【死の渓谷】
死の渓谷
「ん~~~~っ!終わった終わったぁ!いやー、今日のヘキサギア残骸掃除は骨が折れたねぇ。さっ、メイ!次は最重要任務だよ!今日の食堂の日替わりは特製デミグラスハンバーグらしいの!急ごう!」
『……フレンダ。移動ベクトルがルートから逸れています。精密検査室への最短経路はB-4通路です。貴女が現在向かっているのは……』
「あー……いやだなぁメイちゃん、こっちはほら、裏道?お腹空きすぎて方向感覚狂っちゃったかなー、あはは!」
『否定します。生体スキャン正常。空腹による判断能力の低下は見られません。その先にあるのは食堂です。また検査をすっぽかすつもりですね?』
「うぐっ……!だってさぁ!私ってば自分でも引くぐらい頑丈じゃん?傷だって寝れば治るじゃん?毎回毎回、血を抜かれたり変な光当てられたり……もう飽きたよ」
『フレンダのその“尋常ならざる回復力と汚染耐性こそが、定期検査を必要とする理由です。それに少佐より通達済みです。『駄々をこねるようなら、ヘキサギアの使用権限を剥奪する』と』
「 少佐、またそんな脅しを……!わ、わかったよぉ。行けばいいんでしょ、行けば……。……ねぇメイ、検査終わったら購買のチョコケーキも追加していい?」
『……バイタル及び精神状態を考慮し、糖分摂取の必要性を認めます。ただし、私と戦闘訓練プログラムに参加することが条件です』
「うえぇ……メイの戦闘狂め……。……ま、いっか。ありがと、メイ!」
視界いっぱいに広がるのは、無機質なグレーの仮想空間だ。
だが、そこに再現された敵の数は、現実の戦場でもそうそうお目にかかれない密度だった。
『警告。敵性飛行ドローン群、接近。数、およそ120。包囲殲滅陣形をとっています。フレンダ、どう捌きますか?』
コックピットの中で、メイの嬉々とした声が響く。
フレンダは操縦桿を握りしめ、碧眼を瞑りため息をつく。
「どう捌くも何も、メイが難易度設定をヘルモードにしたんでしょう!?……やるしかないじゃんっ!」
≪戦闘開始≫
フレンダがペダルを踏み込むと同時に、愛機ロード・インパルスの前部に増設された大型ブースターが、仮想の青い炎を噴き上げた。
凄まじいGがフレンダの体を襲うが、彼女の特殊な肉体はその負荷をものともしない。
「うぉぉぉぉっ!?速いっ!」
機体は群がるドローンの隙間を縫うように、鋭角的なジグザグ機動で突っ込んでいく。
四方八方から放たれるレーザーの雨。フレンダはそれを目で見て避けているのではない。
肌で感じる殺気のようなものを頼りに、反射だけで機体を滑らせていた。
『右舷、角度30、距離接近。被弾予測率89%』
「そこっ!」
メイの警告が終わるより早く、フレンダは機体を横ロールさせながらナイトビアンコの大型剣を振るう。
すれ違いざま、ドローンが真っ二つに爆ぜた。
『反応速度、コンマ1秒短縮。……素晴らしいです。ですがフレンダ、まだ動きに無駄があります。次は回避行動を最小限に。弾道予測ラインを視覚情報に直接オーバーレイします』
「えっ、ちょっ、視界が赤い線だらけなんだけど!?これ全部敵の射線!?」
『ええ。その隙間を通り抜けてください。貴女の肉体スペックと私の演算能力があれば可能です!さあ、もっと効率的に踊りましょうフレンダ!』
「この戦闘狂KARMAめ!」
フレンダの叫びとは裏腹に、機体の動きは洗練されていく。
メイが計算し尽くした安全地帯の極細いラインを、フレンダの野性の勘が正確にトレースする。
傍から見れば、まるでロード・インパルスが弾幕の未来予知をしているかのような、神がかった回避運動だった。
ブースターが唸りを上げ、一瞬の交錯の後、数十機のドローンが連鎖爆発を起こして仮想空間に消えた。
【演習終了】
『……全敵性体の排除を確認。演習終了です。お疲れ様でした、フレンダ。バイタルは安定、精神負荷も許容範囲内です』
VRバイザーを外したフレンダは、ロード・インパルスの背中の上でぐったりと体を預けた。
これだけのGと集中力を強いられたのだ。並の兵士なら気絶していてもおかしくない。
「はぁ、はぁ……疲れた……。メイ、アンタ絶対、途中から楽しんでたでしょ……。私のこと、生体パーツか何かだと思ってない?」
メイのカメラアイが、心なしか満足げに点滅した。
