【うさぎの魔術師】
【うさぎの魔術師】
「高度に発達した科学は魔法との区別がつかない、なんて言うけれどさ。実際のところ、こんなものは高度に発達した科学でも、魔法でもなんでもない。ただの手品だよ」
そう語る少女の背後では、街一つを丸ごと吹き飛ばす爆炎が上がっていた。
少女の顔は逆光で見えない。姿形も、フードを被りローブを纏っているため判断できない。
ただ、その口元は確かに笑みを浮かべていた。
「単刀直入に言う。この『うさぎの魔術師』を生け捕りにしてこい」
白堊理研・第八基地リトルベース、少佐執務室。
ヴァネッサ・ヘルシング少佐は、モニターに映し出された指名手配書を指差した。
そこに描かれているのは、うさぎの仮面を被り、ローブを纏った小柄な人物のイラストだけ。
「少佐、意見具申します」
「許可する」
「これ、ただのお伽噺じゃなくて?」
フレンダが呆れ顔で問うのも無理はなかった。
『うさぎの魔術師』。最近、両軍の間で噂になっている正体不明のヘテロドックス。
MSGヴァリアントフォースの重要拠点アームズフォレスト開発都市を、たった一人で文字通り魔法のように消滅させたという怪物だ。
「残念ながら実在する。アームズフォレストは更地になった。……奴の犯行声明によれば、『静かに暮らしたいのに邪魔をするから消した』そうだ」
少佐の赤い瞳が、探るようにフレンダを見据える。
「フレンダ。奴の潜伏先と思われる座標が特定された。場所はここから北へ650km。かつての森林保護区跡地、『ウォーターシップダウン』だ。……お前の機動力と、その鼻なら見つけられるだろう」
「私の鼻って、犬扱いですか……。ま、いいですけど。さっさと捕まえて、特報ボーナスで焼肉食べに行きますよ!」
フレンダは敬礼をして部屋を出ていく。
その背中を見送りながら、少佐はモニターの隅に表示された「極秘データ」かつての被検体リストを静かに閉じた。
「……行けばわかる。あれがお前の『可能性の分岐』だ」
ロード・インパルスを駆り、荒野を越え、汚染された川を遡ること数時間。
視界が開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「うっわ、緑だらけ……。ここだけ時間が止まってるみたい」
そこは、鬱蒼とした森林地帯だった。
ヘキサグラム汚染で枯れ果てた世界にあって、奇跡的に生態系を維持している聖域。
メイのセンサーが、無数の生体反応を捉える。
『フレンダ、警戒を。この森全体が、極めて高度な光学迷彩とジャミングフィールドで覆われています。一歩足を踏み入れれば、我々は「敵の胃袋の中」です』
「了解。でもさ、玄関があれじゃあねぇ……」
フレンダが指差した先には、森の入り口に唐突に置かれた「木製のドア」と「インターホン」があった。
あまりに露骨な罠。あるいは訪問者を試すジョーク。
「ピンポーン!」
『フレンダ!? 躊躇なさすぎです!』
メイの警告を無視してインターホンを押すと、ドアがギィと開き、小さな球体が転がり出てきた。
うさぎ耳をつけたメカニカル・オーブだ。
《はいはい、どちら様でしょうか?……おや、LAの軍人さんですか。珍しいお客様ですね》
「どうもー。白堊理研のフレンダ・ディーコン少尉です。ここの主、『うさぎの魔術師』さんに会いに来たんですけど」
《承知しました。私は案内人のエル。魔女様は貴女をお待ちしておりましたよ。……どうぞ、こちらへ》
案内されたのは、森の中心にある巨大な樹木の根元だった。
そこには無数のうさぎたちが跳ね回り、平和な時間が流れている。
だが、その平穏は轟音と共に破られた。
ドォォォォォォン!!
