表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ドール  作者: 竹取 裕基
24/30

第二十四章

 その日の朝の事である。

 群馬県高崎市のある公園での出来事だ。

 飯田真由は、息子の翔太を連れて、近所の公園に来ていた。今日は、夫は出張で朝早くから家を出て行った。一通り家事も終わらせて、近所の公園に来たのだ。朝からよく晴れていた。

 向こうから、娘と手をつなぎながらやって来る坂本愛が見えた。

「あ、坂本さん、おはよう」

「おはよう、飯田さん」

 ふたりが挨拶を交わすと、坂本愛の娘の遥佳は、母の後ろに恥ずかしそうに隠れて、ちょこんと挨拶をした。人見知りなのだ。そんな遥佳の手を取って、翔太は、「行こう!」と砂場へと案内していくのが見えた。真由と愛は、その後をゆっくりととりとめもない会話……夫の愚痴、姑の愚痴などを話しながら、子供たちを見つつ、ゆっくりと公園を歩いていた。愛とは、以前勤めていたスーパーのパートで出会ったのだが、何かと気が合い、同じぐらいの子供もいる事でなおさら話が合った。公園の近くに住んでいる事、天気のいい日は良く子供を連れてくる事が解ったので、公園で出会うと、こうして会話を楽しんでいる。

「楽しそうだね、翔太君」

 愛がそう言うと、真由は目を細めた。遥佳と楽しそうに砂場で山を作ったり、トンネルを作ったりして遊んでいる。

「そうだね、遥佳ちゃんも」

 そう言うと、愛も優しいまなざしで二人を見た。

「あれ? 何かいるよ?」

 突然、愛がそう言ったのだ。

「どこに?」

 公園を見回したが、他に誰もいないようだ。

「ほら、あそこよ」

 愛が公園の隅を指さした。何か物音がした気がした。

「え?」

 一瞬、公園の隅で何かが見えた気がした。多分、猫か何かに違いない。

「猫じゃない?」

 真由がそう言うと、愛も「そうかな?」と同調し、すぐにいつものように、夫の悪口を言い始めた。愛が夫の悪口を言い始めると、つい真由も同じように夫の悪口を言い始めた。悪口と言っても、あまり害のない、たわいもない物なのだが、これが結構楽しくてやめられない。そのうち、今度は来年、保育園に上がる話になった。どこの保育園がいいとか、小学校に上がったら大変だなとか、そんな話を取りとめもなく続けた。

 真由が、ふと砂場を見た。翔太と遥佳の間に、小さな人形があるのが見えた。

「あら、あんなところに人形があるのね」

 真由がそう言うと、愛も、

「本当だ。あら、可愛い人形じゃない? 行ってみようよ」

「そうだね」

 ふたりが砂場に着くと、赤い和服を着た日本人形が、砂場で横たわっているのが見えた。

「あら、結構高そうな、お人形じゃない。可哀そうに。誰がこんなところに……」

 そう言いながら、愛が眉をひそめながら人形を拾い上げて、砂を払ってやった。よく見ると、結構高そうな人形だ。おかっぱ頭に赤い着物、黄色の帯を締めた可愛らしい人形である。

