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今度こそ幸せになりたい
(チクショー。負けるもんか)
過去の自分の末期を思い返していくうちにハッとなった。
どこかの島の砂浜にうつ伏せの恰好で流れ着いていたからだ。
(えっ……。あっ、あたし、今はバラドルの凛々子じゃなくて、継子虐めに耐える健気なリリーなんだよね。今まで、前世の記憶は封印されていたみたいだね)
漂流しているうちに気絶していたようだ。
他の人達はどうなったのか?
アーサーというイケメンがうつ伏せで倒れている。まさか、死んだりしていないわよね。
心配しながらも、右足でアーサーを小突きまわすと生きていた。
「やめろ。眠いから起こすな」
そんな事を言われてムッとなり露骨に舌打ちする。
前世の記憶が蘇ったが故にリリーの立ち振る舞いが野生化している。
「あんたも無事なようで何よりだわ」
眩しさに目を細めながら見渡すと継母とエリーゼも浜辺に打ち上げられていた。
リリーは継母の脚を蹴ってみる。すると、この人も勢いよく目覚めた。継母は言う。
「ここはどこですの?」
「さぁね。分かんねぇわ」
つい、うっかり、リリーは前世のキャラのまま喋っていた。リリーも疲れている。いちいち、シンデレラみたいな健気な娘を演じる気力もない。
それにしても、継母は、自分の娘のことだけは心配なのだな。
真っ青になりながら、継母はエリーゼを揺さぶっている。
「あら、嫌だ。この子、息をしてないわよ」
「いや、息はあるわ。まだ生きてるけど、だいぶ弱ってるみたいね」
リリーはエリーゼに対しても水を吐かせようとマッサージを施すと、やがて、エリーゼは目覚めたのだが、その顔は血の気が少なくて虚ろだ。
頭が痛いと呻いている。しかも、額に手を当ててみると熱を出している。
「これはヤバイ。熱中症だわ」
昔、無人島でのサバイバルドキュメンタリーを撮った時、こういうふうに熱中症になった出演者がいた。その時は、スタッフが用意した冷たい水を飲ませたのだが、ここには、ミネラルウォーターなんてありゃしない。
(この界隈は地中海気候だから、寒くはないんだけど、緑地は少ないのよね)
それでも、果物が自生しているかもしれない。リリーは背後にある木々の周囲を探し回った。
「エリーゼ、この果物を食べなさい」
これはサボテンの実だ。形はマンゴーに似ている。それを地面に置くと足でぐりぐりとこすりつけていくと皮がなよっとなってきた。リリーは器用に手で剥くと差し出したのだが……。
「嫌よ。こんなのまずくて食べられないわ」
「うっせぇ。死にたくなかったら食えって言ってんだよ」
つい、リリーは大声を出していた。
えっ。
継母が大きく目を開いている。
やべぇぞ。リリーの清楚なキャラが崩壊している。
(ああー、もう、面倒くさい)
小間使いのように何でも言う事をきいていたが、これからは好きに生きてやる。
「エリーゼ、言っとくけど、水分をとらないと死ぬよ。それでもいいの?」
「い、嫌よ」
「それなら、おとなしく食べなさい。つーか、あんたが食わないなら、あたしが食べるわ」
カブッ。齧ってみるとやはりまずかった。
しかし、背に腹は代えられない。継母もそれを悟ったのかエリーゼに言い聞かせている。
「いいから、エリーゼ、果物を食べなさい。お母様もいただくわ」
そんな会話をしているとアーサーがゾンビのように憂鬱な顔でこちらにやってきた。
「オレにも、それを食わせてくれ」
リリーは肩をすくめた。
「後ろの岩山の天辺ににサボテンが生えてるから好きに採りなさいよ」
無人島といっても熱帯雨林のトロピカルな島ではない。前世で例えるなら地中海のパルテノン神殿とかが建っているような島だ。
