9.幸子、天使たちに出会う
小さな物音に気づいて視線を向けると、
庭の植え込みの影から、二人の子どもがこちらを見ていた。
ひとりは、八歳くらいの男の子。
髪は少しぼさっとしているが、青い瞳が好奇心いっぱいに輝いている。
もうひとりは、三歳くらいの女の子。
くるんとした栗色の髪に、男の子と同じ青くて丸い目をぱちくりさせながら、じっとこちらを見つめていた。
(……あれ? この子たち……?)
そう思った瞬間──ズキンッ!
頭に激痛が走った。これって……?
そう思ったのと同時に、私のものではない記憶が一気に流れ込んできた。
そう。幸子がミレイになった直後と同じ──ミレイの記憶が、また流れ込んできたのだ。
──そうか、この子たちは……。
私はマナミをそっと抱き直し、穏やかに微笑んだ。
男の子は興味はありそうなのに、どこかもじもじと足を踏み鳴らしている。
一方、女の子は──
「わあぁ……!」
ぱたぱたと小さな足で駆け寄ってきた。
慌てて受け止めようとする乳母をよそに、女の子はマナミを抱く私の足元までやってきて、まんまるな瞳でマナミを見上げる。
その無邪気さに、思わずふっと笑ってしまった。
「マナミだよ。まだ生まれて一ヶ月なの」
そっと教えると、女の子の目がきらきらと輝いた。
「まなみ! かわいい!」
「ありがとう」
私はマナミの顔が見えるように、女の子の前でかがみ、今度は遠巻きに立っている男の子にも視線を向けた。
「あなたも、こっちにおいで?」
優しく声をかけると、男の子は一瞬戸惑った後、
ゆっくりと──けれど確かに、一歩踏み出してくれた。
「……この子が、新しい妹?」
私は微笑みながら答えた。
「ええ、そうよ」
「え!? じゃあ、マナミはユリカの妹なの?」
「うん。よろしくね」
私は笑顔のままユリカちゃんに答えたが、内心ではパニックだった。
──そうよ。ミレイはこの五条家へ、ただ嫁いできたわけじゃない。
後妻として来たんだっ!!
この子たちは、マナミの兄と姉。
そして、あのモラハラ夫の子どもたちだ。
前妻であるこの子たちの母親は……ユリカちゃんを出産したときに──亡くなってしまったらしい。
お兄ちゃんのシンイチロウくんだって、当時五歳。
まだ幼い息子と、生まれたばかりの娘を残して逝くなんて……さぞ無念だっただろう。
そう思うと泣きそうになってしまったが、どうにか表には出さず、子どもたちに接した。
「うわぁ……。小さいね、かわいいねぇ!」
にこにこと、マナミを見つめながら私に話しかけてくれたユリカちゃん。
(マナミが世界一だと思ってたけど、あなたもかわいいわよ、ユリカちゃん!)
今度は悶絶しそうになったが、どうにか耐えた。
その時──ユリカちゃんが、ふいにマナミへと手を伸ばした。
「こら、ユリカっ!」
強めにシンイチロウくんが叫び、妹たちはびくりと身体を震わせた。そして……
「ふぇ……ふにぁぁぁぁ!」
マナミが泣いてしまった。
それを見たユリカちゃんまで泣きそうな顔になる。
「シンイチロウ様! ユリカ様!」
そこへ、新たな人物が現れた。
たしか彼女は……この兄妹に付いている侍女だ。
彼女は駆け寄ってきて、私の存在に気づくと、慌てた様子で深く頭を下げた。
「奥様、大変申し訳ございません!」
侍女が謝るのを見て、兄妹はさらに気まずそうな顔をした。
私は手を前に出して、それを制した。
「大丈夫よ。ユリカちゃんは、マナミを可愛がってくれようとした……のよね?」
「う、うん」
こくりと頷くユリカちゃん。
私は次に、シンイチロウくんを見た。
「でも、ユリカちゃんの手が汚れてたから……そのまま触るのは良くないと思って、シンイチロウくんが止めてくれたのよね?」
私の言葉に、ユリカちゃんはハッとしたように自分の手を見つめた。
その手は、たしかに砂や土で汚れていた。
「ありがとう、シンイチロウくん」
私がお礼を言うと、「あ……」と何か言おうとしたが、それは声にはならず、代わりにはにかんだ笑顔を見せてくれた。
ズキューーーーンっ!
なんなの、この兄妹。……天使?
すごい、かわいいじゃない!
義理とはいえ、こんな子たちが私の子どもなんて……っ!
──幸せすぎるっ!!
でも……。
私は、ミレイとこの子たちの関係を思い出していた──。