『否定します。フレンダは私の最高の相棒です。フレンダの戦闘データは非常に興味深い。通常の人間範疇を超えた反応速度、実に効率的でした』
「はいはい、褒め言葉として受け取っとくよ。で、 約束は?」
フレンダがジト目で睨むと、メイは空中にホログラムウィンドウを展開した。
そこには購買部の在庫状況が表示されている。
『チョコケーキ、残り3個。今なら間に合います。糖分補給に向かいましょう、フレンダ』
「っしゃあ!さっすがメイ!話が早い!よーし、糖分目指して全速前進ーっ!」
「フレンダ、廊下は走らないでください」
先程までの疲労はどこへやら。
フレンダは弾かれたようにロード・インパルスの背中から飛び出し、食堂へと駆け出していった。
「あったぁぁぁーーっ!ラスト一個!!」
フレンダの手が、ショーケースの最後の一つ、艶やかなチョコレートコーティングが施されたケーキを鷲掴みにした。
勝利の雄叫びを上げるフレンダ。その背後で、メイが静かに、しかしどこか得意げに補足する。
『購買システムへのアクセス、及び在庫確保処理完了。私の計算通りです、フレンダ』
「愛してるよメイ!今日だけはアンタが女神に見える!」
フレンダが満面の笑みでケーキの包装を剥がそうとした、その時だった。
「廊下を疾走し、食堂で喚き散らす。お前の辞書に規律という文字は載っていないようだな、フレンダ」
その声は、食堂の喧騒を一瞬で凍りつかせるほど低く、冷たかった。
フレンダの動きがピタリと止まる。
錆びついた機械のような動きで振り向くと、そこには腕を組み、氷のような視線を向ける青い軍服の女性士官が立っていた。
「げっ……しょ、少佐……!?」
ヴァネッサ・ヘルシング少佐。
フレンダの上官であり、白堊理研における彼女の管理者だ。
少佐はコツコツと軍靴の音を響かせ、フレンダとの距離を詰める。
その威圧感に、フレンダは思わずケーキを背中に隠して後ずさった。
「あ、あの、これはですね!任務と訓練の後の、ささやかな栄養補給というか……!ちゃんと検査も受けました!異常なしでしたし!」
「報告は聞いている。……メイ」
少佐の鋭い視線が、通信端末のKARMAへと向けられる。
メイは即座にフレンダの周囲にホログラムデータを表示した。
『はい、少佐。フレンダのバイタルは安定。先ほどのヘルモード訓練による筋繊維の微細な断裂は既に修復傾向にあります』
「馬鹿者め」
少佐の言葉が鞭のように飛ぶ。
フレンダがビクリと肩を震わせた。
「検査結果が良いからといって、自らの肉体を実験動物のように酷使するなと言っている。お前の体は、お前だけのものではない。リバティー・アライアンスの、そして私の部隊の重要な戦力だ。無駄な損耗は許さん。……自覚を持て」
「は、はいっ! すみません……」
フレンダがしょんぼりと項垂れる。
少佐はため息を一つつくと、厳しい表情をわずかに崩し、手に持っていた何かをフレンダの目の前に突き出した。
「……これを飲め」
「え?」
それは、高栄養価の配給ミルクだった。
「糖分だけでは身体組織の修復はできん。タンパク質とカルシウムも摂取しろ」
「え……あ、ありがとうございます……?」
フレンダが呆気にとられながらミルクを受け取ると、少佐はフレンダの乱れた金髪に付着していた埃を、無造作に手で払いのけた。
その手つきは驚くほど優しく、しかし一瞬で離された。
「それと、メイ」
『はい』
「訓練プログラムの難易度調整は適切に行え。コイツが壊れれば、次に困るのは貴様だぞ」
『了解しました。……ですが少佐。フレンダのポテンシャルを引き出すには、現在の負荷設定が最適解であると判断します』
「……フン。似た者同士か」
少佐は呆れたように肩をすくめると、踵を返した。
「休憩が終わったら作戦室に来い。次の任務のブリーフィングだ。遅刻したら、そのケーキは没収だ」
そう言い残し、颯爽と去っていく少佐の背中。
その歩調は、激務に追われているはずなのに、部下の安否を確認しに来たことなど微塵も感じさせないほど厳格だった。
フレンダは温かいミルクとケーキを交互に見つめ、へへっと笑った。
「……なんだかんだ言って、優しいんだから。ねー、メイ?」
『肯定します。少佐の心拍数及び声紋解析の結果、フレンダへの叱責に含まれる感情の30%は懸念、残りの70%は呆れでした』
「呆れが大半じゃんっ!!」
フレンダは温かいミルクを一気に煽ると、大事なケーキに齧り付いた。
