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ドール  作者: 竹取 裕基
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第二十三章

 結局、今日も会社を休んだ。今日も具合が悪いので、と電話口に出た事務員に伝えると、また仮病か、と考えているような空気を感じたが、事務員は何も言わずに、「おだいじに」とだけ言って電話を切った。

 有給休暇を使い切るまで、とにかく休んでやることにした。どうせ世界は滅びるかも知れないから、もう仕事などしなくてもいいだろう。

 気が付けば、もう午後だ。田中は、家でブログを立ち上げている紗耶香と麗香を残して、沙羅と由香里を連れて買い出しに行った。食料品をしこたま買い込んで、帰宅した時には午後五時になっていた。

「どうだ、紗耶香。ブログは?」

 リビングの端に、ミニテーブルを持ってきてパソコンと向き合っている紗耶香に声をかけてみた。

「ブログは、こんな感じです」

 そう言いながら、マウスを動かすと、「預言者の聲」と書かれたブログが出てきた。思ったより読みやすいブログだ。オカルトや都市伝説好きの女子高生が立ち上げたという設定で、その中に「動く人形の怪」と言う記事を見つけた。

「人形の怪、か。面白そうだな、内容はどんな感じなの?」

「簡単に言えば、命を吹き込まれた人形(ドール)が、人間たちに交じって暮らしている、その人形たちの特徴は、体のどこかに五芒星の印がある。人形にはいい人形もいれば、悪い人形もいて、人間たちに交じっている、と言う内容です」

 紗耶香がマウスを動かして、記事を見せてくれた。

「なるほど、どういう内容だ?」

「これを見てください」

 現れた画面には、こう書かれている。

「皆さんの周りで、五芒星の印を持つ人がいたら、ドールの可能性があります。もし見かけたら、こちらのブログまでご連絡ください。なおTwitterはこちら」

 などと書かれていた。そのTwitterのアカウントはもちろん、田中のアカウントだ。

「これ、俺のアカウントじゃないか」

 苦笑しながら、そう言うと紗耶香は、その方がいいと思いますよ、と言いながらまた画面を変えた。

「緊急通告! 関東地方を中心に荒らしまわる女二人組の泥棒の正体は、何とドールだった!」

 と書かれている。記事にはあかねたちの詳しい特徴……二人組の女泥棒の正体はドールで、一人は絵里と言い、ビキニが好きで、いつも衣類の下に黒いビキニを身に着けている、もう一人の女は未祐と言い、紺色のブレザーまたはリクルートスーツを着た若い女である。作業着を着ていたこともある。しかしその二人以外にも三人目のドールがいて、そのドールはナース服を着たリカちゃん人形で、あかねと言う名前だと書かれている。最近、資産家の老人から三千万円を奪ったのもこのあかね一味の仕業であり、つい先日、五〇体の日本人形を盗んだのも、この一味の仕業だと書かれている。

「これって、あかね達の事じゃないか」

 感心しながら田中がそう言うと、紗耶香はうなずいた。

「これぐらい、派手に記事を打って行かないと、反響がないと思うんですよ。それにこれも見てください」

 また、画面が切り替わる。

「緊急通告! 次の満月で世界が終わる! ある仙人が預言!」

 と書かれている記事もある。ある男が見たという夢の内容で、不思議な仙人に次の満月までに、あかね達を捕まえないと、人類を滅ぼすとその仙人が警告したと書かれている。

「結構、いろんな記事を書いたんだね」

 感心した。

「ええ、まだありますよ」

 そう言いながらマウスを動かすと、今度は、「次の新月、恐るべき事が起きる! 盗まれた日本人形たちが、人類に復讐する!」

 と書かれた挑発的な題名の記事もあった。

「おお、これは……あかねたちがやりそうな事を、前もって書いたわけだ」

「はい。こうしておけば、あかね達も、動きがとりにくくなると思うんです」

「確かにそうだけれど……」

 そう言いながら、このブログを見ている人は一体どれだけいるのだろうかと思った。

 始めたばかりのブログだ。そんなに有名なわけがない。きっと見ている人なんて限られているだろう。

「ちょっといい?」

 そう言いながらマウスを紗耶香から借り、自分で操作してみる。

 アクセス履歴を見てみたが、やはり五十人ぐらいしか見てくれていない。

 反響を見てみるが、ブログの主が女子高生だからか、下心のありそうな男からの、ベタ褒めの感想が何件か書かれていた。

「そうか……とにかく、ありがとう。紗耶香のおかげで、ブログも立ち上げる事ができた。いい仕事、してくれたね」

 そう言いながらそっと肩に手を置いた。

 サッと避けられるかも知れない、と思ったが紗耶香はそんな事をせず、田中の手を肩に置いたままにしていた。白いセーラー服の襟の感触と柔らかな肩が、手のひらに心地よく感じた。

 紗耶香なりに、田中に褒められて嬉しかったのかも知れない。

 そっとその髪に触れようと思った。

「いい仕事してくれてありがとう」

 そう言いながら、頭を撫でた。

 紗耶香は、ニコッと笑った。

「それにしても、次の新月は……六月六日だ。四日後だね」

「そうですね、早いものです」

 そう言って見上げる紗耶香の目は、知的な鋭さを感じさせるいつもの目よりも優しい感じがした。

「あかねたち、何をやってくると思う?」

「多分、あの日本人形を使って悪さをするでしょう。何をするのかちょっと解りませんけれど……間違いなく、何かしますよ」

 そう言いながら、紗耶香はノートパソコンを閉じた。

 


