2.幸子、6回目の出産
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周囲に人の気配がある。……内容は分からないが、誰かが話す声が聞こえる。
ズキンズキンと身体が痛む。特に腰──お腹を含む腰まわりがものすごく痛い。ぎっくり腰? いや、これは……出産レベルに痛いんですが!?
よく「出産の痛みは、ダンプカーに轢かれたくらい痛い」と聞くけど、まさにその通りだったようだ。いや、ダンプじゃなくて大型トラックだったけれども。
息もできないほどの痛みだったのに、急に和らいだ。
……え? もしかして、ここ、病院? 痛み止めが効いた?
そう思いながら、痛みに耐えるために固く閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
「……え!?」
そこには思いがけない光景が広がっていた。
無機質な病院のベッドにいるかと思ったのに、目の前にあるのは豪華な……まるで高級旅館のような部屋。ベッドの周りには、病院によくあるシンプルなカーテンではなく、ひらひらとしたレースのカーテンが垂れ下がっている。アンティーク調の装飾までついていて、まるでお姫様ベッドだ。
さらに驚いたのは、目の前にいる医者らしき女性の髪色だった。鮮やかな水色。……え、なに、コスプレ? 一瞬そう思ったが、ぶっ飛んだ髪色なのに不自然ではない。人工的に作られたような違和感がなく、それどころか、顔立ちは彫りが深く、日本人とは違う雰囲気。目の色は……緑色。
そんな洋風な顔なのに、服装は和風。着物の上に割烹着のような白いエプロンを着けていた。
呆然としていると、水色の髪の女性が私に向かって微笑みかけた。
「ミレイ様、陣痛がひいたみたいですね。あともう少しです。赤ちゃんと一緒に頑張りましょう」
ミレイ? 陣痛? 赤ちゃん??
彼女の言葉が何一つ理解できず、混乱する。
その瞬間──頭に激痛が走った。
同時に、私のものではない記憶が一気に流れ込んできた。
──わたし……いえ、わたくしの名前は五条 美麗。
この五条家夫人だ。
そしてミレイは、まさかの出産中!?
「車に轢かれるのって、本当にお産の痛みに似てるね」なんて思ってたら、実際に出産中だった……!?
「あっ……くる。痛いっ、痛い──!!」
再び襲ってきた陣痛に思考が吹き飛ぶ。
息が乱れ、痛みに耐えられず叫びそうになると、目の前の水色髪の女医さんが優しく言った。
「息をちゃんと吸ってください」
──ミレイは初産。だけど、幸子としては出産経験がある! もう20年近く前の話だけど、あのときの記憶を引っ張り出す!
たしか、出産のときは母親がちゃんと呼吸をしないと、赤ちゃんも苦しくなるって助産師さんが言ってたっけ……?
それはマズい! そう思い、意識的に息を吸い、大きく吐き出す。
「そう、上手です!」
褒められた。
(そりゃあ、5人も産んでますからねっ!)
そう言いたいけど、口には出さず心の中でドヤ顔をする。
そのとき、陣痛の波が一旦引いた。
(もう、いきみたい……)
そう思っていると、
「次の陣痛が来たら、いきんでみましょう」
──その言葉、待ってました!!
どうりで痛いと思ったら、お産はクライマックスだったらしい。よかった! いきみ逃しって本当に辛いのよね。ちゃっちゃと産んでやるから、次の陣痛よ、さあ来い!!
そう意気込んだのも束の間。
──じわじわと痛みがきたかと思うと、次の瞬間、腰にハンマーで殴られたような激痛が走った。
(さあ来い! とか、生意気なこと言ってすみませんでした──!!)
(ごめんなさいごめんなさい!! 生意気なこと言った私が悪かったです!! 陣痛さま、ちょっと痛みを緩めてください。もう少し優しくしてください!!)
意味不明な後悔をしていると、
「さあ、力を込めてください!」
指示を受け、脚を開き、かかとをベッドに押しつける。
──目を開き、口を閉じて、顎を引く。
そして、下半身に全力で力を込めた。
豪華なベッドには分娩台のようなグリップがない。仕方なく、シーツをぎゅっと掴む。
ハァハァ、ふぅー……。
陣痛の波が引くと、しっかり呼吸を整える。
「いいですよ! さっきまでは緊張で呼吸が乱れていましたが、今はとても上手にできています」
──そりゃあ、初産の18歳の女の子と、5人産んだ48歳のアラフィフを比べるのは酷でしょ。
そんなことを思いながら、何度かいきみを繰り返すと──
「おぎゃ──、おぎゃ────!!」
──元気な産声が響いた。
「おめでとうございます。元気なお嬢様ですよ」
や、やっと終わった……。
──溢れ出す~、愛おしさで~♪
何年か前に観た、某産科医療ドラマのエンディングが脳裏で流れた。
……今週も、感動的な回だったわー。
そう思ってたのに……その直後、胸の上にそっと赤ちゃんが置かれる。
どうやら、夢でもドラマでもなく、現実のことらしい。
でも次の瞬間、胸の上の可愛すぎるものに意識を持っていかれた。
(ふにゃふにゃだー! 新生児だ──! かっわいい──!!)
何かで、10ヶ月もある長すぎる妊娠期間。
「その長い妊娠期間がないと母性が湧かない」
って聞いたけど、全くそんなことなかった。
顔はガッツ●松に似ているけど、もう愛おしくてたまらない。私の母性は全開だ!!
(最後に新生児を抱いたのは……コウタのときだから、5年ぶり? コウタもガッツに似てたなぁ)
赤ちゃんを見ていたら、ふと、コウタのことを思い出し、私自身──花村 幸子の事を考えた。
そして、気づく。
──ここは日本じゃない。地球じゃない。
幸子は、おそらくトラックに轢かれて死んでしまったのだ。
どうやら私は──異世界転生をしてしまったらしい。
いきなり死んでしまって心残りがないわけじゃない。孫までいる私だけど末っ子はまだ高校生。理想は曾孫にも会いたかった。出来れば末っ子が結婚して出産まで手伝ってあげたかった。最低でも社会人になるまでは、見守りたかった。
心残りは考えたらキリが無い。だけど──
(……でも、あのとき、ベビーカーの赤ちゃんを守れてよかった)
腕の中の小さな命を見つめる。
新生児特有の大きな瞳は、まるで海のようだ。太陽に煌めく深い青色をしていた。
マジでいきなりすぎる出産。ついさっき産んだばかり。なのに、もう可愛くてしょうがない。この子を喪うなんて……想像もしたくない。
そんな思いを、あのベビーカーの赤ちゃんのお母さんにさせなくて本当に良かった。
今抱いてる、この子を愛しく思うからこそ、そう思えた。
──転生しても、私は母親だった。




