【最初の獲物・死神】
最初の獲物・死神
第4渓谷、B-3エリア。
切り立った岩壁に囲まれた、幅の狭い回廊のような地形。
そこに、不自然なほどの濃霧が立ち込めていた。フレンダが散布したスモークと、明け方の冷気が混じり合った視界不良領域だ。
「……来た。センサーに反応」
フレンダは息を殺し、岩陰に隠したロータス・トラッパー・カスタムのコクピットでモニターを凝視した。
霧の向こうから、影が滑るように現れる。
ガバナー・バンプアップエクスパンダー。
通常のガバナーよりも一回り大きい強化装甲服。
背中のブースターから青い炎を噴き、地面を滑走している。
ヘキサギアに乗っていないにも関わらず、その機動力は第3世代ヘキサギアに匹敵する「死神」。
『敵影確認。索敵モードのまま、急速接近中……こちらの餌に気づいたようです!』
メイの報告通り、エクスパンダーは一直線に霧の奥へと向かっていた。
その先にあるのは、フレンダが設置した広域音響・熱源欺瞞ユニットだ。
ロータスプロトレクスの排熱とエンジン音を垂れ流す、偽りの心臓音。
「よし……。かかった」
フレンダがトリガーに指をかけた、その時だった。
ズバッ!!
突然、エクスパンダーが直角に軌道を変えた。
偽の熱源を無視し、フレンダが潜む岩陰へと向かってきたのだ。
「えっ!?」
『見破られました!熱源ではなく殺気を感知された可能性があります!』
「嘘でしょ!?機械のくせに!」
フレンダは慌てて岩陰から飛び出した。
エクスパンダーの左腕に装着されたガトリングが回転し、銃弾の雨がロータスを襲う。
ガガガガガッ!!
「くっ……!速い!」
増設された背中のガトリングガンで応戦するが当たらない。
エクスパンダーは壁面を走り、岩を飛び越え、三次元的な機動で照準を躱していく。
小さい。速い。そして正確だ。
キンッ!!
「うわっ!」
一瞬の交錯。
エクスパンダーのブレードが、ロータスの右膝関節の隙間を切り裂いた。
油圧パイプが切断され、オイルが噴き出す。
「痛い痛い痛いッ!!」
機体の痛覚フィードバックが脳を焼く。
だが、死神は止まらない。
ロータスの背後に回り込むと、ブースターを全開にして跳躍した。
狙いは一つ。前回と同じ、コクピットだ。
ガシィッ!!
エクスパンダーが、ロータスの胸部装甲にしがみついた。
コクピットハッチの目の前に、無機質な赤いマスクがある。
「ひぃッ……!」
フレンダと死神の距離、わずか数十センチ。
装甲一枚隔てた先で、ガトリングブレードが回転を始める。
ここをこじ開けられれば、フレンダは肉塊になる。
『フレンダ!振りほどいて!』
「わかってる!!」
フレンダは恐怖で竦みそうな体を叱咤し機体を激しくロールさせた。岩壁に背中から体当たりする。
ドガァァン!!
「ぐぅッ……!」
衝撃がフレンダ自身をも襲うが、背中のコンテナがクッションになりエクスパンダーが押し潰されるのを防いだ。いや、奴は衝突の寸前に離脱していた。
地面に着地したエクスパンダーは全くダメージを受けていない様子で再びブレードを構えた。
余裕綽々。
まるで、巨大な獲物を狩るのを楽しんでいるようだ。
(……強い、まともにやったらやっぱり勝てない)
フレンダは冷や汗を拭った。
だが、彼女の目は死んでいない。
恐怖はある。震えも止まらない。けれど、頭の中の「地図」は冷静だった。
(ここじゃない。こいつを殺す場所は、ここじゃない!)
「メイ、バック走行!Aルートへ誘導する!」
『了解!』
ロータスプロトレクスがガトリングをばら撒きながら後退する。
見苦しい敗走に見えるだろう。
エクスパンダーもそう判断したのか、追撃速度を上げた。
一直線の細い道。
加速するには絶好の、そして罠を張るには最高の場所。
「来い……来い……ッ!」
バックモニターに迫りくる影が映る。
速い。あと数秒で追いつかれる。
フレンダは道の両脇にある岩壁に打ち込んでおいたアンカーの位置を確認した。
そこにはガルドが用意した単分子カッター内蔵・レイザーワイヤーが、蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
肉眼では見えない、死の糸。
エクスパンダーは最高速で突っ込んでくる。
何の障害物もない空間だと思って。
「今だッ!引け!!」
フレンダがコンソールを叩き、ワイヤーのテンションを一気に張り詰めた。
ヒュンッ!!
空間が鳴いた。
ズバァァァッ!!
何かが弾ける音。
空中で加速していたエクスパンダーの体が、見えない壁に激突したかのように静止した。
いや、違う。
絡め取られたのだ。
「ギ、ガガ……ッ!?」
超硬度のレーザーワイヤーがエクスパンダーの装甲服に食い込む。
運動エネルギーが大きければ大きいほど、ワイヤーは深く肉を裂く。
自慢のブースターが火花を散らし、人工筋肉が断裂する。
右腕のガトリングブレードが、手首ごと切断されて宙を舞った。
「かかったぁッ!!」
フレンダはロータスの足を止めた。
もう逃げる必要はない。
エクスパンダーは空中でワイヤーに拘束され、もがけばもがくほど傷を深くしていく。
速さという最大の武器が、彼自身を殺す鎖になったのだ。
「チェックメイト、もう背中は斬らせないよ」
フレンダはゆっくりと、拘束された死神へと歩み寄った。
右腕のマニピュレーターには撃発式超大型戦術刀が握られている。
エクスパンダーが残った左手でナイフを抜こうとするが、ワイヤーが関節に食い込み、動けない。
そのマスクが、初めて恐怖に歪んだように見えた。
「さよなら、死神さん」
フレンダは無慈悲に、戦術刀の切っ先を突き出した。
狙うは胸部のコア。
ズドンッ!!
パイルバンカーは使わない。
ただの刺突で十分だ。
鋼鉄の刃が装甲を貫き岩壁に縫い止める。
エクスパンダーの動きが止まり、青い瞳の光が消滅した。
『敵性反応、消滅。勝ちましたね、フレンダ』
「はぁ、はぁ……。うん。一匹目……」
フレンダは安堵の息を吐こうとした。
だが。
『――――ピピピピピピピピ!!!』
メイのアラートが、先程とは比較にならない音量で鳴り響いた。
『上空、熱源接近!この反応は……!!』
「嘘……もう!?」
フレンダが空を見上げるのと、空が赤く染まるのは同時だった。
勝利の余韻など一秒もない。
雲を突き破り、巨大な影が降臨する。
アグニレイジ、真紅の竜。
その口内には、太陽のような輝きが凝縮されている。
エクスパンダーが倒されたことを感知し、即座に焦土化を選択したのだ。
ゴォォォォォォッ!!!
インペリアル・フレイム。
「走れぇぇぇッ!!!」
フレンダは絶叫し、スロットルをへし折れるほど押し込んだ。
エクスパンダーの死骸ごと、岩壁がドロドロに溶けていく。
背中を熱風が焦がす。
「ふざけんじゃないわよ!休憩くらいさせなさいよ!!」
次なる敵は、空の王者。
罠も地形も焼き尽くす、理不尽の化身。
フレンダの狩りは、休むことなく第2ラウンドへと突入した。




