表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/18

【好敵手】

好敵手



リバティー・アライアンス勢力圏との境界線に位置する、第4渓谷エリア。

切り立った岩壁に囲まれたこの場所は、戦略上の要衝であり、現在はヴァリアントフォースによる厳重な封鎖線が敷かれていた。


「……静かすぎる。鳥も飛んでないよ」


フレンダはロータスプロトレクスを岩陰に隠し、センサーを走らせていた。

昨日までの飢えとは違う、胃の腑が冷えるような感覚。

野生の勘が告げている。ここには、ジャッカルなど比較にならない怪物がいる。


『警告。超高質量の熱源反応。前方1200メートル。……偽装、解除されます』


岩壁の一部だと思われていた巨大な影が、身じろぎした。

岩石や擬態用シートが崩れ落ち、その下から鋼鉄の巨躯が姿を現す。



ブロッケード・アイビー。



全長10メートルを超える、六脚の巨大ヘキサギア。

昆虫、あるいは甲殻類を思わせるその威容は、森の王者などではなく、大地を支配する暴君そのものだった。

背部には長大なスナイパーキャノン。

前脚には、あらゆる物質を圧砕する巨大なハサミバイティング・シザースを備えている。


『……ほう。これが例の赤いネズミか』


オープンチャンネルを通じて、男の声が響く。

感情の一切を感じさせない、冷徹で、金属的な響きの声。


「誰あんた。そこ、邪魔なんだけど」


『私はゼクト中佐だ。この第4防衛ラインの管理者だ。貴様のような規格外の実験機が野良犬を食い荒らしたと聞いてな。……駆除に来た』


ゼクトと名乗ったガバナーが操作すると、ブロッケード・アイビーの六本の脚が地面に深く突き刺さった。

アンカー展開。射撃姿勢。


『消えろ』


ドォォォォォン!!

警告なしの初弾。


背部のスナイパーキャノンが火を噴いた。

それは銃撃ではない。爆撃だ。


フレンダがいた岩陰が、一瞬にして消滅し、クレーターへと変わる。


「うわっ……!?」


フレンダは間一髪で飛び出していたが、爆風だけでロータスプロトレクスの機体が木の葉のように煽られた。


「なによ今の威力!戦艦の主砲!?」


『推測。敵機の火力はこちらの装甲防御力を完全に無視します。直撃すれば即死です』


メイの冷静な宣告に、フレンダは唇を噛む。

痛覚遮断オフの状態だ。

衝撃波が皮膚を叩く感覚が、ビリビリと伝わってくる。

怖い。けれど、その痛みが死のラインを明確に教えてくれる。


(……近づくしかない!)


「行くよ、メイ!懐に入ればあのキャノンは撃てない!」


フレンダはスラスターを全開にし、ジグザグ機動で接近を試みる。

だが、ブロッケード・アイビーは動かない。

動く必要がないのだ。


『無駄だ。貴様の動きは盤上の駒のように見えている』


ゼクトの声と共に、ブロッケード・アイビーのバイティング・シザースが展開される。

さらに、胴体各所に設置された機銃が、濃密な弾幕を形成する。


「くっ……!弾幕が厚い!」


ロータスプロトレクスはアサルトプラズマライフルを撃ち返すが、敵の重装甲には傷一つ付かない。


まるで巨象に豆鉄砲だ。


距離を詰めるフレンダに対し、ブロッケード・アイビーはその巨体に見合わぬ反応速度を見せた。前脚の一本が、槍のように突き出される。


ガギィィン!!


「重っ……!」


フレンダは戦術刀で受け止めたが、その質量差に膝が折れそうになる。押しつぶされる。

パワーが違いすぎる。


『第4世代の機動性……評価しよう。だが、戦場において「重さ」とは絶対的な正義だ』


ブロッケード・アイビーがさらに踏み込む。

六脚による安定した姿勢からの格闘攻撃は、地震のような衝撃を伴ってロータスを襲う。


(……ダメだ。正面からじゃ押し負ける!)


