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ドール  作者: 竹取 裕基
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第三十章(最終章)

 いつもと同じような一日が過ぎて行った。世界最後の日だと言うのに、昼飯を食べて、軽自動車に無理やり五人乗り込んで、山に行ったり、公園に出かけた。世界は、嘘のように平和そのものに見えた。

 海に行き、みんなで夕日を眺めた。地球最後の夕日が沈んでいくのが見えた。

 その後、自宅に戻って、みんなで最後の晩餐を囲んだ。

 ずっと前に買い込んであった肉を、この際、一気に焼いて食べた。

 みんなで冷蔵庫の中に冷やしてあった大量の缶ビールを飲み干した。沙羅も由香里も紗耶香も麗香も、酔って陽気になった。もう未成年だから酒はダメとか、そんな野暮な事を考える気が起きなかった。

 午後九時。運命の時まで約三時間だ。

 もうすっかり、西の空にあるその星は、ひときわ明るく輝いていた。日中ですら微かに光って見えるその星は、今や天空を支配する、ひときわ輝く星になっていた。

 今日は、満月でもある。中空に高く昇った満月が、夜の世界を照らしていたが、その星は、それに負けないぐらいの輝きを見せていた。

 まもなく、全人類が死ぬ時が来たのだ。

 だが、そんな感傷的な思いとは裏腹に、その星がなんと神々しく美しく見える事か!

「奇麗だね」

 ベランダにいた沙羅たちにそう話しかける。

 みな、黙ってうなずいた。

 後三時間か……腕時計をちらっと見た。

 テレビをつけてみたが、さすがにもう停波していた。ラジオもつけてみたが、雑音が入るだけで、もう放送はやっていない。

 部屋の電波時計が、正確に時を刻んでいた。

 


 午後十一時になった。あと、五十二分で世界は終わる。

 もう、あの星は計算では月と同じぐらいの距離……地球から三十八万キロのあたりに達しているはずだ。

 西の空は、気のせいか、びっくりするほど明るく見えた。

 あの星が、またひときわ光を増していた。

「最後は、みんなでここに座ろう」

 ベランダから、リビングにいた沙羅たちにそう語りかけた。

 

 午後十一時四十五分になった。

 部屋の明かりを消し、デジタル表示の電波時計を持って皆でベランダに出た。あの星が、さらに輝きを増していた。

「みんなで手をつなごう」

 そう言うと沙羅も由香里も紗耶香も麗香も、皆が一列になって手をつないで、ベランダに立った。沙羅の手が暖かく感じた。

 いよいよ、世界の終わりを見る時が来たのだ。

 猛烈なスピード……秒速一二〇キロ、時速四三万二〇〇〇キロでやって来るその星が、ひときわ輝きを増し、そして大きく見えた。

「あと、三分だ」

 デジタル時計が午後十一時四九分を示していた。

 (セコンド)をじっと見る。あと数秒で十一時五〇分だと思った、その時である。

 突然、目も眩むような真っ白な閃光が走った! 

 え? 

 嘘だろう?

 まだ時間があるはずだ! 

 何も見えない。

 真っ白な光だけしかみえない。

 ああ、世界はこうして終わるのか!

 そう思った瞬間、光がかすんでいき青空が見えたかと思うと次第に夜空が戻ってきた。

 同時に、あらゆる方向へ、まるで夏の夜空に大輪の華を咲かせる花火がさく裂したかのように、凄まじい光の帯が散らばった!

「なんだ、あれは!」

 驚きの声を上げた。

「何だろうね? まるで花火みたいだね」

「うん。世界が終わる前に、花火を見たみたいだね」

 沙羅と由香里がそう言うのが聞こえた。

「あ!」

 突然、麗香が声を上げた。

「どうしたの?」

 田中は、麗香が指さす方向を見た。

「凄いよ、あれ。流れ星が、凄い……」

 皆が麗香の指さす方向を見た。

 無数の流れ星が、滅茶苦茶な方向へと流れ去って行く。それも途切れる事がなく、延々と流れていくのだ!

 その様子がとてつもなく美しく見えた。

 そろそろ、運命の時が来たに違いない、そう思って田中がデジタル時計を見ようとした時、階下のあちらこちらから大声が聞こえた。

「え! まだ生きているぞ!」

「そんな馬鹿な! 時間が過ぎているぞ!」

「ええ! そんな馬鹿な!」

 慌てて時計をじっと見てみた。

 午後二十三時五十五分だ。もうすでに、衝突予定時刻より三分も過ぎていた。

 どういう事だろう?

 一体、何が起きたのだろう?

 もしや、小惑星がギリギリのところで爆発して、危ういところで地球滅亡を免れたのだろうか?

 それともNASAの計算が間違っていたのか?

 そう思った瞬間、インターホンが鳴った。

 誰だ?

 思わず玄関に行き、ドアを開けた。

「どうじゃ? 流れ星は綺麗じゃろう?」

 目の前にいたのは、あの仙人だった。なぜか、今日は宅急便の配達人の服装を着ていた。

「え? あの、一体これは……どういう事なのですか?」

 訳が分からずに、仙人に問いただした。

「単に気が変わっただけじゃ。人類を滅ぼすのは、いつでもできるじゃろう。今回は、しばらく様子を見てやる事にした」

「あ、ありがとうございます!」

 良く解らないが、助かったようだ。田中は、深々と仙人に頭を下げた。

「まあ、よいわ。お前も元気でやれよ」

 そう言いながら、仙人は笑顔を見せて去って行った。

 田中は、家の中にかけて行った。

「おーい、助かったぞ!」

 大声で沙羅たちにそう言った。

「え? 助かったって?」

 沙羅がキョトンとした。

「陽ちゃん、本当?」

 由香里も信じていない様子だ。

「本当ですか?」

 紗耶香も、信じられない、と言う目をしている。

「……」

 麗香は、黙っているが信じていない様子だ。

 沙羅たちが、田中の顔を見た。

「ああ、間違いない。さっきあの仙人が来て、『気が変わった。しばらく様子を見てやる』って言ったんだ。助かったんだよ! 人類は助かったんだ! やったぞ!」

 そう言いながら田中は飛び上がって喜んだ。

 それをみて、沙羅たちが一斉に歓声を上げた。

「良かったね、良かった、本当に良かった!」

 沙羅が由香里に抱き着いて、二人とも大声で泣き始めた。それを見ていた紗耶香と麗香も、飛び上がって喜んだかと思うとふたり抱き合って喜びのあまり涙を流した。

 やった! 

 ベランダに出て叫んだ。

「助かったぞ! 人類は助かったんだ! みんな聞いてくれ! ギリギリのところで助かったんだ! 俺たちは助かったんだ!」

 田中は、声の限り叫んだ。力の限り、叫び続けた。

 それを聞いて、あちらこちらから歓声が上がった。

 人々が、窓を開けて大声で叫んでいるのが見える。

「助かった! みんな聞いてくれ、助かったぞ! 人類は助かったんだ!」

 その声は、いつまでも終わる事がなかった。





 完


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