5.第二章 隼人 エピソード1
両親が休みの週末を利用して、僕は下宿先を探しに行った。初めて降り立った四国の街は、何もかもが新しかった。観光客や地元の人々で賑わいを見せる駅前の通り、行き交う人々が発する方言交じりの言葉、旅行で訪れたのならば特に気にも留めないことでも、僕にとっては一つひとつが新鮮な光景でもあり、不安を掻き立てるものでもあった。
大型の家電量販店に寄って、新生活で必要な物を買い揃えた。冷蔵庫や洗濯機、エアコンにトースターなど、これまで家の中で当たり前に見てきたものを、一から揃える。家電のことはよくわからなかったが、仕事をしながら家事もこなしてきた母が、僕の代わりに選んでくれた。
不動産屋で、僕の下宿先をあたってくれたのは父だった。僕と同じように、父も若い頃に下宿生活を経験していた。あまり大学に近い場所だと、寝坊する癖がついたり遅くまで学生たちが入り浸ったりして何かと心配だからと、わざと少し離れた場所に部屋を見つけてくれた。
大学から自転車で十分の距離は、ある意味で僕にとってはちょうどよかったのかも知れない。毎朝、授業に遅れないように規則正しく生活を送る必要があったし、下宿のアパートのまわりは、僕の実家のように、古い町並みが広がっている。古びた神社の敷地の中を子供たちが駆けまわり、道端では近所の人たち同士が、井戸端会議ならぬ、街角会議に夢中になっている。道行く高齢者たちに誰からともなく声をかけて、さりげなく荷物を持ってあげたりして、人々のつながりのようなものを感じることができた。
学生街には学生街らしいよい一面もあるが、同年代の人たちとはどこか気後れしてしまう、僕のような内気な学生には、人情味のある場所で生活を送った方が、合っているのかも知れない。そのことを父は心得ていて、わざとこの場所に部屋を探してくれていたのだから、自ら家を飛び出そうとしている身でありながら、僕は親のありがたみを感じずにはいられなかった。
そんな場所で下宿を借りることになった訳だから、早くも僕がここに引っ越してくることを歓迎してくれている人が現れた。それは、アパートの大家さんの奥さんだった。とにかく少し話しただけでも人懐っこい人で、ちょうど僕と同じくらいの年齢の息子がいるとかで、話す素振りはまるで肝っ玉母さんって感じだった。
「四月になったら待っとるけんね。元気な顔を見せてじょ」
別れ際に、はちきれんばかりの笑顔でかけてくれたその言葉で、僕は張りつめていた不安の糸が自然に緩まるのを感じた。ここでなら、僕一人でもなんとかやっていけるかも知れない。そう心の中で呟きながら、高速道路を走る車窓から、鳴門海峡の雄大な渦潮を眺めていたのだった。