トロピカルフルーツのマンゴーやココナッツなどはない。
こういう島では水の確保が困難である。
すると、アーサーがサボテンの実を齧った後、皮肉な顔で言った。
「やっぱり、これは駄目だな。いいものを見つけたぞ。酒でもを飲むとしよう」
「はぁーーー。こんな無人島にそんな気の利いたものがある訳ないじゃないの。あんた、馬鹿じゃないの」
思わず、口汚く罵っていたのだが、アーサーは浜辺の端っこに漂着した樽をドヤ顔で運んできた。
浮き輪代わりに使った樽が、ここに一緒に漂着したようだ。
念の為に確認すると二つの樽の中身はビールと水だった。
(おおっ、水が入ってる。最高じゃ。ラッキーじゃ)
ふと、リリーの中で岡山弁に戻っていた。
とにかく、これなら、当分は飲み水には困らない。
「それじゃ、あとは食べ物だね。あたし、素潜りが得意なんだ」
リリーは岡山の田舎にいた頃から海に潜るのが好きだった。
「ナイフと斧を入れていた袋もちゃんと漂着してるのね。よっしゃ。これで生き延びられるわ」
海に流れ着いた灌木を拾うと、その先端をナイフで削るリリー。
銛を作ろうとしていたのである。
「お継母様、エリーゼ、いいわね。乾いた木をたくさん用意してね。火をくべて用意しておいて。そして、アーサーだっけ。あんた、この島に人がいないか探して」
「おまえがオレに命令するのか?」
「何なのよ。不服なら、あんたが素潜りをする?」
「……いや、潜るのは苦手だ」
「そうよね。だから、あたしが魚介類をゲットしておくわ。そうね、ワインやビールを飲むコップになりそうなものを探してよ。なけりゃ、そこらへんにある葉っぱでコップを作るといいわ」
そう言い残すと、リリーはドレスを脱ぐ。アーサーはギョッとしたようにリリーを見ている。
下着姿になっただけである。
バラドルの時なんて、ホタテでおっぱいを隠してエロイ写真を撮った事もあるリリーにしてみれば、これぐらいはどうってことない。見られても平気だ。
「ドレスのまま潜る馬鹿はいないからね。じゃねー。いってきまーす」
軽やかに言い残すと海に向かうと、ロブスターや大きな貝や魚といったものを次々とゲットした。
意気揚々と戻ったのだが、継母達は薪となる乾いた木を用意していなかった。
「ちょっと、あんたら、どういうつもりなのよ。あたし、言ったよね。木を拾えって」
「お黙り、リリー、母親に向かって何という言葉遣いをしているのですか?」
パーンッ。
いつものように継母は頬を叩いた。
負けじと、リリーはドンッと力任せに継母の肩を突き飛ばす。
すると、継母は仰天したように言った。
「あ、あなた、何なのよ」
またしてもリリーを叩こうとしたので、リリーは持っていたロブスターを継母の顔に当ててやった。すると海老に鼻を挟まれそうになった継母はひぃーっと悲鳴を上げた。
リリーは悪魔のように言い放つ。
「お継母様、いいから、早く枯れた枝を集めなよ。でないと、じきに日が暮れるわよ。そしたら、痒い虫に刺されて、最悪、伝染病になって死ぬんだよ。それでもいいの?」
前世では、貧乏な芸能事務所の稼ぎ頭となり奮闘しおり、仕事がない時は、自分からテレビ局を巡って営業してきた。
とにかく行動あるのみ。それが前世の凛々子のモットーである。
凛々子の逞しさは今も健在だ。
「そんなことより、エリーゼはどこにいるの?」
「あの子なら、お腹が痛いと言って、茂みに向かいましたよ」
後ろの丘の灌木の茂みで用を足しているらしい。リリーは顔をしかめてエリーゼに向かって叫んだ。
「そんなところでケツを丸出しにするなんて馬鹿な真似はやめなよ。蛇にケツを噛まれたら死ぬわよ」
ケツ?
