24.幸子、支える手を差し伸べる
「販売って……ヤヨイさん、それはどういうこと?」
驚きながら、私は思わず聞き返した。
ヤヨイさんは少し肩をすくめて、しかし真っ直ぐな眼差しで口を開いた。
「実は……私が産科医として関わっている支援施設があるのです」
「支援施設……?」
頷いたヤヨイさんは、静かに話を続けた。
「そこは、育児に悩むお母さんと子どもたちを支えるための施設なんです。でも、中には生活に困っていたり、一人で子育てをしている方も多くて……」
その穏やかな語りに、私は自然と背筋を伸ばしていた。
「食事の支援をしたり、相談に乗ったりもしています。でも、本当に必要なのは“安定した暮らしの手段”なんです。特に、小さな子どもがいると、外に働きに出るのは難しいでしょう?」
まあ、そうだろうな。
日本でも、子どもを抱えての就職は大変だ。それでも保育園や支援制度はあるけど……この世界じゃ、そんなものはなさそうだし、それに令和の日本以上に男尊女卑な雰囲気すらある。そんな状態で就職なんて、まず無理だと思う。
ヤヨイさんの声が、またそっと耳に届いた。
「だから、この授乳クッションやトッポンチーノを……ミレイ様が作られたように、あの人たちにも作れるようになれば。お金を稼げるし、同じ母親を助ける手段にもなると思ったんです」
「なるほど……」
たしかに、それは良い考えかもしれない。
「材料や型紙、それに作り方を教えていただければ、私の方で動いてみます」
「……“私の方で動く”って、具体的にはどうするつもり?」
「まずは試作品を何個か作ります。それを施設で使ってみて、品質や使い方を確認します」
うん、そのあたりの手順はしっかりしている。
「販売方法は? 何人くらいでやる予定?」
「販売は、お母さん同士のネットワークを使ったり、市場で月に何度か開かれているバザーで……。 今、仕事を必要としている人は、だいたい十五人くらいです」
十五人──思ったより多いな。
私はヤヨイさんの目をじっと見ながら、少しトーンを落として尋ねた。
「十五人全員が裁縫をやるの? みんな得意なわけじゃないよね? 道具は揃ってるの?」
「ええと……裁縫が得意じゃない人もいると思います。でも、人数が多い分、役割を分担できるはずです。 道具は……」
一瞬、ヤヨイさんの視線が泳ぐ。でもすぐに、覚悟を決めたように顔を上げた。
「私が揃えます」
その言葉に、私はふっとため息をついた。
「……わかったわ」
「──ミレイ様! ありがとうございます!」
「でも、ひとつだけ条件があるの」
「……え?」
思いがけない言葉だったのか、ヤヨイさんの表情が少し曇る。
私は、にこりと微笑みながら言った。
「裁縫道具と……それからミシンも、五台くらいは必要よね? それらは、私が用意するわ」
「……ミレイ様!?」
戸惑いと驚きが、ヤヨイさんの顔ににじむ。
「でも、それじゃあ……ご負担が……」
「ミシンは私が提案したことだし、問題ないわ。
ねえ、ヤヨイさん。“負担”と言ったけど、その負担を自分で全部用意するつもりだったのでしょう?」
「それは……っ!」
ヤヨイさんの顔が引きつった。
やっぱり、予想は当たっていたようだ。
私は、ゆっくりと息を吐き出し、静かに問いかける。
「ねえ、ヤヨイさん。あなた……無理してない? 人を助けたいっていうその気持ちは、本当に尊いわ。でもね、自分一人で全部抱え込む必要なんてないのよ。 支えるのは、あなた一人じゃなくていいのよ」
そう言いながら、私はそっとヤヨイさんの手を取って包み込む。彼女が、いつも私にしてくれるように。
「あ……」
泣きそうな顔をした彼女とは対照的に、私は微笑む。
「ミシンも裁縫道具も、心配しないで。貴族の仕事には“社会貢献”も含まれているわ。
──五条家として、あなたの施設に正式に寄付します」