フレンダの額を汗が伝う。


忘我廻廊を使えば、回避はできるかもしれない。

だが、反撃の糸口が見えない。

あの分厚い装甲を貫くには、戦術刀のパイルバンカーをゼロ距離で、しかも急所に撃ち込むしかない。


「……んぐっ!」


防御の隙を突かれ、機銃掃射がロータスの左肩を掠めた。

装甲が弾け飛ぶ衝撃が、フレンダの左肩に激痛として走る。


『フレンダ!左肩、損傷軽微。ですが……』


「……痛い。すごく痛い」


フレンダは顔を歪めた。

だが、その痛みの中で、彼女の瞳孔が開く。

痛みが思考をクリアにする。

敵の攻撃パターン、弾幕の密度、そして……あの巨大な脚の動き。


(……あいつ、足元は見てない!)


ゼクトは優秀だ。全体を俯瞰し、盤面を支配している。

だからこそ、足元のネズミの視点を見落としている。


「メイ!スペード・ロワー!目くらましに使って!」


フレンダの指示で、背中の浮遊兵装が分離し、敵のモノアイの目の前でプラズマ爆発を起こした。


『小細工を……!』


ゼクトの視界が一瞬ホワイトアウトする。


その0.5秒。

フレンダはその時間を待つのではなく、賭けに使った。


「そこだぁぁぁッ!!」


フレンダはロータスプロトレクスを滑り込ませた。

敵の懐ではない。もっと深く、真下。六本の脚が支える巨大な腹部の下。


そこは、スナイパーキャノンも、ハサミも届かない唯一の死角。


「食らいなさい!!」


フレンダは真上に向かって、撃発式超大型戦術刀を突き上げた。

ターゲットは、腹部の関節ジョイント。


ズドォォォォン!!

