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(えっ、どこから現れたのよ? 馬車の音はしなかったわよ。こいつら徒歩で来たのかしら。もしや、山賊?)
振り返った途端に蒼ざめた。粗野な男達がリリーを囲んでいる。
相手は三人。リリーは、突然、通せんぼするように立ちはだかる男達に戸惑っていた。
(まさかっ、こいつらはソフィーの手下なの?)
見極めるようとして観察する。
「おい、くそがき、逆らうな。でないと、てめぇの頭をボコボコに潰してしまうぞ」
太い棒のようなもので脅されたリリーは顔を引き攣らせる。一応、アーサーから銃を受け取っているけれど、さすがに、前世でも銃は撃ったことはない。
(サバゲーをやっておくべきだったわ……)
そんな後悔をしながら、リリーは粗野な男達を睨み続ける。
追剥ぎ達は、卑しい顔つきで馬車の中を覗き込むと、うっひょーと嬉しそうに奇声をあげた。
「やったぜ。兄貴、こいつらは金持ちのようだぜ。若くて綺麗な女だ。この女もいただいてしまおうぜ」
「あなた達、何者なの?」
軽蔑するようなリリーの問いに男達はイヒヒと笑う。
「別に名乗るほどの者じゃねぇよ。小僧、死にたくなけりゃ、両手を上げてこっちに来やがれ」
そう言うと、男達は馬車の中からテレンスとアーサーを引きずり出したのだ。
「お、おやめ下さいませ」
テレンスは今にも泣きそうな声で懇願している。
「お、お金ならば差し上げますわ」
そう言うと、テレンスはフリルのついた綺麗な巾着袋を相手に差し出した。中には金貨が入っている。
「おおーーー、ついてるぜ」
男三人は無邪気に喜んでいる。
「兄貴、この女どもは別嬪だ。護衛もつけずに女だけで旅をするなんて馬鹿な奴等だぜ」
それを聞いてリリーは確信していた。
こいつらは、ソフィーの刺客ではない。ただの追剥ぎのようだ。テレンスとアーサーも同じ事を考えていたらしい。テレンスが膝まづいて彼等に懇願した。
「お助け下さいませ。どうか、ひどいことをしないでくださいませ」
「おおーーー。本当に綺麗だな。心配するな。命までは奪わないさ。金と、おまえの身体をいいだけば満足なのさ」
ここを通る旅人から色々なものを奪ってきたのだろう。
(こいつら、女子に不埒な真似をしてきたんだわ。高貴な女性は被害に遭っても名誉を守る為に何も訴えないと思ってるのね)
男達は、それぞれ、アーサーとテレンスを茂みの奥へと連れて行ったのだ。
御者役のリリーの手足は縄で縛られて拘束されている。
あいつらの仲間と思われる一番下っ端の男は馬車の側で兄貴達の帰りを待っている。
おや、どうしてかしら、その表情は曇っている。
(この子は十五歳ぐらいかしら)
リリーは冷めた顔つきで言った。
「あんた達、いつも、あんなことをしているの?」
「オレはやらない。でも、オレ、あいつらに借金しているから、時々、こうやって追剥ぎに参加するしかないんだ。そうしないと、オレの姉ちゃんを売られちまう。仕方なくやってんだ。恨まないでくれ」
「ふうん、そうなんだ」
「オレ、気付いてるぜ。おまえ、本当は女だろう?」
リリーはビックとなる。
「そのまま黙ってりゃいいさ。あいつら、貴婦人に手を出して満足したら、すぐにずらかると思う」
そう告げる横顔には恥と苦悩が滲んでいる。
(この子もやりたくないのにやらされてるんだな……)
真っ暗な森。馬車に掲げたランタンと月明りだけが頼りだ。
「おかしいな。いつもなら、もっと早く戻ってくるのに」
下っ端の少年がそう呟いた時、背後から少年の首に向けて腕が伸びてきた。
後ろから忍び寄ってきたのはアーサーだった。
少年は首を絞められて窒息しそうになっている。リリーは慌てて引き留めた。
「アーサー、駄目よ、その男の子は悪い子じゃないから許してあげて」
そう言うと、アーサーは絞める手を緩めた。その間に、テレンスがリリーの縄を解いてくれている。
ゴホッ、ゲホッ。むせた後、少年は絶望したようにアーサーを仰ぎ見た。
