表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/18

【うさぎの魔術師】

【うさぎの魔術師】


「高度に発達した科学は魔法との区別がつかない、なんて言うけれどさ。実際のところ、こんなものは高度に発達した科学でも、魔法でもなんでもない。ただの手品だよ」


そう語る少女の背後では、街一つを丸ごと吹き飛ばす爆炎が上がっていた。

少女の顔は逆光で見えない。姿形も、フードを被りローブを纏っているため判断できない。


ただ、その口元は確かに笑みを浮かべていた。




「単刀直入に言う。この『うさぎの魔術師』を生け捕りにしてこい」


白堊理研・第八基地リトルベース、少佐執務室。


ヴァネッサ・ヘルシング少佐は、モニターに映し出された指名手配書を指差した。


そこに描かれているのは、うさぎの仮面を被り、ローブを纏った小柄な人物のイラストだけ。


「少佐、意見具申します」


「許可する」


「これ、ただのお伽噺じゃなくて?」


フレンダが呆れ顔で問うのも無理はなかった。

『うさぎの魔術師』。最近、両軍の間で噂になっている正体不明のヘテロドックス。


MSGヴァリアントフォースの重要拠点アームズフォレスト開発都市を、たった一人で文字通り魔法のように消滅させたという怪物だ。


「残念ながら実在する。アームズフォレストは更地になった。……奴の犯行声明によれば、『静かに暮らしたいのに邪魔をするから消した』そうだ」


少佐の赤い瞳が、探るようにフレンダを見据える。


「フレンダ。奴の潜伏先と思われる座標が特定された。場所はここから北へ650km。かつての森林保護区跡地、『ウォーターシップダウン』だ。……お前の機動力と、その鼻なら見つけられるだろう」


「私の鼻って、犬扱いですか……。ま、いいですけど。さっさと捕まえて、特報ボーナスで焼肉食べに行きますよ!」


フレンダは敬礼をして部屋を出ていく。

その背中を見送りながら、少佐はモニターの隅に表示された「極秘データ」かつての被検体リストを静かに閉じた。


「……行けばわかる。あれがお前の『可能性の分岐』だ」



ロード・インパルスを駆り、荒野を越え、汚染された川を遡ること数時間。

視界が開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。


「うっわ、緑だらけ……。ここだけ時間が止まってるみたい」


そこは、鬱蒼とした森林地帯だった。

ヘキサグラム汚染で枯れ果てた世界にあって、奇跡的に生態系を維持している聖域。

メイのセンサーが、無数の生体反応を捉える。


『フレンダ、警戒を。この森全体が、極めて高度な光学迷彩とジャミングフィールドで覆われています。一歩足を踏み入れれば、我々は「敵の胃袋の中」です』


「了解。でもさ、玄関があれじゃあねぇ……」


フレンダが指差した先には、森の入り口に唐突に置かれた「木製のドア」と「インターホン」があった。

あまりに露骨な罠。あるいは訪問者を試すジョーク。


「ピンポーン!」


『フレンダ!? 躊躇なさすぎです!』


メイの警告を無視してインターホンを押すと、ドアがギィと開き、小さな球体が転がり出てきた。


うさぎ耳をつけたメカニカル・オーブだ。


《はいはい、どちら様でしょうか?……おや、LAの軍人さんですか。珍しいお客様ですね》


「どうもー。白堊理研のフレンダ・ディーコン少尉です。ここの主、『うさぎの魔術師』さんに会いに来たんですけど」


《承知しました。私は案内人のエル。魔女様は貴女をお待ちしておりましたよ。……どうぞ、こちらへ》


案内されたのは、森の中心にある巨大な樹木の根元だった。

そこには無数のうさぎたちが跳ね回り、平和な時間が流れている。

だが、その平穏は轟音と共に破られた。


ドォォォォォォン!!


