17
色々と思案した結果、ラーソンはリリーに伝言を残すことにした。
その内容はこうだ。
『今夜、日付が変わった後、アーサー王子を救出する予定だったが、わたしは王妃の護衛を任されたので参加できなくなってしまった。しかし、救出作戦は実行する。リリー、君が指揮して王子を救出してくれ。退役軍人のマーフィーという男が、君の助けになるだろう。マーフィーは退役軍人のジョンの店にいる』
書き終えると、ラーソンに忠実な宮廷の清掃婦に託した。
「これ、あんたに」
城の前にある屋台の前でうろついていると、掃除婦の声が聞こえたのでリリーが振り返ると、彼女は、もう去っていた。スッ。いつのまにか、手紙をスカートのポケットの中に入れられている。
こっそり、それを読むと、リリーは唇を噛んだ。頼りにしていたというのに、ラーソンは手伝ってくれないと知りガッカリした。
皮肉なものだ。アーサーの部下が、敵の王妃を護衛するお役目を受けてしまうとは。
(王子の元へと向かわせない為にラーソンを指名したのね。したたかな女だわ)
とりあえず、退役軍人のジョンが営む居酒屋とやらに行くことにしたのだ。
(いやいや、しかし、あたしが指揮するって言われてもね……)
マーフィーとやらが誰だか分からないし、その人達がリリーを信用して動いてくれるかどうかも未知数だ、
それでも、リリーが頑張るしかない。
という訳で、その足で、すぐさまジョンの店とやらに向かった。
なぜか、店は閉まっていた。
ドンドンッ。何度、扉を叩いても誰も出てこない。そうっと、窓から店を覗き込むと、初老の男三人が頭や腹を撃たれて倒れていたのである。
(やだ、これ、どういうことなのよ?)
この中に退役軍人がいるのかどうかも分からないが、ここにいるとヤバイという事は分かる。
店の様子を窺っていると、トンと肩を叩く女がいた。
「お嬢さん、あんた、この店に何の用だい?」
「いえ、あの……。ここにあたしの知り合いがいるんじゃないかと思って見に来たんですけど……」
「ほんの数分前、中で発砲音が響いたんだよ。店は休憩中で店主と店主の友人が撃たれたみたいだね。あの人達、昔、軍人だったと聞いている。何か恨みでもかってたんじゃないのかねぇ。おおっ、こわっ」
「あの、マーフィーという人は死んだ人の中にいますか?」
「ああ、カウンターの前で倒れている。あのじいさんがそうさ」
「……」
駄目だ。
ラーソンが頼りにしていた助っ人は死んでいる。
「ねぇ、あんた、ここいらで見ない顔だね……。ちょっと言葉も訛ってるけど、どこから来たんだい?」
「いえ、あの……。街に仕事を探しに来たんです」
「へーえ、そうかい? それなら、あたしが紹介してあげようか」
リリーに話しかけてきた年増の女性も何だか怪しい……。
(このおばさん、何者?)
細心の注意を払わねばならない。バティスト島で悪辣なギャバ達に追われた経験のおかげで危機意識が高まっている。
「い、いえ、やっぱり、親戚の人にメイドの仕事を紹介してもらいます」
リリーは半笑いを浮かべたまま、そこから立ち去った。
「おや、親戚がいるなら安心だ」
言いながら、その女は自分の家に戻っている。
どうやら、本当に近所の女だったようだ。
リリーは曲がりくねった石畳の路地を一人で進む。
酔っぱらいや物乞いやスリの子供達が横行する汚い街だ。窓にガラスなどほとんどないような古い家屋が続いている。
しかし、大きな通りに出ると、突然、立派な馬車が目の前を横切った。その時、馬車の黒塗りの側面にリリーの姿と街並みが映ったのだが……。
その瞬間、リリーの喉はひりついた。
リリーの背後に痩身の若い男が張り付いている事に気付いたからだ。
誰だか知らないけれど、目付きが怖い。
(うわっ……。やっぱり、あたし、誰かにストーキングされてるじゃん。やべぇわ)
多分、ラーソンと逢引宿で会った瞬間から、奴等の監視下に入っていたのかもしれない。
こんな状態ではテレンスの自宅には戻れない。何とかして、あいつらを撒かねばならない。
リリーは足早に歩いた後、ドレスや帽子や化粧道具を買い求めたのである。
(また、再び、妖艶なアンジェリーナ・ジョリー風のマダムに戻るしかないわね)
人通りが多い場所なら、あいつらも手が出せないだろう。
