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ジャン達の漁船はバティストの辺鄙な漁村へと辿り着いた。秘密の埠頭から密輸品を上陸させて闇市場に運ぶという。
ジャンがどこに住んでいるのかと問うと、彼は苦い顔で首を振った。
「商品を仕入れたり運ぶのに忙いから定住はしてねぇよ。でも、まぁ、バティスト島の宿にいる事が多いぜ」
リリーは満面の笑みで伝える。
「お義母様に、あなたの事を話しておきますわね~ いつか、お義母様に会いに城に来て下さいね~」
リリーとしては継母とジャンが再婚してくれる事を望んでいた。
(そしたら、あたしは嫌いな継母の顔を見ずに済む。ああー、すっきりするわよ)
これからは自由に生きたい。
リリーはすぐに城に帰りたかった。フーコック島はここから見える場所にある。つまり、とても近い。漁村の猟師に声をかけた。
「ねぇ、おじさん、フーコック島の近くまで行きたいんだけど運んでくれない? あたし、あの島の人間なんだ」
フーコック島に帰ろうとするが、なぜか、アーサーに引き留められていた。
「おまえ、帰るつもりなのか」
「そうよ。何か問題でもある?」
「いいから、ちょっと来い」
すぐにでも自分の家に帰りたいというのに、アーサーに邪魔されてしまいムッとなる。
「何なのよ」
「今から、おまえに任務を与える。オレは王子だ」
「はぁ?」
「オレは、第二王子のアーサーだと言っている。あの時、船で殺されたのはオレの近衛兵の二人なんだ」
「あんたが王子だという証拠は? それがない限り、ちょっと信用出来ないんだけどね」
リリーは胡乱な目でアーサーを見つめている。すると、アーサーが言った。
「去年のオレの誕生日に、おまえの領地から届いたプレゼントは女のオッパイのような形の歪な黒真珠だったな」
「そ、そうよ。あれは、村の女が潜って見つけたものよ。それを、アーサー王子に献上したのよ」
「ハッキリ言って、そんなものを貰っても嬉しくないし、使い道もなかったぞ」
「……完全な球形の真珠は滅多にないのよ」
そんなものがあれば宝石商に売って生活の足しにしていると言いたい。
しかし、アーサー王子への献上品を知っているという事は、こいつが宮殿に住んでいる事は間違いなさそうだ。
「ちなみに、オレの母上は一度だけ、フーコック島に行ったことがある。何もない島だが、夕焼けが綺麗だと話してくれた事がある」
それは、リリーが生まれる前のことである。
今は亡き王妃はリリーの母親と親友だったようなのだ。
「おまえの母と同じ女学校の宿舎にいたそうなのだ」
だから、王妃になった後も、リリーの母との交流は続いた。
「母は、輿入れの際に、おまえの母を主席女官にしたかったが、おまえの母が宮廷の暮らしよりも島を選んだので諦めたそうだ。宮廷というのは、女同士の嫉妬や策略が渦巻くところなので、おまえの母はそれを好まなかったと聞いてる」
「なるほど」
リリーは、ほとんど母の記憶はないけれど、以前、母の侍女をしていた女が教えてくれた事がある。
『アーサー様の母上とリリー様のお母様は親友だったのですよ。この城から二人で夕日を御覧になった事もあるのですよ』
その事を知っている人間は限られている。
夫である王にも内緒でフーコック島を訪れていたからだ。
そこまで詳しい事を知っているという事は、この人は本当にアーサー王子なのかもしれない。
「それで、あたしにしてもらいたいってことって何ですか」
「この島で探りたい事があるので相棒になって欲しい。期間は二週間だ」
「まさか、ただ働きじゃないですよね?」
「やり遂げたなら、今後、永遠にアーサー王子の誕生日に贈り物はしなくていい」
そう言われて、その話に飛びついた。
「や、やらせていただきますよ。だけど、何をするの?」
「市場調査だ。物価や治安など見てくれ。そして、不穏な反政府活動のメンバーの活動の痕跡をチェックする。」
