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多分、その四匹は家族なのだ。二匹は母と父。残りは子供なのか一回り小さい。
「いやーーーーーっ。こわーい」
エリーゼはアーサーの背中にしがみつく。すると、アーサーが冷たく言い放った。
「動けなくなるからしがみつくな。離れていろ」
アーサーは注意深く見まわしながら小さな斧を握りしめて犬と対峙している。
この中に男は一人。アーサー一人で闘うつもりのようだ。リリーは、明日の漁に使う銛を握りしめて闘おうと気合充分だ。
「アーサー、子供の犬は無視して、リーダー犬だけを狙うのよ。敵将を撃つのが兵法の鉄則よ」
「おまえに言われなくても分かってる」
アーサーは父犬。リリーは母犬と、それぞれを標的にして抗うことにする。
まさに命がけ。
リリーは背後にいる継母に命令した。
「お継母様、あんたも闘うのよ。あんたの大切なエリーゼを守りなさいよ」
「わ、わたしには無理ですよ」
「お継母は、あたしをよく鞭で叩いていたじゃない。あの時みたいに流木で犬をぶん殴るといいのよ。エリーゼ、あんた、昔、野良猫に石をぶつけてたわよね。あんたは小さな流木や貝殻をぶん投げなさい」
「きゃーー」
一番弱そうなエリーゼに犬が飛び掛かった。
そうはさせまいとして継母が犬を叩く。いいぞ、さすが継母。情け容赦ないぞ。ドSの棒さばきがお見事だ。
混戦状態である。リーダーと思われる犬の動きは素早くてアーサーは苦戦している。
リーダー犬に腕を噛みつかれたアーサー。
それを救おうとして、リリーはリーダー犬の頭をぶん殴った。すると、かなりの衝撃を受けたのかリーダー犬はキャインと泣いてよろめいた。たちまち尻尾を巻いて群れを引き連れて去ったのだが、今後も犬が来るかもしれない。アーサーの腕の怪我は重症ではないけれども、しっかりと歯形が残っている。利き腕をやられてしまい、かなり辛そうだ。
リリーが樽に入っているビールで傷を洗い流そうとすると、継母が咎めた。
「飲み水で洗うなんて馬鹿げています」
リリーは強い口調で言い放った。
「アルコールの方がいいのよ。敗血症になってアーサーが死んだらどうするの。水ならまだあるわ。なくなったら、あたしが何とかする」
こっちはサバイバルの達人だぞと言ってやりたかった。
包帯代わりに葉っぱを巻いて手当は完了したのだが、アーサーは犬が去った方向を見詰めながら呟いている。
「おそらく、我々が焼いた魚の臭いに気付いてここにきたんだろうな。ここに四匹の野犬がいるという事は、犬達の餌となっている野生化した豚や山羊がいてもおかしくない」
確かに、そうだ。
船が沈没して、積みの荷の家畜がここに流れ着いた可能性もあるだろう。
リリーは言った。
「ああー。肉、食いたい。豚の丸焼きを食べたいわ」
「こんな腕じゃなければオレも狩りに行くのにな」
それに対してリリは言う。
「狩りに行ったところで、先刻の野犬に囲まれたら、今度こそ、あたし達は食べられるわよ。まずは、あの犬を何とかしないとね。殺すのは気が進まないけど、こっちが生き残る為には仕方ないわ」
「あの四匹は手強いぞ」
「武力で勝とうなんて考えたら駄目よ。罠を仕掛けるといいのよ」
「まさか、落とし穴でも作るつもりなのか?」
オレは穴を掘るなんてごめんだぞと言うアーサーに対してリリーは不敵に笑つた。
「姑息な手を使えばいいのよ」
ようし、やってやる。翌朝、リリーは行動していた。
犬達は干潮の時間を狙ってこっちに渡ってくる。それまでに準備を整えよう。
また日が暮れた。夜になると、どこからともなく四匹が現れた。リリー達は自分達の寝床の近くに焼き魚や焼きダコや焼きイカを並べておいた。すると、奴等は隣の島から渡ってきて、食べ物に直進した。
犬達はそのいいニオイに誘われて一心不乱に食べている。しかし、しばらくすると、四匹ともヒクヒクと痙攣して横向きに倒れた。
リリーはアーサーに耳打ちする。
「毒が効いたわね」
焼き魚やイカに毒のある魚の生の肝臓を塗りたくっておいたのだ。
「うちの島の猟師が教えてくれたのよ。派手な色のタコと魚には毒があるってね」
生憎、即死するようなものではないようだが、犬の動きは鈍っている。