後ろから刺されないように気を付けながら足早に歩くと、女子修道院が目についた。リリーはいそいそと女子修道院へと向かった。
そこは、以前、マルゴットが逃げ込んだ女子修道院である。
「す、すみません。寄付に参りました。ですが、お腹が痛くてたまりません。お手洗いはどちらでしょうか」
真っ先に女性トイレに向かうと猛然とメイクを開始した。
(よっしゃ、もはや別人だわ。整形レベルのメイク術だもの。追手に対して誤魔化せそうだわ)
あとは、衣装を変えて歩き方も尻を振るような感じにすれば出来上がりだ。
脱いだ服は修道院に寄付すると、相手は不思議そうにリリーを見つめていた。来た時と顔が別人になっているからだ。
リリーは悪びれることなく言った。
「た、体調が戻りましたのでお化粧する気持ちが復活しましたの。これも、神の御加護ですわね。おほほ」
「急に服のみならず、顔まで変えてどうされたのですか」
「き、気分転換ですわ」
笑って誤魔化そうとしていると、女子修道院の院長が言った。
「ここには、色々な事情で女性が駆け込みます。あなたの事情は尋ねません。しかし、帰る際には気を付けた方がいいですよ。あなたが、ここに来てから、ずっと怪しい男が裏門に張り付いていますよ」
「わ、分かりました」
リリーは、裏門から出るのをやめて堂々と正門から出ることにしたのである。
(うっそーー、正門にも見張りの男がいるじゃん)
浮浪者の恰好をしているけれど、あれはどう見ても王妃の手の者だ。
(あたし、面が割れてるからね。以後、気を付けなきゃ。ほんと、精神が擦り切れるわ。ああ、もう心拍数が上がるわ)
シャナリ、シャナリ。猫のように歩く。
妖艶な女の歩き方は疲れるけれど、別人になりきるしかない。
ヒヤヒヤしながらも何とか坂道を下っていく。
そして、思い切って振り返る。すると、もう追手はいないのだと分かってホッとした。
(それにしても、王妃達は、あたし達の行動をどうやって知り得たのかしら)
☆
ここは王妃の私室。すっかり身支度を整え終えたソファーは、最後に外套を羽織った。ソフィーの背後には女官が三名いる。最も位の高い女官がソフィーに囁いた。
「王妃様、そろそろ、出発されますか?」
「ええ、そうね。急がないと遅くなるわ」
ソフィーは計画通りに事を進めたい。
この日の為に様々な人を買収している。ラーソンの伯父である退役軍人のマーフィーのことも事前に調べ上げている。
「報告します」
すると、王妃の元にトッドというロークの部下が現れて耳打ちした。
「老兵は始末しました」
セント・ミレイ号にアーサーがいる。どうされますかと、トッドはソフィーの指示を仰ぐ。
すると、彼女は嫣然とした笑みを湛えたまま言ったのだ。
「今夜のうちに、アーサーのいる船を燃やしてしまいなさい。王にコレラを移した船員に対して怒った民衆の仕業という事にしておげばいいわ」
ソフィーは何としてもアーサーを亡き者にしたい。
本来、王を殺す必要はなかった。
長男と次男が死ねば、必然的にリュカが皇太子になるからだ。
むしろ、意識が朦朧としたままの王が生きている方が都合が良かった。
王妃を愛してる王が健在な間は、宰相も謀反など起こさないからだ。
(今回、アーサーを殺す為に色々と計画を練ったのよ)
本当は航海の最中にアーサーを暗殺する予定だった。
しかし、殺し損ねたからには急がねばならない。
ちょうどコレラ騒動をでっちあげた後だったのでコレラを利用することにしたという訳なのだ。
といっても、本物のコレラ菌を宮殿に持ち込むような真似はしない。
幸い、ヒ素中毒とコレラの症状は酷似しており、専門医でも解剖をしない限りは見分けはつかない。そして、聖なる王の遺体を解剖するような医師はいない。
ソフィーは宮殿を出て離宮に向かう馬車の中で回想していく。
(これまで着々と事を進めてきたのよ)
ソフィーの協力者のロークとソフィーの侍女。この二人以外に秘密を知る者などいやしない。
それにしても、ロークは何をしているのだろう。
(確実にバティスト島で暗殺する為に派遣したというのに、どうして、アーサーはまだ生きているのよ)
ロークは少し感傷的なところがある。
とはいうものの、ロークは最も頼りになる男なのだが、リュカがロークの息子だという事は誰にも知られてはいけない。
