【ジャイアントキリング】
ジャイアントキリング
第4渓谷、正午。
太陽が真上から照りつける岩肌は、フライパンのように灼熱していた。
その熱気の中を、異様なシルエットを持つ機体が進む。
『Tiny Tyrant Prototype-REX2 [CODE:LOTUS]・Gorilla Custom』
右腕だけが肥大化し、全身に無骨な増加装甲を纏ったその姿はもはや洗練された第4世代機ではない。
泥と油にまみれた、復讐の権化だ。
『フレンダ。機体バランス、最悪です。右腕が重すぎて、常にスラスターで姿勢制御しなければ直立すらままなりません』
「知ってる。ガルド班長の愛が重すぎて肩が凝りそう」
フレンダは苦笑しながら、それでも操縦桿を力強く握りしめた。
重い。けれど、この重さこそが頼もしい。
昨日のような恐怖はない。胃の奥にはハンバーグのエネルギーが満ちている。
「出てきなさいよ、ゼクト。今日はお遊戯しに来たんじゃないわよ」
『……懲りずにまた来たか、ドブネズミが』
渓谷の奥から、冷徹な声が響く。
岩壁が崩れ、ブロッケード・アイビーがその巨体を現した。
六本の脚が大地を踏みしめ、背中のスナイパーキャノンが鎌首をもたげる。
『その歪な姿……。ジャンクパーツで着膨れして恐怖を誤魔化しに来たか?無駄なことだ』
ドォォォォン!!
問答無用の初弾。
超長距離からの精密射撃が、ロータスプロトレクスを襲う。
回避などしない。
フレンダは機体を半身にし、肥大化した右肩のシールドを突き出した。
「ガルド班長、信じてるからねッ!!」
ズガァァァァァン!!
直撃。
爆音と共に火球が膨れ上がる。
だが、煙の中から現れたのは、無傷の赤鬼だった。
『……何?』
ゼクトの声に動揺が走る。
バルクアームの装甲を何層にも重ね、衝撃吸収ジェルを充填したゴリラアームは戦艦の主砲級の一撃すら受け止めたのだ。
「いっ……たぁぁぁい!!」
コクピットの中で、フレンダは悲鳴を上げていた。
痛覚遮断ゼロ。衝撃は骨まで響いている。
だが、貫通していない。
痛いだけで済んでいる。
「耐えた……、これなら行ける!行くよメイ、全速前進!!」
ロータスプロトレクスが駆ける。
右腕の重さに振り回されるような、不恰好なダッシュ。
だが、その突進力は質量兵器そのものだ。
『小賢しい!寄らせるか!』
ブロッケード・アイビーが機銃とハサミを展開し、迎撃体勢を取る。
弾幕が機体を叩くが、フレンダは止まらない。
痛みは情報。
「まだ動ける」「まだ死なない」という確信に変えて、距離を詰める。
「捕まえたぁッ!!」
ガギィン!!
再び巨大なバイティング・シザースがロータスを挟み込もうとする。
フレンダはその下顎に対し、強化された右腕を叩きつけた。
「今だッ!パイルアンカー、打ち込み!」
ドスゥッ!!
ロータスの踵から杭が射出され、岩盤に深く突き刺さる。
大地と機体が一体化する。絶対的な支点が完成した。
「うおおおおぉぉぉぉッ!!」
人工筋肉が断末魔のような音を立てて収縮する。
ガルドが限界までチューニングした出力が右腕一本に集中する。
『馬鹿な!?パワー負けだと!?』
ゼクトが叫ぶ。
100トンの巨体が、浮いた。
視界が傾いた。絶対的な安定を誇るはずの六脚が空を掻く。
「ひっくり返れぇぇぇぇぇッ!!!」
ズゥゥゥ……ドォォォン!!
渓谷が揺れた。
ブロッケード・アイビーが横転し、無防備な腹部を晒して転がる。
シミュレーション通り。完璧な大物喰いの瞬間だった。
「チェックメイト!!」
フレンダはパイルアンカーを解除し、倒れた巨獣の腹部へと飛び乗った。
右手の撃発式超大型戦術刀を逆手に構える。
狙うはメインジェネレーター直上。
「これで……終わりッ!」
トリガーに指をかける。
あと0.5秒。
杭が放たれれば、この戦いは終わる。
だが。
その0.5秒の間に、メイの絶叫が脳内に響いた。
『フレンダ、回避ッ!!上空!!熱源反応、計測不能ッ!!』
「え……?」
フレンダが見上げた空。
そこには、太陽よりも眩しい「紅蓮の翼」が広がっていた。
ゴォォォォォォォッ!!!!
