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6

 普段は漁師として働いている船頭は無人島に貴婦人がいるのを見て喜んだ。

「おおっ、良かったですな。船の生き残りがいましたぜ」

 捜索隊を率いるラーソンは継母に向けて尋ねる。

「他に生き残った人はいないのですか?」

「いっ……」

 いると答えようとしたエリーゼの足を継母が踏みつける。エリーゼが痛みに悶絶している間に継母が言い切った。

「わたし達だけですわ」

「あの、栗色の髪の下僕の男のことは知りませんか?」

 ラーソンは踏み込んだ質問をしていく。

「ハンサムな下僕が船倉にいたのでは?」

「ええ、確かに、途中までは生きておりましたが、帆船は沈みましたからね。海の藻屑になったんじゃないかしら。わたしと娘のエリーゼは、たまたまここに流れ着いたようですわ」

 それを聞いたラーソンは絶望していた。

 アーサー王子が死去したなんて信じたくない……。


 他の島に漂着している可能性もゼロではないが、とりあえず、この御婦人達を救出するのが騎士としての務めである。

 という事で、すぐさま連れ帰る事らしたのだが、エリーゼは蒼褪めていた。そして、おずおずとラーソンに呟いたのだ。

「あの、このボートに乗っていた男の人を探しに誰か来るかもしれませんわ。その人を埋めた事も書き記しておきたいの」

「ボートに乗っていた男?」

 ラーソンの目の奥がにわかに光る。

「そこにあるボートを御覧になって。誰だか分からないけど、ここに流れ着いた時には亡くなっていましたわよ」

 その男の風貌を聞く限りアーサーではないと分かり、ラーソンはホッとした。

 しかし、それなら王子はどこにいるのだろう?

 継母はこう言った。

「あなたが探している栗毛のハンサムはここにはいませんのよ。捜索はやめて、さっさと帰りましょうよ」

「……」

 もしかして、この女が言うように、アーサー王子は亡くなったのだろうか。

(あの方は、どこにおられるんだ?)

 ちなみに、エリーゼは物陰でモジモジしていた。

 本当は姉達もここに漂着していたのだとラーソンに伝えたかった。でも、お母様は絶対に言うなという目をしているので言い出せない。

 エリーゼは大きな葉っぱに文字を記した。一応、羽ペンの代わりに先が尖った枝を使ったのだ。

 葉書の語源は葉っぱに文字を書いたことだというのはエリーゼも知っている。

『ごめんなさい。お姉様。私達、救出されました』

 手紙の最後にそう記しておいたけど、こんなの許されるものではない。

 本当は、姉達を待つべきだ。でも、姉達はいつ戻ってくるか分からない。

早朝、漁師達は継母達を乗せて出航したのだが、ボートに疼き待ったまま、何度もエリーゼは振り返る。

(どうしよう)

 今にも泣きそうな顔でエリーゼは考えていた。

 姉とハンサムさんは帰ってこない。もしかして、あっちの島で死んだのだろうか。



   ☆



 こうして、エリーゼ達が無人島を脱出した頃。リリーは、どうしたものかと頭を抱えていたのである。

 何度か海に出て泳いでみたのだが、ずっと絶壁の断崖が続いていて、陸地に上がる経路が見つからない。

 十キロくらい泳げばいいのかもしれないけれど、さすがに、そこまで泳ぐのは危険な気がする。

「ちょっと、あんた、先刻からビールばっかり飲んでるけど、少しはジタバタしたらどうなのよ」

「おまえは馬鹿か……。ここに、こんなにもたくさんの物資があるんだぞ。いずれ、ここに物資を取りに人が来る。その船が来るまで待ってりゃいいんだよ」

 はぁ?

 リリーは怒りに震えた。

「それなら、どうして、あたしが泳いで偵察する前に言わないのよ。あたし、昨日も今日も遠泳してクタクタなんだからね」

 今朝だって断崖沿いに泳いで帰ってきたのである。

「いい運動になっていいじゃないか」

 言いながら、アーサーはニッと笑っている。

 リリーは、このところずっと下着姿で過ごしている。水に濡れると身体のラインが透けて見えてしまう。

「あんた、もしかして、あたしのことエロい目で見てる?」

「さぁ、どうかな」

 ニヤリと笑う、その顔が憎たらしい。

 リリーは、バンッとアーサーの脇腹を小突いた。

「あんたねー、そういうの、セクハラって言うんだからね」

「フーコック島の方言は分からんな。おまえは、おまえの母親達と違って訛っているな」

「うるさいわね。継母は都会育ちだし、娘にも都会の言葉を教えたけど、生憎、あたしは辺境の島で生まれ育ったのよ。それにしても、こんな品物をため込んでいる人達って何者なのかしら」

