25.幸子、お金を有意義に使う
「五条家として、あなたの施設に正式に寄付します」
ヤヨイさんをまっすぐに見つめてそう宣言しながら、私は思い出していた。
かつて、あの夫がミレイに言い放った言葉を。
──『金なら好きに使って、贅沢したっていい』
思わず口元が緩む。
“金なら好きに使っていい”って、言ったわよね?
私がミレイになってから、あまり使ってなかったけど──たまには使わせていただくわ。
「……本当に、よろしいのですか?」
ヤヨイさんの遠慮がちな声が耳に届く。
私はにっこり微笑み、しっかりと頷いた。
「ええ。これは私自身のためでもあるの。 お母さんたちと子どもたちが笑って過ごせる場所が増えるなら──それだけで、私も元気になれる気がするのよ」
「ミレイ様……ありがとう、ございます……っ」
感情をこらえるように、ヤヨイさんは目元を押さえる。震える声に、彼女の思いがにじんでいた。
そっと触れていた手に、私は少し力を込める。
「泣かないで。これは始まりなんだから」
「始まり……?」
「ええ。だって、これで終わりじゃないでしょう?
これから、裁縫が得意な人も苦手な人も、自分の手で誰かを助けることができるようになる。 それって、とても素敵なことじゃない?」
「……はい」
「私は、ヤヨイさんが信じる未来を見てみたい。 そのために、できることは全部やるつもりよ。五条家としても、私個人としても」
ヤヨイさんは小さく何度も頷き、深く息を吐いた。 その目には、もう迷いがなかった。
「……私、やってみます。 きっと大変なこともあると思うけど、それでも……一歩ずつ進めていきたいです」
「うん、その意気よ」
この世界で、ミシンは高価だ。
施設では一台買うのも大変だろう。
でも、五条家の財力を考えれば──ミレイの着物を一着我慢すれば、ミシン十台くらい余裕で買える。 別に、両方買っても問題ないのだろうけど、特に着物が欲しいわけでもないし、ミシンを買った方がよほど有意義だ。
そんなことを考えながら、私は少しだけ、イタズラっぽく笑ってみせた。
「それにね、ちょっとワクワクしてるの。 この……五条家に来て、ようやく“私にできること”が見つけられた気がして」
……本当は“五条家”というより、“この世界に来て”って感じなんだけど。
そんなこと、言えるはずもなくて──そう言った。
「ミレイ様……」
「だから、これからもよろしくね、ヤヨイさん。 ひとりで頑張らないで。一緒に考えて、協力していきましょう」
二人の手が、しっかりと重なった。
そのぬくもりは、これから始まる未来への、小さな希望のように思えた。
──支えるということは、決して一人でするものじゃない。
誰かのための一歩は、いつだって、誰かと共に踏み出せるのだから。
***
それから数日後──
「……ここ、なのね?」
私は今日、初めてヤヨイさんの所属する支援施設を訪れた。
目の前にあるのは、広さこそあるものの、かなり古びた建物だった。
ヤヨイさんに案内されて中に足を踏み入れると、かすかに漂う埃のにおいが鼻をかすめる。
床は丁寧に掃き清められていたが、天井の隅には雨染みが広がり、壁紙はところどころ剥がれかけていた。
扉の蝶番が軋む音を立て、廊下を進むたびに床がわずかにきしむ。
見上げた照明のいくつかは点かず、古びた設備のまま長年使われてきたことが伺えた。




