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 翌日、さっそく少年は報告してきた。

「おいら、ちゃんと尾行したよ。そいつ、商会に入ったよ」

 待ち合わせの場所はパン屋の屋台だ。

 スリの少年の名はピエール。その妹はクリスティーヌ。

 幸い、二人の母親は生きているけれども、病気で働けなくなっているという。

 リリーに買ってもらったパンを頬ばりながらピエールが言った。

「おいらの父ちゃん、港で荷の積み下ろしをしていたんだ。でも、二年前、荷崩れを起こして下敷きになって死んだんだ」

 ちょうど、穀物の値が高くなった頃と重なっていた。

「おいらの母ちゃんは、腕のいいお針子なんだ。家で仕事をしてたけど、顧客が金を払ってくれなくて、それ以後、困ってる」

「どうして払ってくれなかったの?」

「試着すると言って持ち帰ったの。リボンの位置が気に入らないって言って突き返してきた」

 しかし、どう見ても、一度、しっかりと着た形跡があった。

「母ちゃん、騙されたんだ」

 要するに、舞踏会に一度着て使用済みになったものを返品してきたというのである。

 それをピエールの母が指摘したところ、相手は激怒しお針子であるてピエールの母を罵った。

「その人が悪口を言いふらしたせいで、おいらの母ちゃんに仕事が来なくなっちまったんだ」

「やだー。何それ。ひどい話ね、それを注文したえげつない女は誰なのよ」

「フーコック島の子爵夫人だよ」

「あっ……」

 それを聞いたリリーは絶句していた。ピエール親子が飢えているのはリリーの継母のせいなのだ。

(あの糞ばばぁーー。何てことをしやがる。恥知らずにも程があるわよ)

 リリーは念の為に聞いてみた。

「えーっと、そのドレスって、もしかして菫色だったかしら」

「うん。そうだよ。なんで分かるの?」

「……ああ、いや、何となく」

 そう、あれは一年前のこと。

 継母は、バティスト島で行われた商人主催の晩餐会に出席する為に張り切っていた。あらゆるコネを頼り、人脈を広げ、エリーゼの結婚相手を見つけようとしていたのである。

 あの時、お金もないのに継母が新しいドレスを身に着けていたから妙だと思ったのだ。

「はい。ピエール、明日も頼むわね。このお金で妹とお母さんに美味しいものを買ってあげてね。それと、その紫色のドレス、まだあるかしら」

「うん。あるよ」

「明日。それを持ってきて。あたしが買うわ」

「ほんと?」

「うん。その婦人に売った値段で買うわ」

 そのお金はどうするのだと言われそうだが、何しろ、リリーには王子というスポンサーがいる。

(これも必要経費って事にしておくわ)

 無人島生活のせいでドレスも汚れているから、ちょうどいいだろう。

 幸い、継母とリリーの体形は近い。

 ちなみに、今日のリリーはアーサーと別行動している。

 アーサーはアーサーで調べたい事があるそうなのだ。

(アーサーの腹心の部下のラーソンを探すと言ってたな……。出会えたらいいのにな)

 ラーソンはアーサーより先にバティスト島に来ているはずなのに、常宿からは消えていたらしい。前世なら携帯があるから、すぐに連絡がつくのに、この世界は何かと不便だ。

(あたしは捜査に専念するわよ)

午後からは小さな芝居小屋で『亡国の王女』という舞台を見た。

(劇団員は反政府組織の者達なのよね)

 架空の国を舞台にしている事になっているけれど、明らかにバティスト王家の興亡を描いていて、敵国の騎士団に攻め込まれて城が陥落するところから物語が始まる。

 王と王妃と王子達は乗り込んできた兵士によって斬り殺された。敵国の武将は王族を皆殺しにせよという命を受けている。

『王女様、逃げて下さい』

 侍女が王女を逃がした。

『王女様、どうか、御無事て……』

 王女が城から抜け出したころ、城では、王女の身代わりとなった侍女が息絶えていたのである。

 家族を皆殺しにされた王女は島の外へと向かう。辿り着いた土地で旅芸人として息ながら二十歳を迎える。やがて、王女は母の故郷の島に戻り、その惨状を目の当たりにする。

『この島の人達は侵略者どもに痛めつけられているわ』

 統治している役人によって若い娘が手込めにされそうになる場面に遭遇した王女は助けに入るが不敬罪で投獄され、ここで決意する。

(この島の人達は奴隷じゃない。こんなのおかしいわ。わたくしが国を救わなければならないのだわ)

 王家の末裔として国を元に戻したいと思うようになり革命を起こす。

 ロマンスあり、冒険あり。困難を乗り越えて、ジゼルと島民は平和を取り戻す。勧善懲悪というやつだ。

 観客は、自然と愛国心を煽られ、侵略者たちへの憎しみを募らせることになる。

(こういう劇を見せることで、島民にアストラ人は悪い奴という意識を植え付けているんだろうな。それにしても、劇の女優の演技は素晴らしかったわ)

 物語の力はあなどれない。

 先刻も、酒場の男達がコソコソと話していた。

「なぁ、聞いたか。オレの知り合いが反政府組織の集会で女戦士を見たって言うんだよ。綺麗な金髪の女でさぁ、それがゾーエ王女の娘だという噂だ」

 リリーはピクッと反応していた。

(あらあら、バティストの王族がまだ生きていたの?)