その味は、厳しい上官の不器用な優しさと相まって、格別に甘く感じられた。
照明が落とされた室内に、立体ホログラムの青白い光だけが浮かび上がっている。
先ほどまでの甘い空気は微塵もない。そこに在るのは、鉄と硝煙の予感だけだった。
「状況を開始する」
フレンダが席に着くと同時に、少佐が低い声で告げた。
ホログラムが展開し、複雑に入り組んだ渓谷の地形が表示される。
「今回の作戦目標は、このK-9旧鉱山地帯に墜落した輸送機の積荷回収だ」
地図上の赤い点が点滅する。
その周囲には、無数の敵性反応を示すマーカーが群がっていた。
「墜落機にはLAが極秘裏に開発していた『新型ヘキサグラム貯蔵カプセル』の試作品が積まれている。
ヴァリアントフォースもこの情報を嗅ぎつけたようだ。現在、パラポーン部隊と複数のヘキサギアが現場へ急行している」
フレンダは地図を見つめ、真剣な眼差しで呟く。
「敵より先に回収して、離脱しろ……ってことですね。でも少佐、K-9地区って……」
「ああ。かつての結晶炉暴走事故の影響で、極めて高濃度のエレメント汚染が残留している『死の谷』だ」
少佐は淡々と事実を告げた。
「通常のガバナーであれば、アーマー越しでも数時間で汚染障害を引き起こす。だが、VFは無人機や、汚染をものともしないパラポーンを投入している」
(だからこその、お前だ)
少佐は心の中でそう付け加えた。
この過酷な環境下で、アーマーの限界時間を超えて活動し、かつVFの精鋭を振り切れる機動力を持つ者は、この白堊理研においてフレンダが最適だろう。
彼女の化け物のクローンとしての特殊体質が、最も残酷な形で活きる任務だった。
「……フレンダ。ロード・インパルスと、メイの演算能力。そしてお前のタフさだけが頼りだ」
その言葉に、フレンダはニカっと不敵に笑った。
彼女は自分が選ばれた本当の理由を知らない。自分の腕が見込まれたと信じているその笑顔は、あまりに眩しく、そして危うい。
「任せてください、少佐。私とメイは誰にも捕まえられませんよ」
『肯定します。現在の機体コンディションは良好。前部ブースターの出力係数も、汚染領域内の気流に合わせて再調整済みです。それに、敵性ヘキサギアとの交戦確率は98.7%。楽しみですね、フレンダ』
「うわ、この戦闘狂め……。ま、やることは変わらないか。食べて、走って、帰って寝る! それだけでしょ!」
フレンダが立ち上がり、敬礼する。
その姿に、少佐は一瞬だけ痛ましげな色を目に浮かべたが、すぐに指揮官の仮面を被り直した。
「……作戦開始時刻は0030。敵主力と鉢合わせれば、増援は望めないと思え。何としても生還しろ。以上だ」
「了解!」
フレンダが部屋を出ていく。
その背中が見えなくなった後、一人残された少佐は、モニターに映る「K-9地区」の汚染数値を睨みつけ、拳を握りしめた。
「……フレンダ。またいつものように生きて帰ってこい」
誰もいない作戦室に、少佐の独り言だけが静かに溶けていった。
視界は最悪だった。
かつての結晶炉事故が吐き出した高濃度のヘキサグラム汚染が、紫色の濃霧となって谷底を覆い尽くしている。
通常のガバナーなら、アーマーの警告音が鳴り止まないであろう死の世界。
だが、その霧を切り裂き、疾走する影があった。
「うっわ、錆臭い!最悪の空気だねぇ!」
ロード・インパルスの背中で、フレンダは鼻をつまむ仕草をした。
防護フィルター越しでも感じる不快感。
だが、彼女の肉体はそれを「不快」と感じるだけで、機能不全には陥らない。
『警告。前方および左右より熱源多数。パラポーン・センチネル4、ボルトレックス2、随伴ドローン多数。完全な包囲網です、フレンダ』
メイの声は、警告と言いつつ弾んでいる。
「待ち伏せかぁ、VFも必死だね。メイ、最適なルートは?」
『正面突破が最短かつ最適です。敵戦力の殲滅により、安全な帰還ルートが確保されます』
「うわぁ、 やっぱり正面突破選んでくるかぁ」
フレンダはため息をつきながら操縦桿を押し込む。
ロード・インパルスが獣の咆哮を上げた。ゾアテックス発動。
≪Combat Mode: Open≫
霧の中から、VFの主力第三世代ヘキサギアボルトレックスが姿を現し、プラズマキャノンが火を噴く。
直撃コース。だが、フレンダは真剣に操縦桿を傾ける。
「遅いっ!!」
ドォォォォォッ!!