パイルバンカーが炸裂する。

超硬度の杭がブロッケード・アイビーの腹部装甲を食い破り、内部フレームへと達した。


『ぐぅッ!?』


初めて、ゼクトの声に焦りが混じる。

巨体が大きく傾ぐ。内部誘爆。黒煙が噴き出す。


「やった……!?」


だが、怪物は死んでいなかった。

ブロッケード・アイビーは損傷した腹部からオイルを撒き散らしながらも、残った脚で強引に跳躍し、距離を取ったのだ。

あの巨体で、バックステップを行った。


『……なるほど。ただのネズミではない、か』


砂塵の向こうで、傷ついたブロッケード・アイビーが体勢を立て直す。

スナイパーキャノンが再びこちらを向くが、発射の予備動作はない。


『今日のところはこの傷に免じて見逃してやる。だが覚えておけ。次に会う時はその赤い装甲をスクラップにして、渓谷の底に埋めてやる』


「……負け惜しみ言ってんじゃないわよ!次はお腹だけじゃ済まさないから!」


フレンダはインカム越しに叫び返したが、ブロッケード・アイビーは深追いを避け、スモークディスチャージャーを展開して後退していった。


深追いは危険だ。こちらのエネルギーも残り少ない。


『敵影、ロスト。……生き延びましたね、フレンダ』


「……うん。でも、勝ってない」


フレンダは操縦桿から手を離し、震える指を握りしめた。

左肩の痛みがズキズキと脈打っている。

あの一撃がなければ、負けていたのは自分たちだったかもしれない。


「ゼクト……ブロッケード・アイビー……」


フレンダは、敵が消えた方向を睨みつけた。


これまで感じてきた食欲とは違う。

これは闘争心。

あの巨大な獲物をいつか必ず破壊してやるという、ガバナーとしての純粋な欲求。


「……お腹すいた」


フレンダは不敵に笑った。

その笑顔はかつてないほど獰猛で、そして魅力的だった。


「帰って作戦会議だよ、メイ。あの大物を狩るには今のままじゃ足りない。もっと、もっと強くならなきゃ」


荒野に風が吹く。

赤きロータスと、鋼鉄のアイビー。

二つの怪物の因縁は、ここから始まったばかりだった。





白堊理研・第八基地リトルベース、第1食堂。

夕食時の喧騒の中、ひときわ大きな歓声と、一部の引きつった悲鳴が上がった。


その中心にいるのは、絆創膏を頬に貼ったフレンダ・ディーコン少尉だ。


「お……おおおぉぉぉ……!!」


彼女の目の前には、業務用の鉄板皿が鎮座している。

そこにあるのは、もはやハンバーグと呼んでいいのか迷うほどの質量を持った肉の塊だった。


『特製・ダブルタワーハンバーグ(チーズ&デミグラスソース掛け)』


総重量1.2キログラム。

大人の拳骨ふたつ分ほどある分厚いパティが二段重ねになり、その上から濃厚なチェダーチーズと、黒光りするデミグラスソースが、マグマのようにドロドロと掛かっている。


頂上では半熟の目玉焼きが不安定に揺れ、付け合わせのポテトとブロッコリーは、肉の壁に押し出されて皿の縁で悲鳴を上げていた。


ジュワァァァァァ……!!

