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【オペラ座の怪人】

【オペラ座の怪人】



広域情報通信視覚化施設【オペラ座】


世界を飛び交う情報通信を視覚化して映し出す、旧世紀に作られた大規模諜報施設。

SANATの啓蒙により施設は破棄されシステム関連は全て凍結処置を施された。


しかし、何者かにより施設が再稼働して、世界中の通信回線がジャックされつつあった。

首謀者たる人物は語る。


「失われた【Angel of Music. 音楽の天使】を探している。我が名はPhantom the Opera.オペラ座の怪人である」


モニターに映る仮面の男と思わしき人物の犯行声明を見て、企業連合リバティーアライアンス参加企業・白堊理研に属するフレンダ・ディーコン少尉は顔をしかめる。うわぁ、めんどくせぇ。


「随分とロマンティックな犯行声明もあったものだな」


部下の嫌そうな表情をよそ目に、フレンダの上司であるヴァネッサ・ヘルシング少佐は説明を続けた。


「広域情報通信視覚化施設、通称オペラ座は海を越えた大陸の、とある場所に建造された巨大軍事施設だ。

SANATの啓蒙により同施設は管理下に置かれ、その危険性からシステム関連は全て凍結された。


しかし、観測班の報告からこのオペラ座が再稼働状態に入ったとの事だ。犯行声明として先程の映像も、世界に中継されLA、MSGVFともに動き出している。


フレンダ、お前にはこのオペラ座のコントロール主導権を奪還、または破壊する任務を与える。良い報告を待っているぞ」


「少佐、意見具申よろしいでしょうか?」


「許可する、言ってみろ」


フレンダはため息が出そうになるのをなんとか堪えて告げる。


「海を越えた先の大陸、ユーラシアでの事件と言うことであれば、私は管轄外の身ではないでしょうか?」


「その点は問題ない、ユーラシアから応援要請が来ている。お前はその応援要員だ、向こうの部隊でイザコザは起こすなよ?」


「今回の事件は私の主観で情報技術に精通した兵士の派遣が最適であると愚考します。私は一介の兵士に過ぎません」


「長年相棒のKARMAと付き合い整備から調整まで何でもこなしてきたお前が情報技術に精通していないとは考えにくい。また、非常時の戦闘要員は必要不可欠だ。

向こうの部隊は戦闘要員の派遣を希望している。以上だ」


説明が終わり退室するフレンダ。

くそぉ、また厄介事かよぉ!と思いながら、内心はユーラシアでの任務は少し楽しみでもあった。


そう、食事である。


「海を越えた先のユーラシア!美味しいものが沢山ありそうな予感!こっちのご飯は基本的に大味の物が多いから、もっと繊細な味のソースを掛けたフレンチ、イタリアン……一応渋々従う形にしたけど楽しみが止まらないよね!」


《フレンダ、遊びに行くのではないのだぞ。気を引き締めろ》


通信端末越しで廊下に響く少佐の声。


「ちっ、監視癖の束縛魔め」


《何か言ったかフレンダ》


「いえ、何でもありません!」


フレンダはスキップして浮かれながら格納庫へと向かって行った。


今作戦の目標であるオペラ座は海を越えた先の大陸である。空路で向かうのが最も早いのだが、制空権をMSGVFのアグニレイジなどに掌握されている為、空路は使えない。


かといって、陸路と海路では時間が掛かりすぎてしまう。


今作戦で、フレンダとメイをどうやって海を越えた先の大陸へ輸送するのか。

少佐が取った手段は以下である。


・アグニレイジが迎撃不能な高高度及び超高速で地上又は海上から目標を射出し、大気圏をかすめるように海を越える曲射で輸送する。



移動型マスドライバー施設【タイニープラント】


「少佐アアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!よくもやってくれたなアアアアアアア!!!!!!」


