくれ。
まさしく、ヒカルの表情はそう物語っている。
だが、トキはそんなヒカルの願いなど無視してその笑みを更に濃くした。
「レイジ、探すの手伝ってあげるよ」
「えっ!?」
「その方が、ヒカルの手間も省けるでしょ?」
…二人の言葉に、思わず反応してしまう。
だが、この二人だ。
何を考えているか、分かったもんじゃない!
「ヒカル、変なこと考えてないでしょうね?」
「へ?」
「俺たちは、純粋にレイジを探してあげるんだよ?」
…嘘だ、絶対。
ヒカルは、心の中でそうツッコミを入れた。
だが、目の前に居る二人に果たして平のヒカルが逆らえるのか?
「…お願いシマス」
答えは、Noであった。
ヒカルの返答に、二人はニッコリと微笑んだ。
「さて、じゃあレイジを探そうか」
「…そうっスね」
「じゃあ、シイ」
「はいはい」
肩を落とすヒカルとは対照的に、トキは笑顔を保っている。
ニコニコと、シイに目線を移した。
シイは頷くと、近くに居た女の子達の塊に進んでいく。
「?シイさん、何するんスか?」
「女の子はね、ある意味一番情報通なんだよ」
「それって、どういう意味っスか?」
「まあ、見てなよ」
シイは、なにやら女の子達に話しかける。
話は聞こえてこないが、女の子達は顔を見合わせ口々に言葉を交わしている。
そして全員が色んな方向へと指を指している。
シイは少し話した後、再びトキとヒカルの元へと戻ってきた。
「お帰り、シイ。どうだった?」
「うん、近くのコンビニの前に居たって」
シイのその言葉に、ヒカルは目を見開いた。
「今時の女の子は、みんな物知りでしょ?」
「…特に、レイジだからね」
苦笑いを浮かべるシイは、固まるヒカルを引っ張ってコンビニの方へと歩き出した。
…そこで、ある異変に気付くことになる。
「…すごいわね…」
「うん、凄いね…」
「アイツ…っ!」
…長蛇の、列列列。
コンビニに近づけば近づくほど、女性達が何かを囲う様に群がっている。
金魚の糞の様なその光景に、三人はただただ呆然とした。
「…探す手間が省けるってもんだね」
「まあ、こうなってしまうのも仕方ないことだと思うけどね…」
トキとシイは、黄色い声を上げている女性達を見て苦笑いを浮かべた。
だが、ヒカルはそんな光景すらもお構いなしでその長蛇の列に突っ込んでいった。
「レイジー!」
…その姿を見た女性たちが、口々に囁く。
”何、アイツー?”
”……の熱狂的なファンなんじゃない?”
”キショ!男なのに!?”
「…酷い言われようだね、ヒカル」
「本人が気にしてないから良いんじゃない?それより、俺たちも行くよ。」
二人も、ヒカルに遅れを取りながらも目的の人物の元まで歩き出した…。
「レイジ!おい、レイジ!」
ヒカルは、コンビニの前までやって来た。
そして、探していた張本人をその瞳に捕らえると大声で叫んだ。
「レイジ!お前良い加減その自由気ままな性格直せよ!誰が怒られると思ってんだよ!」
「ん?おお、ヒカル」
女性に囲まれていた、ヒカルの探していた人物…。
レイジは、幼馴染のその声を聞くなりひょっこりとその姿を現した。
茶髪の髪は、地毛なのか痛みすら感じない。
ふわふわなその髪は、ワックスで整えられていて。
端整な顔立ちに、スラッとした細身の長身。
…レイジは、神々しい程の笑みを浮かべた。
「わりぃ、何か辛気臭かったから…」
「悪いで済んだら俺は借り出されねぇんだよ!ったく…、お前のせいでやっかいな人達に捕まったんだからな!」
「やっかいな人達って?」
ヒカルの忌々しげに吐き出されたその言葉にレイジが首を傾げたそのとき、レイジとヒカルの目の前に姿を現した二人…。
その姿を視界に捕らえた刹那、レイジの笑みが氷の笑みに変わる。
「…へぇ、これは本当にやっかいな人達に捕まったな」
「酷い言い様だね、レイジ…。いや、今は【玲人】と呼んだ方が良いかな?」
「…今日の握手会は中止、だな」
トキと、レイジの視線が絡み合う。
「えー!?トップモデルの玲人が居るって言うからせっかく来たのにー!?」
「もっと居てよー、玲人ー!!」
周りの女性が、レイジのその言葉にブーイングを零しだす。
そんな周りに、レイジは周りを魅了する笑みを魅せた。
「ごめん!今日は急用が出来たからこれでお終い!またファンクラブでイベントとかするから、また会おうね?」
「あーん!玲人ー!」
レイジは悶える女性達を一目見ると、ヒカルの隣へと歩いてきた。
「さて、行きますか」
「え?お前、行くって…」
「話があるんでしょ?なら場所を変えて話しましょうよ。折角出向いてくれたんだから、話くらいは聞きますよ」
「お、おいレイジ!お前、今から武勇の全体会議があるんだぞ!?」
何か食べたいなー、と暢気に伸びをするレイジに慌ててヒカルは言葉を挟む。
「そこんとこは俺がアイツ等に説明すっから、な?