(今のうちに殺処分しなくちゃ)
リリーも銛を握って犬に振り下ろそうとしたけれど、どうしても刺せなかった。リリーは、前世で柴犬の太郎を飼っている。こう見えて犬好きなのだ。
それに、ここにいる犬達も生きる為に必死だ。
(別に、犬が悪いって訳でもないからね~)
でも、ここで殺さなければ自分達がやられる。
「おまえには無理だ。オレがやる。こういうことには慣れている」
そう言うと、アーサーは犬達の頸動脈をナイフで切り裂いた。
「もしかして、家畜を屠る仕事をしていたの?」
「いや、そうじゃない。森の中で狼に襲われた時に撃ち殺した事がある。弾が途中でなくなったんで仕方なく剣で切り裂いた」
「剣? あなた、もしかして騎士なの?」
平民は剣を使うことは禁止されている。
「そう言えば、あたし、あなたの名前以外、何も知らないんだけど、あなた、そもそも、何者なの?」
「……今はまだ言いたくない」
「何をもったいぶってんのよ。まぁいいわ。実は、お尋ね者ですとか言われても困るからね」
おおよその見当はついている。
アストラ帝国には、『王の目』と呼ばれる密偵の組織がある。
名付けてキングアイ。
市場の価格やら、街の風紀など、ひっそりと視察して是正を促す組織だ。
水戸黄門みたいに世直しの役割を果たしている役人達がいるのだ。
(きっと、こいつの上司も、この船の積み荷について調べようとしていたのね、まぁ、実際に調べるのは、こいつみたいな従者って事だな)
しかし、そのおかげで、こいつだけは助かったという事のようだ。
リリーはそんなふうに解釈しながらも、死んだ犬を見下ろしていた。エリーゼと継母は少し離れた場所から尋ねている。
「お姉様ーーー。犬は死んだようですわね~」
「ええ、もうみんな死んだわ。安心して眠りなさい」
ここに来てからは、リリーが食料を調達して家長のような存在となっている。
しかし、継母は、そのことが面白くないようだ。
「あなたに指図されなくても寝ますよ」
とまぁ、いつものように憎たらしい声が返ってきた。
アーサーが犬の遺体をどこかに捨てようとしている。しかし、リリーは引き止めた。
「犬の毛皮を剥ぎましょうよ」
「はぁ? 剥いでどうするんだよ」
「砂場に寝てると頭と肩が痛いから敷物にしたいのよ」
「悪趣味だな……。だが、それはいいアイデアだ」
そう呟いた後、急にアーサーはその場に膝をついて俯いたものだから、リリーは尋ねる。
「アーサー、どうしたのよ」
「いや、ちょっと疲れたみたいだ」
「大変だわ」
腕の傷が悪化したのかと思い、慌てて、傷口を確認してみたのだが腫れているようには見えない。
「もしかして……」
リリーがアーサーの額に手を添えると熱が出ていた。
疲労と緊張が蓄積されたが故に熱を出したのかもしれない。
「犬のことは落ち着いたから、あなたは休んで」
翌朝、リリーとエリーゼは漁に勤しんだ。エリーゼは浅瀬の岩場に迷い込んだ小魚を銛で突いてゲットする度にキャキャッとはしゃいでいる。
継母は、渋々といった感じで灌木を斧で刈り取り、それを浜辺に敷いて干していく。流木だけでは薪が足りなくなっている。
その後も、継母はリリーに命じられてサボテンの実をかき集めていく。
「あなた、この実をどうするつもりなのよ」
「魚を釣る為の餌にするわ。あたし、釣りの名人なの」
この実を砕いて撒くと魚が寄ってきてくれる事に気付いたのだ。
高熱にうなされているアーサーだったが、リリーは、そんなアーサーにウニを差し出した。
「これ、美味しいわよ」
「貴様、こんなものをオレに食えと言うのか?」
「貴様……?」
何て言い草なんだ。
アーサーにとっては、生ウニというのは謎の食べ物のようである。
ホカホカの馬糞を食うのと同じぐらいハードルが高い。
だが、野生児のリリーは上手そうに指ですくって食べている。リリーは善意で勧めた。
「お刺身を食べなよ」
岡山の島育ちのリリーは、お刺身もスイスイとさばける。
「い、いらん。そんなものを生で食うと腹を壊すぞ」
しかし、リリーは美味しそうに食べているものだから、エリーゼが喉を鳴らした。
「お姉様、あたしにもちょうだい」