「アーサー、この子、自分の姉を守りたくてこんな事に加担しているだけなの」
少年の名はレオン。ところで、あの二人の男達はどうなったかというと……。アーサーは自分にキスしようとした男を地面に叩き落としながら腕をへし折り、そのまま気絶させたそうなのだ。そして、テレンスはというと……。
押し倒されてもがいているところを、背後から忍び寄るアーサーに助けられたという。
それで、追剥ぎコンビは気絶したまま木にくくりつけられているというのである。
女と間違われて襲われたテレンスはブルッと身震いしている。
「僕、あいつとキスしちゃったよ。もう、女装は懲り懲りだよ」
そう言うと、テレンスはペッと唾を吐く。持参していた水で口をすすいでいる。
アーサーが少年に言う。
「おまえ、こんな事、これからも続けるつもりか?」
「したくないさ。だけど、やらなきゃ、姉ちゃんが売られちまう。あの兄弟から金を借りてんだよ」
少年は、こんな事に巻きこんだお詫びにリリー達を自宅に招いてくれた。粗末な小屋である。
「どうしたの……。この御婦人方はどうしたの?」
今まで、追剥ぎの仲間にさせられていた事を告げると、少年の姉も涙ぐんで声を掠らせた。
「あの厭らしい兄弟は、どこまでも強欲なのね」
あの兄弟の土地を借りているという。あの兄弟は賭け事が好きだ。
賭場の借金を穴埋めする為に追剥ぎをしていたようだ。
「あの、うちの弟がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません。狭い家ですが、どうか、お入りください。ベッドは二つありますので、御婦人方はそこを使って下さい」
「いや、オレとこっちの金髪美人は男なんだ。それで、こっちの貧相なそばかすの少年は女だから、この娘にベッドを貸してやってくれ。オレ達は馬小屋にハンモッグを吊るして寝るよ」
すると、少年が言った。
「それじゃ、オレも納屋で寝ます」
ということで、ベッドはリリーと少年の姉が使うことになった。
もう深夜である。リリーは、慣れない御者の仕事をしてヘトヘトに疲れ果てている。
(まじで腰が痛いな。明日も、こんなふうにハラハラしながら進むのかな……)
ハリウッド映画の主人公のように次から次へと事件に巻き込まれている。
果たして、アーサーを無事に送り届けることが出来るのだろうか。
そんな不安を感じながらも眠りについたのが……。
☆
ちょうど、その頃、離宮の東棟の豪奢な部屋のベッドからこっそりし抜け出した者がいた。
それは、第三王子のリュカである。
(ここは、マルゴットがの祖母が住んでいるランスル県だ……)
といっても、馬に乗って一時間以上離れた村の丘の上の小さな屋敷に住んでいるのだが、王都から通う事を思うと、断然、近い。
会いたい。マルゴットに会いたい。
リュカの中で、そんな気持ちがはちきれていた。
(この離宮にマルゴットを呼び寄せようと言ったら、お母様は、とんでもないと言って僕を叱った……)
どうやら、お母様はマルゴットのことがあまり好きではないみたいだ。
多分、あの憎らしいアーサーの婚約者だから好きになれないのだろう。
(でもね、マルゴットは天使のような人なんだよ)
一目、彼女に会いたい。きっと、僕が会いに来たと知ったら、涙を流して喜ぶに違いない。
リュカは、これまでに何度も地図を見てマルゴットの祖母の家までの道程を頭に叩き込んでいる。
(少しだけここを抜け出してマルゴットに会いに行こう。僕はも明け方にこっちに戻ればいい)
いつも、リュカの護衛をしている男も、さすがに真夜中は眠っている。
幸い、今夜は目ざといロークがいない。
今こそ抜け出すチャンスだ。
そう考えたリュカは、勝手に離宮を抜け出すと白い馬に跨り、マルゴットのいる村を目指して動き出したのだが、周囲は真っ暗闇である。
恋は盲目。
リュカは誰にも内緒で出掛けたのはいいが、目的地とはまるで違う方向へと走り出している。
そして、深い森の中で立ち往生してしまう。
(あれれ、ここはどこなんだ?)