四獣神の…。それも、あの神龍さんのトップ2人が直々に来て下さったんだぞ?ここで自分のチーム取ったら俺等の面子が立たないだろ?」
「うっ…!なら、いいけど」
レイジに言いくるめられ、渋々ヒカルは引き下がる。
その様子を見ていたシイは、ふいに口を挟む。
「私達、今からご飯食べに行こうとしてたの。わざわざ手間を掛けさせるお詫びに、良かったら奢るわ」
「マジ!?やりぃ、んじゃ今日はステーキだな!」
「いや、今日はラーメンの気分だからラーメンね」
…なんとも、緊張感のない会話。
ヒカルは、これからの展開に一抹の不安を覚えるのであった…。
「ご注文は何になさいますか?」
シン…。
辺りは無音状態で、ヒカルは内心溜息を吐いていた。
トキ達がやって来た何の変哲もないラーメン屋は、どうやら[そっち]系の若者達が集まる場だったらしい。
トキ達が入ってきた瞬間、誰もが話すのを止めて四人を見つめた。
まさしく、開いた口が閉まらないと言った雰囲気…。
満員だった席も、誰かが咄嗟に退いたことで四人は座ることが出来た。
店員だけが元気な態度で、四人の接客をする。
「んーっとなぁ…。じゃあ、俺はとんこつラーメン大盛りで!」
「俺はミソ、大盛りで。」
「私は塩で良いです」
辺りが静かなことに気付いているのか否か、自分を除いた三人は悠々とお品書きを見てラーメンを注文している。
「あ、俺は醤油大盛りで……」
「はい、かしこまりました!」
笑顔満点の笑みを浮かべた店員が消えたと同時に、再びラーメン屋は静かになってしまった。
「…改めて、久しぶりだね、レイジ」
「そうっスねー。最近仕事が忙しかったもんっすから」
レイジは水を飲みながらトキとの会話を進める。
その様子をトキは笑って見つめる。
「仕事が順調そうで良かった。元気にしているか心配だったんだけど、ヒカルを困らせるくらい元気が有り余ってるみたいで安心したよ」
「あははっ!別に俺が居なくても武勇は大丈夫なのに、ナンバー2のタスクが怒るんスよ!ヒカルはさしずめ俺発見器って所でしょうね」
「は、発見器って…!」
俺は真剣にお前の事を探してんだぞ!と怒りを露にするヒカルに、シイは小さく噴出して笑った。
なんとか場の雰囲気が柔らかくなってきた頃、ようやく待ちに待ったラーメンが四人の前におかれた。
「お待ちどうさまですっ!」
「おっ、きたきた!いただきまーす!」
レイジはすぐさま箸を手に取り、目の前に置かれたラーメンを食べ始めた。
それを見たトキも、ゆっくりとラーメンに手をつけた。
「んー!んまい!」
「本当だ、案外美味いな!」
「ヒカル、お前意外は余計だっ!」
ラーメンを食べながらギャアギャア騒ぐレイジとヒカルを見つめたシイは、視線をトキに移した。
するとトキとばっちり目が合い、二人は強く頷きあった。
「…レイジ」
「ん?何っスかトキさん?」
「……朱殺の事なんだけど」
「…」
トキの放った言葉に、レイジはピタリとラーメンを食べるのを止めた。
その眼光は鋭く、トキを射抜いている。
「…トキさん。」
「タイガから聞いたと思うけど、今の朱殺の動きは夜の街全体に不穏な空気を作っている…。四獣神が作った闇は、四獣神しか取り除く事が出来ない…」
「………」