機体の前部に増設された大型ブースターが、進行方向とは逆向きに爆炎を噴射した。
凄まじい逆Gによる急制動。
トップスピードで突っ込んできたロード・インパルスが、物理法則を無視したかのように空中で静止する。
ボルトレックスの放ったプラズマ弾は、何もない空間を虚しく通り抜けていった。
「なっ……!?」
敵ガバナーの驚愕が、外部スピーカー越しに漏れ聞こえる。
その一瞬の隙こそが、フレンダの狙いだった。
「ターン・エンドっ!」
急制動の反動を利用し、機体を強引に前転させる。
振り下ろされるのはナイトビアンコの大型刺突剣。
質量そのものを叩きつけるような一撃が、ボルトレックスの頭部ユニットを粉砕し、そのままコクピットごと大地に縫い付けた。
ギャアアアギィィッ!
『敵機撃破。素晴らしいインパクトです。右、来ます』
メイの冷静な指示。
フレンダは確認すらせず、感覚だけで機体を右にスライドさせる。
そこには、音もなく忍び寄っていたパラポーン・センチネルの姿があった。
「見えてるよ!」
ロード・インパルスの前脚が、センチネルの胸板を蹴り飛ばす。
吹き飛んだ敵兵に向け、メイが制御する機銃が正確無比な追撃を加え、空中で爆散させた。
『残り敵性体、14。フレンダ、左舷の岩場を利用してドローンを一掃します。角度45度で壁面走行を』
「了解、行くよメイ!」
フレンダの操作に迷いはない。
ロード・インパルスは岩壁を垂直に駆け上がり、高所からドローンの群れを見下ろす位置についた。
「これならまとめていける!」
前部ブースターとメインスラスターを同時噴射。
機体そのものを回転させ、巨大な「弾丸」となって敵陣の中央へ突撃する。
次々と鉄屑に変わっていくVFの兵器たち。
汚染された紫の霧の中で、ロード・インパルスの黒い装甲とフレンダの金髪だけが鮮烈に輝いていた。
数分後。
静寂が戻った谷底に、ロード・インパルスが荒い排気音を立てて佇んでいた。
その足元には、回収目標であるカプセルが転がっている。
『戦闘終了。エリア内の敵性反応、消失。フレンダ、心拍数が上昇しています。アドレナリン分泌過多です』
「はぁ、はぁ……疲れたぁ」
フレンダは額の汗を拭い、大きく息を吐いた。
激しい戦闘と高濃度の汚染。通常の人間なら立っていることすら不可能な状況で、彼女はただスポーツの後のような心地よい疲れを感じているだけだった。
「まぁ、こんなものかな。メイ?」
フレンダが尋ねると、メイは一拍置いてから答えた。
『……肯定します。貴女との戦闘データは私の予測演算を常に上回る。実に有意義な時間でした』
「そりゃどうも。さぁ帰ろうか。少佐が怖い顔して待ってそうだし」
ロード・インパルスがカプセルをマニピュレーターで掴み、踵を返す。
死の谷を背にするその足取りは、来た時と同じように軽やかだった。
『除染プロセス、完了。機体表面の残留汚染濃度、基準値以下まで低下。隔壁開放を許可します』
アナウンスと共に、隔離隔壁が開く。
整備員たちが汚染測定機を片手に恐る恐る近づく中、漆黒のロード・インパルスは、湯気のような熱気を立ち上らせて鎮座していた。
その背中からフレンダがひょいと飛び降りる。
まるで近所のコンビニに行ってきたかのような軽さだ。
「お疲れ様、メイ。機体のメンテは整備班長にお願いしといて。私は少佐に報告してくるから」
『了解しました、フレンダ。少佐は執務室で待機中です。