 アーサーが言った。

「箱に政府の刻印がなかったから密輸業者だと思うぞ。バティストの物価は高騰しているからな」

 アトラス帝国では小麦の価格などは統一されている。しかし、バティストでは度重なる海賊行為によって多大な損害を受けている事を理由に物の値段は上がっている。

 しかし、こないだのあれを見てアーサーは、物価高のからくりを理解したのだ。


 商人達は商品を盗まれていない。

 盗まれたことにして、意図的に物不足の混乱状態を維持している。


「自作自演の海賊騒ぎってやつさ」

 ボートで船員達を船から追い出した後、その船が海に沈んでしまえば、真相は深海の底へと沈み込み、その積み荷が偽物だという事は誰にも分からなくなる。

 保険金は入る。

 要するに詐欺だ。

 アーサーはリリーに言った。

「オレはアストラ帝国の政府関係者でバティストの反乱分子について調べている」

 王子だという事は伏せたまま、調査結果を告げるとリリーが目を見開いた。

「バティストの物価が高いのは海賊のせいかと思ってたら、詐欺だったのね。呆れたわ」

「バディストの商人は狡猾だ。二束三文の積み荷とおんぼろ船を沈めて保険金をせしめて懐を潤してきたんたろうな。浮いた金で独立戦争を仕掛ける資金を確保しているのかもしれない」

「だけど、併合された国の人達が独立を求める気持ちも分からないでもないけどね。アストラ帝国の制度や習慣に従うのが嫌な人達もいるんでしょうね」

「おまえはバティストが正しいと思うのか? バティストという国は人身売買を容認しているのだぞ」

「それは良くないけど、バティスト島特有の宗教を排したりするのはどうかと思うわ。信仰って、人それぞれだものね」

「バティストの坊主どもは色欲にまみれている。だから、廃止したんだ」

「けれど、尼寺は残すべきだったわよ。あそこは、元娼婦にとっては引退後の拠り所なんだから」

 アストラでは娼婦は尼にはなれない。

 しかし、娼婦こそ、世俗から離れて神に救済されるべきだ。

「使用人だったのに主人に手込めにされて、奥様に解雇されて仕方なく娼婦になった哀れな貧民もいるのよ。そういう人達を救う為にバティストの修道院は機能していたのに、ほんと、アストラの堅物どもは何も分かってないわ」

「アストラには、百年前から元娼婦の職業訓練所がある」

「何を言ってるのよ。いくら手に職をつけても元娼婦なんて誰も雇わないわよ」

「いや、誰でもやり直せる。そういうチャンスを与えられるべきだ。我が国では従軍看護師として育成している」 

「ああそうですか。兵士も元娼婦だと思ってケツとか触ってそうだけどね

「おい、おまえ……」

 この問題に関してあれこれと議論したいところだが、そうはいかなかった。

 えっ。

 少し大きめの漁船が洞窟へと入ってきたからである。

「誰かしら」

 アーサーが耳元で囁いた。

「おまえ、余計な事を言うなよ。オレに任せろ」

 その漁船にはむさくろしい男四人が乗っていた。しかも、剣や銃を身体に巻き付けて武装している。リリー達が洞窟の奥にいるのを見つけた彼等は銃口を向けてにじり寄ってきた。

「お前ら、何者だ。そこで何をしている?」

 アーサーは両手を上げた格好で言う。


「助けてくれ。漂流したんだ。セント・ジェーン号が海賊に襲われたんだ。水夫達はボートで逃げたが、オレ達は船に残された。そして、座礁して海に投げ出されて隣の島に辿り着いたんだ。こっちの島を探検していて、生憎、崖から落ちてしまったのさ」

 驚いた事にアーサーの言葉はバティスト島の人達のように訛っていた。だから、彼等は、バティスト民だと思ったようだ。

「その隣の綺麗な姉ちゃんは何者だ?」

 えっ。

 この場合、正直に答えてもいいのだろうか。

「あたしも遭難したのよ。お願いします。どうか、助けて下さい」

 しかし、男達は顔を合わせて顔をしかめている。

「兄貴、こいつらは、どうやら、あれを見たようですぜ。そんな奴等を生かして帰す訳にはいかねぇ」

「そうですぜ。オレ達は、アストラとバティストの両方から狙われてるんだぜ」

「オレ達が捕まったら、みんなが困る。闇市場のこともバティストの金持ちどもは潰そうと必死になってやがる」

 それを聞いたアーサーが仰々しい声で言った。

「おおっ、あなた他達は、バティストの市民の為に品物を密輸しているのですね。本当に立派です。尊敬します。オレはバティストの商業組合が物の値段を吊り上げて儲けていることに腹を立てています。あなた達の同志です」

