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四獣神〈改訂版〉  作者: 亜衣
3/9

教育



それは、突然の事だった。



「トキさーんっ!」


「やぁ、アラタ」




いつもと変わらぬ夜、いつもと変わらぬアジト。


ウキョウはパソコンで近状のデータを打ち込んでいて。


ユクモは私の隣に座ってクッキーを食べていて。

トキは私と向かい合わせに座り、私とテレビを見ていて。



そんな平和すぎるアジトに、突然やって来た来訪者。


それは、先日神龍に入った新入り、アラタであった。



アラタは余程慌てていたのか髪が乱れていて、息も絶え絶えあった。



扉を開けて情けなくトキを呼ぶアラタに、トキは優しい笑みを見せた。



その笑みを見て堪えていた糸が切れたのか、アラタは物凄い速さでトキの前まで走り寄ってきた。



「ト、トトトトキさんっ!!」


「ちょ、アラタ噛みすぎでしょ?」




トキの名を噛みまくったアラタを、ユクモは鼻で笑った。


アラタはシイの一つ下…。

ユクモと同じ年の18歳だが、こう見ていると全然18歳に見えない。




そんなアラタはトキに向かって、勢い良く己のエンブレムを差し出した。





「な、何かさっきエンブレム、ベットって…!!」


「落ち着いて、アラタ。ゆっくりで良いから、何があったのか教えてくれるかな」



慌てていて何を言っているのかさっぱり分からないアラタに、トキは諭すように尋ねた。


するとそんなトキを見てアラタは落ち着いたのか、一つ深呼吸。


そして、ようやく本題を話し始めた。




「さっき、町を歩いていたら知らない奴に囲まれて…。ベットしようぜ、っていきなりエンブレムを突きつけられて…!」


「それで、アラタはどうしたんだ?」



ウキョウもキーボードを打つ手を休め、アラタの方を見やる。

アラタはちょっと言い淀んだあと、俯いてしまった。



「…怖くなって、逃げちゃいました……」

「…ぷっ、情けないなぁー」



ケラケラと。

クッキーを手に持ちながら笑うユクモを、隣にいたシイが諌める。




「…そうか、アラタはまだベットを知らなかったんだね」


「え…?」


「よし、ちょっとベットの意味を教えに行こうかな」



よいしょ、声を上げてトキが立ち上がる。


それを見たシイも、また無言で立ち上がる。




「トキ、私も行くよ」


「ありがとう、シイ」


「っずるい!シイが行くなら俺も行くー!」



シイと同じ様に立ったユクモは、シイに腕を絡ませ可愛く首を傾げる。その様子をぽかんと見ていたアラタは、ハッと我に返ると慌てて首を横に振った。





「そんな!トキさん達に直接教えてもらうなんてっ!」


「ベットは今後絶対に知っておかないといけない常識だからな。遠慮せず、どんどん教えてもらって来い」



ウキョウは笑って、アラタを見た。

三人は既に行く気満々で、扉の方まで歩き出していた。



「ほら、何してんの?お前がいないと話になんないでしょ!」


「あ、はいっ!」




アラタは気押されるまま、三人と共に夜の街へ出向くのであった………




---------------




「お、おい…!あれ神龍じゃね!?」


「マジかよ…。俺トキさん生で見るの初めてだしっ!」



…アラタはこれ程までに、帰りたいと願った事はなかった。



いざ街に出てみたは良いが、街に居た若者達は皆トキ達を見て頭を下げるのだ。



トキさんだぜ!?

あれ、シイさんじゃん!

