5-0 オードリー・メイプルの不満
「サラ・ダーリング女史ですか?欠席の連絡をもらいましたが・・・・・・ええ、悪性の風邪にかかったとかで、わざわざセリアさんが連絡に来てくださったんですのよ。
・・・・・はあ?ルーク・ダーリングが魔王?サラさんやみんなが騙されてる?そんなわけないでしょう、彼はまがりなりにも旧家ダーリング家の主人ですよ?あまり変なことを言っては身のためになりませんわ。
・・・・・・わかりました、何かあったらご連絡致しますから。いえ、そう言われましても困りますわ、お引き取り下さい・・・授業がありますので失礼いたします。お引き取り願えませんか?」
メリーノ女学院のオードリー・メイプル校長は、突然訪ねてきたアレクサンダー・ベルクールをなんとか追い返すと、やれやれとため息をついた。
アレクサンダーの話によれば、実はルーク・ダーリングこそが人々を脅かす魔王であり、サラを幽閉している。その目的はというと、サラを清純な乙女に育て上げたところで、その血と肉をくらい、強大な力を手に入れることだとか・・・・・・バカバカしい。そんな話、信じられるワケがない。
大体、あの青年がこの国にやってきてからというもの、ろくなことがないと、メイプル校長は振り返る。
あの青年がフェトラ公国にやってきた初日に、8年ぶりに自分の學校の女生徒二人が魔物に襲われた。
皆が驚いている隙にあの青年は武器商売を始め、類まれな商才と謎のカリスマ性で、のどかだったこの国に武器をアッという間に広めた。
おかげで、育ちのいい女学校のお嬢様たちにも広まって、いまや3人に1人は護身用の銃を持っている、という有様だ。なんて物騒になってしまったんだろう。
それから“白の魔王”によるものと思われる事件が多発し、そこから国の皆を守ってくれるので英雄扱いされているが、アレクサンダーがこの国に来なければ、そもそも魔王の被害が出ることなどなかったんじゃないかとメイプル校長は思う。
また、魔王の事件の影に隠れて目立たないが、銃の暴発による大怪我を負った者もあるし、大の大人が喧嘩でカッとなって銃の撃ち合いになり、危うく死人が出るところだった事件だって起きている。全部銃がこの国に輸入されてきたせいだ。みんなちやほやしているが、ただの疫病神ではないか。
正義の剣士だかザガイア帝国の末裔だかなんだか知らないが、あの青年の先走った正義感にみんな振り回されているだけじゃないのか。
だいたい、皇子といったって、ザガイア帝国はもう滅んだのだ。また、あの帝国は元々、旧教徒に奴隷として使われていた卑しい者たちが反旗を翻して独立して作った国である。つまり、いくら皇族といったところで、それは紛い物だ。もとはといえばあの青年は奴隷だった身なのだ。
・・・・ということは、知らない人間がほとんどである。
メイプルは少女のころから歴史を学ぶことが好きだったので、この辺りの事情には詳しい。特に、強大な武力を誇るザガイア帝国には興味を持って、ほとんどの史料が散逸・破棄されたザガイア帝国の歴史を血なまこになって研究した結果、帝国の祖が元々奴隷だったことを突き止めたのである。
ただ、それを公表するだけの勇気は、オードリー・メイプルは持ち合わせていなかった。帝国が全滅した、ときいても、もしその生き残りがいて、自分の研究成果を知ったら、殺されるかもしれないと思った。また、魔王に滅ぼされた国を貶めるようなことを言うのも気がひけた。ザガイア帝国の名誉を重んじた、というよりは、亡国を悪く言うことを人々に避難されるのが恐ろしかったからである。
そんな彼女だから、人々が英雄扱いしているアレクサンダー・ベルクールに対する不満を直接ぶつけられるわけもなく、せいぜい鼻を鳴らして校長室でお茶をすするのが精一杯なのだった。
もしも、ライラだったら・・・・・・
オードリーは、ふっと、たった一人の友人だったライラ・メリーノのことを考える。
もしも、ライラだったら、あのザガイア帝国の末裔たる青年を、どう思うのだろう?
信心深かったライラならアレクサンダーを応援するのだろうか。それとも、平和を望んだ彼女は、アレクサンダーの武器商売を堂々と批難できるのだろうか。・・・あの、ルーク・ダーリング氏のように
ライラだったらどうするの?
ライラ、ライラ。どうしていなくなっちゃったの?
どうして、私なんかに大切な學校を託して行っちゃったのよ。
肖像画の残らない、記憶の中の友人にオードリーは虚しく問いかけるのだった。