「ぬわーーっ!?」


大樹の中腹から爆炎が上がり、黒煙と共に何かが落ちてきた。

メイが素早く反応し、空中でそれをキャッチする。


「ナイスキャッチ、メイ!……って、これ人?」


メイのアームに抱えられていたのは、焦げたローブを纏った金髪の少女だった。


「げほっ、げほっ!……あーあ、失敗失敗。火薬の配合間違えたかなぁ」


少女が顔を上げ、煤だらけの頬を拭う。

その瞬間、フレンダは息を呑んだ。

鏡を見ているようだった。


金髪のボブカット、碧眼、鼻の形から輪郭まで。

年齢こそ少女の方が若く見えるが、それは間違いなく「フレンダ・ディーコン」の顔だった。


「……え、嘘。私?」


「ん?お客さん?」


少女フリーテルは、きょとんとした顔でフレンダを見つめ、ニカっと笑った。



「やあ、いらっしゃい!僕がここの主、フリーテルだよ!……ふふ、驚いた?僕も最初は驚いたけど、やっぱり似てるねぇ、僕たちは」




ログハウスのテラスで、フレンダは呆然と紅茶を啜っていた。

目の前では、フリーテルがうさぎ達に小突かれながらクッキーを焼いている。


「……整理させて。あなたが『うさぎの魔術師』で、アームズフォレストを吹き飛ばした犯人。で、なんで私の顔をしてるの?」


「逆だよ、フレンダちゃん。君が僕の顔をしてる……とも言えるし、僕が君の顔をしてるとも言える」


フリーテルは椅子に座り、うさぎを頭に乗せたまま語り始めた。


「君はね、僕という株から分けられた挿し木なんだよ。とある結晶炉事故の跡地で見つかった、無限に増殖する癌細胞の塊。……それが僕『フレデリカ』だ」



フレンダの脳裏に、夢で見た白い病衣の少女が過る。


(……あの夢は、やっぱり……)


「LAの研究者たちは、僕の細胞から最強の兵士を作ろうとした。その成功例が君、フレンダちゃんだよ」


フリーテルは自嘲気味に笑う。


「僕は身体が異常だからね。兵士にはなれるはずもない。制御不能な癌細胞の塊は暴走して研究施設を逃げ出して、ここでうさぎ達と隠居生活ってわけ」


「……それで、なんでアームズフォレストを?」


「だってあいつら、森を焼こうとしたんだもん!だから手品を見せてやったのさ」


フリーテルが得意げに指を鳴らす。


「街中のあらゆるもの……ドアノブ、街灯、コーヒーカップ。

それらの中身を、時間をかけて少しずつ『高純度ヘキサグラム』に置換した。

……あとは、指パッチン一つで臨界点突破。魔法みたいでしょ?」


「……とんでもない手品だわ。あなた、私よりよっぽど危険人物じゃない」


「褒め言葉として受け取っておくよ」


日が傾き始めた頃、フレンダは立ち上がった。

任務は生け捕り。


目の前の少女は、LAにとって危険すぎる存在だ。捕獲するか、あるいはここで始末するか。


フレンダの手が、ホルスターの銃に伸びる。

フリーテルは抵抗もせず、ただ静かに紅茶を飲んでいた。


「……捕まえるの?」

「……任務だからね」


張り詰める空気。

だが、その静寂を破ったのは、フレンダの盛大なため息だった。


「なぁんてね。やってらんないわよ、こんなの」


フレンダは銃から手を放し、背伸びをした。


「私の任務は『うさぎの魔術師』の捕獲。

でも、ここにいたのは『うさぎの世話係』のポンコツ少女だけ。人違いでしたーって報告しとくわ」


「……いいの?少佐に怒られるよ?」


「いいの。それに……私には『お母さん』を撃つ趣味はないから」


フレンダがニカっと笑うと、フリーテルは驚き、やがて優しく微笑み返した。


「……ありがとう、フレンダちゃん。君はやっぱり純粋だねぇ、いい子に育ってて嬉しいよ!」


「湿っぽいのはナシ!その代わり、このクッキー全部もらうからね!メイ、帰るよ!」


『了解。……賢明な判断です、フレンダ。ちなみに、この森の防衛システムは私の解析でも突破困難でした。

戦闘になれば、勝率は1割以下でしたよ』


「うっわ、怖っ! 早く逃げよ!」




帰り道。

ロード・インパルスのコクピットで、フレンダは少佐への報告書を作成していた。


『報告:ウォーターシップダウンにて調査を行うも、対象を発見できず。

現地は多数のうさぎが生息するのみ。

アームズフォレストの件は、施設の老朽化による事故と推測される』


送信ボタンを押すと、すぐに少佐から返信が来た。

短いテキストが一言だけ。


『確認した。……うさぎには気をつけて帰還せよ』


フレンダは思わず吹き出した。


(やっぱり、あの人には全部お見通しかぁ……)


「さて、帰ってご飯にしよ!今日はクッキーのお土産付きだもんね!」


夕陽に向かって走るロード・インパルス。

遠く離れた森の奥で、もう一人の自分が手を振っているような気がして、フレンダは一度だけ振り返り、そしてアクセルを強く踏み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