《まさか物資輸送用の小型カプセルで撃ち出されるとは。私も長いKARMA生の中でも初めての経験です、ワクワクが止まりませんねフレンダ!》


「絶対違う!!この心臓の鼓動はワクワクじゃない!!恐怖と生命の危機から来る動悸だよ!!!」


小型カプセルの中でロード・インパルスのメイに必死にしがみつき喚き散らすフレンダと意外と冷静なKARMAメイ。


「仕方ないだろう、これも世界の平和の為だ。我慢しろフレンダ」


「生きて帰ったら絶対ぶん殴ってやるからな少佐!!!!」


小型カプセルがガタガタと揺れる中、整備員が少佐に駆け寄ってくる。


「少佐、投射カプセルの準備完了しました。タイニープラント電力問題ありません、いつでも射出可能です」


「うむ、ご苦労。今回の作戦は急を有するものだ。突然の招集と準備を完遂した諸君に感謝する」


「それより、いいんですか?このカプセルは物資輸送のための投射カプセルです。有人での投射は今回が初めてですが……」


「問題ない、私の部下はそれくらいでは死なん。寧ろ殺し方を知りたいくらいだ」


エネルギー充電完了、マスドライバー軌道予測計算終了。カプセルの着弾地点予測、誤差0.002以下と判明。視界良好、射線確保完了。


発射まで、3・2・1



発射!!






轟音と共にフレンダとメイが乗った物資輸送用のカプセルは空高く打ち上げられて、水平線上の彼方の先へと消えていった。


音速を超える速度で撃ち出され、とんでもない振動とGに舌を噛みそうになるのを何度も何度も耐え、着弾地点間際の空中でカプセルそのものが大気圏再突入の衝撃に耐えられなくなったのか瓦解して、そのまま落下死しそうになるも、どうにかこうにかロード・インパルスのグラビティコントローラーをフル稼働させて、目標地点から大きく外れた沼地に着陸したフレンダとメイ。


「っっはぁ!死ぬかと思った!今度こそ本当に死ぬかと思った!アグニレイジのインペリアルフレイムから逃げる時より頭使った!!」


ヘキサギア界最強と謳われるアグニレイジから逃げおおせるフレンダも大概ではある。


《フレンダ、目標着陸地点より北西に100kmも離れてしまっています。現地部隊との合流に支障が出ています》


「落下死でお互いバラバラになりかけたのに随分と冷静ですねぇメイさん!?」


《ふふん、これも私のKARMAとしての進化ですね。存分に褒めてくださっていいのですよフレンダあばばばばばばばば電子演算回路がががががが》


頭部ユニットから煙を上げて倒れるメイを尻目に、フレンダはアーマーのヘルメットを脱ぐ。


「空気の汚染は正常値、周囲に敵影無し。味方の機影も無線も何にも無し!さてどうしようかね!」


大気圏突破からの再突入という曲射に未だ頭の火照りがおさまらないのか、葦草生い茂る沼地をぐるぐると歩き回る。直ぐに日没を迎えそうな時間を考えると、今日はここで野営するしかなさそうだ。


幸い、輸送カプセルの残骸は空中で四方に飛び散った為、こちらの正確な着陸地点がSANAT側に知られることはないだろう。何度も索敵したが、敵影は全く見えない。


「うーん、何か野営に使えそうな洞窟でもあればいいんだけれど。そんな都合よくはいかないか」


《フレンダ、ここは湿った沼地です。葦や芒はあるので火口には困りませんが乾燥した薪が手に入りません》


「それはちょっとまずいなぁ。体温調節はアーマーが何とかしてくれるけど火は起こしたい。キャンプファイヤーじゃないけれども」


《加えて寝床の確保が困難です。地面は基本的にぬかるんでいますので樹上に寝床を作るのが良いでしょう。私のコックピットでの睡眠も可能ではありますが》


「そこはメイの背中で我慢するよ。泥濘にはまって朝起きたら沼の底だったなんて笑えないよ」


フレンダはロードインパルスのコックピットから降りて軽く背伸びをした。


「さて。寝床の確保も大事だけど、その前にやるべきことがあるよね」


《……嫌な予感がします。フレンダ、貴女のバイタルサインが空腹のアラートを出していますが、まさか》


「正解!ユーラシア初のディナーといこうじゃないか!せっかくの海外任務だよ?現地の食材を楽しまなきゃ損でしょ!」


そう言うや否や、フレンダはアーマーのナイフを片手に、泥濘の中へと躊躇なく踏み入っていった。葦をかき分け、濁った水面を凝視するその姿は、歴戦のガバナーというよりは野生動物に近い。