(二つの王族の血を引いていると信じ込んでいるリュカの為にも、嘘をつき通すしかないのよ)
これから王としてリュカは国を治めていく。その為には、リュカを支える妻が必要になる。
(リュカはアーサーの婚約者のマルゴットという娘のことが好きなようだけど、マルゴットは駄目だわ……)
マルゴットの父親は名門貴族の出だが、他の貴族を牽制する度量や気概はない。
それに何より、マルゴットは忌々しい宰相の姪だもの。リュカの妻に相応しくない。
(宰相一族は目障りだわ)
いつも、宰相の派閥にいる貴族達はリュカのことを、『頭の悪い子犬』だとか、『下町育ちの雌狼の子』と揶揄してきた。
ソフィーも、宮殿で働くようになった当初は色々と言われて傷ついたものである。
(アーサーの母親にべったりと媚びて信用を得ることで、わたしは力を蓄積していったのよ……。この先も国で最も地位の高い女として君臨してやるわ)
その為には、リュカの妻となる女は慎重に選びたい。
(幸い、マルゴットはアーサーの死にショックを受けて尼僧になると言っているわ……。でも、念の為に殺すべきかしら)
ソフィーの悪意は加速する。
☆
「リュカ様の馬車を囲むようにして騎兵を配置しろ」
「はい、かしこまりました」
「わたしは王妃の馬車を護衛する」
ソフィーの豪華な四頭立ての馬車を先導するようにして馬に跨るラーソン。
こうして移動していても落ち着かない。
アーサーのことが気になっていた。
(くそっ。王子は無事なのか……)
王妃と王子の移動という事なので、その前後に人や馬などはいない。
あらかじめ、一般人を街道筋から追い払っている。
道路の端っこに追いやられた通行人達は、王族の豪華な二台の馬車が移動する様を羨望の眼差しで見つめている。
貧し気な服装の人々がコソコソと噂していた。
『どういう訳か、宮殿でコレラが発生したそうだぞ。王様は感染して危篤状態だそうだ、だから、王妃様と王子様は安全な田舎に移られるそうだ』
『本当か。そりゃ大変だな』
『三十年前の悪夢が蘇るな』
『そうだな、あの時、港湾地区の者達がたくさん死んだな』
☆
大きな馬車だ。従者と二人きり、車内で退屈しているリュカは愛するマルゴットについて考えていたのである。
(ああーーー。マルゴットに会いたい……。彼女の姿を見たい)
離宮から二時間ほどの村にマルゴットの祖父母が暮らす館がある。
今、マルゴットはそこで暮らしているようなのだ。
噂によると、マルゴットは尼僧になりたいと友人にこぼしていたという。
(やはり、君は、アーサーと結婚したくないんだね。だけど、断れないから、仕方なく尼になろうとしているんだね)
リュカは自分に都合のいいように考えていた。
確かに、マルゴットは知り合いの修道女に尼になりたいと呟いている。しかし、その原因はリュカである。
リュカに追いまわされる恐怖から逃れたくてそういう愚痴をこほしていた事をリュカは知らない。
リュカは焦りを募らせていた。
一度、尼僧になる儀式を受けたならマルゴットは王族とは結婚できない。そういう決まりなのだ。
これでは何のためにリュカがアーサーの死を願ったのか分からない。
愛しいマルゴット。
十七歳で人生を諦めて尼になるなんてどうかしている。
(あと少しの我慢さ。僕の母様がアーサーを殺してくれるよ)
だから、早まらないでくれとリュカは祈る。
(僕が王様になったなら、君を迎えに行くと話してあげよう。そうすれば、彼女は安心するに違いない)
何としても思いとどめさせなければならない。リュカは、ソフィーの目を盗んでマルゴットに会いに行く決心をしていたのである。
☆
(ふう。やれやれ)
リリーは妖艶なマダムのメイクのまま馬車に乗り込み、テレンスの実家に辿り着いたのだが……。
「えっ、リリーなの?」
テレンスは、リリーの変化に面食らっている。
リリーはテレンスには洗いざらい話していくと、テレンスは目を見張った。
「何て恐ろしいんだ……。王妃様は本気でアーサー王子を抹殺するつもりなんだね」
「そうなのよ」
「まずいよ。それなら、停泊している船に刺客を送り込むかもしれないよ」
「あっ……」
その時、リリーは無人島に流れ着く前に体験した発砲事件が脳裏を過った。
(あの時、定期便に海賊のフリした奴等が雪崩れ込んできたのよ)