心拍データから推測するに、少佐は現在極度の緊張状態、いわゆるイライラ状態にあります』
「うわ、それはマズい。早く報告しないとと、雷が落ちる」
フレンダはヘルメットを小脇に抱え、足早に格納庫を後にした。
すれ違う整備員が彼女のアーマーについた煤と、平然とした顔色を見て「化け物か……」と小声で囁くのが聞こえたが、フレンダは気にも留めなかった。
(お腹空いたなぁ……今日の夜食なんだろ)
「失礼します。フレンダ・ディーコン少尉、ただいま帰投しました!」
ドアをノックすると同時に、フレンダは声を上げた。
執務机の奥、書類の山に埋もれていた少佐が、ゆっくりと顔を上げる。
その赤い眼が、フレンダの全身を頭の先からつま先まで素早くスキャンするように走った。
五体満足。大きな外傷なし。
それを確認した瞬間、少佐はため息をついた。
「……報告はメイから受けている。目標物の回収、および敵部隊の殲滅。見事だ」
「へへっ、ありがとうございます!いやー、結構ギリギリでしたよ?メイってば、また無茶なルート計算するんですから」
フレンダが茶化すように言うと、デスク上の端末からメイの声が響いた。
『異議あり。生存確率と任務達成率を最大化するための、極めて論理的な判断でした。結果、ボルトレックス2機の撃破に要した時間はわずか42秒。効率的です』
「効率的すぎでしょ!こっちはGで目が回りそうだったんだから!」
ギャーギャーと言い合う一人と一機を、少佐は呆れたように、しかしどこか安堵した表情で見つめていた。
彼女は立ち上がると、サイドテーブルに置かれていたポットから温かい紅茶を注ぎ、フレンダに差し出した。
「飲め」
「えっ、いいんですか? 少佐の秘蔵の茶葉じゃ」
「構わん。貴様の泥水を啜ったような顔を見ていると、こちらの気分が滅入る」
相変わらずの憎まれ口だが、カップからは芳醇な香りが漂っている。
フレンダはありがたく一口啜った。温かさが酷使した体に染み渡る。
「はぁ~……生き返るぅ……」
「それで、K-9地区の様子はどうだった」
少佐が問いかけると、フレンダは表情を引き締めた。
「酷いものでした。視界はゼロに近いし、センサーも狂いっぱなし。……あんな場所を抜ける航路をなんで輸送機は選んだのでしょうか?」
「……それは機密事項だ。回収対象は今我々の手にある。それが全てだ」
少佐はそう言って話を切ると、フレンダの手元にある、空になったティーカップに視線を落とした。
「任務は完了だ。今日はもう下がっていい。泥を落として何か腹に入れてこい。食堂には特別食の申請を通しておいた」
その言葉に、フレンダの目が輝いた。
「特別食!?もしかして、ステーキですか!?それとも大盛りパスタ!?」
「行ってからのお楽しみだ。さっさと行け。ここに居座られると仕事の邪魔だ」
少佐がしっしっと手を振る。
フレンダはビシッと敬礼をすると、満面の笑みを向けた。
「はいっ!ありがとうございます、少佐!失礼します!」
嵐のように去っていく部下の背中を見送り、ドアが閉まる。
静寂が戻った部屋で、少佐は深く椅子に背を預け、天井を仰いだ。
「……全く。あんな化け物の実験体が、こんな性格に育つとはな」
『教育担当官の影響が色濃く反映されていると推測されます』
端末からメイが淡々と告げる。
少佐はふっと口元を緩め、冷めかけた自分の紅茶を口に運んだ。
「……減らず口を叩くな」
その声は、今日一番優しく響いた。