ユクモさんまで居るぜ!?珍しい…




神龍といえば、若者の憧れ中の憧れ。


虎徹と朱殺はよく街に現れるが、神龍と武勇はあまり街に現れないのだ。



故に、この三人が歩いているのを見た若者は驚き、そしてどよめいていた。






「トキ、あそこでベットしてる」


「あ、本当だ。アラタ、ちょっとこっちにおいで」


シイとトキがある方向に視線を移すと、ちょいちょいとアラタを呼んだ。


アラタは慌ててトキの横まで歩み寄り、そして目を見開いた。





…数人の男が、一人の男を取り囲んでいた。


男達は己のエンブレムを取り出し、地面に投げ置いた。




「…ベットは、喧嘩や引き抜きをする際に行うものなの」



シイがベットの最中の男達を見たまま、アラタに話しかける。




「…それが、ベット……?」


「そう、ベットには色んなモノが賭けれるんだ。それは金でも、人でも良い。まぁ、一般的にはエンブレムを賭ける事が多いんだけど」




棒付きキャンディーを銜え、ユクモが興味なさ気に話す。



ベットの最中の男達は、一人の男もエンブレムを投げ置いたと同時に一斉に襲い掛かった。





「…エンブレムは、言わば自分の誇り。何をするにも、誇りを持って戦わないといけないからね。」




一人の男は、素早い動きで遅い来る男達を倒していく。


その様子に見入っていたアラタに、トキは優しく話しかける。


「アラタも、これからきっとベットをする機会があると思う。その時は、堂々とエンブレムを賭けれる様にするんだよ?」



トキがそう言った時、つまらなさそうにアメを舐めていたユクモの表情が変わった。



「…トキ兄ぃ、残念だけどアラタは今日ベットデビューすることになったみたい」


「…ん?」



ザッ、急に辺りを何十人もの男達に囲まれた。




「神龍のトキ、シイ、ユクモだな!?お前達を倒して、四獣神の座を奪ってやるぜ!」



男達は興奮気味に叫び、全員がエンブレムを取り出した。



「…あー、本当だね」


「ちぇ、面倒臭いなぁ」


「…アラタ、貴方は何をベットするの?」




トキ、ユクモ、シイも己のエンブレムを取り出す。



それを見たアラタは、ごくりと唾を飲み込んだ。





「お、れは……!」





………




「…ふぅ」



パンパン、汚れた手を叩き、ユクモは地面に置かれた己のエンブレムを手に取った。


乱雑に置かれたそのエンブレムの山から、見知った正方形のエンブレムを四枚、取りあげる。




「俺達に楯突こうなんて、一億年早いよっ?」




ユクモが嘲笑う先には、地面に伏した数十人の男達……。


それは、先ほど『神龍』にヘッドを挑んできた、その男達であった。





「はいトキ、シイ」


「ありがとう」


「それにしても、凄い数のエンブレムだわ…」




ユクモから己のエンブレムを受け取り、トキとシイは呆然と使い物にならなくなったエンブレムを見やる。


ユクモもチラリとそれを見てから、もう一つまだ自分の手に収まるソレを差し出した。




「…はい、アラタ」


「…あ、……」


「君のエンブレム、守れて良かったね」






…アラタは、エンブレムを賭けたのだ。




『…アラタ、貴方は何をベットするの?』




…あの時、シイの言葉にアラタはただ何も考えずエンブレムを差し出していた。


夜に生きる者たちの、誇りが掛かったエンブレムを。

ベットの対象にしてしまったとき、初めてアラタは己のした行為の愚かさを知った。





喧嘩など、したこともなかった。


高校の時も、威張っていたチームに所属はしていたものの、それは所詮子供のお遊び程度のものであって。


夜の街に出ると、拳や言葉だけではい。





獲物【武器】ですらも、平気で現れるのだ。



そんな相手に、容易にエンブレムをベットしてしまった己を酷く浅はかだと内心嘲笑った。



…俺に、勝てるわけがなかったのに。



アラタは、襲い掛かってくる男達相手にただ呆然と突っ立っていることしか出来なかった。



…その時、己の横をすり抜けていく二つの影。





「ぐわっ…!」


「ちぃ、こざかしい!!」




その瞬間、すぐ前まで迫っていた男達が蹲る。


跪く男達の前に立ち、天使の微笑を浮かべる…。




「ユ、クモさん……」


「誰に喧嘩売ったと思ってるの?」




目の前にいる男の顎を足で一蹴りするその姿は、さながら悪魔だ。



…これぞ、天使の仮面を被った悪魔。



アラタは、そう感じずにはいられなかった。





「神龍に刃向かった事、後悔させてあげる」




そして、もう一つの影。


シイは、己よりも背の高い男に勇敢に立ち向かっていた。



攻撃をするりと交わし、的確に相手の背後を取った。

相手の背後に入身したシイは、後ろ襟を取り相手を後方へ引き崩す。

そして腕を男の首に掛け、男をそのまま崩した後方へ投げ倒した。




「うっ…!」



男はそのまま地にひれ伏し、痛みを堪えていた。


シイの動きは、さながら合気道の入り身投げである。



シイは息一つ乱さず倒れた男を見下ろし、口を開いた。




「神龍に刃向かう者には、容赦はしない。エンブレム共々、貴方達を排除する」



ユクモとシイは、どんどんと相手を倒していく。


そんな二人をただ見つめる事しか出来ないアラタは、後ろから急に肩を叩かれ思わず身体を大きく揺らしてしまった。





「あぁ、ゴメンね。驚かしちゃったかな?」


「ト、キさん……」



アラタの横で優雅に笑むトキに、視線を移すアラタ。


そんなアラタに、トキは安心させるように微笑みかける。




「あの二人なら大丈夫だよ?」


「あ……」


「本当は俺も戦った方が良いんだけどね、俺が出て行くと二人は怒っちゃうから」





トキは黙って見てて!