「…俺もタイガも、全力を持って朱殺の行動を止める。…だけど、四獣神の中でもトップの実力を持つ…。武勇が加わってくれなければ、この問題は解決しないと思うんだ」
トキのまっすぐな言葉に、レイジは俯く。
ヒカルは、己のチームのリーダーを心配気に見守る。
「…トキさん」
…やがて、レイジは顔を上げてまっすぐにトキを見据えた。
「俺は、別に四獣神なんてどうでもいいんです」
「っおい、レイジ!」
突拍子な発言をしたレイジを、慌てて止めようとしたヒカル。
だが、レイジは言葉を進める。
「元々は、俺の兄貴がどうしてもって頼んできたのがきっかけだったし…。
俺はモデルの仕事をしているときの方が面白いし、正直に言うと喧嘩とかチームとかどうでもいい」
「…レイジ」
「…でも、良くしてくれてるトキさんやタイガさんが困っているのを易々見逃せる程薄情な奴でもないつもりです」
レイジはラーメンを箸でかき混ぜながら、溜息を吐いた。
「そうか……」
「すんません。俺、そういう争いとかには極力参加したくなくて…。力になりたいのは山々なんスけど…」
「…いや、悪いことをしたのはこっちの方だよ。レイジは芸能人だし、色々大変だろうしね」
トキは諦めの表情を見せると、少し伸びてしまったラーメンを食べ始めた。
「…レイジ……。」
「ん?なんだよヒカル。お前も早く食べないと伸びちまうぞ?」
一人展開に付いていけずに戸惑うヒカルに、レイジは安心させるように笑顔を見せた。
それを見たヒカルも、渋々目の前にある己のラーメンに手をかけた。
「おいおい、本当に居るぜー?」
「かー、雰囲気醸し出してるねぇ」
…静かだった店のドアが、壊れる勢いで開いた。
店に居た若者達は皆、ドアに視線を移した。
勿論それは、トキやレイジも同様である。
「此処の街全体を取り仕切ってる坊や達はお前等でちゅかー?」
「ガキは帰って一人シコッて寝とけや」
…なんとも下品な男達に、シイは眉を顰めた。
何人もの男達が、店に入ってくる。
少し年がいったその男達は、不良でもない…。
言わば、不良のもう一歩先を歩く者達…。
仁義をモットーとする、一般人から見て最も怖いと思われる人間。
…だが、誰がどう見ても仁義などありもしない男達は、トキ達を見てゲラゲラ笑っている。
「…な、なんだよお前等!」
我に返ったヒカルが、男達に向かって叫ぶ。
すると、ヒカルの近くに立っていた一人の男が、ヒカルの胸倉を掴んだ。
「あぁ!?口の利き方がなってない餓鬼だなぁ!?」
「っ……」
「黙ってろや!」
そのまま、勢いを付けてヒカルの顔面を殴りつけた男。
ヒカルは衝撃で、少し飛ばされた。
…それを見たトキとレイジの目が細くなる。
「…ヒカル、大丈夫?」
「あ、はい…」
すぐさまシイが駆け寄り、ヒカルを支える。
ヒカルは頬を真っ赤にし、口からは血を流している。
「…おい、おっさん」
低く、唸るような声が店に響き渡った。
「ん?なんだコイツ。俺見たことあるぜ…?」
「コイツはアレだ、芸能人のモヤシ野郎だ。綺麗なお坊ちゃまが、こんな所にいるとはなぁ?」
見下された言葉など気にすることもなく、レイジはただ男達を睨みつける。
「…ヒカルを殴ったこと、謝れ」
「はぁ?何言ってんだ?」
「俺達は躾のなってない餓鬼に世間の厳しさを教えてやってんだから逆に感謝して欲しいくだいだぞー?」
…ダンっ!