鉄板が奏でるシズル音。

焦げたソースの香ばしい匂いと、肉の焼ける野性的な脂の香りが、フレンダの鼻腔を暴力的に蹂躙する。


「す、すごい……!これ、本当に食べていいの!?」


『はい、フレンダ。戦闘による消費カロリー、および負傷による組織修復に必要なタンパク質を計算した結果、これが最低摂取量です』


「メイ、大好き!今日だけは神様に見えるよ!」


フレンダは両手にナイフとフォークを握りしめ、まるで聖剣を掲げる騎士のように構えた。


「い、いただきまぁぁぁぁす!!」


ナイフを入れる。

抵抗はない。表面はカリッと香ばしく、中はふっくらと柔らかい。

切れ目から、透明な肉汁が滝のように溢れ出し、鉄板の上で弾けて踊る。



パクリ。


「んん~~~~っ!!」


フレンダが天を仰いで悶絶する。

噛む必要すらない。粗挽き肉の旨味が口の中で爆発し、濃厚なチーズのコクがそれを優しく包み込む。

戦場の硝煙とオイルの臭いが、完全に上書きされていく至福の瞬間。


「幸せ!生きててよかった!ゼクトもこれ食べればあんな意地悪しなくなるのに!」


彼女は一心不乱に肉塊へと挑みかかった。それはまさに、食卓という戦場における掃討戦だった。



一方その頃。

少佐の執務室は食堂とは対照的に、死のような静寂と冷気に包まれていた。


「…………」


少佐のデスクの上には、タブレット端末が置かれている。

画面に表示されているのは、フレンダが食べたハンバーグのカロリーよりも遥かに高い数値

「今次作戦・経費請求書」の合計金額だった。


『案件:LOTUS・緊急メンテナンス』


左肩部・複合装甲板交換

第3~第5人工筋肉バイパス再接続

関節駆動系・摩耗部品全交換



ここまではいい。想定内だ。

忘我廻廊を切って、人間の反射神経で機体を振り回せば、駆動系が悲鳴を上げるのは当然だ。


ガルド班長からの「また徹夜かよ!菓子折りじゃ足りん、高級ウイスキーを寄越せ!」という備考欄の書き殴りも、まあ許容しよう。


問題は、その下だ。


『案件:弾薬消耗費』

アサルトプラズマライフル・エネルギーセル:規定内

スペード・ロワー・稼働エネルギー:規定内


撃発式超大型戦術刀・専用大釘型ヘキサグラムストレージ(特注品):3発使用


「……3発」


少佐の声が震える。

この特注ストレージは特殊な炸薬で撃ち出し刀身に爆発的なエネルギーを伝達する、いわば使い捨ての杭だ。


その単価は、一発で小型のヘキサギアが一台買えるほど高額なのだ。


「ジャッカル相手に……2発。ブロッケード・アイビー相手に……1発。あいつは、私のボーナスを空に向かって撃っている自覚があるのか?」


少佐はこめかみを押さえ、冷え切ったコーヒーを流し込んだ。

胃が痛い。キリキリと音を立てている。


さらに、画面をスクロールすると、末尾に追記があった。


『案件:特別食費』

特製ダブルタワーハンバーグ


「…………ふっ」


少佐は乾いた笑い声を漏らした。

このハンバーグ代が、誤差に見えるほどの金額だ。


コンコン。


控えめなノックと共に、ドアが開いた。

入ってきたのは、口の端にデミグラスソースをつけ、極限まで膨らんだお腹をさするフレンダだった。


「し、失礼しまーす……。ごちそうさまでした、少佐!めちゃくちゃ美味しかったです!もう動けません!」


「……そうか。それは重畳」


少佐は椅子を回転させ、冷ややかな視線を向けた。

そして、無言でタブレットの画面をフレンダに見せた。


「あー……えっと……。ゼロがいっぱい並んでますね?」


「ああ。美しいだろう?お前が今日一日で消費した金額だ。ヘキサグラムストレージ一発でお前の給料の何ヶ月分が飛ぶか知っているか?」


「うっ……!で、でも、あれ撃たないと死んでましたし!ジャッカルは素早いし、アイビーは硬いし!」


「わかっている」


少佐はため息をつき、タブレットを置いた。

彼女は知っている。フレンダが無駄撃ちをするようなガバナーではないことを。

あのパイルバンカーは、確実に敵の急所を穿ち、彼女の命を救ったのだ。


金で命が買えるなら、安いものだ。……胃は痛むが。


「フレンダ。ブロッケード・アイビー……『ゼクト』と遭遇したそうだな」


「……はい」


フレンダの表情から、満腹の緩みが消えた。真剣な、戦士の顔になる。


「強かったです。今の私とメイじゃ、正面からぶつかったら10秒持ちません。……でも、次は負けません。あいつの重さをひっくり返す方法、考えます」


その目を見て、少佐は微かに口角を上げた。

食って、寝て、戦う。

この単純で強靭なサイクルこそが、フレンダの才能だ。


「いいだろう。作戦案ができたら提出しろ。ただし、これ以上特注釘をばら撒かない方法でな」


「善処します!あ、それと少佐!メイが言ってたんですけど、食後のデザートにプリンをつけると、脳の疲労回復にいいらしくて……」


「出て行け」


「はいぃっ!」


フレンダは敬礼し、逃げるように部屋を出て行った。

バタン、とドアが閉まる。


静寂が戻った部屋で、少佐は再び請求書の画面に向き合った。

右下の「承認」ボタンに指を伸ばす。


「……まったく。手のかかる『化け物』を持ったものだ」


承認の電子音が、静かな部屋に響いた。

その音は、どこか諦めと、確かな信頼を含んでいた。




『警告。損耗率100%。ミッション・フェインド』


無機質な電子音と共に、視界が赤く染まり、そして暗転した。

何度目かわからない「死」の宣告。

白堊理研・第3シミュレーションルーム。

カプセル型のダイブシートの中で、フレンダは荒い息を吐きながらバイザーを跳ね上げた。

仮想現実とはいえ、神経接続されたスーツは被弾の衝撃を擬似的な痛みとしてフィードバックしてくる。全身が鉛のように重い。


「……はぁ、はぁ。またダメ。全然歯が立たないじゃない」


フレンダは悔しげにコンソールを叩いた。


モニターには、彼女を屠った憎きブロッケード・アイビーの解析データが表示されている。


『シミュレーション回数、48回。全敗です、フレンダ。正面突破、側面迂回、長距離狙撃……あらゆるパターンを試行しましたが、生存時間は最長でも180秒でした』


メイの声にも、焦りの色が滲んでいる。

このシミュレーション上のブロッケード・アイビーは、先日の遭遇戦で収集したデータに加え、過去のヴァリアントフォースの戦闘記録を統合した「完全版」だ。


実物のゼクト機よりも強いかもしれない。


「硬すぎるのよ、あいつ……!」


フレンダはペットボトルの水を一気に煽り、画面上のスペック表を睨みつけた。


第4世代ヘキサギアであるロータスプロトレクスは、人型ゆえの汎用性と機動性を持つ。

だが、ブロッケード・アイビーは根本的な設計思想が違う。


あれは動く要塞だ。

六本の巨大な脚部が大地に固定された時の防御力は、戦艦の装甲に匹敵する。

アサルトプラズマライフルの連射など、蚊に刺された程度にしか感じていないだろう。


そして、反撃の一撃・スナイパーキャノンやバイティング・シザースは、掠っただけでロータスを半壊させる。


『こちらの勝機は、やはり撃発式超大型戦術刀によるパイルバンカー攻撃のみです。ですが、少佐からの厳命があります。「特注ヘキサグラムストレージの使用は、作戦中『一発』まで」と』