四獣神がそう簡単に行動してはダメよ。




そう言って、いつも二人はトキに戦わせようとしない。


どんな時でも、トキは二人を見守るだけなのだ。



「二人がいれば、きっとこのベットには負けない」


「……」


「…だけど、それだけじゃ面白くないよね?」


「………え?」



トキの悪戯めいた声色に、思わずトキの方を見ると…。


トキは、近付いていた男の腕を捻り上げていた。



物凄い力なのか、腕を捻り上げられた男は顔を真っ赤にして叫んでいる。トキはそんな男を気にする事もなく、笑顔でアラタを見る。



「…男なら、必ずしも大事なものを守らなければならない時がやって来る」


「……」


「そんな時に、ただ指を銜えて見ているだけしかできない男は・・・。そんな奴は、男じゃない」




捻り上げた腕を己の方へ引き、男の腹に蹴りを入れた。

男は呻き崩れていく。


トキはその男に小さく「ごめんね」と呟いた後、再びアラタに話しかける。



「さぁ、己の守りたいもののために」




トキのその言葉は、アラタに大きな衝撃をもたらした。


気が付くと、アラタは男達の中に突っ込んでいっていた。




ユクモもシイも、突然の行動に目を丸くする。


だがアラタはそんな二人の視線など全く気付くこともなく、ただ男達を殴り続けた。




ただ、己の『誇り』の為に…・・・。




そして、気が付けばベットは既に終わっていて。


さっきまで神龍を囲んでいた男達は、皆が皆地面に這い蹲っていた。

ユクモは呆然とエンブレムを見るアラタに笑顔を見せ、その額を小突いた。




「おい、アラタ!」


「あいてっ」


「お前、派手に飛ばしすぎー」



まぁ、最初にしてはよくやった方じゃない?




アメを舐めながらポツリと零したその言葉を傍で聞いていたシイは、思わず小さく笑ってしまった。



不器用なユクモの、精一杯の褒め言葉なのだ。


ユクモは傍で笑っているシイに気付き、キッと可愛くシイを睨みつけた。




シイは笑みを浮かべたまま肩を竦め、トキの傍へと歩み寄った。





「…どうだった?アラタの戦いは」


「うん、アラタは凄く強い。きっと直ぐに有名になるだろうね」




神龍に、また強い奴が加わった……と。





アラタがその名を馳せる事になるのは、そう遠くない未来のこと…。


















「さて、ご飯でも食べに行こうか」


「…へっ!?」


男達のエンブレムを全て廃棄した後、トキは笑顔で皆に言った。

思わず変な声を出してしまったアタラは、隣から浴びせられるユクモの怪訝な視線に気付かない。



「何で、そんな声出すわけ?」


「だって、え!?俺も一緒に行って良いんですか!?」


「うん、さっきの初ベット記念でもしようかなって」




さて、何処に行こうか?と行く気満々のトキに焦るアラタ。


そんなアラタの肩をポンポンと叩いたのは、シイ。




「ごめんねアラタ。トキは嬉しいんだよ」


「…嬉しい?」


「うん、仲間が成長するってとっても嬉しい事じゃない。だから、トキはお祝いがしたくて仕方ないんだと思う」



だから、ちょっとトキのワガママに付き合ってあげて?


シイの言葉に、アラタは思わず何度も首を縦に振ってしまった。




その様子を見たシイは、また小さく笑った。






「さて、何処に行こうかな?」


「まだ居酒屋とかならやってるんじゃないの?」


「…ユクモ、未成年でしょ」



トキ、シイ、ユクモが歩くと、その場にいた若者達はどよめき、道を空ける。


そんな三人を後ろから見ていたアラタは、思わず感嘆の溜息を零してしまった。



「…凄いなぁ……」


「じゃあ、タイガの店にでも行こうか」


「あっ、それ良いね」




タイガ。

その名を耳に入れた途端、アラタは顔を青くさせた。


タイガって、あのタイガ!?虎徹の!?