卑屈な笑みを見せた男達の言葉を聴いた瞬間、レイジは椅子から立ち上がり男達の前に立った。
長身なレイジに、見下ろされて少しだけ怯む男達。
「…おっさん達、ガキをナメてんじゃねーよ」
「あ、あぁ!?」
「…外出よーぜ?おっさん達に若者の怖さって奴を教えてやる」
「上等だ、糞ガキが格好付けてんじゃねぇ!!」
大人数の大人達を引き連れて、店から出て行くレイジ。
シイは、店員からもらった濡れタオルをヒカルの頬に当てながら溜息を吐き出した。
「厄介な事になったわね…」
「た、大変だ…!」
…トキは、ただ真っ直ぐに出て行くレイジの背を見つめていた……。
「…へへっ、こんなガキを潰す日が来るとはなぁ?」
「ちょっとは加減してやるよ、なんたって俺達は大人だからなぁ?」
…店の前に立つレイジを、数十人の大人達が囲む。
レイジは怯むこともなく、ゆっくりとした動作で己のポケットに入れていたエンブレムを取り出した。
ホームベースの様な形をしたソレには、大きく武勇と彫られている。
それを男達に見せたレイジは、小さく呟いた。
「…ベット」
「んあ?ベットだと?」
「なんだそりゃ?」
ベットの意味が分からず疑問符を浮かべる男達を無視し、レイジはエンブレムをポケットに戻した。
「…話しても無駄か」
そういうや否や、男達に向かって走り出した。
…トキやシイ、ヒカルが店の前に出た時には半分の大人達が既に地にひれ伏していた。
「チクショウ…っ!」
鼻血を出しながらも、レイジに向かって突進する男を正面から見据えるレイジ。
拳を向けてきた男を軽やかに避け、一度中空に跳んでから蹴りを出した。
それは綺麗に男の顎に入り、男は意識を飛ばして倒れた。
「…レイジ、流石だね」
「…私も、レイジ以上にあんな綺麗な跳び蹴りする人を見たことがないわ」
トキやシイの視線など気にもせず、再びレイジは男達に技を繰り出す。
不意を狙って顔面に向かってジャブを繰り出してきた男に、レイジは上半身を後ろに反らした。
その反動で、そのまま後方宙返りをしながら顎を蹴り上げた。
強烈な蹴りに、この男も意識を飛ばした。
「…サマーソルトキック…」
シイの言葉に、トキも頷く。
「…やはり、惜しい人材だな。…正直、蹴り技でレイジに適う奴なんて居ないだろうね」
トキがそう呟いたとき、最後の一人がレイジによって蹴り倒された。
辺りには地に沈む男達。
そして、汗一つかかず男達を見下ろすレイジの姿があった。
神々しい程の端整な顔を歪ませながら、吐き捨てるように呟いた。
「…俺の仲間に手ぇ出した奴は、誰であろうと許さねぇ」
そう言うなり、パッと店の方を向いてヒカルの元に歩み寄る。
ヒカルの心配気に己を見つめるそれに気付き、レイジは二カッと笑った。
「ヒカル、大丈夫か?」
「バッ…!バカかお前は!派手に暴れやがって!お前は一応トップモデルなんだから、そこんとこちゃんと理解して行動しろよ!」
「…お前、有難うも言えないのかよ」
乾いた笑いを浮かべ、ガミガミと己を叱る幼馴染を見やる。
だが、その瞳は温かい。
「…レイジ」
「トキさん…、ありがとうございます。ヒカルのこと守ってくれてて」
「…いや、俺達はただレイジが戦っているのを見ていただけだよ。逆に、こっちがお礼を言わないといけない立場なくらいだし」
「いや、これくらい俺だけでも大丈夫っスから…」
レイジはそういうなり、ジッとトキを見つめる。
トキも言葉を返すことなく、その無言の問いに答える。
「…トキさん」
「ん?」
「俺、やっぱり朱殺の抑圧手伝います」
…あまりの突拍子のない言葉に、ヒカルは目が点になる。
だが、その言葉を待っていたかのような表情を見せたのはトキだった。
「やっぱり、そうなるだろうね」
「…今の奴等、倒れる寸前に朱殺の計画が…って呟いてました。絶対、朱殺の計画っスよ。なら俺は。
仲間を傷付ける奴等を、野晒しにしておけない」
しっかりとトキを見据え、言い放ったレイジ。
そんなレイジを微笑んで見つめたトキは、頷いた。
「…ありがとう、レイジ。一刻も早く、この問題を解決しよう」
「そうっすね、そうしないとヒカルなんて直ぐに潰されそうだし」
「なっ…!俺だって自分の身くらい守れるっつーの!」