 いい事を聞いたと思い、その夜、アーサーに報告すると彼は苦笑した。

「王家の血を引く者がいたとしても不思議ではない。あの時、ゾーエ王女の遺体はみつかってないからな」

「生きていたなら、ゾーエ王女は老女になってるわね。さぞかし、アストラ王家を恨んでいるでしょうね」

「しかし、金髪の女戦士は王族の子孫ではない。あれは旅芸人の赤毛の女だ。雇われたらどんな役でも演じる」

 そんな話をした後、リリーはリックが調べた反政府組織の下っ端達の集会場のリストを渡すと、こう告げた。

「あのさ、ピエールの母親からドレスを買うから、お金、ちょうだい?」

「幾らだ」

 値段を言うと、アーサーはポンと出してくれた。さすが、王子。太っ腹。

「助かるわ。これで、ピエール親子も少しは楽になるわ。うちの継母、本当に、いつか天罰が下るわよ。あんな女のことをジャンは未だに好きだなんて理解に苦しむわ」

「貧しさに身を浸していると、人はどんどんおかしくなる。ピエールもいい子なのにスリをしているだろう。おまえの母も、金持ちだった娘時代は優しかったのかもしれないな」

「そうなのかしら……」

「というか、女ってのは子供を産むと図太くなるみたいだな。おまえは、産まなくても逞しいけどな」

「何なのよ。それ、皮肉なの?」

「いや、褒めてる」

「そうは見えないわよ~」

 リリーはアーサーが食べ残している人参を頬ばっていくる。

 その様子を見たアーサーが苦笑まじりに言う。

「おまえ、よく食うな」


     ☆

 

 アストラ帝国は旧大陸の中央部に君臨する大きな国だ。

 何度も建て増しされて大きく広がった宮殿の中央に王族の住居がある。

 摘みたてのフレッシュな薔薇の花びらがと精油の香りが王妃であるソフィーの裸体を包み隠していた。

 ここは、バティスト島から遠く離れたアストラ本土である。

 王宮では王の後妻、つまり、リュカの母親のソフィーが沐浴しながら優雅に回想しているところなのだ。

(今日は母様が亡くなった日だわ)

 薔薇の花を浮かべた浴槽から上がると、侍女たちがいそいそと身体を拭いてくれる。

 侍女か去った後、一人、ソフィーは長椅子に横たわり思い返していく。 

(半世紀前、わたしの祖父母も伯父達も殺されたわ。あれは、誰が何と言おうと侵略よ)

 当時、王女だった母のゾーエは少女だった。幼馴染である貴族との結婚を控えていたが、、戦火の中、何もかも捨てて逃げるしかなかったという。

(いきなり何もかも失ったのよ)

 歴史書では、第一代フーコック島の子爵が王と王妃を葬ったとされているけれど、それは違う。バティストの王家の転覆を願う王妃付きの大侍従が謀反を起こしたのだ。

(自分の娘が、わたしの祖母である王妃マリーに毒殺されたのを恨んでいたのね)

 その大侍従は復讐を遂げた後、自害している。

 バティスト島というところは一枚岩ではなかった。王党派もいれば旧体制を憎む者もいる。

 いわゆる労働者達はバティスト王家に反発しており、敵と内通していた。

 それもあって、バティスト王家には不利な戦いだった。当時、王女だったゾーエは、戦禍の最中、死んだ女の身分を手に入れた。その女、マチルダの遠い親戚にあたる人物から遺産を与えると言われて、それを信じてアストラを目指して渡航した。

 すると、港には怖い男達が待ち構えていた。

 マチルダの親戚の男とやらが質草としてゾーエを売り飛ばした。

(お母様は別人だと告げることも出来なかったわ)

 仕方なく、しばらく身を売った結果、ソフィーが生まれた。

 父親は客の中の誰かだという。

 いずれ、ソフィーも娼婦として身を売る運命だった。しかし、転機が起きる。娼婦として働いていたゾーエも歳を取り、お役御免となった。

 そこからは、娼館を出て母と娘の二人で暮らすようになる。美しく成長したソフィーは十六歳の時に、この国の陸軍の将校と結婚した。ゾーエ(普段はマチルダと名乗り生きている)はソフィーの結婚を見守ってから亡くなった。その直前、ゾーエはソフィに自分の過去を打ち明けたのである。