タイガといえば、四獣神じゃないか!!



震える身体を必死に沈めさせ、前で楽しそうに笑う三人に声を掛けた。




「ちょちょちょ、ちょっと待って下さい!」


「ん?タイガの店じゃイヤだった?」


「イヤって言うか、その…!タイガって、あの四獣神のタイガさんっスよね!?」




的外れな質問を零すアラタに、トキは首をかしげながらもコクリと頷く。




終わった。



アラタはまだ見ぬタイガを想像し、肩を落とした。




タイガといえば、四獣神の中でも好戦的な男で有名だ。


そんな男に、一新人である俺が会いに行けば…。


制裁、とか言ってきっと潰されるに決まってる…!




「…アラタ、どうかしたの?」


「イエ、シイさん気ニしないデ下さイ」



思わず片言になるアラタに、シイも不思議そうな顔をする。


ユクモだけはアラタの心情に気が付いたそうで、アラタの横まで歩み寄りポンッとアラタの肩を叩いた。






「大丈夫だって、タイガは良い奴だし。」


「あぁ、タイガが怖いのかい?」



ユクモの言葉に、ようやくアラタが顔を青くした理由を知り驚いた表情を浮かべたトキだが、その表情は直ぐに消え去りまた人の良い笑みを浮かべた。



「大丈夫だよ、タイガとはかれこれ10年くらいの付き合いだけど、アイツ程出来た人間は居ないよ。きっとアラタも、タイガに惚れると思う」



それだけ言うと、またトキは歩き始める。


シイもユクモも笑顔で頷くので、アラタは一抹の不安を残しながらも三人の後を付いて行くのであった…。




------------




「んだぁ、姉ちゃんやるってのかぁ!?」


「やってやるわよ、この酔っ払い!」




…ガヤガヤ、賑やかな街を更に賑わせる声が聞こえる。


四人は、タイガが経営しているという居酒屋の前に来ていた。




…が、店の前には【先客】がいたのである。




「ツケといてくれって言ってんだろ!」


「ダメよ!タイガ様の作った料理をタダで食べようなんておこがましいにも程があるわ!」




…どうやら酔っ払いが無賃食いをしようとしていたらしい。


金髪のロングヘアーを靡かせながら怒鳴っている女は、虎徹ナンバー2。




「…カンナ、声デカいって……」




ユクモが不快そうにカンナを見つめる。


だが当の本人達はなんのその。





酔っ払いは上着を脱ぐと、ボキボキと己の指を鳴らし始めた。



「その綺麗な顔に傷が付いても知んねぇからな!!!」


「…やれるものならやってみなさいよ、オッサン」




カンナの言葉にキレた酔っ払いは、カンナへと突進した。


だがカンナに拳が届きそうになった瞬間……。




「ぐおぉぉぉ!!」


「ふんっ、そのビール腹を治してから出直して来てよね!」



目にも止まらぬ速さで、酔っ払いの男は地面に叩きつけられていた。





「な、何が起きたんだ…?」



周りの野次馬達は、一瞬で起きた出来事に着いていけず騒然としていた。


アラタも、ただ蹲る酔っ払いの男を呆然と見詰めた。




「…出足払」


「え?」


「あれは、出足払っていう投げ技よ」



シイが、優雅に髪をかき上げるカンナを見ながら口を開いた。



「アラタ、ちょっと一歩前に踏み込んでみて」


「え?」


「普通に歩くだけで良いから」



そう言われ、アラタは一歩足を踏み出す。その瞬間、シイがゆっくりと足裏でアラタの足首を外側から払った。


バランスを崩したアラタに、シイは尚も攻撃を続ける。




「こうすると、必ず相手はバランスを崩す」


「う、わわ」


「それと同時に腕で相手の上半身を捻って、横を向くときに相手を倒す技なの」




シイはアラタの腕を掴んでそう説明すると、スッとアラタから離れた。

アラタはただただシイの説明に頷くだけである。



「凄い…」


「まぁ、あの女も虎徹のナンバー2だからね。あれくらいの事が出来ないと」



キラキラと瞳を輝かせているアラタとは正反対に、ユクモは嫌悪感を隠しもせずカンナを睨みつける。





「相変わらず、ユクモはカンナが嫌いなんだね」


「当たり前だよ、あんな男みたいな女……」




トキの言葉に、ユクモは毒吐く。


そんなユクモを見てシイは小さく笑ったあと、野次馬が去ってしまい今は倒れている男とカンナしか居ないその場所に近付いた。



「…カンナ、」


「っ、あんた…!シイじゃないの!何しに来たの!?も、もしかして…!あんた、タイガ様に会いに来たとか言うんじゃないでしょうねぇ!?そうよ、絶対そうに決まってるわ!許さないわよ、シイ!ちょっとタイガ様に気に入られてるからって、こんな所まで押しかけてくるなんて!」


