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丘の上のこうちゃん  作者: 松山 さくら


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6.第二章 隼人 エピソード2

 なんだかんだ過ごしているうちに、春休みは残り二週間を切っていた。日増しに高まる新生活への不安と、ほんの少し芽生えた期待。そんなある日、またもや隼人からの電話が鳴った。前回と同じく、どこかへ遊びに行かないかという。断る理由はなかったし、生まれ育った場所を離れるまでに、少しでも前向きな思い出を作っておきたかった。

 僕の家の前に停まった隼人の車の中は、前に乗ったときよりもきれいに片付いていた。前は、飲みかけのドリンクの容器がそのままになっていたり、買ったままの服が後部座席に広げられていたりしていたが……家の車だと言っていたが、少しはきれいに乗ろうと、気持ちを入れ替えたのだろうか。

 僕たちが向かったのは、幹線道路沿いのボウリング場だった。中学生のときから、ときどき二人で行っていた場所で、一階にはクレーンゲームやメダルゲーム機が所狭しに並べられていて、お金がなくても誰かがやっているのを見ているだけで、十分時間を潰すことができた。

 二階のボウリング場は、平日の夜にもかかわらず、ほとんどすべてのレーンが埋まっているほどの盛況ぶりだった。

 僕たちは、とりあえず一ゲームずつを投げた。僕のスコアは、可とも不可とも言えないような中途半端な数字で、いきなり百六十をたたき出した隼人とは大違い。隼人は、中学高校とサッカーに打ち込んできただけあって、運動神経のよさはこんなところでも出ている。別に意識していた訳ではなかったが、いきなり大差をつけられてしまって、僕としては軽々と高スコアを出す隼人のことが、ほんの少し妬ましくもあったのだが……。

 そんな隼人が、神妙な面持ちで自分のことを打ち明け始めたので、僕は驚きのあまり、すぐに反応できなかった。

「俺さ、亜矢子と別れたんだ。正確には、別れられた。俺が何を考えているのかが、よくわからないんだってさ」

「えっ、別れた?」

 隣のレーンでは、大学生くらいのカップルが、仲睦まじそうに過ごしている。彼氏が投げたボールが、爽快な音とともに見事ストライクをはじき出して、「ようちゃん、すごい」と、彼女が思わず立ち上がって、彼氏を出迎えていた。

「あぁ、亜矢子とは二年も付き合ったんだぜ。なのに、俺が将来、どんな人間になりたいかかとか、どんな生活を送っていきたいかが、見えないらしい。そんなことを言われてもよ、俺たち、まだ高校を出たばっかりじゃん。先のことがわかる訳ないのに、そんなことを言い残して亜矢子に去られてしまって、俺、どうしたらいいのかがわからないんだよ」

 その言葉通り、隼人の精悍な顔つきが、このときばかりは弱々しく感じられた。

「将来のことかぁ。僕も正直言って、何も見えないかな。いや、不安でしかないよ。実は、こないだ、下宿先を見てきたんだ。両親と一緒だったから、半分、旅行気分だったけど、僕があそこで一人で暮らしていくんだと思うと、なんだか辛いような寂しいような気分でさ。本当に、一人でやって行けるのかって思うと、僕も不安でいっぱいだよ」

「そっ、そうだったかぁ。それなら、俺、亮太に調子のいいことを言っちゃったな。一人暮らしが羨ましいだなんて……」

「そんなことはないよ。一人暮らしをしようと決めたのは僕だからね。中学校のときの部活をたった一週間でやめたように、僕は何をやっても駄目で、長続きしないんだ。それでいて、何か新しいことを勧められても、また失敗しちゃうんじゃないかって考えてしまってさ、それで二の足を踏んでばかりいた。今まで、甘えていたんだと思う。辛いことから逃げてもどうにかなるってさ。それができたのは、両親があれこれ手をまわしてくれていたからなんだ。ほら、うちの両親、学校の先生をしているでしょ。僕が躓きそうなことはわかっていたから、それを前もって取り除いたり、違う方向に僕を進めようとしたりしてくれていた。その気持ちは、わからないでもなかったけど、僕はそれがものすごく嫌だった。だから、自分から地方の大学に行きたいと言い出して、親元を離れようとしていたんだけどさ。でも、いざそのときが近づいてみたら……」

 そこまで話したところで、隼人は立ち上がって僕の肩をポンと叩くと、「まぁ、落ち着けよ。炭酸のドリンクでいいな」と断って、ドリンクバーに向かった。僕が飲んだ空のコップも持っていたので、お替わりのドリンクを入れてきてくれるのだろう。

「ようちゃん、すごいね。三回も続けてストライクを取るなんて」

「まっ、単なる偶然だよ」

 ぼんやりと隣のカップルが楽しんでいる姿を眺めていたら、

「はい、メロンソーダー」

 と言って、鮮やかな緑色の液体が入ったグラスを、隼人が差し出してきた。それを受け取りながら、僕は軽く頭を下げる。

「さっきの話の続きだけどな。亮太、覚えていないか。中学三年のときの、クラス対抗のリレーのことを」

「あぁ、あのリレーのことかぁ」

 僕がそう答えたあのリレーとは、中学三年生の体育祭のときに行われた、全員参加のリレーだった。当時の生徒会の役員たちが、各クラスが一丸となって参加できるイベントをしようと企画して、よりによって僕の苦手なリレーに白羽の矢が立ったのだった。

 企画した生徒会としては、体育祭を盛り上げるための単なるイベントのつもりだったのだろうが、クラス対抗となれば話は別で、いつしか同じ学年の六クラスが互いにしのぎを削るようになっていた。

 僕たちが在籍していたのは、三年五組。走る順番を決める段になって、クラス委員の女子生徒が、公平性をきたすためにくじ引きで走順を決めようと言い出したのだ。リレーとなれば、だいたいは最後の方に足の速い生徒を持ってくるもの。その方が、最後に逆転する可能性が残されていて、リレーがより一層盛り上がる。そのことを盾に、クラスの男子たちがくじ引きで走順を決めるという案に反対していたが、クラス委員の有無を言わせぬ態度に、最後は折れた形となった。

 真ん中くらいの走順で、順位をそのままキープするか、一つか二つくらい順位を落とすくらいで、無難に走り抜けようと考えていた僕にまわってきたのは、なんとアンカー。それにはさすがに、クラスの男子たちは「亮太がアンカーなら、俺たちは絶対に勝てないよ」と口々に嘆いていたが、先に動き出したのは女子生徒たちだった。休み時間にグラウンドに出て、バトンパスの練習を始めたのだ。それには、出遅れた男子たちも徐々にお尻に火が着いた格好になっていき、いつしか放課後に校舎裏で猛練習が始まったのだった。放課後のグラウンドは部活動が使っていたので、僕たちが見つけた練習コースは校舎裏のジグザグコース。

「あのとき、亮太、まさかのアンカーを走ることになって、毎日夢中で練習していたよな」

 そう言って、隼人はグラスに注いだレモンスカッシュを半分ほど、一気に飲み干した。

「あぁ、そうだったね。隼人が僕の練習に付き合ってくれたから……」

 そうそう、隼人は毎日、部活を抜け出してきて、校舎裏で何本も走る僕に付き添ってくれた。「もっと腕を振って」とか「前をしっかり見て」とか、まるで陸上部顧問のような熱の入りようで、僕にアドバイスをしてくれていたっけ。そうして一か月が過ぎた体育祭本番。


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