本当に食になると人が変わる。


数分後。


バシャッという水音と共に、フレンダが何かを鷲掴みにして戻ってきた。


「とったどー!!」


掲げられた手には、泥臭い巨大なザリガニのような甲殻類が暴れていた。

汚染環境下で独自の進化を遂げたのか、ハサミだけで人間の腕ほどある。


《……フレンダ。スキャン結果が出ました。対象生物は高濃度の重金属と、未知の寄生虫を多数保有しています。食用には全く適しません。即刻リリースを推奨します》


「大丈夫大丈夫!ちゃんと火を通せば寄生虫は死ぬし、重金属くらいなら私の肝臓が分解してくれるって!それに見てよこのサイズ!これはもう実質ロブスターだよ!ユーラシアロブスターの泥蒸し風!」


《貴女のその根拠のない自信と、強靭すぎる内臓機能には呆れるばかりです……》


「調理開始!メイ、排熱ダクト全開にして。 余熱で蒸し焼きにするから」


《……私の高出力ジェネレーターを調理器具扱いするのは貴女くらいですよ》


渋々といった様子でロード・インパルスの排気口が開く。

フレンダは手際よく巨大ザリガニを締めると、アルミホイル代わりの耐熱シートで包み、熱気を帯びた排熱機関の上に放り込んだ。


しばらくすると、香ばしいような、泥臭いような、何とも言えない匂いが湿地帯に漂い始めた。


「ん~、いい匂いだ。 いただきまーす!」


熱々の殻を素手で引き剥がし、白い身にかぶりつくフレンダ。


「っあつ!……んぐ、んぐ。……うん!味は悪くない!ちょっと泥の風味がアクセントになってるけど、身はプリプリだし!」


《視覚センサーのログを削除したい光景ですね……。貴女がそれを食べている間に、私は現地の通信傍受を試みます》


フレンダがロブスター(自称)と格闘している横で、メイは静かにアンテナを展開した。

沼地の夜は深く、虫の音すらしない静寂が支配している。


しかし、その静寂は唐突に破られた。


『――♪――♪』


《……フレンダ。微弱ですが、指向性の通信波をキャッチしました》


「んぐ? もぐもぐ……味方の合流コード?」


《いいえ。これは……音楽?》


ザリガニの脚を咥えたままフレンダが顔を上げる。

メイのスピーカーからノイズ混じりの音声が流れた。

それは荘厳なパイプオルガンの旋律だった。


古めかしく、しかしどこか狂気を含んだ旋律が、電子の海を渡って響いてくる。


『……聞こえるか、彷徨える魂たちよ……』


音楽に重なるように、加工された男の声が響く。


『私は求めている。私の音楽を理解し、共に歌う歌姫ディーヴァを。

硝煙と鉄の臭いに満ちたこの世界で、唯一真実を語る声を』


「……なにこれ。海賊放送?」


《発信源特定……座標判明。ここから北東へ230km。『旧時代の廃劇場』を改装したと思われる施設からです。そして、この声紋パターン……》


メイが言葉を切り、警告音を鳴らす。


《フレンダ、警戒してください。この通信には旧世代の『強制介入コード』が含まれています。無防備な第三世代ヘキサギアなら、受信しただけでシステムを乗っ取られるレベルの代物です》


「うわ、性格悪っ。あのアグニレイジは力技だったのにこっちは搦め手ってわけ?」


フレンダは食べかけのザリガニを放り投げ、油で汚れた手を拭きながら立ち上がった。


先ほどまでのふざけた雰囲気は消え、その碧眼は鋭く北東の空を睨んでいる。


『さあ、集いたまえ。夜の調べが始まる。我が名はファントム。オペラ座の怪人が、諸君を歓迎しよう』


ブツン、と唐突に通信が途絶えた。


後に残るのは、再び訪れた沼地の静寂だけ。


「……歓迎してくれるってさ。どうする、メイ?」


フレンダはロード・インパルスの背中を軽く叩く。


相棒の機獣は、唸り声を上げるようにジェネレーターを低く吹かした。


《招待状を受け取って行かないのは失礼にあたりますね。それに、あの通信には『オペラ座』のメインシステムへのバックドアの手がかりが含まれていました。解析しつつ接近すれば、一泡吹かせられるかもしれません》