「…お前の頭はどうなってんだっつーの」



シイをその瞳に映した瞬間、捲くし立てる様に言い放ったカンナ。



そんなカンナに、シイの横まで歩いてきたユクモは笑顔を浮かべて悪態を吐いた。





シイとユクモ。


カンナはその顔ぶれに、頬を引き攣らせた。




「ひぃぃ…!シイだけじゃなく、クソ餓鬼まで着いて来るなんて…!」


「黙りなよ、俺と同じ年のくせに」


「あー!私はあんたみたいな生意気な男が大嫌いなの!」


「安心しなよ、別に好かれたいなんて思ってないから」



ああ言えば、こう言う。


ヒートアップする言い合いを気にすることもなく、トキはカンナに近付いた。トキに気が付いたカンナは、流石に言い合うのを止めて小さく会釈をした。







「トキさん!こんばんは。」


「こんばんは。タイガは居るかな?今日は新入りにタイガの飯を食べさせてあげようと思って来たんだけど…」


「トキさんがいらしたら、きっとタイガ様も喜ばれます!どうぞお入り下さい!」



カンナは笑顔でトキに向き直り、そして倒れた男を一蹴りし店のドアを開けた。その態度の変わりように、今までボーっと突っ立っていただけだったアラタは顔を青くした。



「凄い…」


「アイツはそういう奴なの、ほら入るよ」



ユクモは先に入ってしまったトキとカンナを追うように中に入っていく。


シイもアラタも、遅れて店に足を踏み入れた。



「おう、いらっしゃ……っておんし等か」



店に入ると、厨房から元気な声が聞こえてきた。

その主はタイガで、トキ達を見ると驚いた顔をしたがその後満面の笑みを浮かべた。



「うん、今日は美味しいご飯を食べに来たよ」


「あっはっは!言う様になったのう。カンナ、こいつ等を奥の大広間に連れて行きんしゃい。俺も後で行く」


「はい、タイガ様!トキさん、着いて来て下さい」


「俺達の名前も言いなよ、そんなんじゃ店員失格だねぇ」


「うっさい!トキさんの弟だからって調子に乗っちゃって…!」



再び始まりそうな二人の討論に、トキはパンパンと手を叩きその場を収める。



「ほら、行くよ」


「は、はい!」


「ふんっ…」



その様子は親に叱れた子供のようで、シイはそんな二人を見て小さく笑みを浮かべたのであった。



「では、ご注文をお伺いします」


「俺、ビールで」


「私はウーロン茶」


「俺、オレンジ」


大広間に通された四人は、カンナに次々と注文を通す。


そんな中、アラタはただただ周りを見渡していた。


その様子に気付いたのはシイで、挙動不審なアラタに話しかける。



「…どうしたの、アラタ。アラタも何か頼んだら?」


「あ、はい」


「飲み物は?アラタはユクモと同じ歳よね?じゃあ未成年だしソフトドリンクで……」


「もう!最近の若者は未成年でも飲んでるんだよーシイ?」


「ダメよ、絶対ダメ」




シイがメニューを持ってアラタに問いかけたと同時に、シイは背後から何かに抱きつかれた。



背中に重みが掛かり、思わず眉を顰めてしまう。





だが、シイに抱きついた当の本人は悪びれる様子もなく…





「…タイガさん、後ろから急に抱きつくのはどうかと思いますが」



「折角シイが来てくれたんじゃ、これくらいさせてくれんかのう」





そう言って、タイガは声を上げて笑った。



「タイガ様っ!?シイから離れて下さいぃぃい!」


「タイガ、俺のシイに触らないで」



だがそれもほんの一瞬で、二人を見たカンナとトキが物凄い速さで二人を引き離した。トキはシイの腕を掴むなり、己の胸にシイを抱き寄せる。


そんなトキの行動に、カンナに手を引っ張られながらもタイガは笑った。



「すまんすまん、おんしのシイを取っちまって」


「…タイガは、俺をからかうのが上手だね」


「当たり前じゃ」




タイガはやんわりとカンナの腕を解き、タイガの登場によって固まってしまったアラタの方へと向き直った。




「お前さん、神龍の新入りかのう」


「あっ、はい!俺、アラタって言います!」