パティストの豪族や富裕層はアストラから独立したいと思っているようである。だが、アストラの政府はバティスト系住民の自治を認めていないし、パティストの有力者が反乱を起こさないように警戒している。
リリーは思った。密偵となって捜査すればいいのね。それならやってやるわよ。
その為にも、さぁ、食事だ。
「まずは何か食べません? もちろん、アーサー王子の奢りで」
「王子と言わなくていい。というか、言うな。アーサーでいい」
やがて、テクテクと街の中心地まで来た。
赤毛、金髪、栗毛、黒髪。やはり、こういう港湾区域では様々な人達が行き交っている。
日が射さない路地に入ると、暗い目付きの市民がリリーに何か手渡してきた。
それは現政権を批判する内容のビラだった。
『この島はバティスト王国のものであって、卑劣なアストラ王家のものではない』だとか、『アストラのせいで物価が上がっている』といった内容だ。
石畳の坂の上にある小さな食堂のテラス席に着くと、本日のお任せメニューを注文した。
メニューを見て目玉が飛び出そうになる。
「ここの定食、高過ぎない?」
「パンもそうだが、ここはブドウやオリーブ以外の農地が少なくて芋や人参も不足しているからな。それなのに、海上輸送の物資が止められてる」
それで、市民はギリギリの生活を強いられているという訳だ。
もちろん、物価が上がっていることは、前々からリリーも知っていたけれど、最近、特に小麦のお代が上がっている。
「ジャン達は、自分達で物資を調達しているんだから偉いわよね~」
おや、この店の壁にもポスターが貼られている。
『アストラ人が我々を貧困へと陥れている』
そんな文言をぼんやりと見つめているとアーサーが言った。
「元々、半世紀前まではバティスト島は独立した国家だった事は知ってるよな?」
いわゆる海洋都市国家として繁栄していた。
バディストの貴族は全員が商人や銀行家。
金儲けの為なら手段を選ばないところがある。
交易の中継都市としても栄えていたバティストは、アストラ向けに売る商品の値段を高く設定していた。
絹や香辛料といったものは、バティスト商人が独占しており、直接、買い付けしようとするアストラ商人の船を襲うという悪行を重ねて交易を妨害してきたのである。
(それで、ついにアストラの王はバティストの商人の親玉であるバディストの王族を潰す事にしたのよね)
ぶっちゃけ、侵略された側にも問題はある。
(ここの貴族どもは銭ゲバだったんだもの)
粗悪な品を出来るだけ高く売る。それが、バティストの貴族のやり口だ。
アストラ王国によってバティストの大きな商人は粛清されたが、その傘下の商人は生き残り、着々と力を付けているという。
「反政府組織はバティスト島の人達の自治権を取り戻したいというが、今の物価高を招いたのはバティストの商会の古だぬきどもだ。物不足だと高く売っても不正とみなされないからな」
それは、意図的に作られた状況なのだ。
「不満分子を裏で操っているのは悪徳商人だ。司法の権限も徴税権も、今はアストラ政府にある。公共施設を作るにしても、昔は、地元の業者の言い値で作れたけれど、今は、アストラから派遣された役人が口出しをする。だから、工事費の水増しも出来ない」
アーサーは熱く語っている。
「アストラ政府の方が市民には優しい政治を行っているんだ。物価高や穀物不足が収まれば、こういう独立の空気もすぐに消えてしまうものなんだ」
「へーえ。それなら、軍艦で警備をして穀物を輸送したらいいじゃん。ちょっと手間と金はかかるけど、やる価値はあるわよ。ぜひ、そうして欲しいもんだわ。うちの城でも食費がかかって困ってんだから」
何しろ、貧乏貴族なので物価の上昇はモロに響くのだ。
「毎回、海軍で武装する訳にもいかないし、それに、バティストの反政府組織は、おそらく、穀物をここに運び入れたとしても、何者かに倉庫から盗まれたと言って、それを他国に売り飛ばすだろうな」