音よりも早く、熱が来た。
上空から降り注いだのは、ビームではない。
指向性を持った「高熱火炎」の奔流。
「熱ッ!?」
フレンダは反射的に飛び退いた。
一瞬前まで彼女がいた場所、ブロッケード・アイビーの腹部装甲がドロドロに溶解して赤熱している。
もし避けていなければ、機体ごと蒸発していただろう。
『あれは……!そんな、馬鹿な……どうしてこんな辺境に……!』
メイの声が震えている。
空から舞い降りたのは、ヘキサギアという枠を超えた空の災厄。
アグニレイジ。
MSGヴァリアントフォースが誇る、第三世代ヘキサギアの頂点。
巨大な翼を持つ真紅の竜。
その口からは余熱の煙が漏れ、眼下の獲物を睥睨している。
『救援感謝する、護衛騎士殿。些か遅いぞ』
横転した状態から体勢を立て直しながら、ゼクトが通信を入れる。
増援だ。しかも最悪の。
「アグニレイジ!?冗談でしょ……あんなの、どうやって戦えば……」
フレンダが圧倒されている隙に、もう一つの影が動いた。
竜の背から飛び降りた人型の影。
ガバナーサイズの兵士だが、その動きは人間のそれではない。
エクスパンダー。
赤を基調とした装甲服に身を包み、手にはガトリングブレードを携えた特殊部隊員。
対ガバナー戦闘のエキスパート。
それが音もなく、ロータスプロトレクスの背後に着地していた。
『背面!取り付かれました!』
「しまっ――!?」
ガガガガガガッ!!
至近距離からのガトリング射撃。
背中のスペード・ロワーが一基、粉砕される。
さらに、エクスパンダーのブレードが装甲の隙間、首元のセンサーユニットを正確に切り裂いた。
「ぐあっ……!モニターが!」
視界の半分がノイズに埋まる。
右腕のゴリラアームは無事だが、背中と頭部をやられた。
『状況、絶望的。敵戦力、測定不能。アグニレイジの広域焼却能力と、エクスパンダーの近接戦闘能力。さらに復帰したブロッケード・アイビーの火力。……勝率、0%です』
メイが淡々と、しかし強制力を持って告げる。
『フレンダ。撤退です。これ以上は戦いではありません。処刑です』
「……っ!」
フレンダは唇から血が出るほど噛み締めた。
あと一歩だった。
あと一発、杭を撃ち込めば勝てた。
それが、圧倒的な数と質の暴力によって踏み躙られた。
「……逃げるよ、メイ!スモーク・ディスチャージャー!」
プシュゥゥゥゥッ!!
ロータスプロトレクスから濃密な煙幕が噴出される。
視界を塞ぎ、センサーを撹乱する。
『逃がすか』
エクスパンダーが煙の中に飛び込んでくる。
フレンダは撃発式超大型戦術刀を振り回し、牽制した。
金属音。エクスパンダーが弾き飛ばされる。
「ごめん、少佐!パイルバンカー、移動に使う!」
フレンダは地面に向けて「特注の杭」を撃ち込んだ。
ズドォォォン!!
爆発的な反動がやってくる。
ロータスプロトレクスはその衝撃を利用して煙幕の外へ、崖の下へと転がり落ちるように跳躍した。
背後で、アグニレイジのインペリアル・フレイムが煙幕ごと岩山を焼き払う音が聞こえた。
熱風が背中を焦がす。
惨めな、あまりにも無様などん底へのダイブ。
数キロ離れた、旧下水道跡。
息を潜めるようにして、傷ついたロータスプロトレクスがうずくまっていた。
右腕の装甲は焼け焦げ、背中の武装は半壊し、頭部のセンサーは片方が死んでいる。
「…………」
コクピットの中、フレンダは膝を抱えていた。
悔しさで涙が止まらない。恐怖で震えが止まらない。
『……追撃、ありません。アグニレイジはエリア防衛に戻ったようです』
メイの声だけが、静かに響く。
「……負けた」
フレンダが搾り出すように呟く。
「勝てたのに、ひっくり返したのに。あんなの、卑怯だよ。アグニレイジと、エクスパンダーと、ブロッケード・アイビーなんて……全部乗せじゃない」
『はい、理不尽です。ですがそれが戦争です』
メイは慰めなかった。事実だけを告げた。
『フレンダ、貴女は生き残りました。アグニレイジとエクスパンダーの奇襲を受けて生還したガバナー。それだけで、奇跡に近い戦果です』
「……生きてるだけじゃ、意味ないよ。アイビーを倒さなきゃ、ここを通れない」
フレンダは涙を拭い、生き残った片方の目でモニターを見た。
そこには、赤く警告灯が灯る機体ステータスが表示されている。
「ゴリラアームじゃ、アグニレイジの炎は防げない。柔術じゃ、エクスパンダーは捕まえられない。……考えなきゃ。もっと別の……あいつら全員を出し抜く、新しい方法を」
お腹が空いたとは、言わなかった。
今の彼女の腹を満たしているのは、ドロリとした重い敗北感と、次こそは必ず殺すという冷たい殺意だけだった。
夕闇の中、傷ついた赤鬼は、足を引きずりながら帰路につく。
その背中には、もう甘えは残っていなかった。




