虎徹
着信アリ 1件
「……」
夜の街を、暗い表情で歩くシイ。
携帯のディスプレイを見つめ、物憂げに歩いている。
「…もう、戻らないって決めたの…」
小さく呟き、携帯を閉じる。
そして前を見ると、何やら男達が殴りあいをしているのが見えた。
此処は、人通りの少ない路地裏。
見る限り、それは大人数の一方的な暴力に見える。
「……ちょっと、」
「あぁ!?」
「何だこの女ぁ!」
輪に近付き、声を掛けた。
すると誰かを殴っていた男達は一度シイを見て、女だと分かり嘲笑った。
そんな男になど目もくれず、シイは地面に蹲る二人の男を見た。
「二人に、こんな大勢で寄ってたかって…。情けないね、そうでもしないと倒せないの?」
「っ、んだと…?」
シイの言葉に、笑っていた男達の表情が固まった。
やがて、みるみる顔を真っ赤にして標的をシイへと変えた。
「折角、虎徹の奴等を殺ってやのにシラケさせやがって…!」
「女だからって容赦しねぇぞ!?」
男達の言葉に、シイはスッと服に付けているエンブレムに手を添えた。
「…ベット」
「っ!その形…、そのエンブレム…!お前、神龍のシイかっ!?」
一人の男が声を荒げると、周りにいた男達はサァ…と顔を青ざめる。
「お、おい…。退散するぞ!」
「ああ!下っ端はともかく、シイが相手じゃマズイ!」
男達は口々に言い合い、逃げようとシイのいる反対側へと逃げ始める。
「…おい、何処行くんじゃ」
シイとは反対側…。
まさしく、たったいま男達が逃げようとした方の道に、一組の男女が立っていた。
男は、ドレッドヘアーで長身。
女は、金髪で綺麗に髪を巻いており、男の横にピッタリくっついている。
その二人に、この場にいる全員が見覚えがあった。
「あ、ああああ…!」
先ほどまで威勢の良かった男達は、シイとその男女を交互に見るなりよろよろと地面にへたり込んだ。
シイは、ふとドレッドヘアーの男と目が合い軽く会釈をした。
ドレッドヘアーの男は、そんなシイを見てニッコリ笑った。
「…よう、シイ!元気にしとるか?」
「…ええ、貴方も元気そうで何よりです。……タイガさん」
「おーおー、呼び捨てで構わんと言ったろうに」
恐怖に震える男達を気にせず、会話するシイとタイガ。
すると、タイガの横にいた女がキッとシイをにらみつけた。
「ちょっとシイ!タイガ様を誘惑しないで頂戴!」
「…別に、誘惑なんてしてないよ」
「嘘よ!アンタはいつもいつも…!」
「…カンナ、言い掛かりはよしんしゃい」
カンナ、と呼ばれた女はタイガの一言にグッと押し黙る。
その間に、タイガは震える男達に近付き男達の前にしゃがみこんだ。
恐怖で目を見開く男達の胸倉を掴み、先ほどまで浮かべていた笑みを消す。
「おんしら、俺の仲間に手ぇ出すなんてバカな真似しよって…。ええか、二度目はない…はよ、俺等の前から消えんしゃい」
そういって、乱暴に男の胸倉を離す。
すると男達は、震える足を必死に動かして大通りへと逃げていった。
この場に残されたのは、タイガ達とシイだけどなってしまった。
「おい、おんし等大丈夫か?」
「タ、タイガさ…」
「俺たち…」
タイガは倒れこんでいた二人に近付き、そっと肩を貸して立ち上がらせる。
それを見たシイは、スッとタイガに近付き二人に肩を貸していたタイガの横に立った。
一人の男をタイガから離し、自分の肩に凭れさせる。
「二人を運ぶのは大変でしょうから」
「おう、気がきくのう」
ニカッと人の良い笑みを浮かべるタイガに、シイは軽く礼をする。
その様子を見ていたカンナは、一瞬呆然と立ち竦んだが我に返り慌ててシイの元へと駆け寄った。
「ちょっと、何タイガ様の気を引こうとしてるのよ!貸して!コイツは私が運ぶから!」
頬を膨らませ、シイの横で甲高い声を上げるカンナ。
シイはそんなカンナを一瞥すると、男をカンナに預けた。
「…此処からタイガさんのアジトは遠いですね」
「ああ、此処は一応トキの領域やからのう」
困った、と肩を竦めるタイガにシイは小さく微笑んだ。
「タイガさん、良かったら神龍のアジトへお越し下さい」
え?とタイガとカンナが素っ頓狂な声を出す。
シイは微笑みながら、タイガが肩を貸す男を見る。