再び始まった幼馴染同士の言い合いを、三人から少し離れた場所で見ていたシイ。
…だが次の瞬間、自分に向けられた殺気を、感じた。
息をすることさえ困難にさせるほどの殺気を送ってくる相手を探す。
「…………」
「…………」
その相手は、己の姿を隠すこともなくシイに殺気を注いでいてた。
黒のキャスケットを深く被り、黒のロングコートを着ている。
ズボンも靴も真っ黒な、傍から見れば少し奇妙な格好をしていた。
コートにより口元は隠れていて、サングラスを掛けている。
だが、彼からは殺気が溢れんばかりに漂っている。
「………」
「………」
シイと殺気を送っている男の、
視線が交わる。
「シイさん?」
「……、ヒカル。」
ヒカルは、自分達の傍に来ないシイに、心配気に声を掛けた。
すると、急にフッと殺気が消えた。
一瞬ヒカルに視線を向けていたシイが再び彼に視線を戻すと、既に男は居なくなっていた。
だが、シイは暫くその場を見続けていた…。
「…シイさん、どうしたんっすか?」
「…ううん、なんでもない」
恐る恐る声を掛けてきたヒカルに、シイは微笑んだ。
そして、ようやくその場から離れるとトキの傍へと歩き出した…。
「…さっきの人は、もう消えたの?」
シイがトキの傍に立った瞬間、トキが零したこの言葉にシイは少なからず驚いた。
「気付いてたの?」
「あれだけ殺気ぶっ放されたら、誰だって気がつくっスよ」
トキの横にいたレイジも苦笑いを浮かべる。
あれだけの殺気に気付かないヒカルは大物だと、疑問符を見せた幼馴染を見ながら。
「…シイ、心当たりは?」
「……ありすぎて、分からないわ」
素直にそう答えるシイ。
四獣神の、それも神龍トップ2。
恨まれることくらい、幾度となくしてきたのである。
だが、あの尋常でない程の殺気……。
「…今度のは、一筋縄ではいかないかもね」
その言葉に、シイは溜息を吐いた。
そんなシイの頭を、トキがゆっくりとなでる。
「大丈夫だよ、シイ。俺が、君を守ってみせるから」
「…トキ……」
「ね?安心して」
暖かい、トキの温もりが手を通じて体全身に伝わる。
その暖かくもむず痒い感覚に、シイは照れたように俯いた。
「あー…、なんでこのお二人さんは会う度に当てつけの様にイチャつくのかねぇ…。なぁ、ヒカル」
「まぁ…、そうだけど……」
「いいよなぁ、トキさん。タイガさんにもカンナちゃん居てるし…
俺らのチームに足りないのって、絶対可愛いナンバー2だよなぁ」
「…お前、それ武勇の人達に聞かれたら怒られるぞ」
サラッと恐ろしい事を言うもんだから、ヒカルはたまったもんではない。
引きつった笑みを浮かべ、必死に幼馴染の言葉を封じた。
「別に聞かれても大したことはねぇよ。それにしても…、シイさん良いよなぁ…」
「は!?お前、シイさん狙ってるのかよ!?」
…まさか、よりにもよってシイさんかよ!?
ヒカルは内心、もう冷や汗をかきまくっている。
…シイに関しての、鉄則が夜の街には存在する。
シイに手を出すものは、神龍に存在ごと消されると有名だ。
主にユクモの仕業だと言われているが、仕打ちを受けたものはそれ以来夜の街に出て来ない…。
皆がみな、恐れ怯えた様に夜の街から去っているのだ…。
ユクモのみならず、それは神龍に入っている者が全員行っている鉄裁…。
トキの「傍」にいるシイを、傷付ける者には血の制裁を。
それが、夜の街のルールである。
「おまっ、シイさんだけは止めとけって…!」
トキとシイに聞こえないように、ヒカルはレイジに話しかける。
だが、そんなヒカルを見たレイジは呆れた表情である。
「バカ、誰が恋愛感情で見たって言ったよ?確かに、シイさんエロっちい身体してるし、男として狙わない奴はいねーと思うけどさ。俺が言ってんのは、こっちの方だっつの!」
そう言って、レイジは軽くヒカルを蹴る素振りを見せた。
それを見て、ようやくヒカルが安堵の息を吐き出した。
「何だ…、俺はてっきりシイさん狙いなのかと…」
「んな事すっかよ。
…俺は、ただシイさんのあの強さを買ってるだけだ」
そう言ったレイジの瞳を見て、ヒカルは少し驚いた表情を見せたあと笑った。
――レイジ、お前自分がどんな顔してんのか気付いてんのか?
