【紅蓮の咆哮】
紅蓮の咆哮
MSGヴァリアントフォース支配下の旧湾岸都市エリア。
崩れかけた高速道路の高架下で、フレンダは息を殺していた。
コックピットの中には、張り詰めた緊張感と自身の鼓動だけが響いている。
『……感度良好。敵影、捕捉しました。総数4機。急速接近中』
メイの冷静なアナウンスと共に、レーダーに赤い光点が走る。
瓦礫の山を飛び越え、廃ビルの壁面を蹴り、それらは現れた。
バルクアームλジャッカル。
従来のバルクアームのような重厚さはない。
狼の頭部を模した鋭角的な装甲、軽量化されたフレーム、そして背部に装備された大型のエアインテーク。
市街地戦闘に特化した、高機動型のヘキサギアだ。
手にはサブマシンガンと、ヒートナイフが握られている。
「……速いね。やっぱり」
フレンダが呟くと同時に、4機のジャッカルが散開した。
統率された動き。まるで本物の狼の群れだ。
一機が正面から牽制射撃を行い、残る三機が左右と死角へ回り込む。
『敵、包囲陣形を形成。同時多角攻撃、来ます!』
「上等!行くよ、メイ!私たちの初陣だ!」
ダダダダダッ!!
正面のジャッカルから放たれたサブマシンガンの弾丸が、ロータスプロトレクスの装甲を叩く。
フレンダは左腕でガードを固めつつ、スラスターを噴かしてサイドステップを踏む。
ガンッ! ガガガッ!
「ぐっ……!いったぁ……!」
着弾の衝撃が、減衰されることなくシート越しにフレンダの身体を殴打する。
痛覚遮断:0%
骨に響く振動。だが、それゆえにフレンダは理解できた。
(……軽い弾!装甲は抜かれない!)
痛みは恐怖ではない。装甲の限界を教えるセンサーだ。
「そこっ!」
フレンダは痛みを飲み込み、右手のアサルトプラズマライフルを放つ。
青白い閃光が走るが、ジャッカルは驚異的な反応速度でそれを回避した。
ホバー移動による不規則なスライド機動。
『回避されました。敵機の機動性、こちらの予測を上回っています』
「ちょこまかと……!だったら、捕まえるまで!」
フレンダは操縦桿を押し込み、ロータスプロトレクスを前進させる。
人型の巨体が、重戦車のような迫力でアスファルトを踏み砕きながら加速する。
「グルゥァッ!!」
左右から回り込んだジャッカル2機が、同時に飛びかかってきた。
ヒートナイフが赤熱し、ロータスプロトレクスの脇腹と脚部関節を狙う。
必殺のタイミング。
『右翼機、接触まで0.5秒。左翼機、0.6秒。回避行動を推奨!』
メイが最適解を出す。
だが、フレンダは動かなかった。
0.1秒。0.2秒。
彼女は待った。
人間特有のためらいではない。獲物を引きつけるための罠としての静止。
(……今ッ!)
敵のナイフが装甲に触れる寸前。
フレンダは機体を沈めた。回避ではなく、タックル。
あえて敵の懐へ飛び込む、捨て身の防御。
ガギィィィン!!
右のジャッカルのナイフが、ロータスプロトレクスの分厚い肩装甲に弾かれる。
その衝撃でフレンダの首が鞭打ちのようにしなるが、彼女の目は見開かれたままだ。
「捕まえたぁッ!!」
密着状態。
高機動機にとって最大の死地。
フレンダは左腕の撃発式超大型戦術刀を、体勢を崩したジャッカルの腹部に押し当てた。
それは、単なる「刀」ではない。
刀身の根元に、炸薬式のパイルバンカーを内蔵した、対ヘキサギア用の処刑器具。
フレンダはトリガーを引き絞る。
「吹き飛びなさい!!」
ズドンッ!!
爆音。
刀身に沿って超硬度のスパイクが射出され、切っ先を加速させる。
運動エネルギーと炸薬の爆発力が一点に集中する。
ジャッカルの軽量装甲など、紙切れ同然だった。
戦術刀が腹部を貫通し、背中のエンジンブロックごと粉砕する。
内部が爆散し、ジャッカルはくの字に折れ曲がって吹き飛んだ。
『敵機1、撃破確認。素晴らしいタイミングです、フレンダ。私の計算より0.1秒遅い。ですが、その遅れが敵の回避リズムを崩しました』
「ははっ……!痛いけど……最高!」
フレンダは荒い息を吐きながら、残る3機を睨みつける。
仲間の残骸を見て、狼たちの動きが一瞬止まった。
「次はどいつ!?」
フレンダが叫ぶと、ロータスプロトレクスの背中から2基のスペード・ロワーが分離した。
自律機動兵器。メイの支配下にある浮遊砲台だ。
『援護します。背中は任せてください』
スペード・ロワーが空を舞い、残るジャッカルたちにプラズマヴェールを展開しながら突撃する。
ビームの雨が狼たちを釘付けにする。
その隙をフレンダは見逃さない。
「道が開いた!」
スラスター全開。
フレンダは残像を残して突進した。
狙うは指揮官機と思われる一番動きの良い個体。
敵も反応する。
バックステップしながらマシンガンを乱射し、距離を取ろうとする。
だが、今のフレンダには「痛み」がある。
被弾の衝撃を無視するのではなく、耐えながら進む覚悟がある。
「逃がすかぁぁぁッ!!」
多少の被弾をものともせず、紅蓮の巨人が炎を突き破って現れる。
その姿は、洗練された第4世代機というより、傷だらけの野獣そのものだった。
「終わりッ!!」
フレンダは跳躍し、空中で戦術刀を振りかぶった。
ジャッカルがヒートナイフを交差させ、受け止めようとする。
速さでは勝てない。だが、重さなら。
ガガガガガッ!!
刀とナイフが激突し、火花が散る。
拮抗。いや、押し込んでいるのはロータスだ。
機体の出力だけではない。
絶対に勝つという、フレンダの泥臭い執念が、操縦桿を通して機体に伝播している。
「砕けろぉぉぉぉッ!!」
フレンダの絶叫に応えるように、ロータスプロトレクスの人工筋肉が限界を超えて収縮する。
二撃目のパイルバンカーが作動。
ドォォォォォン!!
圧倒的な質量攻撃が、ジャッカルの防御を、ナイフごと、腕ごと、頭部ごと叩き潰した。
地面が陥没し、土煙が高く舞い上がる。
静寂。
煙の中から、赤く輝くツインアイが浮かび上がる。
その足元には、鉄屑と化した都市の狼が転がっていた。
『敵部隊、全滅を確認。戦闘終了です』
メイの報告を聞き、フレンダは深くシートに沈み込んだ。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
全身が痛い。筋肉痛と、Gによる打撲で体が軋む。指先が震えている。
だが、昨日のような吐き気はなかった。
代わりに襲ってきたのは、猛烈な、そして健全な飢えだった。
「……メイ。帰ろ」
『はい。フレンダ、大丈夫ですか?』
「うん。全然大丈夫。ただ……」
フレンダはコクピットの中で、清々しい笑顔を見せた。
「お腹すいた!!今日の晩ご飯、ハンバーグがいいな! 特大のやつ!」
『はぁ……了解しました。少佐に申請しておきます。「機体修理費」の請求書と一緒に』
「あはは……お手柔らかに頼むよ」
夕暮れの廃都市。
傷だらけの紅い機体が、重い足音を響かせながら帰路につく。
その背中は、最強の兵器であると同時に、どこか人間臭い温かさを漂わせていた。