「傷も深いようですし、此処から私達のアジトはそう遠くありません。それに、トキもタイガさんに会いたがっていましたので」
「…そうか、そういえば最近トキと話しとらんからのぅ。じゃあ、ちぃっとばかしお邪魔するか、カンナ」
「はいっ!タイガ様が行くならカンナは喜んで着いていきます!」
二人が頷くのを確認し、シイは己の携帯を取り出した。
着信アリ 1件
…ディスプレイに表示されていたその記録を、無言で削除した。
通話履歴画像を表示させ、シイは通話ボタンを押した。
すると、数秒して相手が呑気な声を上げる。
『やぁ、シイ。いつアジトに戻ってくるのかな?』
「トキ、タイガさんと会ったんだけどチームの仲間が負傷しちゃって…。タイガさんのアジトよりも私達のアジトの方が近いから、連れて行くわ。ウキョウに、治療の準備お願いって言っておいて。」
『そうか、タイガの仲間が…。うん、早く帰っておいで』
了解、と小さく呟き電話を切る。
その様子を見ていたタイガが、ニヤニヤしながらシイに話しかける。
「おう、シイ。愛しいトキはおんしの帰りが遅いと心配しとるんじゃなか?」
「っ、タイガさん…!」
「おーおー、トキが羨ましいのう。…どうじゃ、シイ。虎徹に来んか?お前の為ならエンブレムだって賭けるぜよ?」
タイガは何かを試す様に、シイを見つめる。
その瞳を受け止めながら、シイは己のエンブレムに触れた。
「…私のエンブレムは、エンブレムであってエンブレムではないんです」
「ん?」
「私のエンブレムは、トキそのものなんです。トキが、私の全てですから」
エンブレムを一撫でして、愛おしい表情を向けるシイにタイガはやれやれと肩を竦めた。
「ここまでハッキリ失恋すると何じゃ切ないもんがあるのう…。まぁ、おんしを諦める気は更々ありはせんが」
「…タイガさん」
「行こうかの、トキが待っとる」
ゆっくりと歩みを進めるタイガを見て、シイも歩き始める。
…そんな二人の後ろで、鋭い眼光を放つのはカンナ。
「なによ、いっつもタイガ様ってばシイばっかり…!私の方がタイガ様に似合う女なのにぃ!」
タイガ様ー!とタイガの後を一生懸命追うカンナの姿に、前を歩いていたタイガとシイは小さく口元を緩ませた。
「やぁ、タイガ。久しぶりだね。」
「おっ、トキ自らお出迎えとは神龍は優しいもんじゃの。」
もうアジトと目と鼻の先といった所で、トキがシイ達を待っていた。
トキはタイガを見て微笑むと、その傍らに立っていたシイの腕を取った。
そのまま手を絡ませるトキに、シイは何事かとトキを見据える。
「シイ、いつ戻ってくるのかって心配したんだよ?あんまり心配掛けさせないでね」
「ごめんなさい、トキ」
「ううん、別に何もなかったんだから構わないよ」
タイガやカンナの視線を諸共せずシイに引っ付くトキを見て、タイガの額に青筋が浮かぶ。
「おい、トキ。シイといちゃつくんは大いに構わんが、先にこいつ等の怪我を見てくれんか?」
「あ、そうだったね。ウキョウが手当ての準備をしているよ、着いて来て」
そういうなり、シイの手を繋いだままアジトへと足を運ぶトキ。
シイは戸惑いながらもされるがままになっている。
タイガはそんな二人を見て、小さく溜息を吐いた。
「…全く、おんしは何処の子供じゃ」
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「タイガさん、お久しぶりです」
「タイガ、会いたかったよー!」
トキを筆頭にアジトに入ると、ベットの傍で救急箱を用意しているウキョウとニコニコ笑ってタイガ達を出迎えたユクモがいた。
タイガはそんな二人に「おう」と笑いかけると、ベットに怪我をしていた二人を下ろした。
ウキョウはすぐさま治療を始めて、それをカンナが手伝っている。
「タイガさん、何飲まれます?」
「ん?俺はビールで」
「分かりました、どうぞソファにお座りになって下さいね」
シイはそう言い、冷蔵庫を開けた。
ビールを二本、お茶を三本、オレンジジュースを一本取り出す。
それをお盆に載せ、机に置いた。
「どうぞ、タイガさん。」
「おう、恩にきるぜよ。…なんじゃ、トキ。お前さんはまだ酒が飲めんのか?」
「うん、俺は下戸だからね」