 翌日。ブログの様子を紗耶香に訊いてみようと思った。

 どうせ、会社にはいかないから、暇だ。朝からテレビを見たが、特に変わったニュースはない。新月まであと三日あるから、あかね達もなりを潜めているのか、動きがみられない。

 朝からパソコンに向かっている紗耶香の肩を叩いた。

「どう? 調子は?」

 振り向いた紗耶香は少し肩を落としていた。

「ダメですね……」

「と、言うと?」

「アクセスも大して伸びていませんし、『馬鹿らしい、くだらない情報で社会を混乱させるな』なんてメッセージもあったりして、ちょっと落ち込んでしまいそうです」

 そう言いながら憂鬱そうに下を向いた。

「そうか……まあ、世のなかには、いろいろな人がいるからな、あまり気にするなよ。俺がブログをちゃんと書けたらいいんだけれど、俺、あんまり文章が得意じゃないからな……すまない」

 田中はそう言いながら、謝った。

「いいんですよ、ほら、麗香だって、ときどき手伝ってくれるんです」

 麗香の事を話す時、少しだけ紗耶香の目が輝いた。やはり紗耶香は麗香が好きなのだろう。

「麗香も手伝ってくれるの?」

「はい。あの子、物静かだけれど、文章が意外と得意なんです」

 そうなのか。ふと、麗香の意外な側面を見た思いがした。

「そうか、それは良かった。麗香も頑張っているんだ」

 そう言うと、すぐそばに麗香が来て、紗耶香に甘えた。

 そんな麗香の髪をそっと紗耶香が撫でた。

 ふたりの微笑ましい様子を見て、田中もなぜか心が落ち着く思いがした。この前、あの仙人が言った言葉が、まるで夢のように感じられて、現実味を感じなくなっていたのだ。

 ずっと、このまま、平和な日々が続くような気がしてきた。

 そんなはずはないのに、と思うのだが、なぜかそんな気分がしてしまうのだ。世界なんて滅びてしまえと思ったくせに、やっぱりこの世界が滅びるのも困る気持ちもある証拠かもしれない。田中は、自分の複雑な気持ちに揺れ動いていた。人類が滅びるのを期待する気持ちと、それを阻止したい気持ちとの間で揺れ動く自分の心を、自分自身でも理解できずにいた。



 それから三日後の六月六日午前一時頃の事だ。交通量の少ない群馬の県道では、対向車もまばらだった。街灯すら少なく、ただヘッドライトに照らされた道路とセンターラインが、幻想的な風景を醸し出していた。

「どう? まだ着かないの?」

 二トントラックの助手席の未祐が、眠そうな声でそう言った。

「もうすぐ、だよ」

 ハンドルを握る絵里が、楽しそうに言った。

 背後から、微かに蠢く音がする。

 きっと荷台では、あかねがすべての日本人形を覚醒させたところだろう。

「で、何をするわけ?」

 未祐があくびをしながら、また言った。

「イ・タ・ズ・ラ、だよ」

「いたずら、って何をするのよ?」

 未祐がそう訊くが、絵里は、さあね、と言った。

「『さあね』じゃ、わからないじゃない?」

「私だって解らないよ。あかねが言った通り、運転しているだけ。トラックも借りてきちゃったし」

「借りてきただなんて……盗んで来たくせに」

 そう言って未祐が笑うと、絵里もおかしそうに笑った。

「それにしても、トラックなんてよく運転できるわね」

 未祐がそう言うと、絵里も不思議そうな顔をして言った。

「確かに。トラックどころか運転したことないのに、なぜかできるんだな、これが。不思議だよね」

 絵里もその理由が解らないようだ。

「そうね、確かに不思議……多分私たちドールには、人間にはない何か不思議な力があるんだわ」

 未祐はそう言って夜の闇を見つめた。

「それにしても、あかねは何をしたいのかな?」

 ハンドルを右に切り、交差点を右折した絵里がそう言った。

 しばらく走ると、大きな駐車場が見えた。どこかの公園のようだ。

 街灯に照らされた駐車場にトラックを入れて、エンジンを切る。

「ちょっと休憩するよ」

 そう言って絵里がトラックを降りた。

 未祐も降りた。

 ふたりが、トラックの荷台の扉を開けてみた。絵里が中を懐中電灯で照らした。

 驚いたことに、高さ二十センチほどの様々な和服を着た日本人形たちが覚醒し、荷台のあちらこちらでおしゃべりに夢中になっていた。髪をおさげにした少女の人形が多いが、中には刀を差して裃をつけた武士の人形もいて、おしゃべりする人形たちを横目に睨みながら床に胡坐をかいて黙っている。黒ずくめの忍者風の人形も数体おり、器用に壁に張り付いていた。

「こ、これはホラーだね……」

 さすがに絵里も驚いたようだ。一つ一つの人形たちの話し声は、あまり大きくないが、五〇体もいると、さすがにガヤガヤとした感じになる。

「驚いたかい?」

 荷台の入り口に、走ってきたあかねが、そう言った。

「驚くよ、普通」

 未祐も驚きを隠せない様子だ。

「おーい、みんな聞いてくれ~」

 いつもの調子で、あかねが日本人形たちに話しかけた。

 皆、おしゃべりをやめて静まり返って、あかねを見ている。

「もう少しだけ、荷台でおとなしくしてくれないかな~? そのうち、どこかで自由にしてやるから。そうしたら好きな所へいっていいぞぉ~」

 そう言うと、ワーッと人形たちから歓声が上がった。


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