「ねえ、いつからこの人形があったの?」

 愛が翔太に訊いてみた。

「知らないよ。そいつ、ここまで歩いてきたんだよ」

 翔太は、一生懸命にトンネルを掘っていた。

 それを聞いて、愛も真由も大笑いした。

「そんな馬鹿なことあるわけないじゃない」

 真由も笑いながら息子をたしなめた。

「嘘じゃないってば」

 翔太は口を尖らせてそう言った。

 その顔が、可愛らしく見えた。嘘をついているわけではなく、子供らしい思い込みでそう言っているのが良く解った。

「馬鹿ね、そんなわけないじゃない」

 そう言ってみるが、翔太は納得していない様子だ。

「ううん、本当だよ、翔ちゃんの言っている通りだよ。私も見たよ」

 今度は遥佳までそんな事を言ったので、愛も、そんな馬鹿な、と言いながら大笑いした。

「遥佳ちゃん。人形は歩かないのよ。誰かがここに落としていったのよ、多分」

 真由は、そう言うが、遥佳も納得していない様子だ。

「だって……私、見たんだもん」

 遥佳はそう言いながら、不平そうに真由をみた。

「とにかく、このお人形さん、誰かが忘れていったのよ。砂場に置いてあると汚れちゃうから、そこのベンチに置いていこうね」

 そう言いながら真由は、人形をベンチに置いた。

「さてと、そろそろ、翔太、帰るわよ。遥佳ちゃんにもバイバイ、って言うのよ」

 翔太にそう促した。

「おばちゃん、私も連れて行ってくれるよね?」

 突然、女の子の声が聞こえた。

「え? おばちゃん?」

 真由は戸惑いながら、遥佳をみた。

 遥佳は、翔太とじゃれあっている。それにあの声は、遥佳の声ではない気がした。

「ねえ、遥佳ちゃん。いま私の事、『おばちゃん』って言わなかった?」

 遥佳に聞いてみたが、言ってないよと、言いながら遥佳は首をかしげた。真由は翔太もみたが、翔太も首をかしげて何の事だか解っていない様子だった。

「おばちゃん、こっち。こっちだよ、私も連れて行ってよ」

 ベンチから女の子の声がする。何だか、嫌な予感がした。

 恐々とベンチを見た瞬間、愛の絶叫が響き渡るのが聞こえた。

「きゃああああああ!」

 その声に驚きながら、ベンチを見ると、あのおかっぱ頭の、日本人形が笑いながら立っていたのだ!

「私も、お家に連れて行ってよ、おばちゃん」

 そう言って、人形がこちらに歩き出した瞬間、真由は翔太の手を掴むと、反射的に逃げだした!

「ぎゃあああああ!」

 声にならない声が出た。翔太も目を剥いて「うわあああ!」と、大声で叫んでいる!

 もう無我夢中だった。母と子は、ありったけの声で絶叫して駆け抜けた。

 どれだけ走った事だろうか。息が切れて、ようやく立ち止まった時、先ほどの事は悪い夢のように思われた。

「はあ、はあ、はあ、ねえ、あれ、夢かな?」

 思わず翔太にそう言う。だが、翔太は怯えて何も言わない。

 きっと心底、恐ろしい思いをしたのだろう。とにかく家に帰ろう。あれは、きっと幻覚だ、悪い夢を見たに違いない、そう思う事にしたのだが、愛も叫んでいたことを思い出した。愛も、あれを見たのだろう、するとあれは幻覚ではないのだろうか、とにかく思い出すのも恐ろしい。

 真由は、怯える翔太の手を取って、家路を急いだ。


 

 その日。関東一円はパニックに襲われた。朝の通勤客でごった返す小田急新百合ヶ丘駅のホームを歩いている小さな侍の日本人形を見て、はじめのうち、人々は精巧なラジコンだろう、と思って遠目に興味深げに見ていたのだが、その侍の人形が突然、目を剥いて、「拙者を誰と思っている、無礼者!」と言いながら刀を抜いて振り回し始めた時、人々は突然パニックを起こして駅のホームから逃げ出そうとした。ホームは我先に逃げようとする乗客がパニックを起こして押し合いへし合いになり、怒号が行きかう中、一人の男子高校生が群衆に押されて線路に転落、突っ込んできた特急電車にはねられて即死した。また、田園調布では、老人が縁側でお茶を飲みながら新聞を読んでいた時、ふと髪結いの女の日本人形が庭を歩いてこちらに向かってくるのを見て絶叫し、恐怖のあまり心筋梗塞を起こして病院に救急搬送された。また、トラックを運転していた男がふと、人の気配を感じて助手席を見たところ、おかっぱ頭の日本人形が笑いながら抱き着いてきたため、パニックを起こしてハンドル操作を誤り、対向車に激突し、相手の車の運転手が即死した。東村山市では、鎧を着た日本人形が、民家に置かれていた携行缶に放火し、爆発炎上させ付近の家屋二軒を全焼させる火災を発生させた。その様子が、近くの防犯カメラで捉えられており、YouTubeに投稿されると瞬く間に日本中に恐怖が走った。また、千葉県九十九里町の海岸では、小さな青い着物を着た、小僧風の日本人形が波打ち際に漂っているのを一人の少年が発見して、回収して自宅に持ち帰ったところ、居間で突然、人形がゲラゲラと笑いだしてその場に居合わせた少年の母親がパニックを起こして、逃げ出そうとして転倒し足首をねんざする軽傷を負った。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