「そうか、良い名前じゃ。俺はタイガ、これでも虎徹のトップなんじゃが…」


「あ、知ってます!俺、四獣神のファンなんです!!」



こんな格好で情けない、と零すタイガの姿は黒のラフなシャツで、エプロンまで着けている。そんなタイガの言葉に、アラタは慌てて首を横に振った。



「…そう言ってくれると嬉しいのう。おう、お前さんビールか?」


「え?」


「だからダメです、タイガさん。アラタは未成年……」



タイガの言葉に戸惑ったアラタ。

そんな二人にやっとトキの腕から離れたシイが口を挟んだ。



「シイ、お前さんは頭が固すぎる。男なら飲まんといかん時があるんじゃ」


「…タイガさん……」



自信満々、タイガが笑顔で言い放つ。

シイはあきれ返り、もう勝手にしてくれと言わんばかりにメニューへと視線を移した。



そんなシイにSOSの眼差しを送ったアラタだが、目の前でニコニコと笑っているタイガに気付き恐る恐る口を開いた。



「あ、じゃあ…ビールで」


「よし、直ぐに注文したもん持ってくるぜよ」



ごゆっくり、と一言残しタイガとカンナは厨房に戻っていった。


それを見送ったアラタは、ようやく安堵の息を吐いた。





「き、緊張したぁ」


「ね、タイガは良いやつだったでしょ?」


「あっ、はい!」



トキの問いに、勢い良く首を縦に振るアラタ。



「タイガはね、ああ見えて調理師免許持ってんの。だからタイガの飯は普通に美味しいよ」


「そ、そうなんだ…」



ポケットから飴を取り出し口に放り込むユクモ。アラタは、ただただ頷くばかりである。




「…さてと、今日はいっぱい食べてね、アラタ」


「はいっ!」



…こうして、アラタの歓迎会は始まったのである。





------------




…3時間後。




「…あっはっは!おんしもう限界かのう!?」


「……まだ、まだ…」


「何言っとるか、ふらふらになっとるぜーよー?」




…大広間は、もう素晴らしい空間になっていた。


タイガとトキは、ジョッキ片手に飲み比べをはじめている。



元々あまり酒が飲めないトキは、もうふらふらの状態である。




「トキ、あなた飲めないんだからもうこの辺で……」


「あー!ちょっとシイ!あんたタイガ様に近寄らないで!」



それに気付いたシイがトキを止めようと近づくが、それをカンナが鋭い目つきで止める。



「あ、もう飲め、ないよ~」



アラタは最初に注文したビールをまだ半分しか飲んでいない。


にも関わらず、顔は真っ赤で目も据わっている。





「…すいませーん!コーラおかわり!」



唯一、ユクモだけが黙々とご飯を食べている。

我関せず、といった表情で箸を動かす。




結局、この宴会もどきが終わったのは痺れを切らしたユクモが立ち上がった時であった。






「…あんた達、いい加減ウザいよ?」







…まさに、神の一言であった。


天使の皮を被った、悪魔。

悪魔が、光臨した瞬間である。



-------



「ご馳走様でした。」


「おう、また来んしゃーい」



タイガは扉の前まで来て見送ってくれた。


シイとアラタは深く礼をして、完全にノびてしまったトキにユクモは肩を貸していた。



居酒屋を出て少しして、アラタはピタッと歩くのをやめた。




「俺、今日はもう帰りますね。」


「そっか。」


「気をつけてね」




今日はありがとうございました!と笑顔で言い放つアラタに、自然に二人も笑顔になる。


去って行くアラタを見送ったあと、二人は再び歩き始める。




「あー、シイ。こいつ重いよー」


「アジトに帰ったら、ウキョウに怒られちゃうね」


「うわ、最悪だぁ」




二人は、ゆっくりとアジトへと向かっていく。




ユクモに凭れ掛かるようにして歩いているトキの表情は、穏やかな笑みを浮かべていた。








こうして、新入り教育は幕を閉じたのであった。










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