机に置かれたビールをグイッと喉に流し込みながら、お茶に手を伸ばしたトキに苦笑いを浮かべたタイガ。
そんなタイガに、トキは少し拗ねた表情を見せてお茶をちびちび飲み始めた。
「ウキョウ、カンナ。飲み物置いておくから、一段落したら飲んでね」
「ああ、有難う」
「ふんっ!アンタにしては気が利くじゃないの!」
治療を続ける二人に声を掛け、ソファに座っているユクモにオレンジジュースを差し出す。
「ユクモはオレンジだよね」
「うんっ!有難う、シイ」
オレンジを受け取り、一口飲むと机に置いてあったお菓子に手を伸ばすユクモ。そんなユクモに、タイガは口を引き攣らせた。
「ユクモ、おんしは本当に甘党じゃのう…。糖尿病になって死んじまうぞ?」
「いーの!俺は好きなものを我慢せず食べるんだ!それで死ねるなら本望ってもんだよ」
一口大のチョコを二、三粒一気に食べるユクモの頭を、タイガがポンと小さく叩いた。
「全く、おんしは変わらんのう」
「タイガこそ、小さい頃から全く変わらないね」
ユクモは子ども扱いされたのが悔しいのか、タイガの手を振り解く。
その様子見て声を上げて笑ったタイガに、シイも思わず笑ってしまった。
「タイガさん、ユクモはそんなに変わらないんですか?」
「おー、そうじゃのう…。トキとユクモとはガキの頃からの付き合いじゃが、全く変わっとらん。ガキが体だけ大きくなっちまった感じじゃの。」
まぁ、そういう俺も変わっとらんが!と大きく口を開けて笑うタイガにトキも笑いながら頷いた。
「タイガも全く変わってないね」
「おんしにだけは言われたくないのぅ!おんしは20歳になっても精神年齢はガキと同じくらいじゃろうが!」
「老けたって言われるよりは大分マシだよ」
お茶を机に置き、ニッコリ笑うトキ。
そんな時、ようやく治療を終えたウキョウとカンナがソファまでやって来た。
カンナはすぐさまタイガの横に座り、ギュッとその腕に抱きつく。
「おう、カンナ。お疲れさん」
「いえ!タイガ様の右腕として当然の事をしたまでですっ!」
「そうか、ウキョウもありがとさん」
「いえ、」
ウキョウもパソコンの置いてあるデスクの椅子に座り、皆が一服する。
すると、お菓子を食べながらユクモが何かを思い出したかのようにタイガに尋ねた。
「それにしても、タイガってばよく部下のピンチに気付いたよね。」
「あー、本当の事を言うとあの場を通りがかったのはただの偶然じゃ」
苦笑いを浮かべ、タイガは一口ビールを喉に流し込んだ。
「…トキ、おんしなら分かるじゃろ」
「………」
「最近、夜の街が乱れちょる」
「…朱殺、だね」
トキの一言に、タイガは頷く。
「…四獣神は、4つのチームがそれぞれ均衡を保たんとやっとれん。じゃが、最近どうも朱殺の行動が怪しくてのう…。」
「…そうだね、最近どうも出来たばかりのチームをことごとく根絶やしにしてるらしいし…」
「それも、先代が引退して20代目になった時からじゃ…」
朱殺とは、四獣神のチームの一つ。
普段から喧嘩が絶えないチームであったが、四獣神であるプライドからか弱小チームとは喧嘩もしなかった。
だが、それは先代までの話…。
トキ、タイガと同じく20代目に就任したセンリが朱殺を束ねる様になってから、街では不穏が空気が流れ続けている。
「厄介な事になったね」
「ああ、センリが何を考えとるんかは分からんが…。とにかく、アイツを止めんと街の奴等が安心出来んじゃろう?そう思って、今日はレイジの所へ足を運んだんじゃが…」
そこまで言って苦渋を飲んだ顔を見せたタイガを見て、カンナが続きを話し出す。
「レイジ様にお会いすることは出来たんですが…。」
「レイジは四獣神というモノにそれ程興味がないからね。話を聞いてもらえなかったんだろう?」
「…はい、トキ様の言うとおりです」
仕方ないよ、とトキが笑うとタイガはドンッと机を叩いた。
「レイジが動かんと、センリを止めることは出来んのじゃ!四獣神の問題は四獣神である俺達が何とかせんといかん…」
「…タイガ、まだセンリが大きな動きを見せているわけじゃないよ。とにかく、一度様子を見よう。朱殺が動き出したら、また二人でレイジに会いに行けばいい」
ね?と諭すようなトキの声に渋った表情を浮かべながらもタイガは頷いた。