『これまで黙っていたけれど、あなたはバティストの王族の末裔なのよ。わたしは王女だったの……』

 にわかには信じられなかった。

 しかし、ゾーエは王女の証である押印入りの指輪を持っていた。それに、アストラの美術館に飾られているゾーエ王女の幼い頃の顔はソフィーに瓜二つである。

 高貴な姫君が娼婦として生きなければならなかったのだ。どれほど辛かった事だろう。

 ソフィーは母親の苦難を思うと涙が溢れてきた。

 それでも、今の自分には優しい夫がいる。だから、むやみに恨むのはよそう。まだ初々しい十代の頃のソフィーは健気にそう思っていたのである。

 やがて、ソフィーの夫は武功をあげた。男爵になった。

 喜びに溢れたソフィーは妊娠した事を夫に告げた。しかし、その翌月、夫は若くして戦地で亡くなっている。

 その知らせを聞いたショックのせいなのかソフィーは流産してしまう。

 夫は王家の為に命がけで闘って死んだというのに王は夫に勲章すら渡そうとしなかった。それどころか、夫の戦略の失敗で植民地の一部を失ったと言い出す将軍まで現れた。

(あの時、流産したせいで二度と子供は産めないと言われて傷ついたわ)

 未亡人となったソフィーは下級の女官としてバティストの王妃に仕える事になった。

 王妃のおまるの排泄物を処理するという仕事だった。もちろん、実際に洗うのは下女なのだが、おまる担当の侍女は王妃の健康チェックの為にそれを見て日誌に記すのだ。

 王妃の着替えを手伝う女官。

 王妃の枕元で本を読む女官。

 王妃の化粧を手伝う女官。

 王妃の買い物に付き添う女官。

 それぞれの仕事が決まっており、お互いの仕事は一切関与しない。

 この国の歴代の王妃は贅沢な暮らしをしている。

 だが、亡くなったソフィーの母は場末の娼婦として生きるしかなかった。

(アストラ王家さえ踏み込まなければ、母は苦しまずに済んだのよ)

 ソフィーは母と自分を苦しめたアストラ帝国への不満と、自分が失ったものを取り戻すという野望を胸に生きてきた。

 戦争や革命など起こさなくても、簡単に敵国を乗っ取ることが出来る。

(わたしは王の愛人になったわ。妊娠しないと思われていたからこそ、みんな、わたしを排斥することもなかった。そして、後妻になれた。神はわたしに味方した。わたしは妊娠したわ)

 ただし、計算外のことも起きている。アストラでは双子は不吉と言われている。それなのに、ソフィーは双子を産んだ。王家にとって双子は禁忌。

 ちょうど夏の離宮にいた時の出来事だった。王や王の側近は傍にはいなかった。

(もう一人の子供は上手く処理したわ)

 しかし、困ったことに、子供の頃のリュカは腹違いの兄達に懐いていた。

 憎むように仕向けるのに苦労した。あたかも、自分がウイリアムとアーサーから虐げられているかのように息子の前では振舞ってきた。リュカの初恋の貴族の娘をアーサーの妻にするように王にそそのかした。リュカは、愛する姫と結婚する為に兄殺しを決意したという事なのだ。ソフィーにとって、最もやっかいなのはアーサーである。

 毒を少しずつ飲ませる作戦も、早々に見破られてしまった。

 アーサーは、このところバティスト島を頻繁に訪れている。

 はっきり言って、ソフィーはバティスト島の反政府組織とは何の関係もない。

(でも、利用できるならば、おおいに利用させてもらうわ)

 だから、バティスト商会にアーサーの事を密告しておいた。

 といっても、王子だという事は伏せている。

 ギャバは王子を暗殺するほどの度胸はない。

 都から来た小役人だと思い、航海の途中で暗殺しようとしたのだ。

 ここまでは王妃の計画通りだった。

(一度は、アーサー死亡の一報が入ったのね。それを、アーサーの部下は隠しているわ。でも、いつまでも隠し通せやしないわよ……)

 死体が見つからなくてもいい。とにかく、王が死んだ際にアーサーが姿を現さなければいい。

 高みの見物といった気持ちだったのに、バティスト島で反政府組織に関して嗅ぎまわる奴がいると知らせが届いた。

 そこまで調べるような奴はアーサーをおいて他にはいない。

 まさか、アーサーは生きているのだろうか。それならば今すぐにでも消さなければならない。

(カッコーのように、本妻の子を蹴落としてる。亡国の王女の娘であるわたしが国を乗っ取ってあげますわ)

 ソフィーは愉悦の微笑みをこぼしたのだった。


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