3.幸子、頭の中はおっぱいでいっぱい
─────……それから、3日後。
「……ううう、痛いよぉぉ」
私はまたも痛みに苦しんでいた。産後のため、全身だるい。腰も痛い。腹も痛い。股も痛い。
でも、今いちばん痛いのは……おっぱい!
胸がものすごく痛い。なぜなら母乳が上手く出せずカッチカチ。何もしなくてもズキズキ痛み、動けばその振動だけで痛い。
産後で疲労困憊。時間ごとの授乳で寝不足なのに、胸が痛すぎて昨夜はほとんど寝ることができなかった。
ただでさえ、そんなひどい状況なのに……。
私は今──出産を手伝ってくれた水色髪の女医さんに胸を揉まれていた。
いや、揉むなんてもんじゃない。雑巾でも絞ってんのか? と思うような動きで手を使い、私の胸を圧迫していた。
「申し訳ございません。痛いとは思いますが、しこりを取らないと乳腺炎になってしまいます」
「わかってるわ。我慢はするから、思いっきりやってちょうだいっ!」
私は涙目で頷き、母乳マッサージを続けてもらった。「もう止めてっ!」 と叫び、女医さんの手を払い除けたくなる衝動を抑え耐えながら、幸子の産後を思い出す。
5回も出産した私だけど、産後の授乳は毎回大変だった。特に第一子の時は、出産が死ぬ程痛いってことは覚悟してた。……いや、つもりだっただけで、予想以上。マジで死ぬ程痛かったけれども。
だが、そんな死ぬ程痛い出産の後、試練はまだ残ってた。
そう、まさに今の状況! 産後にこんなにおっぱいが痛くなるなんて聞いてないんですけど!?
と涙した。
いや、マジで泣いた。出産の時は泣かなかったのに、胸が痛すぎて寝る事もできず枕を濡らした。
あまりの痛さに、頭の中はおっぱいのことでいっぱい。
おっぱい痛え。おっぱい、頼むからちゃんと吸ってくれ。おっぱい、おっぱい、おっぱい……。
思春期の男子もびっくりなほど、おっぱいのことしか考えられなくなった。
もしも今、人の心が読める超能力が居たら、私はたぶん変態認定されてしまったことだろう。と思うほどに、おっぱいのことを考え続けた。
そして幸子の時は、今恐れている事態──乳腺炎になってしまったのだ。
インフルエンザにかかった? と勘違いするような高熱に悪寒、体の痛みに苦しんだのだ。
だから激痛マッサージが辛くとも、ミレイは乳腺炎を回避すべく必死に、我慢します!
「ミレイ様は凄いですね。出産も最初はどうなるか心配でしたが、いざ産む頃になるととても上手くできてましたし、このマッサージも我慢して下さりありがとうございます」
出産の最初はどうなるか……。幸子がミレイに憑依する前の女医との会話を回想する。
「痛い、痛いっ、いった────い!!」
「ミレイ様! 落ち着いて下さいませ。緊張して、全身に力が入るとお産の進みが悪くなってしまいます」
「そんな事言われても痛いんだから仕方ないじゃない!」
「息をちゃんと吐いて下さいませ。呼吸をちゃんとしないと赤ちゃんに酸素が行かず、お腹の中の赤ちゃんも苦しくなってしまいます」
「さっきからゴチャゴチャうっさいわね! こっちは死ぬほど痛いのよ! 赤子のことなんて気にしてられないわ!」
「ですが……っ」
「うるさ──い!! そんなに偉そうなこと言うならアンタが代わりに産みなさいよ!! さぞや上手にやって下さるんでしょうねっ!?」
バリ────ンッ!!
……あああああ。
凄い記憶を思い出し、頭を抱えたくなった。ちなみに最後のバリーン! は怒り狂ったミレイが花瓶を投げつけた音だ。
そこでハッとして、女医の腕をみる。彼女の腕には赤い筋になった傷があった。
「あの……これって私が投げた花瓶で出来た怪我よね? それと出産中の暴言も、本当にごめんなさい!」
幸子が入る前の事とはいえ、ミレイは私だ。
私と赤ちゃんの為にアドバイスをくれた女医さんに対して、酷すぎるわミレイっ!
出産は、まさに命懸け。
と言っても、現代の日本なら死亡率は低かったが、昔の日本ような……明らかに私が死んだ、令和の日本よりも医療が整ってなさそうなこの世界。母子共に本当に命懸けだろう。
安産であっても幸子の時は、助産師さんが。今回はこの女医さんが居なければ、いきんで良いタイミングも解らなかった。女医さんが注意してくれた事を守らなければ、もっと苦しかっただろうし、赤ちゃんだって最悪な事になった可能性だってある。
今も、こうして母乳マッサージをしてもらわなければ乳腺炎へ一直線だ。
幸子の時も乳腺炎になったものの、どうにか産院の助産師さんによるマッサージで乳腺炎を脱した。
今回は良かったが、もしもそのまま悪化し乳腺に膿がたまった場合、それを出す為に乳房を切開しなきゃいけない。
それだけでも十分に恐ろしいのに、その傷口に“ドレーン”と呼ばれる、ストローのような管を刺しっぱなしにして、毎日通院したり、自分で消毒しなきゃいけなくなっていたと聞き、震えた記憶がある。
出産中といい、母乳マッサージといい、産院の医療関係者様にはマジ感謝。
今は、この女医さんに……。
「私と私の赤ちゃんを助けてくれて、ありがとう」
自然と口から感謝の言葉が出た。心の中では、手を合わせ拝んでた。
すると、女医さんは目を大きく見開いたあと、その青い瞳から涙が流れた。
「えええ!? ど、どうしよ……。本当にごめんなさい」
ぽろぽろと涙をこぼす彼女を見て、私は焦った。
やっぱりミレイの暴言や暴力が怖かったのだろうか。て、そりゃ怖いよね?
幸い軽傷のようだけど、花瓶を投げるなんて打ちどころが悪ければ大ケガだ。私ならこんな危険人物に関わりたくはない。
しかし、女医さんは首を横に振った。
「……すみません。悲しくて泣いたんじゃないんです。貴族の方からお礼を言われるなんて……私がしてきた事が認められたような気がしたら、涙が出てしまいました」
涙を浮かべながら、優しく微笑んだ。




