4.幸子、モラハラ夫に激怒する
そんな女医さんを見て心配になってしまった。
お礼をいわれたくらいで泣いちゃうなんて、相当疲れてない?
日本でも医者は過酷な職業だけど、この世界でも同じなのかな? やっぱりヤバい患者とか多いのか?
て、その筆頭がミレイだったわ!!
いくら死ぬ程痛い陣痛にパニックになってたといえど、花瓶を投げるなんてヤバすぎる。まあ、暴言は……言いすぎだったとは思うけど、幸子の時にも余裕を無くし助産師さんに失礼な態度をとってしまい、出産後に我に返ってから謝罪した記憶があるので強く言いづらい。
あまりの痛さに理性を失う。出産あるあるよね。
それでも助産師さんには遠慮があった分、まだマシだった。立ち会いしてた旦那に対してなんて……んんん?
そこである事に気づく。
ミレイの旦那さんは……どこにいるの??
五条家の夫人というくらいだからシングルマザーではない。夫である五条家の当主が居るはずだ。
そいつはどこに居るのよ!?
出産は突然だ。早産でなくても正産期は37週〜41週と意外と長く予定日ぴったりに産まれるのは5%くらいらしい。
幸子の時だって出産予定日に合わせて旦那は毎回有休を取ってくれたのに、第五子の時は10日も早く産まれてしまったため、立ち会い出来なかったどころか、旦那が赤ちゃんとの対面が出産翌日になってしまった記憶があった。
だけど、今日はもう……産後3日なんですけどっ!?
────コンコン
私の思考を遮るようにノックがされたあと、返事をする前にドアが開けられた。
そこにいたのは長身の、歳は30代くらいの切れ長な青色の瞳が印象的な男性だった。この青色を、私は知っている──。
「旦那様、おかえりなさいませ」
「……ああ」
横に控えていた乳母が男性────ミレイの夫である五条家当主に挨拶をすると、返事をし私たちを軽く見たあと、何かを探すように視線を動かした。
え、何その態度?
妻が命がけで出産したのに、ねぎらいの言葉すらないの!?
そんな事を考えていた私をよそに乳母は、私の娘をベビーベッドから抱き上げて公爵の元へと連れていった。
赤ちゃんを見据え、公爵は目を細める。
同じ青色のはずなのに……赤ちゃんは朝日を反射させる煌めく海の色のように見えるのに、公爵のものは煌めきがなく、暗い夜の海のように見えた。
「これが……産まれた子か」
「とても元気で可愛らしいお嬢様ですよ。抱いてあげて下さいませ」
横にいた女医がそう言ったが、当主の腕は動くことはなく代わりに大きく息を吐いた。
「また女か……。残念だ」
………………は??
当主は娘から目線をはずし、今度は私をその青い瞳で捕える。
「女など、跡継ぎにもスペアにもならん。役に立たない。次は男を産め」
はぁぁぁぁぁぁぁん!?
更なる非道な発言に反論したかったが、あまりの事に唖然とし言葉がでなかった。
言いたいことは終わったのか、その男は部屋を出て行こうすると「……あのっ!」と、女医が公爵へ声をかけた。
「なんだ」
「えっと……」
じろりと鋭い目を向けられ、言葉を詰まらせた。
「用がないなら行くぞ、仕事がある」
呼び止められた事にイラついた様子で男が背を向けると、女医は手をきつく握り意を決したように彼の背中へ、言葉を続けた。
「名前……っ! お名前を、教えて下さいませ」
「……なに?」
「お嬢様のお名前です。五条家では当主である旦那様がお子様の名前を決めると聞きました。赤ちゃんやお嬢様でなく、お名前を呼んで差し上げたいのです!」
女医さんが、緊張のせいか早口で一気に言った。
だが男は私たちに背を向けたまま、長い脚をドアへと進めた。
ドアを開け、こちらを一瞥する。
「女の名前なんて、どうでもいい。名前を呼びたいなら……勝手に決めろ」
バタンッ!
閉められたドアの音が、妙に大きく聞こえた。