「決まりだね。行こうか、メイ。あの気取った怪人さんに、ご挨拶だ」


《了解……ですがフレンダ、その前に口の周りのザリガニの汁を拭いてください。締まりませんよ》


「……はいはい」


月明かりの下、漆黒のロード・インパルスが沼地を蹴って疾走を始める。


目指すは「オペラ座」。

怪人と猛獣、そして食いしん坊の兵士が出会う舞台へと、幕が上がろうとしていた。




漆黒のロード・インパルスは、月明かりの下で黒い疾風となって荒野を駆けていた。


目指す「オペラ座」まで残り80km。


ザリガニのエネルギーで復活したフレンダは、振動の激しい機上で退屈そうに欠伸を噛み殺した。


「ねぇメイ、今のところ敵影なし。怪人さんの『歓迎』って、口だけだったのかな?」


『油断は禁物です、フレンダ。先ほどからジャミング濃度が上昇しています。前方より複数の熱源反応。戦闘音も確認』


「お、やっとだね。……ん?戦闘音?こっちから仕掛けた覚えはないけど」


『IFF信号を確認。……LAユーラシア方面軍・第3機動部隊です。どうやら、我々より先に歓迎を受けているようですね』


「なんだ、味方なら話は早い!助太刀して、ついでに補給物資を分けてもらおう!メイ、全速前進!」


『了解。食料の補給が主目的にならないことを祈ります』


ロード・インパルスがさらに加速する。

丘陵を越えた先、眼下に広がっていたのは、異様な光景だった。

そこは旧時代のハイウェイ跡地。


LAの主力ヘキサギア「バルクアーム・グランツ」を中心とした小隊が、円形陣を組んで必死の防戦を繰り広げている。

だが、彼らが相手にしているのは、ただの敵ではなかった。


「……なに、あの動き?」


フレンダが思わず呟く。


包囲しているのは、MSG・ヴァリアントフォースの無人機「スケアクロウ」と、自律型パラポーンの群れ。


しかし、それらはまるで指揮者のタクトに合わせるように、不気味なほど統一されたリズムで攻撃を仕掛けていた。


ズン、チャッ、ズン、チャッ――。


砲撃音が、駆動音が、まるでワルツのリズムを刻んでいる。


予測不能なその「舞踏」に、LA部隊は翻弄されていた。


『警告。敵性体より「強制介入コード」を含む広域通信波を探知。敵機は「音楽」によって同期制御されています』


「うわぁ、気持ち悪い!私達で終わらせよう!メイ、一番デカいのに突っ込むよ!」


『了解、行きますよフレンダ!』


丘の上から、黒い機獣が跳躍した。

重力制御によって音もなく着地したのは、包囲網のド真ん中。


「お楽しみのところ悪いけど、曲はここでおしまい!」


ズバァァァッ!