一度ある事は二度ある。
深夜、奴等が船に乗り込み船員達を殺すかもしれないと伝えるとテレンスは険しい顔になった。
「アーサー王子の腹心の部下は、もう頼れないんだよね」
「そうよ、絶望的だわ」
頼りになるはずのラーソンは離宮へと向かっている。
他の役人や兵隊に訴えたところで埒が明かない。
それどころか、リリー達は、その場で口封じに殺されてしまうかもしれない。
テレンスが言った。
「とにかく、大急ぎでを救出しよう」
だが、リリーはジャンを救おうとして逆に捕まった経験がある。
「作戦なしで突き進むのは危険よ」
一応、テレンスには考えがあるらしい。
「僕は港湾の役人や警備兵達の勤務の時間も把握しているよ。当直室で酒を飲んでいることも知っているし、その当直室にお気に入りの娼婦を連れ込んでいることも分かっている」
この時間帯、港湾施設にいる当直の事務員は一人。
ちなみに、見回りの警備兵は二人。
この三人を眠らせるなり気絶させればいいとテレンスは断言している。
ということで、深夜、みんなが寝静まった頃にリリーは港に侵入する事になった。
リリーが色仕掛けで、三人にすり寄り、お酒や食べ物を売りながら身体も売り歩く女のフリをしようという作戦である。
夜中、リリーは行動に移した。そして、見事にリリー達は見張り役の男達を眠らせる事に成功した。
あとは、アーサーにボートでこっちに上陸するように知らせるだけたなのだが、拡声器など持っていない。
いや、持っていても、そんな大きな音をたてる訳にもいかない。
リリーは元気よく宣言した。
「テレンス、あたし、アーサー達の船まで泳ぐわ。帰りはボートで戻る。こいらが目覚めても動き出さないようにちゃんと縛っておいてね」
事務員はすでに縄でグルグル巻きにしており、事務室に閉じ込めている。
警備兵が持っている剣や武器などをチェックしながら、テレンスが言った。
「うん、こいつらは薬と酒でぐっすり寝ているから、その間に、アーサーを連れ出しておいで」
当初の目的はアーサーだけを上陸させるつもりだった。
リリーはクロールでダイナミックに沖へと泳ぎだしていく。
そして、左舷まで来ると立ち泳ぎの状態のまま大声で叫んだ。
「アーサー、あたしよ。起きてよ」
深夜なので全員が寝ているかもしれない。
しかし、じきにアーサーが甲板から水面にいるリリーを覗き込むようにして叫んだ。
「リリー、どうした?」
「まずは、あたしを船に乗せて」
縄梯子を垂らしてもらい甲板に上がると、リリーはフーッと脱力したように座り込んだ。
「アーサー、今すぐ、ここから出て上陸するのよ。王妃は、あなたが、ここにいる事に感づいたから殺しに来るわ」
「それが本当なら、みんなが危ない。逃げるなら全員でないと駄目だ」
「そ、そうね」
しかし、船長を含む他の者達はここに残ると言い出した。
「どうして、ここに残るんですか?」
「おまえさんが王子だとか何とか、そんな話をされても信じ難いのだよ。それに、こんな深夜に街に出ても泊まるところもない。俺等はおまえさんが何者でも構わない。困っているのなら逃げなさい。我々は、ここを出るとしても朝になってからだよ」
リリーはもどかしさに喉が詰まった。
「そ、そんな事を言ってたら、あなた達も殺されますよ。あいつら、血も涙もない奴等なんだから」
実際に殺された人達を見ているのだ。心配だった。リリーは涙目になっていた。
「船長、あたしのこと信じて下さい」
そんなふうにムキになっていた時、アーサーが眉を寄せた。リリーの口を塞ぐと船長に告げた。
「誰か、ここに近付いています」
そう言うと、アーサーは船長達に部屋に閉じこもるように告げた。
他の船員は船底でスヤスヤと眠っている。アーサーは銃に装填すると、上甲板に置いてある樽の背後に身を顰めた。リリーはアーサーとは別方向にある木箱の陰に隠れる。
チャプンッ、チャプンッという水音と共にボートが近付いてくる。
奴等は暗殺者なのだ。
以前の様に乗り込もうとしたなら、そいつの船に火を放ってやる。石をぶつけてやる。そう思い、リリーはお手製の火炎瓶を手にしていたのだが……。
なんと、敵も同じ事を考えていた。
深夜、そっと忍び寄ると、まず、甲板に油の入った瓶を投げ込んできた。
ガシャン。
油が甲板やマストに染み込んでいく。
