第二十九章
今日は、六月二十一日、金曜日である。
朝は、四時に起きた。どうしても日の出が見たくなったのだ。世界が終わる日の,地球最後の日の出を見るために早起きして、非常階段の手すりに凭れながら、水平線から昇る朝日を眺めていた。
地球が終わる日だと言うのに、日の出の様子はいたって平凡に見えた。梅雨時だと言うのに、空は良く晴れている。雲一つない。
朝は、七時にみんなで朝食を取った。田中、沙羅、由香里、紗耶香、麗香が一堂に会して、最後の朝食を楽しんだのだ。
ベランダに出て、空を見上げる。西の空に、薄っすらと光る星が見える。晴天の中に微かに光る星は、あのXBB‐八九である。宇宙からやって来る殺戮の使徒、人類の文明に終止符を打つために遣わされた死の天使……がそこにあった。
憎々し気にその星を眺めたが、悲しいほど神々しく美しく見えた。
紗耶香によると、NASAの公式発表以来、世界各地で暴動が起きているそうだ。
たとえばニューヨークでは黒人たちが銃を持って商店を襲い、略奪の限りを尽くし、白人とみれば問答無用で即座に射殺する者もいるらしい。警官も、ほとんどが出勤してこないため、九一一番に通報しても警察官は誰も来ず、暴徒はやりたい放題なのだそうだ。アメリカでは若い女性が狙われてレイプされたり、殺されたりするので、人々は家に閉じこもり、銃で武装して家族と共に最後の時を待っている人が多いと言う。パリでも、ローマでも、ベルリンでも、ロンドンでも、北京でも、モスクワでも、エジプトのカイロでも、南アフリカのケープタウンでも、世界中で大混乱が生じているという。
人々は、仕事に行くのを拒否し、警官も消防士も、誰も出勤しないため、火事が起きても消す人がいない、犯罪が起きても捕まえる人もいないので、人々は自衛するしかないのだそうだ。そのため、混迷を極める都市から大勢の人々が郊外へと逃げ出して各地で激しい渋滞が発生し死者すら出ているという。
それに引き換え、日本では、表向きは平静を保っていた。
まもなく世界が滅びる、という事が知られるようになってから、学校や会社などに行く者は相当減ったものの、少数ながら、やはり仕事こそが生きがいと言う者もいるためか、インターネットも電気もガスも水道も電話も未だに止まらないでいる。
テレビ番組も、昔の古い放送を延々と流すことが多く、たまにニュースが入る程度になったが、まだ停波していない。
アメリカやイギリス、イタリアなど海外では、あの発表から数日を経ずして、テレビもラジオも停波した国がほとんどで、ローカルなラジオ局だけが音楽を流したりしている程度だそうだ。
インターネットもろくに機能していない国も珍しくないようである。それどころか、電気、ガス、水道、電話、携帯電話などが壊滅した国も珍しくなく、多くの国で人々は家にこもり、山野に隠れ、銃を手に家族と共に最後の時を待っている。
正午ごろ、両親に電話をした。昨日会ったばかりだが、今日で世界が終わるのだ。最後に話がしたいと思った。世界が終わると言うのに、ちゃんと電話がつながるのが、まるで世界の終末を感じさせず、不思議な感じがした。両親は、二人が初めて出会った海岸に行くと言う。運命の時をそこで迎えるのだと言う。
「陽一。来世で必ず、また会おう」
ひとしきり、両親とたわいもない話をした後、父が最後にそう言って、電話を切った。
みな、死ぬ覚悟を決めたのだ。田中も、覚悟をきめた。
世界の滅びる瞬間はどんな感じがするのだろう?
運命の時まで、あと十五時間ぐらいだ。まるで、毎年恒例の大晦日のような気分になった。
大晦日に、新年まであと何時間、と考えるように、世界の終末を考えた。
大晦日の後には新年が来るが、今回の運命の日の後には、明日はこない。そもそも、地球がバラバラに砕け散ってしまう可能性も高い。月の大きさの十分の一の天体が、毎秒一二〇キロと言う凄まじい速度で地球に向かっている。たかだか秒速八〇〇メートルほどであるライフルの銃弾の速度などとは、比べ物にならない超高速であり、その巨大な質量を念頭に入れれば、きっと想像すらできない破壊力があるのは間違いないだろう。日本列島が蒸発し、高さ数キロの津波が来ると言うのはどう考えても控えめな表現であり、実際には地球がバラバラに砕け散るに違いない。
あと十五時間ほどで、地球はバラバラに砕け散って、この世界は消え失せて漆黒の闇が永遠に支配するのだ。
かつて、そこに、高度な文明があったと言う痕跡すら全く残さずに、地球と言う星は、そして人類は永遠に姿を消す。
田中は、子供の頃に読んだ本を思い出した。小惑星についての本だった。
火星と木星の間に、小惑星帯という無数の小惑星が散らばっている空間がある。木星と火星の間に小惑星帯があるが、ここはかつて、一つの惑星が存在し何らかの原因で爆発して、バラバラに砕け散って小惑星帯になった、と考えられたこともあるそうだ。
だが、現代の科学ではその可能性は非常に低いとされているという。
だが、田中はそうは思わなかった。
かつて地球のような惑星が、そこには存在したが、何らかの理由で爆発して砕け散ったに違いない。遠い昔、きっとその惑星には、高度な文明があり、人々が暮らしていたに違いない。
もしかしたら、田中は遠い過去の前世で……本当に気の遠くなるような、はるか昔に……その星に生を受け、そしてその星と共に滅んでいった宇宙人だったのかも知れない、と思った。
「今日の天気はどうなるかな?」
ふと沙羅に尋ねた。
「今日は、夜までずっと晴れているらしいよ」
そう言いながら、笑った。
「最後は、どこに行く?」
しばらく考えた後で、沙羅は言った。
「みんなでベランダから星を見ない?」
それもいいね、と言うと、後ろにいた麗香が、うんうん、とうなずいていた。
昨夜。沙羅と由香里を抱いた。
ふたり一緒に、抱いた。驚いたことに沙羅も由香里も嫌がらなかった。世界が滅びる前に、みな、愛を求めていた。
それどころか、紗耶香と麗香も、抱いて欲しいと言ってきたのだ。
結局、田中は、一晩で四人の女を抱いた。一度に四人を相手にするとは、人生初めての経験だった。
ドールとは言え、五芒星の印以外、全く人間と変わらない女達を、心の底から愛した。
もう人生に、悔いはない。