何が何でも意図的に物不足の状態を作り出すに違いないという。
「ああーーー。それ、ありえるわね。だけど、この島の商会がキナ臭いって分かってるなら、とっとと逮捕しなさいよ」
「それには確たる証拠が必要だ。秘密裏に捜査する為に船に乗ったというのに、オレの部下は撃ち殺されている。オレが事前に調べたところによると、海賊が本当に乗り込む事は滅多にない。商会と結託している船長が海賊に襲われたと自己申告するパターンが多かったんだ」
「なに、それ? あんた、そこまで調べたの?」
「下っ端の密偵からの調査報告だ」
「その下っ端がお役所で証言したら駄目なの?」
「駄目だな。そいつは元囚人の水夫だから説得力に欠けるのさ」
「それで、わざわざ、王子自らが乗り出したのか」
「オレがいると知って海賊が来たとしか思えない」
「目障りな王子を暗殺する為に商人達が刺客を送り込んだと思ってるのね?」
「ああ、多分、そうだろうな」
やってることが、韓国ドラマみたいだわ。いや、水戸黄門か……。
(何だか、いかにも俺様なキャラだわ。こき使われそうで嫌だな)
そう思ったが口には出さなかった。
昼食を食べた後、また市場の方へと戻っていく。こうして歩いていると、生活が苦しいというのが分かる。
港湾地区の市街地には物乞いの子供がたくさんいる。
(飢えた子供を見るのは辛いわ。かと言って、あたしは、みんなに御飯を配る甲斐性もないのよね)
その時、リリーの巾着袋をひったくる者がいた。まだ子供だ。逃げ去る少年に言ってやった。
「そこの坊や、あたしの巾着袋に入っているのは石コロよ」
リリーは百戦錬磨の元アイドル。
本当に大事なものは腹巻や靴下に入れる。それが鉄則だ。
前世で、治安の悪い海外ロケで財布を盗まれて以来、そうしているのだ。
「な、なんだよ。おまえ、石を持ち歩くのかよ」
少年は石を地面に叩きつけた。リリーは、そばかすが可愛い少年を観察していた。物陰が心配そうに見つめている小さな女の子がいる。おそらく、二人は兄妹なのだ。
裸足の妹は四歳ぐらいなのだが、その手足はガリガリに痩せている。
生きる為にスリをしているのだろう。
少年は妹を守ろうと必死なのだと分かる。
「あんた、スリには向いてないわね。あんたが捕まったら、あんたの妹が腹ペコのまま死ぬのよ。しっかりやんなさいよ」
そして、リリーは改めて手招きしていた。
「あんたに仕事をあげる」
「えっ?」
リリーは反政府の者達が書いたと思われる貼り紙を指さす。
「こういうビラを配ったり、張り紙をする大人があちこちにいるでしょう。そいつが、どこに帰っていくのか調べて報告してよ」
「家まで付きまとうのか?」
「ううん。家じゃなくてもいい。どこかの酒場や店に入ったら、それを教えてよ。はい、これ、手付金よ」
そう言うと、リリーは首から下げて下着のところに隠している財布からお駄賃を渡す。
「ちゃんと教えてくれたら、明日も、あんたの妹にパンを買うお金をあげる。通りの名前と番号を、このチラシの裏に書いて渡してくれたらいいのよ」
こういうプロバガンダを目的とした紙を配る奴等は、まずは上役からチラシを受け取るに違いない。
そこに、彼等のアジトや集会場があり、反政府の演説などが行われるはずだ。
「うん。分かった」
少年が妹と共に立ち去ると、リリーはアーサーに告げた。
「反政府組織のメンバーのアジトとか見つかるかもしれないわよ」
アーサーが尾行すると目立つが、かっぱらいを生業にしている子供が尾行しても不思議がられる事はない。
そんなリリーの型破りな姿にアーサーは唖然となる。
「おまえ、貴族のお嬢様とは思えないな」
「それ、褒めてる?」
「ああ、ある意味、感心している。オレの相棒になるにはピッタリだ」
ということで、リリーとアランは、この島に暗躍する組織について調べ始める事にしたのだ。