「一発……。たった一発で、あのお化けを沈めろって?」


無理難題だ。

ブロッケード・アイビーの装甲を貫くにはあの杭が必要不可欠。


だが、脚を一本折ったところで、あいつは止まらない。

コクピットブロックか、メインジェネレーターを一撃で粉砕しなければならないが、それらは分厚い装甲と、凶悪なハサミでガードされている。


「普通にやっても届かない。近づけばハサミで潰される。離れればキャノンで吹き飛ぶ。……詰んでるじゃん」


フレンダは座席に深く沈み込んだ。

甘い物が欲しい。脳が糖分を求めて悲鳴を上げている。


「……休憩。メイ、プリンちょうだい」


フレンダはサイドテーブルに置いてあった、少佐への言い訳として確保したプリンの容器を手に取った。


プラスチックのスプーンですくい、口に運ぶ。

滑らかなカスタードの甘みが、オーバーヒートした脳に染み渡る。


「ん~……。生き返る……」


フレンダはスプーンを口にくわえたまま、ぼんやりとモニターのアイビーを眺めた。


六本足。低い重心。絶対的な安定感。

ふと、彼女はスプーンの先で、空になったプリン容器をつついた。

底が広い容器は、上から押しても潰れない。横から押しても滑るだけだ。


「……ねぇ、メイ。重いものってさ、動かすの大変だよね」


『当然です。質量に比例して慣性モーメントも増大します』


「でもさ、重いものが『バランスを崩した時』って……自分で自分を支えきれないよね?」


フレンダはスプーンを容器の「縁」の下に潜り込ませ、くいっと持ち上げた。

安定していた容器は、簡単にコロンと転がった。


「……これだ」


フレンダの碧眼が、ギラリと光った。


「正面から殴り合って勝とうとしてたのが間違いだったんだ。あいつの『重さ』は武器だけど……同時に弱点でもある!」


「メイ!シミュレーション再開!設定変更。私の『撃発式超大型戦術刀』の用途を変える!」


『用途を?攻撃用ではないのですか?』


「ううん。攻撃には使うけど、狙うのは装甲じゃない。あいつの『重心』だよ!」


フレンダは再びダイブシートに身を沈めた。今度の彼女の顔に、迷いはない。


『シミュレーション、スタート』


電子の荒野に、再び緑の巨獣が現れる。

ブロッケード・アイビー。

その威圧感は変わらないが、フレンダの視点は変わっていた。


「さあ、来なさいよ。デカブツ!」


ロータスプロトレクスが挑発的に前に出る。

敵機が反応する。

右前脚のバイティング・シザースが展開され、ロータスを圧砕しようと襲いかかる。


『敵、格闘攻撃来ます!回避ルート算出!』

「逃げない!」


フレンダはメイの推奨ルートを無視した。

今までならバックステップで逃げていた間合い。

そこに、あえて突っ込む!


ガギィィィン!!


巨大なハサミが閉じる寸前、ロータスプロトレクスはその懐に滑り込み、戦術刀の背でハサミの下顎を受け止めた。凄まじい重量圧。

ミシミシとフレームが軋む。


「ぐぐぐっ……!重い……けど!」


フレンダは歯を食いしばり、スラスターを逆噴射させた。

受け止めるのではない。


敵が振り下ろした力のベクトルを、そのまま利用して流す。


「メイ、今!右脚の関節ロックを解除!全出力を『持ち上げ』に回して!」


『了解! 同調開始!』


ロータスプロトレクスが、敵のハサミをガイドレールにして、一気に立ち上がる。


梃子の原理。

支点はフレンダの足元。力点はスラスターの推力。

そして作用点はアイビーの伸びきった前脚だ。


「おおおおぉぉぉッ!!」


ズズズ……ッ!