すると、奴等は、甲板に落ちるように軌道を計算してボートから火の矢を放ってきた。
やばいぞ。
プワッと引火している。
「あいつら、あたし達を焼き殺すつもりなのね」
ムカついたリリーは立ち上がると左舷へと駆け寄った。
そして、すぐ下にいるそいつらのボートめがけて、まだ破裂していないまま転がっている油の入った瓶を投げ返してやった。
「これでも喰らえ」
そして、リリーは火のついた棒をやり投げの要領で投げ込んでいく。
(ざまーみろ、あたしは槍投げのロケもやってんだよ)
すると、そいつらのボートも燃えだした。
向こうは、海水をくみ上げて早々と消火しているではないか。
くそ。
「悔しいーー」
帆船のヘリで地団駄を踏んでいると、また、火矢が飛んできた。
「リリー、顔を出すな。危ないぞ。伏せていろ」
アーサーはそう言うと、銃を構えてボートにいた男の頭を撃ち抜いた。
ボートに乗っている刺客は四人。
アーサーは、巧みに奴等を撃ち抜いている。三人が負傷して呻いている。
元ソフトボール部のリリーは次々と石を投げ込んでやった。すると、そのうちの一個がボートの櫂を操っていた船頭の男の頭に当たり気絶した。
すると、最後の一人となった男が、悔しまぎれに銃で発砲してきたものだから、リリーはしゃがみ込む。
バーンバーンバーンと大きな音が響く。すると、うちの船員達もゾロゾロと上甲板に出てきたのである。
「なんだこりゃ。うちの船の船尾が派手に燃えてやがる」
船員達が消火しようとするけれど、アーサーが叫んだ。
「もう、この船を捨てて陸に上がった方がいいぞ」
みんなで泳ごうという事になった。
敵を乗せたボートはこの船の左舷にいる。
みんな船乗りなので泳ぎには自信がある。この中で泳げないのはアーサーぐらいなものだ。
左舷に残っている敵のボートの男と遭遇したなら、こちらはやられてしまうかもしれない。
「船長、あたし、あいつらのボートを沈めるわ。あいつらを生かしておけない。きっと、攻撃してくる」
「いや、待ちなさい。あいつらも負傷したり気絶している。残った一人はボートの水を汲みだそうとして焦っているぞ。おそらく、あの男は泳げないのだ。ボートはやがて沈むだろう。放っておきなさい」
そうっと上から覗いてみたところ、船長の言う通りだった。ボートで唯一元気な男は、ボートが浸水していることに慌てている。
「アーサー、あなた泳げる?」
アーサーも人並みには泳げるけれども今は足を痛めている。
そんなアーサーの腰に縄をくくりつけながら船長が言った。
「アーサーは、ビールの小さな樽に捕まっていろ。オレ達がおまえを沖まで連れて行ってやるよ」
「そうよ、アーサー、あたし達が引っ張ってあげる」
ドボン、ドボン。次々と海に飛び込む。
敵のボートはその音を聞きつけて、リリー達がいる左舷側へと進もうとするが、浸水騒ぎで、それどころではなさそうだ。
よし、今のうちだ。船乗り達は、港を避けて、わざと埠頭や桟橋のないところまで泳いだ。
なんとか、陸地を見つけて這い上がったのだった。
アーサーはぜぇぜぇと荒い息を繰り返しながら、船員達に感謝していた。
「ありがとう。この恩は必ず返す」
「いいって事よ」
「そうだぜ。アーサー、仲間じゃねぇか」
そんな会話をしているが、リリーは敵の動向が気になる。
敵のボートはここから少し離れたところにいるが、仲間を呼んだりしたら大変だ。
こちらは丸腰なのでどうにもならない。
不安に駆られてキョロキョロしていると背後から声をかけられていた。
「リリー」
その声はテレンス。
「テレンス、大変なのよ。ボートに乗ってここまで来た奴等に船を燃やされたわ」
「もちろん、ここから見てたよ」
そう言うと、テレンスは自分の背後を指さした。
「望遠鏡で陸から様子を見ていた男がいた。そいつは奴等の仲間のようだったから、僕がこっそりと棒で殴っておいたよ」
「ありがとう、テレンス、助かるわ」
とにかく、全員が無事で何よりだ。
しかし、テレンスは沖合を振り返りながら残念そうに言う。
「僕の父さんの船が燃えている。もう破産するしかないのかな」
「そんなことないわよ。アーサーが王様になれば、きっと報奨金をくれるわよ」
そう呟くと、テレンスは頷いた。
「そうだね。それに賭けるしかないね」