お前、いま誰よりも武道家の顔してんぞ。
さっき、トキさんにはモデルの仕事の方が楽しいって言ってたけど。
俺から見れば、こっちに居るお前も十分楽しそうだよ。
…ヒカルの内心など露知らず、レイジは熱い視線をシイに送った。
それに気付いたシイが、トキと話すのを止めてレイジを見やった。
「…何?レイジ」
トキと戯れているときに、感じた熱い視線の主にシイは問いかける。
それは、相手に恋焦がれる様な甘い視線ではない。
…武道家として、己と同格の者と戦ってみたい。
そういった、野生の雄を思わせる瞳だった。
それに気付きつつも、シイはレイジに話を振ったのだ。
「…いや、同盟組む前に、シイさんと一戦交わりたいなって」
ヘラっと、レイジは笑う。
芸能界で、今世紀一番の美青年と謳われているレイジ。
そんなレイジの笑みに煩殺される事もなく、シイは冷静に答えを返す。
「…それは、ベットをするってこと?」
「…そうっスね、それも良いかも」
レイジはすっと己のエンブレムを取りだし、トキに向かって投げた。
トキはそれを受け取ると、シイを見た。
「…どうするの、シイ?」
――このベット、受けるの?
「………」
トキの視線を受けながらも、シイはゆっくりと己のコートにつけていたエンブレムを外した。
そしてレイジ同様、トキにエンブレムを手渡した。
「…何をベットするの?」
そう問いかけるシイの質問に、レイジは面食らった顔を浮かべた。
その顔は、ベットの対象を忘れていたといった表情で。
「あー、どうしよっかな…?
んじゃ、俺が勝ったら今度デートってことで」
「なっ、お前さっき狙わないって言ったばっかだろ!?」
事の成り行きを傍観していたヒカルは、素っ頓狂なベットの内容を口にしたレイジに叫んだ。
それをナチュラルに無視すると、レイジはトキへと向き直った。
「そーいうことなんで、トキさん」
「…うん、別に構わないよ。」
…これには、レイジも少し驚いた。
あまりに直ぐにこのベットを認めた部分で驚いたのもあるが、それよりも驚いたのは。
「シイは、レイジに負けないからね」
トキが、絶対的な自信を見せて笑っていたからである
レイジの様に、美青年ではないトキだが。
その顔は誰が見ても、惚れ惚れするような顔付きをしている。
レイジが、王子様だとしたら。
トキは、王様だろう。
凛々しいその顔つきは、世の女性なら一度は抱かれたいと思うだろう。
だが、紳士的なその物腰。
そんなトキのギャップに、女性は釘付けになる。
…不覚ながら、レイジもその一人になってしまった。
別に、男性になど全くもって興味はないが。
その飛びぬけたオーラに、惹きつけられてしまった。
「へっ、余裕ぶってんのも今のうちっスよ…」
何とか言葉を紡ぎだし、今度はシイに話しかける。
「シイさんは?」
「…私は、」
少し考える素振りを見せたシイだが、何か賭ける対象を決めた様だ。
「…この試合では、勝った時の条件しか決めないのね」
「まぁ、金とかチームとか賭ける様な大事な勝負でもないっスから」
遊び感覚でいきましょう、といったレイジにシイは頷いた。
「…じゃあ、私が勝ったら」
「勝ったら?」
「ユクモのお菓子を一ヶ月分、買ってちょうだい」
…その場にいた全員が、目を見開いた。
「ユ、ユクモのお菓子代!?」
「うん、そう」
「そんなことで良いんスかっ!?」
その言葉に、シイは優雅に微笑んだ。
「…そんなこと‘が’、良いのよ。」
――そんなことで、毎月どれだけの金が犠牲になっているか……。
レイジは、知る由もなかった。
「じゃあ、やりますか」
「うん、良いよ」
レイジの言葉を皮切りに、二人は距離を取り合う。
ヒカルとトキは、二人の戦いをただ見つめる。
…どちらが、先に仕掛けるのか。
「っ……!」
レイジは、シイに向かって突進した。
そのまま防御もしないシイの肩を掴み、膝蹴りを繰り出した。
膝は、肘と同じように人体の中で最も鋭利な武器になる。
それに加えて、キックの天才であるレイジの凄まじい蹴り。
目にも留まらぬ速さで、シイの顎目掛けてキックが飛んでくる。
だが、それをシイは冷静に見つめる。
コンマ単位でレイジの蹴りを見定め、的確な攻撃を返した。
拳を、繰り出された膝蹴りに的確に当てたのだ。
顎に向かって蹴り出されたレイジの膝に、シイは鉄槌打ちをすることで膝蹴りを防いだのだ。
レイジが、目を見開く。
