8.幸子、マナミと初めてのお外
──……産後30日目。
つまり、私がミレイになってから、とうとう1ヶ月が経った。
「問題はありません。母子ともに健康です」
ヤヨイさんが、私とマナミの診察を終え、穏やかな笑みを浮かべながらそう告げた。
「じゃあ、今夜からはマナミは沐浴じゃなくて、私も湯船に浸かっていいのね!?」
「はい、大丈夫ですよ」
「やったー! マナミ、今夜はママと初めてのお風呂だね」
マナミはもう新生児ではなくなり、特有のひょろっとした感じがだいぶなくなってきた。
少しずつ、ぷくぷくしてきて──その姿が、たまらなく可愛い。
……と同時に、過ぎてしまった新生児期が早くも懐かしく、寂しさすら感じてしまう。
幸子だった頃も、何度も味わってきた感情だ。
でも、最初の三人のときには、まだ次がある、また赤ちゃんに会える──そんな風に思っていた。
けれど、今は……
脳裏に、あの男──一応“夫”と呼ばれている人物の姿が浮かんだ。
──『女など、跡継ぎにもスペアにもならん。役に立たない。次は男を産め』
……あんのやろぉぉぉぉぉぉっ!!
私は脳内で、アイアンクローを決めた。
なぁにが“次は”よっ!
うちの世界一かわいいマナミをバカにして! 次なんて、あるわけないでしょうがっ!!
あんなやつともう一度子づくりなんて、ぜっっったいお断りよ!!
ひとりでムカムカしていたそのとき、ヤヨイさんが声をかけてくれた。
「お日様も出ていますし、少しだけお庭に出てみませんか?」
「行きたいっ!」
思わず即答していた。
マナミをふんわりとおくるみに包み、両腕で大切に抱きしめる。
乳母とヤヨイさんも一緒に、私たちはゆっくりと庭へ向かった。
春の陽射しはやわらかく、空はどこまでも澄み渡っている。
足元には青々とした芝生が広がり、花々がちらほらと咲き始めていた。
異世界とはいえ、不思議な色や形の植物ではなく、サクラソウやスミレに似た可憐な花たちが、どこか懐かしさを感じさせてくれる。
「眩しいね、マナミ」
私はそっと語りかける。
マナミの小さな顔がふにゃりとゆがみ、きょとんと空を見上げた。
ぱちぱちと瞬きをする姿が、たまらなく愛おしい。
「いい子ですね……」
隣で、ヤヨイさんがやさしく微笑む。
「初めてのお外。初めてのお日様。……マナミ様は、これからたくさんの“初めて”に出会っていくんですね」
「うん……そうだね」
私は静かに答えながら、マナミの頬にそっと触れる。
小さくて、あたたかくて──確かに、ここに生きている。
(大切で、大好きなマナミ。私がこの子を守る。ちゃんと育てるんだ……)
胸の奥に、静かに。でも確かな決意が芽生えていくのを感じた。
「──大丈夫ですよ」
ぽつりと、ヤヨイさんが言った。
「ミレイ様なら、きっとどんな困難があっても乗り越えられます。私、信じています」
私は驚いてヤヨイさんを見た。
彼女は、春の光に目を細めながら、穏やかで、それでいて力強い笑顔を浮かべていた。
「……ありがとう、ヤヨイさん」
不思議だ。
この世界に来て、まだたった一ヶ月しか経っていないのに。
私は、こんなにも支えられている。
小さな命と、そばで見守ってくれる人たち。
──それだけで、もう十分に幸せだ。
私はそっとマナミを抱き直す。
この腕の中のぬくもりを、絶対に守っていこう。
──あなたと一緒に、強く、優しく生きていこうね、マナミ。
春の光に包まれながら、私は心の奥で、そっと誓った。
そのときだった──
カサッ、と何かが動いた気配に気づき、私は視線を向けた。
──そこには、二人の子どもが立っていた。