森の迷路をさまようようにして動き回っていくうちに、馬が動いてくれなくなってしまっている。
「おい、こら、動けよ」
無理に馬を進ませようとしたせいだ。馬が反発をしてリュカを振り落としている。
ドサッ、リュカは苔むした地面に落下する。
「おい、待てよ。僕を置いていくな」
叫んでも無駄。馬は勝手に走り出していく。
深夜、リュカは森の中に置き去りにされてしまい、顔面蒼白のまま座り込んだのだった。
☆
翌朝、アーサーはレオン少年に金貨を渡した。
「これは王都までの旅の費用だ。朝一番に、ここから出ろ。こんな村にいたら、また、あいつらに利用されるぞ」
「でも、僕達、行くあてなんてありません」
「いいから、ここで雇ってもらえ。紹介状を書いておく」
そう言うと、アーサーは少年と少年の姉に就職先を斡旋したのだった。
リリーは尋ねた。
「何の仕事を紹介したの?」
「ラーソンの屋敷のメイドと従者にしてもらう。オレの紹介となれば、執事も採用するさ」
住み込みで働けるとなれば安心だ。
「ああ、そうだ。このドレスはもう必要ないから、あなたが着るといい」
そう言うと、アーサーは少年の姉のマデリーンに手渡した。
テレンスも自分が着ていたドレスを手渡している。
しかし、少年の姉は恐れ多いと言いたげに困惑している。
「こんな綺麗な服、あたしなんかにもったいないです」
「ここに泊めてもらった宿賃だ。必要ないなら、これを古着屋で売ってもいい。朝飯も美味かった。いいね。二人とも、すぐにこころを出ろ。森に置いてきた奴等に捕まらないように逃げろよ」
この家は借家なのだという。追剥ぎの兄弟からの借金というのは、ここの家賃のことだったようだ。
少年の姉は追剥ぎ兄弟から借金した額をテーブルに残してから立ち去っている。
律儀な姉弟だと感心する。
(それにしても、追剥ぎ兄弟、許せないわ。熊の餌にでもなればいいのにさ)
少年は、旅立つ前に振り返った。
「アーサー、リリー、テレンス。皆さん、ありがとう」
二人を見送った後、リリーは言った。
「あたし達も早く出発しようよ」
アーサーが首を振ると、まだ眠そうな顔のテレンスを指さした。
「テレンスの髪を切らなくちゃならないんだ。こいつの髪をリュカそっくりにしてくれ」
「どういうつもりよ?」
リリーが怪訝な顔をしているとアーサーが言った。
「ロークの直属の部下達は王族の護衛をしている。つまり、リュカの顔を知っている。だから、テレンスをリュカだと思わせたなら、向こうも簡単には撃ったりする事は出来ないという訳だ」
「ああ、なるほどね……。見ようによっては、アーサーがリュカを拉致して人質にとっているようにも見えるのね)
王都を出る際、テレンスに影武者をさせるつもりで、リュカが身に着けそうな衣服も用意していたというのである。
「いざという時は、オレの盾になってもらいたい」
そんなことを本人にハッキリというところが、いかにもアーサーらしい。
しかし、こう付け加えるのも忘れなかった。
「君に何かあった時は、君の家族の面倒は一生みる」
「分かりました。そこまで言って下さるのなら従います」
リリーはアーサーのアドバイスに従ってテレンスの前髪を整えた。
以前のテレンスは肩までの長髪だったのだが、リュカと同じスッキリとした短髪に仕上げると、みるみる王族らしくなってきた。
女装した時点で眉を細くしていたのだが、本物のリュカも眉は細く整えているという事なのでちようどいい。
アーサーは、テレンスの変身ぶりに感嘆の声を上げている。
「いや、これは母親でも区別が付かないほどに似ているな」
「そんなにリュカ王子に似ていますか?」
「ああ、ソックリだ。でも、喋ると偽物とバレるかもしれないから、少し練習しよう」
そう言うと、アーサーはテレンスにレクチャーし始めたのだ。
『兄上を撃たないで……。僕が殺されちゃうよーー。やだーーー。怖いよぉーー』
この台詞を呟くと、アーサーが駄目だしをしてきた。