まさか、止められるとは思っても見なかったのだろう。
「鉄槌打ちをあの状況で、レイジの太ももに当てるなんて…」
「…シイは、ずば抜けて動体視力が良いんだ。」
手の小指側の面、すなわち鉄槌の部分で太ももを叩いたことにより拳面を痛める可能性を無くしたシイ。
それに加え、太腿を叩かれたレイジには、相当なダメージを与える事が出来ただろう。
それでも、シイの攻撃は終わらない。
太腿を叩かれたことにより、レイジの体制が若干前に崩れる。
レイジが倒れるのを堪えようと前方へ踏ん張った瞬間に、シイは身体を180度回転させた。
前回り捌きで踏み込み体を沈め、右肘をレイジの右脇の下に入れた。
そして、そのまま肩越しにレイジを投げた。
「一本背負いっ…!?」
「チッ…!」
ヒカルの驚いた声と、レイジの舌打ちが同時に聞こえた。
レイジは地面に直撃する寸前に、シイの右後方に回り込んだ。
左手でシイの腰を抱え、右手をシイの右脇下から通して左襟深くを持った。
この体勢から腰と膝のバネを生かしてシイを持ち上げたレイジは、自らも後方に倒れこみつつ体を捻ってシイを己の左後方に投げ飛ばした。
投げ飛ばされたシイは、一瞬驚いた表情を見せたものの空中で体制を整え衝撃も少なくして着地した。
レイジも多少ダメージを食らったものの、一本背負いのまま倒れるよりは幾分ダメージを防いだ。
「い、今のは一体…!」
「今のは、シイの一本背負いをレイジが裏技で返したんだよ」
…一本背負いは、小さいものが大きい体の相手にかけやすい技である。
だが、手の体重により負担が掛かるため、釣り手の肘を痛める場合が多い。
だからシイよりも遥かに身長が高いレイジに技を掛けたとき、シイはレイジの股の下に潜り込んだのである。
己より体の大きい相手に技を掛ける時、いかに相手の股の下に潜り込めるかがポイントとなる。
「…それを、レイジは裏技を出すことによってシイにもダメージを与えようとした」
裏技は相手にもダメージを与えれるけど、裏技を掛けた者は十分な受身の取れないまま落ちる場合があり、頚椎や肩などを痛めやすい。
…シイもレイジも、己が傷付く事を恐れもしない戦い。
「…すっご……」
トキの説明を聞いたヒカルの背中に、一筋の汗が流れた。
…明らかに、自分の許容範囲を超えた二人の戦い…。
ヒカルは、二人から目が離せなくなっていた。
「…ハハッ、シイさん強すぎっしょ?」
「レイジこそ、私の一本背負いを逆手に取るなんて意外だったわ」
少し乱れてしまったボブカットの髪を手櫛で整え、シイは笑った。
だが、瞳は冷たくレイジを見つめていた。
「…でも、そろそろ終わりにしようかな」
「っは!やれるもんならやってみやがれってんだ!」
レイジは勢い良く身体を起こすと、再びシイに向かって駆けてきた。
レイジはシイの前でいきなりスライディングを行った。
突然の事にシイが面食らったとき、レイジは片手を地面につき勢い良く両足を振り上げた。
その両足はシイの顔面に迫った。
「っ……!」
持ち前の動体視力と反射神経でそれを交わしたが、頬に掠ったそれはシイの頬に擦り傷を付けた。
擦り傷から、ジワリと血が滲み出る。
レイジは、してやったりと言った表情でシイを見やった。
「どーっスか?シイさん?」
「…今のは、カポエイラ?」
「そーっスよ、自分なりにアレンジしてみたけど」
ふーん、と呟いたシイは攻撃を食らっているにも関わらず落ち着いている。
レイジがそれに疑問を感じたとき、一瞬で視界からシイが消えた。
「なっ……!?」
シイを見失って驚いていたレイジだが、いきなりシイが目の前に現れて更に大きな瞳を見開いた。
一瞬でレイジの前まで移動したシイは、妖艶な笑みを見せた。
「…最後は、お得意のキックで終わらせてあげる」
シイの、強烈なローキックがレイジを捕らえる。
…だが、シイは女性。
男性にとって、女性のキックは倒れる程のモノではない。
「っ、お……っ!?」
…なかった、のだが。
レイジは、次の瞬間には両膝を地面についていた。
ヒカルは唖然とした表情で己のトップを見つめた。
…しかし、レイジ自身にも何が起きたか分かっていない様子である。
「んぁ?何が起きたんだ?」
「…急所を蹴ったのよ」
驚きに満ち溢れていたレイジに、シイは種明かしを始めた。
「急所、っスか」
「人体には、いくつもの急所があるじゃない?