「ぬわーーっ!?」
大樹の中腹から爆炎が上がり、黒煙と共に何かが落ちてきた。
メイが素早く反応し、空中でそれをキャッチする。
「ナイスキャッチ、メイ!……って、これ人?」
メイのアームに抱えられていたのは、焦げたローブを纏った金髪の少女だった。
「げほっ、げほっ!……あーあ、失敗失敗。火薬の配合間違えたかなぁ」
少女が顔を上げ、煤だらけの頬を拭う。
その瞬間、フレンダは息を呑んだ。
鏡を見ているようだった。
金髪のボブカット、碧眼、鼻の形から輪郭まで。
年齢こそ少女の方が若く見えるが、それは間違いなく「フレンダ・ディーコン」の顔だった。
「……え、嘘。私?」
「ん?お客さん?」
少女フリーテルは、きょとんとした顔でフレンダを見つめ、ニカっと笑った。
「やあ、いらっしゃい!僕がここの主、フリーテルだよ!……ふふ、驚いた?僕も最初は驚いたけど、やっぱり似てるねぇ、僕たちは」
ログハウスのテラスで、フレンダは呆然と紅茶を啜っていた。
目の前では、フリーテルがうさぎ達に小突かれながらクッキーを焼いている。
「……整理させて。あなたが『うさぎの魔術師』で、アームズフォレストを吹き飛ばした犯人。で、なんで私の顔をしてるの?」
「逆だよ、フレンダちゃん。君が僕の顔をしてる……とも言えるし、僕が君の顔をしてるとも言える」
フリーテルは椅子に座り、うさぎを頭に乗せたまま語り始めた。
「君はね、僕という株から分けられた挿し木なんだよ。とある結晶炉事故の跡地で見つかった、無限に増殖する癌細胞の塊。……それが僕『フレデリカ』だ」
フレンダの脳裏に、夢で見た白い病衣の少女が過る。
(……あの夢は、やっぱり……)
「LAの研究者たちは、僕の細胞から最強の兵士を作ろうとした。その成功例が君、フレンダちゃんだよ」
フリーテルは自嘲気味に笑う。
「僕は身体が異常だからね。兵士にはなれるはずもない。制御不能な癌細胞の塊は暴走して研究施設を逃げ出して、ここでうさぎ達と隠居生活ってわけ」
「……それで、なんでアームズフォレストを?」
「だってあいつら、森を焼こうとしたんだもん!だから手品を見せてやったのさ」
フリーテルが得意げに指を鳴らす。
「街中のあらゆるもの……ドアノブ、街灯、コーヒーカップ。
それらの中身を、時間をかけて少しずつ『高純度ヘキサグラム』に置換した。
……あとは、指パッチン一つで臨界点突破。魔法みたいでしょ?」
「……とんでもない手品だわ。あなた、私よりよっぽど危険人物じゃない」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
日が傾き始めた頃、フレンダは立ち上がった。
任務は生け捕り。
目の前の少女は、LAにとって危険すぎる存在だ。捕獲するか、あるいはここで始末するか。
フレンダの手が、ホルスターの銃に伸びる。
フリーテルは抵抗もせず、ただ静かに紅茶を飲んでいた。
「……捕まえるの?」
「……任務だからね」
張り詰める空気。
だが、その静寂を破ったのは、フレンダの盛大なため息だった。
「なぁんてね。やってらんないわよ、こんなの」
フレンダは銃から手を放し、背伸びをした。
「私の任務は『うさぎの魔術師』の捕獲。
でも、ここにいたのは『うさぎの世話係』のポンコツ少女だけ。人違いでしたーって報告しとくわ」
「……いいの?少佐に怒られるよ?」
「いいの。それに……私には『お母さん』を撃つ趣味はないから」
フレンダがニカっと笑うと、フリーテルは驚き、やがて優しく微笑み返した。
「……ありがとう、フレンダちゃん。君はやっぱり純粋だねぇ、いい子に育ってて嬉しいよ!」
「湿っぽいのはナシ!その代わり、このクッキー全部もらうからね!メイ、帰るよ!」
『了解。……賢明な判断です、フレンダ。ちなみに、この森の防衛システムは私の解析でも突破困難でした。
戦闘になれば、勝率は1割以下でしたよ』
「うっわ、怖っ! 早く逃げよ!」
帰り道。
ロード・インパルスのコクピットで、フレンダは少佐への報告書を作成していた。
『報告:ウォーターシップダウンにて調査を行うも、対象を発見できず。
現地は多数のうさぎが生息するのみ。
アームズフォレストの件は、施設の老朽化による事故と推測される』
送信ボタンを押すと、すぐに少佐から返信が来た。
短いテキストが一言だけ。
『確認した。……うさぎには気をつけて帰還せよ』
フレンダは思わず吹き出した。
(やっぱり、あの人には全部お見通しかぁ……)
「さて、帰ってご飯にしよ!今日はクッキーのお土産付きだもんね!」
夕陽に向かって走るロード・インパルス。
遠く離れた森の奥で、もう一人の自分が手を振っているような気がして、フレンダは一度だけ振り返り、そしてアクセルを強く踏み込んだ。




