6-2 公爵家の内談
公爵の部屋に、背筋をピンと伸ばした老紳士が入ってきた。キビキビとした足取りで、若く見えるが今年で八〇歳になる元帥、アルバート・ハルフォード氏である。
「お久しゅうございます、アーク公爵。」
「ハルフォード!久しぶりだな!」
アーク公爵は喜んでハルフォード氏に歩み寄り、親愛の情を示すために右手を握った。
「宴席には必ず招待状を送っているというのに、お前の家族ばかりで肝心のお前が来ないとは一体どういう了見だ?」
「お許し下さいませ。爺はもう体が思うようには動きませぬゆえ、宴席では人様にご迷惑をおかけするばかりでございます。」
「もう八十歳になるのに杖なしでスタスタ歩いているお前がよく言うよ…」
五十代の自分よりもよっぽど健康な相手に、公爵は苦笑いする。
しかし、しばしの歓談の時は、ハルフォード氏によって中断された。
「本題に移りましょう。公爵、ついにあの青年が“白の魔王”を倒す剣を手に入れてしまったのですな。」
「ああ、そのようだ。彼なら手に入れるかもしれないとは思っていたが、まさかこんなに早いとは思わなかった。」公爵も声をひそめて応える。
「公爵様・・・彼を、ルークをなんとか救うことはできないものでしょうか・・・」
元帥が懇願するように言うが、公爵はかぶりを振る。
「手は尽くしてきたつもりだ。八年間、人間として今まで暮らすことができたのだから、これからもそのまま生きていればいいと説得したよ。そして願わくば私の国政を支えて欲しいとずっと考えていたし、そう伝えてきた。そのほうがサラさんもきっと幸せだろう、とね。しかし、本人に生き延びようという気がないのではどうしようもない……」
「公爵……まさか、ルークは死ぬつもりでございますか!」
「しっ!声が大きい!」
思いの外部屋に響き渡る元帥の声に公爵は慌てる。
「申し訳ございません、しかし……それではあまりにもあの者が不憫でなりません!」
「もちろん何度も止めたさ!馬鹿なことを考えるのはやめろと、ライラさんだってそんなことは望んでいないと言ってきたよ。でもアイツは聞いてくれなかった……」
「何故そこまで……」
「詳しい事情は私にはわからんが、どうやらルークは…魔王となってしまった自分が人間を育てることは正しくない、と思っているらしい」
「だからと言って彼が死ぬことはないでしょうに……」
「早く、ライラのいない世界から消えたい、と言っていたよ。」
その言葉は、静かに、しかし重く響いた。
「全く……アイツはとんだ頑固者だよ……」
「ギルバート様……」
「あいつの最期の望みだ。聖剣の英雄……ベルクール殿が白の魔王を倒し、囚われの姫…サラ姫を連れてきたら速やかにそれを保護し、彼女に公女の位を与え、ベルクール殿と目合わせ、公爵家の婿に迎える。このことは、私とお前しか知らない秘密だ。他の者にはくれぐれも内密に、な。」
ハルフォード元帥は悔しそうに呻いた。今回、アレクサンダーは公爵家の軍の出動は一切不要と申し出ている。よって、自分の出る幕はない。だが……。
「私は彼をそんなに簡単に諦めることなどできません。公爵……私はもう一度、魔王討伐に同行できないかどうか、ベルクール殿に伺いを立ててみましょう。」
「あまりしつこくすると怪しまれるかもしれないぞ。」
「まさか魔王を助けようと思っているなど、ベルクール殿とて思ってはおりますまい。うまく隙を見て、彼を……ルーク・ダーリングを救い出します。」
ハルフォード元帥は一礼して、キビキビとした足取りで公爵の部屋を出る。
ギルバート・アーク公爵はその背中を見送って、ため息をつくと顔ひきしめて立ち上がった。
八〇歳になる老人がまだ彼を救うことを諦めていないのだ。自分にもまだ何かできることがないかもう一度考えてみよう。