だがら、敢えてそこを蹴ったの。
蹴った場所は、ヒザとモモ。ヒザのツボを蹴られると立ったり歩いたりできなくなるし、モモは蹴られるとしばらくの間立てなくなる…。
早めに、この戦いを終わらせたかったからね」
脛を蹴らなかっただけでも良しとして欲しいと、シイは笑った。
そんなシイを見て、レイジはようやく肩を竦めながら笑った。
「…俺の、負けっスよ」
「…楽しかったわ、ありがとう」
「俺も、久々にこんなツエー人とヤれて楽しかったっスよ」
よいしょ、とようやく動けるようになった身体を立たせヒカルを見たレイジ。
「ヒカル、待たせたな」
「おまっ…!何負けてんだよ!?」
「仕方ねーだろ?シイさんスゲー強いんだから」
デートしたかったなぁ!と的外れな事を言ってのけるレイジに、ヒカルは溜息を零した。
シイも、ただ黙って己の戦いを観戦していたトキの元へと歩み寄った。
「トキ、おまたせ」
「お疲れ様、シイ」
トキは、シイの腕を掴み己の方へと引き寄せた。
シイを抱きしめると、肩口に頭を預けた。
「トキ?」
「……良かった」
「え?」
トキの言葉が理解出来ずに首を傾げたシイに、トキはそっと頭を上げ視線を合わす。
そして、ソッとシイの唇に己のを重ねると見る者を魅了する笑みを浮かべた。
「…レイジと、デートするんじゃないかってヒヤヒヤした」
…シイは、湧き上がる感情を必死に抑えた。
トキの胸に顔を埋め、赤くなる頬を見せまいと必死に隠すその姿にトキもまた愛しさを抑えきれずにいた。
「…シイ?」
「……なに?」
トキの胸の中、シイは言葉を返す。
トキはしっかりとシイを抱きしめながら、微笑んだ。
「シイは、誰にも渡さない…」
「……、うん」
…甘ったるい、空気が辺りを包み込む。
当然、傍にいた二人にもその空気は伝わっていた…。
「…マジで、トキさん羨ましー」
「だからあの二人、イヤなんだよなぁ…」
レイジとヒカルは、気まずさからか乾いた笑いしか出てこなかった。
後10分程、この空気を味合わされた二人はトキとシイが話しかける頃にはグッタリとした表情を見せていた。
「…今日はありがとう、レイジ」
「いやいや、此方こそ色々ありがとーございました」
トキとレイジは、お互い頭を軽く下げた。
そして、真剣な瞳で見詰め合った。
「…朱殺が不穏な動きをまた見せ始める前に、タイガと三人で一度話し合いをしよう」
「そーっスね、とにかく早い方がイイ」
レイジは首をかきながら、苛苛した表情を見せた。
「また話し合いの日が決まった連絡下さい。…アイツ等、ゼッテー許さねぇ…」
…仲間を傷つける者は、何人たりとも許さない。
レイジは燃え滾る怒りを瞳に込め、そう呟いた。
「…分かった」
トキも、深く頷いた。
「んじゃあ、俺はこれで」
「失礼しまーす」
レイジとヒカルはトキ達に一礼するとその場を後にした。
その場に残されたトキとシイは、暫くの間ただただ立ち尽くしていた。
だが、少ししてからトキがゆっくりとシイの手を取った。
「…トキ?」
「さて、行こうか」
「何処に?」
シイの言葉を諸共せずに歩き出したトキは、微笑みを絶やすことなく言った。
「…それはもちろん、デートにですよ?」
…君とデートが出来るのは、俺だけだよね?
…そう呟いたトキに少し驚いた表情を見せたシイだが、次の瞬間にはギュッとトキの手を握り返した。
「…当たり前、でしょ?」
二人は、夜の街をゆっくりと歩き出した……。