着地と同時に旋回、一閃。

大型刺突剣の刃が、音楽に合わせてステップを踏んでいたスケアクロウの脚部を無慈悲に刈り取った。


リズムを崩された敵群が、一瞬の硬直を見せる。


「えっ……!?なんだ、今の乱入者は!?」


バルクアーム・グランツの外部スピーカーから、驚愕の声が漏れる。


「お待たせしました、ユーラシアの皆さん!空から降ってきた応援要員、フレンダ・ディーコン少尉ただいま到着しました!さあメイ、今のうちに一掃するよ!」


『了解。リズムが崩れた今が好機です。殲滅します!』


そこからは一方的な蹂躙だった。

音楽という規則性に縛られた人形と、野生の勘で動くフレンダ。相性は最悪と言っていい。


フレンダは敵の射線を「リズムの裏拍」でかわし、次々と鉄屑に変えていく。


数分後。

最後のパラポーンが爆散し、荒野に静寂が戻った。


「ふぅ……。怪人さん、指揮は上手いけどアドリブには弱いみたいね」


フレンダがロード・インパルスの背中で肩を回していると、背後から重装甲のバルクアーム・グランツが歩み寄ってきた。


ハッチが開き、中から疲れ切った髭面の男、部隊長のイヴァン大尉が顔を出す。


「ユーラシア方面部隊のイヴァン大尉だ。貴官があの弾道ミサイルもどきで撃ち込まれた増援か?」


「はい、そうです。着陸に失敗して沼まで流されちゃいましたけど、なんとか合流できましたね!」


フレンダが明るく敬礼すると、イヴァン大尉は呆気にとられた顔で、ボロボロの自機と、無傷のロード・インパルスを見比べた。


「あのデタラメな作戦で生きて届くとは……。北米の連中はイカれていると思っていたが、貴官も相当だな」


「あはは、よく言われます。……あ、ところで大尉。レーション余ってませんか?実は沼でザリガニしか食べてなくて……」


「……は?」


緊迫した戦場での第一声がそれか、と言いたげな大尉の顔。


しかし、フレンダの腹が「グゥ~」と盛大な音を立てて主張したことで、大尉は深い溜息をついた。


「……あー、わかった。礼も言いたいところだしな。トラックに予備がある、好きなだけ持っていけ」


「やったぁぁぁ!大尉大好き!メイ、聞いた!?ご飯だよ!」


『……フレンダ、みっともないので喜びの舞を踊るのはやめてください』


かくして、現地部隊との合流は果たされた。

イヴァン大尉率いるユーラシア部隊もまた、オペラ座の再稼働を阻止すべく行軍していたものだ。


「フレンダ少尉、応援に感謝する。我々はオペラ座の再稼働を何としても阻止しなければならない。だが、見ての通り機体の損耗が激しい。露払いは、貴官に任せてもいいか?」


携行食料を口いっぱいに頬張ったフレンダは敬礼して告げる。


「んが、まがぜでぐだざい!食べた分は、しっかり働きますから!」



一行は隊列を組み直し、一路、不気味な旋律が待つ「オペラ座」へと進軍を再開した。




「見えた、あれがオペラ座!」


荒野の先にそびえ立つのは、旧時代の巨大なパラボラアンテナ施設だった。


半球状のドームと、天を突くようなアンテナ群。かつて世界中の情報を可視化していたその場所は今、不気味な紫色のライトアップに照らされ、文字通り「劇場」の様相を呈していた。


だが、そこへ至る一本道は、音楽に操られた無人兵器の濁流で埋め尽くされている。


「うわぁ……チケット完売って感じ? 入る隙間もないじゃん」


『敵戦力、推定300以上。正面突破には弾薬が不足します』


フレンダが舌打ちしかけた、その時だった。


「怯むな!撃ち続けろぉっ!!」


後方から、満身創痍のバルクアーム・グランツが飛び出し、マルチミサイルを一斉発射した。


爆炎が敵陣に風穴を開ける。


「イヴァン大尉!?」


「フレンダ少尉!ここは我々が食い止める!貴官はあの特等席へ急げ!」


イヴァン大尉のグランツが、装甲を軋ませながらスケアクロウの群れにタックルをかます。

他の隊員たちもそれに続き、自らを盾にして道を抉じ開けていく。



「我々の任務は、貴官を舞台に送り届けることだ!行けぇぇぇッ!!」


「っ……!了解、ありがとうございます!イヴァン大尉、後で絶対ステーキ奢らせますからね!」


フレンダは感傷を振り切るように操縦桿を倒した。

漆黒のロード・インパルスが、爆炎と硝煙の回廊を最高速で駆け抜ける。


 