信じられない光景だった。

全長10メートルを超えるブロッケード・アイビーの巨体が片側から強引に持ち上げられ、傾いたのだ。

どんなに重い戦車でも、片輪が浮けば脆い。

安定を失った巨獣は、自らの重さに振り回される。


『敵機、バランス喪失!腹部が露出します!』


「そこぉぉぉッ!!」


アイビーが横転しかけ、無防備な腹部を晒した瞬間。

フレンダは戦術刀を返し、切っ先を突き立てた。


場所は、装甲の継ぎ目ではない。

敵の重心を支える、メインフレームの中枢。


「これで……決まりッ!!」


トリガーを引く。

この作戦で許された、たった一発の特注ヘキサグラムストレージ。


ズドォォォォン!!


炸裂音と共に、超硬度の杭が深々と突き刺さる。

それだけではない。


突き刺さった杭が、敵の巨体が倒れ込む運動エネルギーと衝突し、内部で壊滅的な破壊を引き起こした。自分の体重が自分を殺す刃となる。


ドガァァァァァン!!

ブロッケード・アイビーが轟音と共に横転し、爆発四散した。


『ターゲット、沈黙。ウィナー:ロータス・プロトレクス』


プシュゥゥゥ……。

キャノピーが開き、フレンダが現実世界へと戻ってきた。

全身汗だくで、手足は震えている。

だが、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「はぁ、はぁ……。見た、メイ?ひっくり返してやったよ!」


『……驚異的です。敵の運動エネルギーと質量を利用した、ヘキサギアによる柔術。理論上は可能でしたが、あのタイミングで実行できるのは世界で貴女だけでしょう』


メイの声には、明確な称賛が含まれていた。

真正面からの力比べでは絶対に勝てない。

だからこそ、相手の力を利用する。


それは、弱者が強者を狩るための究極の知恵だった。


「これで行ける。特注の杭は一発で十分!待ってなさい、ゼクト。次はシミュレーションじゃない。本番であんたを引っくり返してやるから!」


フレンダは残っていたプリンを一口ですすると、空になった容器をゴミ箱へと投げ入れた。


カラン、と軽い音が響く。

その音は、これからの戦いで巨大な敵が転がる音の、前触れのように聞こえた。


白堊理研第八基地リトルベース・第2整備ハンガー。

ガルド班長の怒号が、ジェットエンジンの轟音すら掻き消す勢いで響き渡った。


「てっめぇぇぇッ!!頭のネジが何本飛んでりゃこんな作戦思いつくんだコラァァッ!!」


ガルドは、フレンダが持ち込んだシミュレーションデータの入ったタブレットを、デスクに叩きつけた。

あわや粉砕かと思われたが、寸前で力加減を調整したのは、彼が機械を愛する整備士だからだ。


「ひぃっ!ご、ごめんなさい!で、でもシミュレーションでは成功したし!」


フレンダが直立不動で縮こまる。

ガルドはスパナを振り回しながら、唾を飛ばして食って掛かった。


「シミュレーションだろがッ!バーチャルの世界なら物理法則もお行儀よくしてくれるさ!だがな、現実は違うんだよ!」


彼はホログラムで表示された「ロータスプロトレクス」の右腕関節を指差した。


「見ろここを!相手は総重量100トン超えのブロッケード・アイビーだぞ!?そいつを片腕一本で持ち上げる?梃子の原理?馬鹿言うんじゃねぇ!そんな負荷かけたらな、持ち上がる前にこいつの肩フレームがねじ切れて、腕ごと空の彼方にすっ飛んでいくわ!」