それを見たトキは安心したように笑うと、シイへと視線を移した。
「さてと、話もまとまったし何か食べようか。」
「何が食べたいの?」
今は深夜2時。
店は殆ど閉まっている時間帯だ。
トキは時計を見て、そしてタイガの手にある空になったビールを見た。
「とりあえず、コンビニで適当に買って来よう」
「…分かった」
そう言って、シイとトキは立ち上がる。
「タイガ、飲み物とか買って来るよ。今日は此処に居るよね?」
「ああ、今日は世話になるかのう…」
「分かった、ちょっと待ってて」
そういうなり、扉に向かうトキとシイにカンナは慌てて立ち上がった。
「そんな!トキ様自らに買いに行かせるなんて出来ません!私が…」
「大丈夫だよ、カンナ」
慌てて扉に向かおうとするカンナに、ユクモは何個目になるか分からないチョコに手を掛けながら言った。
キッとユクモを睨みつけたカンナを見ることもなく、ユクモは言葉を続ける。
「トキはね、シイと二人でどっかに行きたいだけなの。だから、どんどんパシっちゃって良いんだよ」
ねー?とウキョウに問いかけるユクモ。
ウキョウも笑いながら頷いた。
「カンナ、俺達はいつもこんな感じだ。気にせず座っててくれ」
「…ウキョウさんが、そう言うなら……」
渋々腰を下ろしたカンナに、タイガはゲラゲラと声を上げて笑う。
「四獣神をパシらせるなんて、おんし等も大物になるぜよ!」
「失礼だね、もう大物なのー」
バシッ!とタイガの足を叩くユクモ。
その様子を見て、更にタイガの笑い声は大きくなったのである…。
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「シイ、これも買って?」
「ダメ、戻して来て」
場所は変わってコンビニ。
シイとトキは、カゴ一杯に商品を入れていた。
ビール、ジュース、お菓子…。
おつまみなど、兎に角カゴに入れていく。
時々、トキがマンガをカゴに入れようとするのを阻止するシイ。
その度にトキがわいわい騒ぐが、シイは全くの無視。
カゴをレジに置き、財布を取り出す。
「……円になりまーす」
「…」
店員の言葉にお金を取り出そうとすると、スッと後ろから伸びてきた腕がシイよりも先にお札を置いた。
シイが後ろを向くと、トキが微笑みながら後ろに立っていた。
「女の子に払わせるなんて出来ないからね」
「…ありがとう」
店員から商品を渡され、二人揃ってコンビニを出た。
今の季節は春だが、夜になるとそれなりに寒い。
小さく身震いをしたシイを見て、トキは笑った。
「寒いね、早く帰ろう」
「…うん」
夜道を、少し早歩きで進む。
だが、少ししたところでシイがふと歩みを止めた。
それに気付いたトキが、ゆっくりとシイへと振り返る。
「どうしたの、シイ?」
「センリさんが、もし危害を加え始めたら……」
そこまで言って、シイは一瞬言い噤んだ。
だが、ゆっくりとトキを見据える。
「始めたら、トキはそれを止めるんだよね」
「…そうだね」
「きっと、怪我だってするだろうね」
その言葉にも、トキは優しい笑みを浮かべて頷く。
「うん、きっと無傷ってワケにはいかないだろうね」
「……」
トキの問いに俯いたシイの手は、少しだけ震えていて。
それを見たトキは、そっとシイに近付いた。
「シイ、大丈夫だよ」
「…トキ…」
向かい合い、トキがそっとシイを抱き寄せた。
荷物を持っている為、片手だけをシイの背に回し力強く…。
「俺はね、シイが居てくれればどんな相手にだって負けないって言ってるでしょ」
「…トキ?」
「君が傍で笑ってくれれば…君が隣に居てくれるのなら、俺はそれだけで大丈夫」
だから、心配なんてしなくて良いんだよ?
トキは震えるシイを優しく、大事に包みこむ。
シイもそれに安堵したのか、やがてゆっくりとトキの背中に両腕を回した…。
「…トキ、私は貴方から離れない」
「…うん、」
「私の居場所は、貴方の隣だけだから」
「…ありがとう」
「だから、私を置いていかないでね…」
トキとシイは、暫くお互いの体温を求め合う様にただ力強く抱きしめあっていた…。
…ユクモから、遅いとお怒りの電話が掛かってくるまで。
ずっと、ずっと…。