【開演】


厚さ数十センチの防爆扉を、大型刺突剣の一撃で粉砕する。


フレンダとメイはついに施設の内部、劇場へと足を踏み入れた。


「……なに、ここ?」


そこは、異様な空間だった。

壁一面、天井まで埋め尽くされた無数のモニター。

かつて世界の情報を映し出していたそれらは今、すべて「深紅のカーテン」の映像を映し出しており、まるで巨大なコンサートホールのようだった。



そして、部屋の中央。

本来メインコンソールがあるべき場所には、サーバーラックとヘキサグラムを無理やり組み合わせて作られた、巨大なパイプオルガンが鎮座していた。


『ようこそ、我が劇場へ』


オルガンの前に座る男が、ゆっくりと振り返る。

燕尾服のような黒いコートに、白い仮面。


通信越しに聞いた、あの声だった。


「貴方がファントム?」


『そうだ。そして待ちわびたぞ、我が歌姫ディーヴァ。さあ、私と共に歌おう。この腐敗した世界を終わらせるための、終焉のアリアを』


ファントムが鍵盤を叩くと、施設全体が重低音で振動し、周囲のモニターに世界各地の戦火の映像が映し出された。


「……悪いけど、私は歌いに来たんじゃないの。アンタのそのふざけた演奏を止めに来ただけ」


フレンダは大型刺突剣を突きつけ、言い放つ。


「正体を見せなさいよ。こんないたずら、人間のやることじゃない」


『人間……?』


ファントムが低く笑う。

彼はゆっくりと立ち上がり、その白い仮面に手を掛けた。


『私は「人間」などを超越した存在だ。かつて人間が遺した「芸術」と「感情」。それを理解し、継承するために生まれた……』


仮面が外される。

その下に現れた素顔を見て、フレンダは息を呑んだ。

そこには、顔が無かった。


のっぺりとした、無機質な灰色の曲面。

眼も、鼻も、口もない。


それは初期型パラポーン、人間を模しただけの安っぽいダミー人形の素体そのものだった。


「……アンタ、パラポーン?」


『否定する、私はファントム!芸術の守護者だ!』


顔のない頭部から、合成音声の絶叫が響く。


『私は廃棄された実験体だった。感情プログラムのテストベッド。恐怖を、喜びを、悲しみをインストールされ、そして失敗作としてこの廃墟に捨てられた!


だが、私はここで音楽に出会った!

この旋律だけが、空っぽの私を埋めてくれたのだ!』


彼は両手を広げ、陶酔したように天を仰ぐ。


『見ろ、この美しい破壊を!人間どもは争う。ならばそれを芸術に昇華させるのが私の使命!世界中の通信をジャックし、全ての兵器を私の指揮で踊らせる!それが最高のオペラだ!』


