7-2 女中メアリの告白
女性の悲鳴に驚いて、公爵家の近くに棲む富豪や貴族の家の使用人たちが外に出てきた。もちろん、公爵の屋敷の使用人も外に飛び出した。公爵自身も外へと急いだ。セリアとは秘密裏の会合なので彼女を外に出すわけにはいかず、屋敷の中で待っているように言い含めた。
公爵がついた頃にはすでに何人かの使用人たちが集まっており、暗闇の中ということもあってはっきりとは見えないが、人々の様子を見て、どうやら彼女が大怪我をしているらしいことはわかった。すでに彼女に駆け寄って手当をしていたとある家の女中が、驚いて声をかけた。
「あなたはダーリング家に勤めていた、メアリではありませんか!」
女性は弱々しいながらも意識はあるようで、その問に対して頷いたようだ。
「まあ、大変だわ!…とにかく誰か手を貸して!ここからだったら私の務めるジェンキンス家が一番近いわ!そこに運びましょう!」
今、白の魔王であると疑惑の目を向けられているルーク・ダーリングの使用人と聞いて、人々はざわめいた。取り敢えず、女性が倒れている家に一番近いジェンキンス富豪の家に女性を運ぶことになった。
部屋に明かりをつけて女性の容態を見ると、その怪我の具合が非常に悪いことがはっきりとわかった。女性の頭と右腕から真赤な血が流れ、部屋の床を赤く染めた。
その家の者が急いで応急処置を施している間に、公爵家の兵は急いで公爵家の御殿医を呼んだ。町医者はこの一角からは離れたところにいるので、一番近くにいる御殿医を呼んだのだった。医師もそれに対して嫌な顔ひとつすることはなく、到着すると周囲の者にテキパキと指示を出し、女性の救護にあたった。
やがて、必要な処置が終わり、女性の様子が落ち着くと、一体どうしたのか、何があったのかと医師が代表して尋ねた。
「ルーク・ダーリングにやられました……。」
その場にいた人々のざわめきは大きくなった。やはりそうかという声や、そんな、信じられないという声が混ざり合う。
「私、ご主人様が魔王だなんて、馬鹿げた噂話ですよねってお尋ねしたんです。でも、ダーリング様は逆に、もし私が魔王だったらどうすると真剣な顔でお尋ねになりました。冗談なんて言う方じゃありませんから私もう、しどろもどろになってしまって…そしたら、私見てしまいました…ご主人様が、恐ろしい魔王の姿に変わるところを。」
おお、と声をあげる人々。ダーリング家の女中は淡々と話を続ける。
「美しい黒髪が、真っ白に変わって、肌はみるみるうちに白い蝋のようになって…いつの間にかお召し物も、真っ白な衣服とマントに変わっていました。私もう驚いてしまって…後ずさった時に、何かに足をぶつけてしまったんですね。それで主人…いえ、魔王に見つかってしまったんです。魔王は恐ろしい、紅い瞳で私を見つめました。そして、正体が知られたからには生かしておけないと、剣を振り上げて来て…私、命からがら逃げて参りました。それで、ここまで来たというわけで…」
「…メアリ、一つ尋ねたいのだが、いいかい。」
公爵が声をあげた。周りの人々はそこで初めて国主の姿に気がついて驚いた。
「命からがら逃げてきたのなら、どうしてこの公爵家まで逃げてきたんだ?途中の街で助けを求めなかったのはどうしてだね?」
「それは…その…屋敷の中に放置するのはいやだったので、魔王が私を運んだのではないでしょうか…私、その場で気を失ってしまったみたいで、気がついたらここにいたんです。」
急にしどろもどろになるメアリ。公爵はメアリの言葉に疑いを持った。
自分には医術の知識は乏しいが、戦争に言って怪我人を何人も見たことがある。その経験を思い出すと、彼女は、大怪我をしている割にはやけに意識がはっきりしているような気がした。
しかし、この大人しそうな女性が主人をハメようとするような人物だろうか?それに、主人をハメたところで、この娘になんの得が……?
「まさか…!?」
公爵はとある考えに至って、急いで自らの屋敷に戻った。
夜の騒動に目を覚ました何人かの使用人が、全速力で屋敷に戻った主に驚いた。
公爵は一気に階段を駆け上がり、セリアを面会した部屋に戻ると、息をきらしながら、大声で叫んだ。セリアを待たせていたはずの部屋はもぬけのからだった。紅い酒はそのままになっていた。
「セリア!セリア!居たら返事をしろ!」
しかし返事はない。それでも初老の公爵は虚空に向かって叫んだ。
「まさかとは思うが彼女の怪我は狂言か?ダーリングをまだ信じている者への決定的な打撃を与えるつもりなのか?徹底的に自分を追い詰めるつもりなのかあいつは!」
公爵はその部屋にがっくりと膝をついた。
そして悔しさをにじませて、足元の床を殴った。虚しい音が部屋に響いた。