 リリーは、この会話で色々な事を悟った。

 こいつらは義賊なのだ。

 リリーも男達に媚びるように愛想笑いを浮かべようとしたのだが、男達は苦い顔で言い切った。

「悪いが、おまえ達は秘密を知ってしまった。しかし、殺したりはしない。永遠にここで生きろ。この島には野生の山羊がいる。食い物には困らないさ」

「待ってよ。飲み水はどうするのよ。ていうか、あたしはこんなところで暮らすのは嫌よ」

「だったら、今すぐ殺してやる。心配すんな。遺体を持ち帰って墓も立ててやる。オレ達は極悪非道な悪党じゃないんだ」

 何を言いやがる。殺人は罪なんだぞ。

 男達のボスの男は赤毛の屈強な男だった。そいつがリリーに尋ねた。

「おまえの故郷はどこだ?」

「フーコック島よ。あたしはそこの領主の娘よ」

「何だって。も、もしかして、マードック子爵の娘なのか……。おおっ、神様」

 なぜか、赤毛の男は顔色を変えて神に祈り始めたのだが……。その大きな目には涙が滲んでいる。

「ああ、なんという偶然だ。おまえの母親はベアトリスなんだな?」

「ええ、まぁ、そうですけど」

 しかし、あれは継母。

「おまえはオレの娘だ……。お父さんと呼んでくれ」

 ひしっと、急に抱きしめられてしまいリリーの目が泳いだ。こんなの訳が分からない。すると、男は語り出した。

 自分はベアトリスの恋人で、ベアトリスは妊娠三か月の時にマードック子爵に嫁いでいったのだと。


(ああ、つまり、エリーゼの実の父親。お義母様の元カレなのね)

 男の名はジャン。ベアトリスを孕ませたと知ったベアトリスの兄は、ジャンの足を折ってから屋敷から放り出したという。

「ベアトリスが結婚したからには二度と会ってはいけないと思い、フーコック島には一度も踏み込んでいない。でも、娘が生まれた事は聞いている。おおっ、おまえは母親に似て美人だな」

 その瞬間、アーサーがギョッとしたように顔をしかめた。

(そうよね。継母はどっちかっていうとブスだものね)

 似ていない。断じて自分とは似ていない。しかし、似ていることにしておこう。

「そ、そうなんです。母と私は双子みたいに似ていますのよ。母は若くて綺麗だから、二人でいると姉妹みたいなんですのよ」

「麗しきベアトリスはどこにいるんだ? まさか、彼女は死んだのか?」

「いいえ、生きております」

 こうなったら、このまま娘のフリをして何とか生き延びてやる。

「母は隣の島におりますよ。そこまで我々を連れて行って下さいな。こちらのアーサーは、わたしを救ってくれた恩人です。この人はとてもいい人だから助けて下さいませ。お父様」

 すると、彼はリリー達を乗せて隣の無人島へと向かってくれたのだが、なぜか、誰もいなかった。

 まさか、継母達は犬に食われて死んだのだろうか。いや、それなら死骸が転がっているはすである。

 すると、アーサーかボートに残されていた置手紙を見つけた。

 継母達は無事に救出されたようだ。

 リリーは晴れやかな顔で告げた。

「お、お母様達は別の捜索隊によって救われたようですわ。お母様に会いにフーコック島へ行きましょうよ。お母様は、今でもあなたを愛しておられますわよ」

 それは本当だ。

 しかし、ジャンは泣き笑いの顔で言い切っている。

「オレなんかと関わったらベスの身に災難が降りかかるから駄目だ」

 ベスという愛称で呼んでいるらしい。

「いくら、みんなの為とはいえども密輸は罪だからな。とにかく、おまえ達をパティスト島まで送り届けてやるよ。どっちみち、荷物を納入するついでだ。そこから先は自分で何とかしてくれ」

「お、お父様ぁーーー。あなたが本当の父だと分かって嬉しゅうございます」

 まじで嬉しかった。


 しかし、その頃、アストラの王宮ではアーサー死去の一報が届いていたのである。

 リュカは金髪に青い目の中性的な顔立ちをしている。

「そうか。海賊がアーサーを殺したんだな」

 密偵から耳打ちされた末息子のリュカ王子は、その時、ワイングラスを握ったままニヤリと満足そうに微笑んでいたのだった。

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