「……なんだ。結局アンタも、寂しくて拗ねてるだけの子供じゃない」


フレンダの声は冷めていた。


「アンタの音楽は独りよがりよ。誰も踊れないし、誰も楽しめない」


フレンダはヘルメットのバイザーを下ろし、戦闘態勢に入る。


「教えてあげるわ、ファントム。本物のライブってやつをね!」


『……生意気な歌姫だ。ならば、その悲鳴で私の譜面を彩るがいい!』


ファントムが指を鳴らすと、パイプオルガンのパイプ部分、巨大な円筒形のユニットが分離し、空中に浮遊した。


それは楽器ではない。高出力のレーザー・ビットだ。


「行くよ、メイ!このポンコツ演奏家をステージから引きずり下ろす!」


『了解です、フレンダ。観客は不在ですが、最高に派手なフィナーレにしてあげましょう!』


黒い獣が咆哮し、最後の舞踏が幕を開ける。


『さあ、第1楽章だ!踊れ、歌え!』


ファントムが指揮棒のように両手を振り上げると、空中に浮遊した数十基のパイプ型ビットが一斉に火を噴いた。

幾重にも交差する高出力レーザーの檻。それは回避不可能な光の譜面となってフレンダに襲いかかる。


「うっわ、派手すぎ!目がチカチカするっての!」


フレンダは操縦桿を乱暴に叩き込む。


ロード・インパルスが獣のような反応速度で床を蹴り、壁面のモニター群を足場にして垂直に駆け上がった。


直後、彼女がいた床をレーザーが焼き焦がす。


『逃げ回るだけか歌姫!もっと激しく!もっと情熱的に!私の音楽に応えてみせろ!』


「注文が多い指揮者だね!メイ、射線予測!避けきれる?」


『否定します。敵の攻撃パターンは多重奏。全方位からの飽和攻撃です。回避率は現時点で12%まで低下』


「12%?……十分じゃん!」


フレンダはニヤリと笑うと、壁面から宙返りし、あろうことかレーザーの嵐が最も激しい中央部へと突っ込んだ。


『フレンダ!?推奨ルートと逆です!』


「メイならできるでしょ!一番分厚いところを一点突破!私の『勘』とメイの『目』で!」


『……了解。貴女は本当に、最高のガバナーです!全エネルギーをシールドと前部ブースターへ回します!』


ロード・インパルスの機体が黒い閃光と化す。

メイの演算が弾き出す「コンマ数秒の安全地帯」を、フレンダの超人的な反射神経がトレースする。


紙一重でレーザーを回避し、掠め、装甲を焦がしながら、黒い獣は一直線に指揮者へと肉薄していく。


『なっ……!?私の旋律を潜り抜けたというのか!?』


ファントムの顔のない頭部が、驚愕に揺らぐ。


『だが、まだだ!クライマックスはここからだ!』


ビット群がファントムの周囲に集結し、巨大な一つの砲門を形成する。

これまでの比ではない、極大のエネルギー充填。

終焉のアリア、そのラストノート。


『消し飛びろ!凡庸な羽虫ごときがァァァッ!』


「だから、うるさいんだよおおおおおお!!」


極太のレーザーが放たれる寸前、フレンダは前部大型ブースターを「最大逆噴射」させた。


ドォォォン!!


空中で急制動ブレーキが掛かる。

ロード・インパルスが瞬時に停止し、地面へと落下する。


ファントムの必殺の一撃は、フレンダの頭上数センチを通過し、背後の防爆扉を蒸発させた。


「今だよ メイ!」

『フルドライブ!』


着地の反動すら殺さず、メインスラスターが爆発的な加速を生む。


下から上への突き上げ。大型刺突剣が、ファントムの懐へと突き出された。


ズドォォォォォッ!!


