【空を落とす欺瞞】
空を落とす欺瞞
『警告。機体内部温度、危険域を突破。冷却システム、限界。フレンダ、このままではガバナーの生命維持が不可能です!』
「熱い……!熱い熱い熱いッ!!」
第4渓谷は地獄の釜と化していた。
アグニレイジが吐き散らすインペリアル・フレイムは、岩盤を溶岩に変え空気を毒ガスに変えていた。
ロータスプロトレクスのコクピット内はサウナを超え、火傷するほどの熱気が充満している。
フレンダの意識が朦朧とする。
汗が目に入り、視界が滲む。
だが、足を止めることは許されない。止まれば、蒸し焼きだ。
ゴォォォォォ……ッ!!
頭上を巨大な影が旋回する。
アグニレイジ。
あいつは空から優雅に、逃げ惑うネズミを焼き払っているだけだ。
安全圏からの一方的な虐殺。
「ふざけるな……!降りてきなさいよ……卑怯者ォッ!!」
フレンダは焼け付く喉で絶叫し、ガトリングガンを空へ向けて乱射した。
だが、弾丸は真紅の装甲に弾かれ傷一つ付けられない。
『反応、上空から分離!敵小型攻撃機、来ます!』
アグニレイジの翼から自律機動兵器が分離し、フレンダ目掛けて急降下してくる。
竜の爪だ。
バババババッ!!
「くっ……!邪魔ぁッ!!」
フレンダはロータスをジグザグに走らせ、ビームの雨を回避する。
だが、回避行動を取れば取るほど、逃げ足は遅くなる。
そして、その隙を本体は見逃さない。
カッ!!
再び、空が白むほどの閃光。
二度目のインペリアル・フレイムが放たれる。
「しまっ――!?」
直撃は避けた。
だが、爆風と熱波がロータスを吹き飛ばす。
機体は岩壁に叩きつけられ、無様に転がった。
「がはっ……!」
フレンダの口から血が噴き出す。
全身の骨がきしむ。
熱い。痛い。苦しい。
モニターには「SYSTEM ERROR」の文字が並び、メイの声もノイズ混じりだ。
『フレンダ……!起きて……!次が……来ます……!』
「……まだ。まだだよ」
フレンダは震える手で操縦桿を握り直した。
死にたくない。負けたくない。
あんなトカゲに、焼肉にされてたまるか。
(どうする?どうすれば勝てる?あいつはずっと空にいる。届かない。……なら、降ろすしかない)
フレンダは、充満する熱と煙を見た。
アグニレイジのセンサーは優秀だ。だが、今のこのエリアは、あまりにも高熱源が多すぎる。
溶岩、燃えるスモーク、爆発の余熱。
「……メイ、ガルド班長のおもちゃを使うよ」
『おもちゃ……?広域音響・熱源欺瞞ユニットですか?ですが、あれは静止状態で設置しなければ……』
「走りながら使う!私が影になって、こいつを本物にする!」
フレンダは機体を起こし岩の裂け目、崖と崖が交差する、狭い谷底へと走った。
そこは、上空からの視界が通りにくい天然の要塞。
そして、竜が獲物を追うために降りてこざるを得ない場所。
フレンダは谷底のど真ん中で急停止した。
背中のコンテナから、四角い箱・広域音響・熱源欺瞞ユニットを射出する。
「メイ、欺瞞ユニット起動!熱源パターンメルトダウン寸前!音響最大出力!」
『了解!』
ドクン……ドクン……ギュオオオオオオオン!!!
