12.幸子、シンイチロウの特徴に気づく
「──ねぇ、シンイチロウくん。この紙芝居、今度は君が読んでみてくれないかな?」
そう言った私に、シンイチロウくんは一瞬きょとんとした。
けれど次の瞬間──顔色が、みるみる青ざめていく。
「あっ……あの、ぼく……」
手元がそわそわと落ち着かない。
さっきまでのキラキラしていた目が、不安で揺れている。
──私が先日、侍女に聞いたこと。
シンイチロウくんは、文字を読むことも書くこともとても苦手だということ。
もう八歳。日本でいえば小学二年生。
由緒正しき五条家の跡取り候補だったシンイチロウくんは、早くも三歳のころからひらがなの練習を始めたらしい。
なのに、いくら教えても……
文字を読むことも書くこともできない。
最初は「まだ幼いから」と言われ許されていたが、それが四歳でも五歳になっても……
そして八歳になった今でも、読み書きが苦手で、ひらがなさえも間違えるという。
そのために、あの男──シンイチロウくんの父親は、幼い彼に早々に見切りをつけて……
「ひらがなもまともに書けない馬鹿が、五条家の当主になれるわけがない」
そう言って、前妻である奥様に、ちゃんと跡取りとなる次男を産むよう命じた。
だが結果は──次に生まれたのはユリカちゃん。女児だった。
そして、その心労も祟ったのか、二人のお母さんは産後の肥立ちが悪く、ユリカちゃんが生まれて間もなく亡くなってしまった。
跡取りがいないことに焦ったあの男は、奥様が亡くなってすぐに、子どもが産めそうな若い嫁を探し、ミレイと結婚したのだ。
……まじで。あいつ、なんなの?
前妻も息子も娘も、ミレイのことも道具としか思ってなくない?
──脳内でヘッドシザースを決めた。
思い出した。ミレイの記憶の中にあったことを。
シンイチロウくんは、文字を読むことがとても苦手だった。
なのに、暗記力はずば抜けている。
交流がほぼなかったミレイが、そのことを印象深く覚えていた。
ミレイは……「シンイチロウ様って、記憶力すごいなぁ。馬鹿じゃないんじゃないかしら?」くらいにしか思ってなかったようだが、幸子の知識を合わせると、ひとつの可能性に思い当たった。
──ディスレクシア。発達性読み書き障害。
暗記力はずば抜けている。
耳から入る情報にはめっぽう強い。
だけど、活字を目で追うと、文字がぐにゃぐにゃと動いて見えてしまう──。
彼らは読み書き以外には問題がない。
読字や文章の理解が難しい一方で、視空間能力や創造性、全体像を捉える力が高く、独特な強みを発揮する人もいる。
たしか有名な俳優さんも、同じ障害だったと聞く。
その俳優さんは、台本を読んでも文章が理解できず、台詞も覚えられない。
そのために、スタッフなどに台本を読んでもらい、内容を丸暗記するという。
──すごい才能だ。普通の人には、丸暗記なんてなかなかできないことだ。
このように、読み書きが苦手なだけで、別の分野に能力を発揮する者が多いのだ。
そして、それはシンイチロウくんも──。
「……ごめんね。そんなこと、しなくていいわ」
私はそっと微笑む。
「シンイチロウくんは、よくお話を聞いて覚えてくれたのね。ありがとう」
「……うん」
小さく頷くその姿が、なんともいじらしい。
ユリカちゃんも、きょとんとした顔でお兄ちゃんを見上げていたが、すぐににっこりと笑って「お兄ちゃん、すごい!」と拳を握り笑った。
そんなユリカちゃんに、シンイチロウくんも照れた様子で「ありがとう」と小さな声で返した。
(いい兄妹だな……そして、マナミもその仲間に入れてほしい)
私はあたたかい気持ちになりながら、二人の頭を撫でた。
「だから、今度はね──」
私は柔らかい声で言う。
「シンイチロウくんには、紙芝居のお話を“覚えて”、ユリカちゃんに聞かせてあげてほしいの」
「おぼえて……きかせる?」
「うん。文字を読むんじゃなくて、覚えたお話を、自分の言葉でユリカちゃんに話してあげてほしいの」
シンイチロウくんは、驚いた顔をした。
でも──目が、少しだけ輝いた。
「……できる、かな」
「できるよ。さっき、魔物たちの名前だって完璧に覚えてたでしょ?」
「う、うん……!」
小さな拳をぎゅっと握るシンイチロウくん。
(大丈夫。大丈夫だよ、シンイチロウくん)
侍女から聞いた話には続きがあった──。
読み書きができないシンイチロウくん。
そんな基本的なことができない者に、優秀な家庭教師をつけても意味がない。
そう決めつけられ、まともに勉強すらさせてもらえないという。
読み書きができないからって、なんなの?
読み書きができないなら、教える側が工夫をすればいいじゃない!
そう考え、私はヤヨイさんにある相談をしたのだった──。