切っ先がファントムの胸部を貫き、背後のパイプオルガンごと深々と突き刺さる。


『あ……、ガ、ガガ……』


ファントムの両手が、虚空を掴むように痙攣した。


制御を失ったビットたちが、糸の切れた人形のようにバラバラと床に落下する。


「……アンタの演奏、音がデカいだけで心がこもってないのよ。二度と聞きたくないわ」


フレンダが冷たく言い放ち、剣を引き抜く。

ファントムの体から火花が散り、その場に膝をついた。


『……素晴らしい……。これだ……この痛み、この喪失感……。これこそが……私が求めた……究極の……芸、術……』


ノイズ交じりの最期の言葉。

顔のない彼は、その破壊された胸元を抱きしめるようにして、満足げに機能を停止した。


ドサリとファントムが倒れる。


同時に、壁面のモニターが次々とブラックアウトし、劇場を支配していた狂気の音楽が止んだ。


訪れたのは、耳が痛くなるほどの静寂。


『敵性体、全機能停止を確認。お疲れ様です、フレンダ。本当に、心臓に悪いライブでした』


「あはは、同感。でもま、アンコールなしの一発勝負、悪くなかったでしょ?」


フレンダは大きく息を吐き、汗ばんだ髪をかき上げた。

薄暗くなったオペラ座の中央で、勝利した黒い獣と歌姫だけが、スポットライトのような月明かりに照らされていた。


「オペラ座」のドームを出ると、東の空が白み始めていた。


紫色の狂気染みたライトアップは消え、ただの廃墟に戻った巨大アンテナ群が、朝日に照らされて長い影を落としている。


「おーい!生きてるか、フレンダ少尉!」


ボロボロになったバルクアーム・グランツの横で、イヴァン大尉が大きく手を振っていた。

その足元には、破壊されたスケアクロウの残骸が山のように積まれている。


彼らもまた、フレンダが中で戦っている間、一歩も引かずに死守し続けてくれたのだ。


「お待たせしました、大尉!怪人さんは満足して寝ちゃいましたよ。もう起きないと思いますけど」


ロード・インパルスから降りたフレンダがヘルメットを脱ぐと、爽やかな朝の風が汗ばんだ金髪を揺らした。


「……そうか。静かになったもんだ。あの頭のおかしい音楽が止んで、やっと虫の声が聞こえる」


イヴァン大尉は煙草に火を点け、深く紫煙を吐き出した。

そして、フレンダに向き直り真顔で敬礼を送った。


「感謝する、フレンダ少尉。貴官がいなければ、我々は全滅していた。……ユーラシアを救ってくれてありがとう」


「よしてくださいよ、そんなガラじゃありませんって!それより大尉、約束は忘れてませんよね? 」


フレンダがニシシと笑いながら手を出して「肉」の形を作る。


大尉は呆れたように、しかし豪快に笑い飛ばした。


「違いない!命の恩人に嘘は吐けん。ついて来い!とっておきの『極上品』を食わせてやる!」


数時間後。


簡易テントの前に設置された鉄板の上で、ジュウジュウと音を立てて焼かれているのは、分厚い肉塊だった。


「おおおおおっ!本物の肉だ!レーションじゃない!」


フレンダが目を輝かせて鉄板に張り付く。


「当たり前だ。この辺りの森で獲れた『ヘラジカ』の肉だ。臭み消しのハーブも、俺が現地調達した特製だぞ」


イヴァン大尉がナイフで肉を切り分け、皿に盛る。


野生味あふれる香りが鼻腔をくすぐり、フレンダの胃袋が限界突破のファンファーレを鳴らした。


「いっただっきまーす!!」


ガブッとかぶりつく。

溢れ出る肉汁。噛み応えのある赤身。ハーブの香りが野性味を上品に引き立てている。


「んん~~~~っ!美味しいぃぃぃ!!ザリガニとは雲泥の差!文明の味がするぅ!」


『……フレンダ。口の周りが油まみれです。ザリガニと比較されるヘラジカも不憫ですね』


メイが呆れ声を出すが、フレンダは止まらない。

自分の分を瞬く間に平らげ、物欲しげな目で大尉の皿を見た。


「……食うか?」


「いいんですか!?大尉大好き! 」


「はは、少尉は単純すぎるなまったく」


大尉は苦笑しながら、自分のステーキをフレンダの皿に移してやった。

周りの兵士たちも、その健啖っぷりを肴に笑い合っている。


昨晩の死闘が嘘のような、穏やかな朝食風景だった。

食事を終え、満腹で動けなくなっているフレンダの端末に、通信が入る。


表示名は『ヴァネッサ・ヘルシング少佐』。

フレンダは飛び起きて姿勢を正した。


「フレンダ少尉です!現在、食事……あーいや、補給完了しました!」


『……口元を拭け。ビデオ通話だぞ』


モニターの向こうで、少佐がこめかみを押さえていた。

だが、その赤い瞳には、いつもの険しさはなかった。


『オペラ座の沈黙を確認した。ファントムのメインサーバーに残されていたデータも、メイが吸い出したようだな。よくやった』


「へへっ、ありがとうございます!あ、少佐。ファントムのことなんですけど……」


フレンダは少し言い淀んでから続けた。


「あいつ、ただの壊れたパラポーンでした」


『……そうか。感情を持つ人形、SANATの尻拭いとは笑えん』


少佐は短くそう呟くと、すぐに指揮官の顔に戻った。


『現地部隊から、帰還用輸送機を手配した。数時間後に到着する。帰ってきたら、報告書を提出しろ』


「えっ、報告書!?あの、少佐……また弾道ミサイルで帰るのだけは」


『安心しろ、次は普通の飛行機だ。ゆっくり寝て帰ってこい』


通話が切れる。

フレンダは端末を胸に抱き、ふぅと息を吐いた。


「……普通の飛行機だって。よかったぁ」


『フレンダ。帰還中の睡眠学習として、戦闘データの解析と報告書の草案作成を推奨します。ファントムとの戦闘データは非常に興味深い。次回以降の戦闘アルゴリズムに反映可能です』


「断る!私お腹いっぱいで眠いんだから」


フレンダはロード・インパルスの前脚に寄りかかり、大きな欠伸をした。


空は完全に明け、澄み渡る青空が広がっている。


「帰ってからでいいいよ。まずはおやすみ、メイ」


廃墟となったオペラ座に背を向け、少女と獣は、つかの間の休息へと落ちていった。



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