欺瞞ユニットからロータスプロトレクスのエンジンが暴走しているような轟音と、強烈な擬似熱源信号が発せられる。
それはセンサー上では、自爆覚悟でエネルギーを溜めている瀕死の機体に見えるはずだ。
「よし……!ここからが勝負だよ、メイ!」
フレンダはロータスをユニットのすぐ横にある岩陰に滑り込ませた。
そして、恐ろしい命令を下した。
「全システム、シャットダウン!エンジン、カット!生命維持装置も切って!」
『なっ!?正気ですか!?この高熱地帯で冷却を切れば、貴女自身が蒸し焼きになります!』
「やるの!!私が『冷たく』ならなきゃあいつは騙せない!」
プシュゥン……。
ロータスの光が消えた。
エンジンが停止し、機体はただの鉄塊となる。
同時に、コクピット内の空調も止まる。
外気の熱が断熱材を越えてじわじわと侵入してくる。
フレンダは自身の体温すら消すように、息を止めた。
上空のアグニレイジは、谷底の反応を感知した。
獲物は追い詰められ自爆しようとしている。
あるいは、最後のあがきか。
竜のAIは、確実なトドメを選択した。
インペリアル・フレイムのチャージには時間がかかる。
ならば、格闘戦。
あの狭い谷底なら、逃げ場はない。
キィィィィィィン……!
空気を切り裂く音。
アグニレイジが高度を下げた。
雲を割り、翼を畳み、谷底へ向かって急降下してくる。
狙いは暴走する熱源、欺瞞ユニット。
(来た……!熱い……意識が飛ぶ……!でも……今じゃない……まだ……!)
コクピットの中、フレンダは滝のような汗を流しながら、コンソールの再起動ボタンに指をかけていた。
竜の咆哮が近づく。
巨大な爪が、ブイを粉砕しようと迫る。
あと100メートル。50メートル。
アグニレイジが、攻撃体勢に入り、翼を大きく広げた瞬間。
速度が落ちる。
「……今だぁぁぁッ!!」
フレンダは再起動ボタンを叩き込んだ。
ズガァァァン!!
ロータスのエンジンが爆発的に覚醒する。
アグニレイジの注意は完全に欺瞞ユニットに向いていた。
その真横。死角となっていた岩陰から、沈黙していたはずの獲物が飛び出した。
「堕ちろぉぉぉッ!!」
フレンダは背中の追加武装、ガトリングガンのトリガーを引き絞った。
狙うのは胴体ではない。
飛行を司る要、翼の飛膜とメインスラスターだ。
バララララララララッ!!
至近距離からの不意打ち。
数百発の徹甲弾が、無防備に広げられたアグニレイジの右翼を食い破る。
繊細な飛膜がズタズタに裂け、スラスターノズルが粉砕される。
『ギャオオオオオオッ!?』
竜が驚愕の声を上げる。
だが、もう遅い。
片翼を失った揚力バランスは崩壊し、急降下の勢いはそのまま墜落へのベクトルへと変わる。
「地面に這いつくばれ、トカゲ野郎!!」
ズドォォォォォン!!!
アグニレイジの巨体が谷底の岩盤に激突した。
凄まじい衝撃が渓谷に走る。
巻き上げられた土煙と破片が、ロータスを襲うが、フレンダは踏ん張った。
煙が晴れる。
そこには右翼が折れ曲がり、無様にひっくり返った元空の王者が悶えていた。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
フレンダは荒い息を吐きながら、コクピットの冷却システムを最大にした。
冷たい風が吹き込み、茹で上がった体を冷やす。
生きている。賭けに勝った。
『……敵機、飛行能力喪失。メインスラスター、沈黙。やりましたね、フレンダ。本当に、空から引きずり下ろしました』
「……当たり前でしょ。喧嘩売る相手を間違えたって、教えてやるの」
フレンダは、地に伏した竜を見下ろした。
だが、油断はしない。
アグニレイジは飛べなくなっただけで、その火力は健在だ。
そしてまだ一番の大物、ブロッケード・アイビーが残っている。
「さあ……、次は泥沼の殺し合いだよ」
フレンダは血の混じった唾を吐き捨て、戦術刀を構え直した。
狩りは、最終局面へと突入する。