最初、継母も刺身を拒否していたのだが、エリーゼが勧めると恐る恐る食べ出した。パクッ。美味しいと頷いたのである。
ちなみに、アーサーは寝込んでいたが、丸二日、眠っていると元気を取り戻していた。
アーサーも観念してウニや刺身を食べてみたところ、案外、美味いと感じたようだ。
リリーは、赤み魚の刺身を頬ばるアーサーを見詰めながら快活に語っている。
「お醤油というソースとワサビというハーブを付けて食べると美味しいんだけどね。ああ、早く、この島から脱出したいわ。そろそろ、水も足りなくなってきたのよね。何とかしないと駄目ね」
「明日、隣の島を探検してみようかと思っている。干潮の瞬間を見計らって移動する」
「そっか。それならイカを焼いてあげる。持っていくといいわ」
とまぁ、そんな話をしていた翌日の早朝。
犬の毛皮を敷いて眠っていたリリーだったが、突然、つんざく様なエリーゼの甲高い声が響いた。
「お姉様ーーーーー。大変よ。沖合から小さな船が来たわよ」
救助の船が来たのかと色めき立っていたのだが、船頭らしき者はいない。
岩場の向こうでチャプチャプと漂っていたのは四人乗りの小さなボートだった。
それでも、ボートという移動手段が見つかった事に心躍ったリリーとアーサーはボートを回収したのだが……。
(何、これ?)
ボートには男の遺体が横たわっていたのである。
身なりから察するに貧しい水夫か漁民のようだ。四十歳ぐらいだろうか。細身で地味な顔立ちの男だ。
(この人、一人で来たのね)
なぜ、こんなふうに死んでいるのかは分からないけれど、遺体には致命傷となる傷もなかった。その男の荷物を点検したところ、銃と乾パンや筆記用具や海図などが入っていたのである。リリーは言った。
「この人の遺体をどこかに埋めましょうか」
リリー達は交代で穴を掘った。
継母は、こんな遺体なんて魚の餌にすればいいと言い放ち手伝おうとはしなかった。
リリーは嫌味を言ってやった。
「そんな態度だと、いつか天罰が下りますよ」
「フン、何とでもおっしゃい」
忌々しい気持ちでリリーを見詰める継母は相変わらず偉そうだ。
アーサーは死んだ男が持参していた島の地図を眺めている。
海図には×印が付けられていた。この島のことかと思ったが、そうではないようだ。おそらく、犬達がいる木の生えている島のことだ。アーサーが言った。
「もう一枚、地図がある。ここにも印がついてるぞ」
隣の島の東側に何かがあるらしい。
そこを目指そうとしていて、この男は突然死したようである。
男の遺体を埋めると日が暮れていた。
翌日の早朝、アーサーは死んだ男の銃とリュックを背負って隣の島に向かうことにしたのだった。アーサーは謎の地図に夢中だ。リリーは好奇心を刺激されていた。
「あたしも行くわ」
リリーがそう言うとエリーゼが訴えた。
「お姉様がいないと御飯はどうするのよ」
「大丈夫よ、死んだ男の袋の中に固焼きのビスケットがあるでしょう。それに、あなた、お魚を捕まえられるようになったじゃないの。二日以内に戻ってくるわ。隣の島で水源がないか確認してくるつもりよ」
仮に、隣の島に泉などなかった場合でも、果物などがあれば収穫するつもりだ。
もしも、野生の山羊がいればお乳が飲める。リリーは進みながら思った。
(おおー。ここ、モンサンミッシェルみたいだわ。歩いて普通に渡れるのね)
リリー達は干潮を利用して徒歩で隣の島に移動する。
地図の罰印の地点まで方位磁石を頼りに進もうとしたのだが、生憎、その場所までの道というものは何もない。
黙々と木々をかき分けて進むしかなった。
起伏の激しい岩山のサボテンや灌木の隙間をぬって進み続ける。そうやって、この島の東側へとひたすら進む事、三時間。夕刻、×印の地点にたどり着いたのはいいけれど、そこは断崖絶壁だった。
アーサーは崖から下を眺めながら言う。
「この下は洞窟になっているのか……。もしかして、死んだ男の目的地は洞窟の中という事なのか?」
おそらく、小舟でその洞窟の内部に入るつもりだったのだろう。
「戻ろう。漂流したボートであそこに入るしかないな」
アーサーがそう告げた時、背後から咆哮が聞こえてきた。
振り返ると、なんと、大きな野犬が三匹もいたのだ。またしても大ピンチがリリーを脅かしている。




