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ドール  作者: 竹取 裕基
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第二十八章

 その日を境に、世界は大きく様相を変えた。


 岸岡総理の記者会見終了後に、アメリカで出されたNASAの公式発表では、日本時間六月二十一日午後十一時五十二分三十九秒に小惑星は秒速約一二〇キロ、時速四三万二〇〇〇キロと言う、とてつもないスピードで、地球高度僅か一五〇キロ上空を通過するとの事であった。通過する、と公式発表で言われたが、実際には地球の重力などに影響されて衝突の可能性が限りなく高いと各国の専門家が、指摘し始めると、世界中でパニックが起きた。また、小惑星の直径が三二五キロあり、これは月の直径の約一〇分の一ほどであり、もし関東地方に落下したとなると、一瞬で日本列島は蒸発し、太平洋に数千メートルの超巨大津波が発生し、人類は間違いなく滅びるとの専門家の見解が出た。また、これほどのサイズの小惑星を迎撃するのは不可能で、仮に世界中の核ミサイルを使って迎撃したとしても、小惑星の軌道を変更することは不可能なうえ、毎秒一二〇キロ、直径三二五キロの小惑星を破壊することは全く不可能との試算が出た。人類は、小惑星X-BB八九の前に、なすすべがなかった。

 ちょうどそれは、全人類に死刑宣告が下されたのと同じであった。


 その日の午後、突然スマホが鳴った。

「よお、陽一か。元気にしてる?」

 絵里の声だ。

「絵里か。今、どこだ?」

「まだ聞くの? いいよ、教えてあげる。もう世界も滅びるからね」

 そう言いながらも絵里は楽しそうだ。

「どこにいる?」

「いま、長野に来ている」

「あかねたちも一緒か?」

「いや、あの子たちは別だよ。未祐とあかねは、北海道へ行った」

「そうなのか」

 田中はため息をついた。

「これからどうするんだ?」

「さあね。解らない」

 絵里がそう言う背後から、音楽が聞こえる。きっとまたどこかで車を盗んで乗り回しているのだろう。

「そうだ、陽一。一つ言っておきたいことがあったよ」

 絵里が静かに言った。

「なんだ?」

「私、陽一の事、嫌いじゃないからね」

 どういう意味だ?

「嫌いじゃない、ってのは?」

「もう、女の子に最後まで言わせる気? 仕方ないな、言ってあげる。あんたが好きなんだ」

 絵里が恥ずかしそうな声を出した。

 珍しくそんな声を出すので、思わずドキッときた。

「俺も……絵里は嫌いじゃない」

「じゃあ、好きってこと?」

 絵里が今にも膝を乗り出してきそうな声を出した。

「ああ、そうだ。好きだよ」

「そうか……最後にそれが言いたかったんだ。じゃあね」

 そう言って電話が切れた。

 絵里は、俺の事を好きだったのか。だから、何度も電話をかけてきたのか……あの絵里も、世界が終わる事を覚悟しているのだろうかと思うと、少し寂しい気分になった。

 結局、あかね達を捕まえる事は出来なかった。あかね達は北海道に行くと言っていたが、今頃どうしているだろうか。どこに逃げても無駄なのは解り切っている。いま、行きたい場所に行くのは、助かるために行くのではない。死にたい場所で死ぬために行くのである。

 そう思うと、悲しい気分がした。

 田中は、スマホを机に置くと、じっと窓の外を見た。

 良く晴れている。初夏の日差しがまぶしく見えた。


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