「もっと、馬鹿っぽく喋ってくれ。あいつは五歳の子供みたいなもんだからな」
テレンスは困ったように眉根を寄せながらも、何度も練習してくれた。
『ローク、こっちに来ちゃ駄目だよ。みんな、そこを離れて。僕、まだ死にたくないよう。みんな、兄上から離れてーーー』
泣きべそ顔で懇願する練習をしているテレンスを横目で見つめながら、リリーは顔を洗う。
(馬鹿な末っ子王子に扮装するのも大変だな)
いやいや、テレンスの心配をしている場合ではない。
そんなことより、離宮までの道を頭に叩き込んでおかなくてはならない。
ここから、そう遠くはない。せいぜい、馬車で二時間ほどで辿り着く。
しかし、遭えて、少し迂回して進むとアーサーが言っている。
☆
リリー達が、再び、馬車に乗り込んだ頃。離宮では、ちょっとした騒ぎが起きていた。
リュカがこんな手紙を残していることに周囲の者が気付いたからだ。
『愛する人の元に向かいます。すぐに帰ってくるので心配しないでください』
ソフィーは呆然となる。
「あの子、夜中に抜け出したのね」
愛する人とは誰なのだ。まさか、マルゴットに会いに行ったのだろうか。
なぜ、あの子は勝手な事をするのだろう。この離宮にはラーソンと宰相もいる。
(まさか、宰相があの子を深夜に連れ出したのかしら)
しかし、宰相とラーソンには見張りをつけており、奴等の動きは封じている。
(子飼いの護衛の数も限られているわ)
おかげで、リュカを見張る者がいなくなった事が仇になっているようだ。
ソフィーは苛立ちを隠せない。そこにロークが現れた。ロークは負傷している事を隠したままソフィーに近寄る。
「王妃様、ただいま、この離宮に到着しました。アーサー王子のことなら心配いりません。どの関所も我々の手の者を配置しております」
すると、ソフィーは激しくロークを叱責した。
「アーサーのことなど、今は、どうでもいいわ。リュカが行方不明になりました。早急に探しなさい」
「はっ、かしこまりました」
という事で、ロークは移動する。マルゴットの屋敷の方向へと向かうが、リュカらしき人物を見た者がいない。それもそのはず。
方向感覚のないリュカは見当違いの方角に進み、森の奥深くを彷徨っていた。
泣きながら、お腹が空いたと嘆いている真っ最中なのだ。
そうとは知らないロークは死に物狂いになって探し回っていく。
☆
「どこだ。リュカ様はどこにいる?」
いつもは冷静なロークの額に汗が滲んでいる。そんな中、アーサー達の馬車に遭遇した。ロークとその部下。合計四人が馬車を取り囲む。真っ先にロークが叫んだ。
「おい、中にいるのは誰だ。ここは王領地だぞ。勝手に入っていいと思っているのか?」
「……ローク、久しぶりだな。オレの顔を忘れたのか?」
馬車からアーサーは顔を見せると、ロークは色めき立った。
離宮まで、あと一キロ。アーサーを行かせてなるものかとロークは銃を構える。
御者台にいたリリーは、いざとなったら、ロークを殴ってでも暗殺を阻止しようと決意しながらも様子を窺う。
ロークは部下に指示してアーサーを撃ち殺すつもりでいる。
リリーは生きた心地がしなかった。全員、拳銃を構えている。
今、馬車を急発車させたとしても相手は馬で追いかけてくるだろう。リリーの心の中がザワザワしてきた。
(ひゃーー。マジでやばいと思うだけど……)
出発前、アーサーはこんなことを言ったのだ。
『リリー、おまえも、巻き添えをくらって殺される危険性もある。それでも、同行してくれるだな?』
『もちろんよ。でないと報酬がもらえないもの』
ここまで来たらクライマックスまでお供する覚悟だとは言うものの、やっぱり、まだ死にたくない。
いや、それ以上にアーサーに死んでほしくない。
でも、このピンチをどう切り抜ければいいのだろう。じりじりした空気の中、不意に声を発した者がいた。
「皆の者、兄上を殺さないでくれーーーーー」
そう呟いたのはテレンスだった。