継母は下世話な言葉に顔を歪めている。
しかし、リリーは気にしていない。
「お姉様、怖い事を言わないでよ」
灌木の陰から情けない声を出している相手に向けてリリーは言った。
「いいわね。今度、おしっこやうんこをしたくなったら海の岩の狭間でやんなさいよ。海水でケツを洗うとスッキリするわよ」
「お姉様、そんなこと、大声で言わないでよ。どうなってるのよ」
エリーゼもリリーの変貌ぶりについていけないのか、おおいに狼狽えている。
「体調が悪いなら、木陰で寝てなさい」
リリーは、相変わらず下着姿のまま火をくべる。
せっせと乾いた枝を探し回っていく。
継母は、そんなリリーに対して不服そうにしており、ブーッとむくれている。
こうして改めて見ると、継母はガリガリで不細工だ。
(エリーゼは母親に比べるとマシな顔をしているわね。なんつーか、目元は愛嬌があるわ)
きっと、継母の元カレは、それなりに男前だったのだろう。
リリー主導で魚や貝を焼き始めているとエリーゼの体調も回復したのか起き上がった。
「お姉様、アーサーはどこですの?」
「人が住んでいないかどうか、島を巡回しているわ」
浜辺の奥にはポツポツと植物は生えているけれど、ほとんどは岩だ。
(ここが、漁民が立ち寄るような島ならいいんだけど、どうなのかしらね)
もちろん、偵察に出ているアーサーの分の貝や魚は残している。
継母は四十四歳。海賊達にばばぁ扱いされていたけれど、確かに老けて見える。というか、エリーゼを産んだのは三十歳だから、異世界ではかなりの晩婚だ。
リリーは、エリーゼを誘って無人島生活に役立ちそうなものを集めた。
ちなみに、大きな貝殻はコップとして明日も使う。
継母とエリーゼは食べ終えた。振り返ると継母がおしっこをしに少し離れた場所に移動する様子が見えた。
リリーは言った。
「エリーゼ、あんた、自分の本当の父親の顔を知ってるの?」
「顔は知らないけど、お母様の幼馴染みたいよ。ずっと、その人と結婚したいと親にお願いしていたそうよ。お継母様、三十歳になるまで、その人と結婚しようとして自分に関する悪い噂を流してお見合いの話が来ないようにしていたらしいわ」
「へーえ、そうなんだ」
前々から悪知恵が働くとは思っていたのだが、継母は、そこまでして好きな人と結婚しようと努力していたとは……。
その必死な生き様は嫌いではない。
(ふうん、一途なんだ。なんか、そこだけは見直したわよ)
とはいうものの、リリーを女中の様にこき使うのはよろしくない。
(あたしは、もう泣き虫のリリーとは違うんだからね)
妹と共に葉っぱを集め終えた後、リリーが継母に対して言った。
「寝るまで時間があるわ。乾いた木や枯草をたくさん集めて下さいよ。でないと、明日の朝御飯はないと思って下さいよ」
駄目だ。やってることが継母と同じじゃないか……。
パワハラな自分に少しだけ嫌気がさしてきたが、働いてもらわないとこちらも困る。
「そんなこと、いたしませんわ」
継母は頑なに薪集めを拒否しているので仕方なくリリーが集めた。
エリーゼは継母に比べると従順だった。
漁の銛になりそうな流木を見つけ出すと、それをナイフで鋭く尖らせる作業に夢中になっている。
そうこうしているうちに、浜辺の東の果てから戻ってきたアーサーが報告してきた。
「駄目だ。無人島だ。この島は岩場が多いな。向こうに見える島は、もう少し草木が生えているみたいだ。干潮になれば隣の島に移れるかもしれない。明日にでも行ってみるよ」
「そうですか。それじゃ、夕飯をどうぞ」
「海老と貝か……。どっちもあんまり好きじゃないんだが仕方ないな」
「はぁーーーーー。嫌なら食べなくてもいいのよ」
リリーはアーサーの俺様な態度にイラッとなる。
継母ですら、食べ物の文句は言わなかったというのに、こいつは何様なんだ。
リリーの怒りの形相を肌で感じながらも、アーサーは焼き魚と貝を食べている。
そして、リリーと共に食べ終えた後、顔をしかめた。
「やはり、焼いただけだと物足りないな。果物や野菜から抽出したソースをかけたいものだな」
「そんな贅沢が許される環境じゃないんだからね。いちいち、文句を言わないでよ。つーか、あんたも薪を集めなさいよ」
何しろ、まともな木らしきものが生えていないので流木だけが頼りなのだ。アーサーは継母と違って働いてくれている。何本かの流木を集めてくれた。
その夜、リリー達四人は火の近くで身体を横たわらせて眠ることにした。
しかし、顔が砂だらけになるのは避けたいので脱いだドレスを丸めて、大きな葉っぱでくるみ、枕にすることにしたのである。
継母達も、地面に葉っぱを敷いたり、あれこれと工夫しながら浜辺で眠りこけている。
グルルルッ。
(えっ、この唸り声は何?)
深夜、気付いたら複数の光る眼に囲まれていた。嫌な予感に胸がざわつく。
それは、隣の島から人間や焼き魚の臭いを鍵つけて集まってきた四匹の大きな野犬だった。




