14.幸子、シンイチロウを先生に診てもらう
ヤヨイさんに相談をしてから、さらに数日たったある日──
私は少し緊張しながら、椅子に座っていた。
私の横にはヤヨイさん。
その前には、ヤヨイさんが紹介してくれた眼鏡の男性が座っていた。
ふと、私の視線に気がついたヤヨイさんは、安心させるように微笑み、私のいつの間にか固く握っていた手を、やさしく包み込んでくれた。
男性が口を開く。
「ミレイ様、大丈夫ですよ。
シンイチロウくんにとって、どんな工夫をすれば彼の才能を伸ばせるのか──
それをこれから、私たちと一緒に考えていきましょう」
ヤヨイさんのような、人を安心させる優しい笑顔で、そう言ってくれた男性。
以前、ディスレクシアと思われる患者を診たことがあり、大学教授も務めた経験のある、権威ある先生らしいが、見た目からはそんなすごい人には見えなかった。
大学教授や医者というより、もっとやわらかく……
保育園の園長先生と紹介されても納得してしまうような、そんなやさしい雰囲気の先生だった。
「──奥様、シンイチロウ様をお連れしました」
侍女の声に、「ありがとう」と微笑みながら応えた。
(よし……大丈夫、大丈夫。焦らず、焦らず)
自分に言い聞かせながら、扉に目を向けると、そこには──
おずおずと立つ、シンイチロウくんの姿があった。
(……きっと、すごく緊張してるんだろうな)
そう思うと、私はできる限りやわらかい声で、彼を招き入れた。
「おはよう、シンイチロウくん。今日は来てくれて嬉しいわ」
「……おはようございます」
ぺこりと小さく頭を下げる。
ちゃんと礼儀正しい子だ。
(偉いね、シンイチロウくん)
心の中でそっと拍手しながら、私は彼に椅子をすすめた。
「今日はね、ちょっとだけ、お話をするだけなの」
「……お話?」
「うん。この前の紙芝居の続きみたいなものよ。遊びながら、ね」
シンイチロウくんは、きょとんとした顔をしたものの、少しだけ緊張がほぐれたようだった。
私は、ふり返って先生を見る。
先生は頷き、何枚かの──それこそ紙芝居のような大きな紙を出した。
そして、シンイチロウくんの前に立つと、先ほど私を安心させてくれたのと同じ、やさしい笑顔で話しかけた。
「はじめまして、シンイチロウくん。おじさんは、君のお母さんのお友達なんだ。
今日はね、おじさんが作ったゲームを、子どもに遊んでみてほしくて、お母さんにお願いして君に会いに来たんだ。
一緒に遊んでくれるかな?」
「……ゲーム? はい、わかりました」
不安げだった青い瞳が『ゲーム』と聞いて、少し輝いたのがわかった。
見守っていると、先生が紙をシンイチロウくんに見せた。
まず、一枚目。
そこには、大きめの文字で短い文章が書かれていた。
それを見るなり、シンイチロウくんの表情が少しだけ険しくなったのが分かった。
先生が少し目を細め、その紙は無言でしまった。
そして、二枚目。
そこには、大きな文字で『ゆりか』と書かれていた。
今度は険しい表情にはならず、何かに気づいたような顔をした。
「これは、読んでみてくれる?」
「『ゆりか』……ぼくの妹の名前が書いてあります」
「そうだよ、ありがとう。じゃあ、次はこれ」
先生が次の紙を出した。それを見て、シンイチロウくんの顔がぱっと明るくなった。
「あっ! ゆりか姫としんいちろう……っ!」
それは、私が描いた紙芝居の最後の一枚。
ゆりか姫と騎士・しんいちろうが仲良く並んでる絵だった。
「うん、そうだよ。これは、お母さんが描いた紙芝居だ。──このお話、最後のシーンの内容は覚えてるかな?」
「──たしか……『そして、ゲーリュオーンと魔女が倒され、ゆりか姫は目を覚ましました。騎士・しんいちろうにより、王国は平和を取り戻したのでした──。』だと思います。」
私が紙芝居を見せてから、もう一週間くらい経ってる。作者の私でさえ、なんとなくしか覚えてないのに、たぶん完璧……
「うん。一字一句、合っているね」
紙芝居の裏の文字を見ていた先生が、まるで私が思っていたことに答えるように呟いた。
……すごいっ! すごすぎるよ、シンイチロウくん!!
私は思わず、椅子から立ち上がり拍手をした。
「……あ」
当然、みんなの視線が私に集中した。
……やっちゃった。でも、だって、嬉しかったんだもん!