『補足します、班長。シミュレーション上の計算では、関節強度の限界ギリギリ……成功率は40%でした』


メイが横から口を挟むが、それが火に油を注ぐ。


「40%だと!?残りの60%は『腕がもげて圧死』じゃねぇか!そんな博打に徹夜で直した機体を使わせられるかボケェッ!!」


「で、でも……!あいつを倒すにはお腹の下に杭を撃ち込むしかないんです!そのためには、ひっくり返すしか……!」


フレンダは涙目になりながらも食い下がった。

彼女も本気だ。命を懸けて戦う以上、引くわけにはいかない。


ガルドはフレンダの真剣な碧眼を睨みつけ……やがて、盛大に舌打ちをした。


「……チッ。どいつもこいつも、整備屋の苦労なんざ考えもしねぇで……」


ガルドは汚れた作業帽を脱ぎ、頭を乱暴に掻きむしった。

そして、ギラリと光る目で部下たちに命令を下した。


「おい野郎ども!作業中止だ!今すぐ倉庫から『ジャンクパーツ・カテゴリーA』を持ってこい!」


「えっ?カテゴリーAって……廃棄予定のバルクアームの装甲板ですか?」


「そうだ!一番分厚くて、重いやつだ!あと予備の『高出力アクチュエーター』も全部出せ!今日中にロータスを化け物にするぞ!」


そこからのハンガーは、戦場さながらの忙しさとなった。

溶接の火花が散り、インパクトドライバーの音が絶え間なく響く。


「フレンダ! そこ突っ立って見てろ!お前が何に乗ろうとしてるのか、その目に焼き付けやがれ!」


ガルドは自ら溶接機を握り、ロータスプロトレクスの右腕に無骨な装甲板を直接溶接していく。

それは洗練された第4世代ヘキサギアの流線型を台無しにする、醜くしかし強固な継ぎ接ぎだった。


「ひぇぇ……ロータスが……ゴリラになっていく……」


「うるせぇ!見た目なんぞ気にするな!関節が耐えられないなら耐えられるまで鉄板を貼り付けりゃいいんだよ!」


ガルドの理論は乱暴だが、理に適っていた。

肩関節の周囲に、バルクアームの廃材である超硬質装甲を重ね合わせ、さらに内部の人工筋肉繊維を通常の3倍の密度で束ねていく。


「いいか、これで右腕の強度は上がった。だがな、パワーが上がれば今度は足が滑る。100トンを持ち上げるには、地面に根を張らなきゃならねぇ」


ガルドは機体の踵部分に、建設重機用のパイルアンカーを取り付けた。

スイッチ一つで地面に杭を打ち込み、機体を強制固定する装置だ。


「こいつを使えばどんな衝撃でも後ろには下がらねぇ。その代わり、膝への負担はマッハだ。一回だぞ。……いいか、フルパワーで耐えられるのは、たった一回きりだ!」




数時間後。

作業が終了したロータスプロトレクスは、異様な姿へと変貌していた。

右腕だけが異常に肥大化し、肩には無骨なスパイクが増設され、脚部は泥だらけの重機のように太くなっている。

紅蓮の蓮華という優雅なコードネームは消え失せ、そこにいるのは傷だらけの赤鬼だった。


「……できたぞ。名付けて『ロータス・ゴリラアーム・カスタム』だ」


「ネーミングセンス最悪。でも……強そう」


フレンダは生まれ変わった右腕に触れた。

冷たい鉄の感触の下に、ガルドたち整備班の熱い執念が脈打っているのがわかる。


これなら、折れない。

あの怪物の重さにも、耐えられる。


「ありがとうございます、班長!これなら絶対勝てます!」


「当たり前だ、俺様が組んだんだぞ!」


ガルドはオイルまみれのタオルで顔を拭い、ニヤリと笑った。

だが、すぐに真顔に戻り、一枚の電子ペーパーをフレンダに突きつけた。


「で、これだ」


「……なんですか、これ?」


「今回の改造費と、特急作業料金。あと、俺たちの残業代と夜食代だ」


フレンダが恐る恐る画面を見る。

そこには、ヴァネッサ少佐が見たら卒倒しそうな金額が並んでいた。


「ひっ!?た、高い!?」


「当たり前だ!特注のワンオフ機だぞ!?ま、支払いは少佐に回しとけ。どうせ『勝てば経費、負ければ遺産』だ」


ガルドはフレンダの背中を、バンッと強く叩いた。


「行ってこい、馬鹿野郎。必ず勝って五体満足で機体を返せ。ネジ一本でも無くしたら、竹馬で基地中引き回しだからな」


「……っ!はい!行ってきます!」


フレンダは痛む背中をさすりながらも、満面の笑みで敬礼した。


罵声は彼なりのエールだ。

死ぬなという言葉を、機体を壊すなという言葉に変換する、不器用な職人の優しさ。

ゴツくなったロータスプロトレクスに乗り込むフレンダ。


その心には、最強の盾と、最強の矛が揃っていた。

もはや、恐れるものは何もない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