15.幸子、幸せを噛み締める
「あ……」
突然立ち上がって拍手してしまった私に、部屋の中の視線が集まった。
私は、ちょっとだけ顔を赤らめながら、それでも胸を張って言った。
「すごいよ、シンイチロウくん! 本当にすごい!」
シンイチロウくんは一瞬きょとんとした後──
ふわっと、小さく、それでいて確かな笑顔を見せた。
(よかった……!)
私は心の底から、ほっとした。
そんな私たちを見て、先生──あの柔らかな雰囲気の男性も、静かに微笑んだ。
「──素晴らしいですね。彼は確かに文字を読むのが得意ではないようですが……
記憶力、そして耳からの情報処理能力が非常に高い」
先生はやさしく言葉を選びながら、シンイチロウくんに語りかける。
「本当にすごいね、シンイチロウくん。おじさんには、こんな長い文章、覚えられないよ。
このお話、1回聞いただけなんだよね?」
シンイチロウくんは「それは……」と呟くと、視線を泳がせた。
そんな様子を心配しながら見ていると、パチッと目が合った。
ハッとした表情を見せたあと、唇をぎゅっと結び、何かを決意したかのように先生へ視線を戻し、口を開いた。
「それは──お母さんが見せてくれた紙芝居がとても面白かったからです。
お母さんが一生懸命、描いて、読んでくれた紙芝居がとっても嬉しかったんですっ!」
──っ!
思わず泣きそうになった。
紙芝居……面白かったって言ってくれた。
私がやったことを……嬉しかったって言ってくれた。
そして──私のことを……「お母さん」って呼んでくれた……っ!
「えっ! ど、どうしたの?」
シンイチロウくんが驚いた顔でこちらへ駆け寄ってきた。
「へ?」
……何のこと? と思っていると、横からハンカチが差し出された。
「ミレイ様、涙も鼻水も出ています」
……あら、いやだ。
泣きそうどころか、思いっきり泣いてた。
ヤヨイさんが渡してくれたハンカチで、顔を拭う。
ハンカチから顔をあげると、目の前にはシンイチロウくんが立っていた。不安げに私を見つめている。
「……ごめんなさい。ぼくに『お母さん』って呼ばれるの、嫌……でした?」
私は勢いよく首を横に振った。
「そんなわけないじゃない! むしろその逆よ!
お母さんって呼んでくれて、すっっっごく嬉しい!」
そう言って私は、シンイチロウくんを思いきり抱きしめた。
最初は驚いた様子だったが、頬を染め、本当に嬉しそうな笑顔でそっと私を抱きしめ返してくれた。
その温もりが嬉しくて、私はますますシンイチロウくんをぎゅっと抱きしめた。
──と。
「あーーーー! ずるいっ! お兄ちゃんたち何してるの?」
いつの間にか現れたユリカちゃんが、私たちに近づいてきた。
その頬は、まるでハムスターのようにぷくっと膨らんでいる。
……かわいいが過ぎるっ!
私は悶絶しそうになりながら答える。
「えへへ。お兄ちゃん──シンイチロウくんがね。
私のことを『お母さん』って呼んでくれたから嬉しくて、ぎゅーってしてるの」
私の言葉に、ガーン! という効果音が聞こえそうな顔をするユリカちゃん。
「それ……っ! 本当なの? お兄ちゃん!」
「う、うん……」
私に抱きしめられながらも、少し照れくさそうに答えるシンイチロウくん。
それを聞いたユリカちゃんは、うつむいたかと思うと、すぐに顔を上げ、キッと──だけど全然怖くない顔でシンイチロウくんを睨んだ。
「ずるいよ、お兄ちゃんっ!
ミレイさんは、ユリカたちを産んでくれたお母さんじゃないから、『お母さん』って言っちゃダメって言ってたのに……っ」
……え。そんなことがあったの? と、心配して二人を見守っていると、ユリカちゃんの言葉は続いた。
「お兄ちゃんが、『お母さん』って呼ぶなら、ユリカは……っ
『ママ』って呼んじゃうかねっ!!」
──幸せすぎて、ぶっ倒れるかと思った。




