8-3 翠の瞳と忠臣
しばらくして、エリザの遺体を回収しに、公国軍とアレクサンダーが駆けつけてきた。
アレクサンダーは銀色の甲冑に紅のマントを羽織っていた。腰には光り輝く剣を携えている。
布にくるまれたエリザの遺体は丁寧に公国軍によって運ばれ、それにエリザの両親と、使用人たちが何人か付き添っていった。
駆けつけたアレクサンダーに、人々は一斉に群がった。
「こんな非道な真似、我々はもう我慢できません!」
「かよわい女性を二人も…!もう絶対に許せない!」
「ベルクール様!ベルクール様!お願いします、白の魔王を倒してください!」
人々は怒り、悲しみ、そして恐れていた。なんの罪もない少女を、魔王はついに殺した。魔王を放っておけば、今度こそ自分の命も危ういかもしれない、と人々は初めて思い知ったのである。
「みなさん、大丈夫ですよ。必ず白の魔王は私が倒します。」
その言葉と共に、アレクサンダーは腰に下げた聖剣をぽんぽんと叩く。その頼もしい動作だけで、人々には安堵のため息が漏れる。
「アレクサンダー様……どうか討伐軍のお供をさせてください!」
「わ、私も!」
「俺もお願いします!」
集まっている男たちが次々と声をあげる。
「馬鹿者!貴様らは戦を甘く見すぎておる!」
ハルフォード元帥は昨夜のように一喝し、人々を見回した。
元帥は人々の目を見て驚いた。人々の目は虚ろで、アレクサンダー一人を惚けたように見つめている。まるで、何かに取り憑かれているかのようだ……昨夜のように怒りに燃えていた人々の目とは全く違っていた。
「素人が付いてきたところで我々の足でまといになるだけじゃ、おとなしく家で待っておれ!」
「……いいんじゃないですか、ハルフォード閣下。」
「なっ……!?」
ハルフォードはアレクサンダーから漏れた言葉が信じられず、自分の孫ほどの青年を見つめた。
「これだけのことをされたんだ、何もしないでおとなしく待ってるなんて、できないでしょう?」
「しかしベルクール殿、それはあまりにも……。」
「大丈夫、実際に魔王と戦うのはこの私一人です。皆様の気が済むまで闘って頂ければよろしい。使い魔くらいなら一般人でも倒せることもありますし……危なくなったら、国民の皆様のことは我々が必ず守ります。」
アレクサンダーの翡翠色の瞳には何の迷いも無かった。爛々と輝く瞳には、狂気すら感じられる。この青年は……魔王と戦うことの危険性を分かっていないのだろうか?
それに、この青年の様子は何かがおかしい……魔王への復讐に取り憑かれているようだ、と元帥は思った。
この時、アレクの下げる”聖剣”からじわじわと瘴気が放出されていることを、人々は知る由も無かった。
「それはあまりにも無謀と思われます、アレク様。」
すっと、アレクの前に緑色の軍服をまとったオットーが進み出た。
「オットー……。」
オットーはアレクの足元に膝まずいて、頭を低く下げる。
「アレク様、身内を褒めるようで気が引けますが、我々は魔王を倒すべく鍛錬を重ねてきた精鋭部隊でございます。公国軍の皆様も、国の平和を守るため、日々鍛錬を積んでおられる立派な軍人です。」
そうでございましょう、閣下。というオットーの声に、ハルフォードはもちろん頷いた。
「その我々が、これから命を削って戦うのが白の魔王なのです。皆様を守りながら戦う余裕などありません。並みの人間が魔王に挑んだところで、無駄死にするだけです。アレク様、我々の目的は、魔王の脅威から人々の平和を守ることでありましょう。どうかフェトラ公国の皆様の安全を第一にお考えください。」
「オットー……そう、だな。どうかしていたよ。」
アレクサンダーの瞳から、ギラギラとした光が消えたように見えた。見間違いだったのだろうか?とにかくオットーのおかげで助かったと、元帥は内心安堵した。
オットーは立ち上がり、くるりと回って今度は民衆に向かって朗々とした声で語りかけた。
「皆様も、どうか我々を信じてください。白の魔王はアレク様と我々、そして公国軍の皆様の力を合わせて、必ず倒します。きっとあの可哀想なエリザ・ガーフィールド嬢の仇をとってみせます。」
落ち着いた中年のオットーの声は、高ぶっていた民衆の感情を不思議と落ち着かせた。特に、女性たちはホッと安心したようである。
それから、アレクサンダーの兵団と公国軍はエリザ・ガーフィールドに黙祷を捧げると、予定していた式典をすべて取りやめて、そうそうに街を出、魔王の塔を目指し、出陣した。
「邪魔だな……あの男。」
木の陰から様子を伺っていた赤の魔王ロットーは、一人つぶやいた。




