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丘の上のこうちゃん  作者: 松山 さくら


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2.第一章 亮太 エピソード1

「亮太、もう少ししたら、遠くに行ってしまうんだよな。ゴールデンウィークにはこっちに帰ってくるのか?」

 ハンドルを握りながら夜の幹線道路を走らせていたのは、中学校時代の友人の隼人だった。

「えっ、うん……多分……」

 声をくぐもらせながら、僕はそう答える。

 その日、しばらく空けることになるからと、自分の部屋の整理をしていたら、スマホが鳴った。隼人からだった。中学三年生のときに同じクラスになって、席が近かったことから急速に仲が深まった友人。他の同級生たちとは、高校に進学すると同時に会う回数が一気に減ってしまったが、この隼人だけは違って、忘れかけた頃にどちらからともなく電話をかけて、互いの家を行き来したり、近所のボウリング場で遊んだりしていた。

 昼間の電話で、隼人が、「それじゃあ、夜に迎えに行くから」と言い残したことには首を傾げてしまったが、その言葉の意味はあたりが暗くなってからわかった。家の前に近づく一台の車のヘッドライト、助手席の窓を開けて、「おう、久しぶりだな。ドライブに行こうぜ」と、運転席から身を乗り出して声をかけてきたのが隼人だった。

 訊けば、進学先の大学を推薦枠で早々と決めた隼人は、車の免許を取るために、教習所に通ったのだと言う。一発合格で免許を得た後は、練習がてらに家の車を乗り回しているとのこと。僕の知らない間に、早々と免許を取ったことも驚きだったけど、颯爽と車を乗り回している姿は、なんだか羨ましくもあった。

 家の車だと話していたけど、よく見れば全国チェーンの珈琲店の空になった容器が二つ、ドリンクホルダーに並んでいる。隼人のことだから、きっと彼女を乗せて、ドライブにでも行ってきたのだろう。

「向こうでは、一人暮らしをするんだろ。羨ましいよ。俺なんて、『大学に行かせてやる代わりに、家から通えるところに決めろ』って、親からうるさく言われていたからね。たまたま部活のサッカーで県の大会まで行ったことがあって、それで推薦枠をもらえたんだ。だから、なんだかんだよくわからないうちに、通う大学が決まっていたって訳で……」

 テールランプの赤い列につかず離れず、車を走らせる隼人。

「僕の方こそ、隼人が羨ましいよ。高校でサッカーをやって、活躍していたんでしょ。僕なんて、中学高校と帰宅部、打ち込めるものは何もないし、これと言ってとりえもない。だから、家を出たかったんだ。なんとなく、今のままでいたら、自分が押しつぶされてしまいそうでさ」

「俺が羨ましいって、本当にそうか。俺なんて、亜矢子の前で格好つけてばかりいるけど、あっ、亜矢子ってのは、今付き合っている彼女。高校のときの同級生だけど、まぁ、それはいいとして、ご飯から洗濯、掃除まで、全部親に世話になりっぱなしだからね。でも、一人暮らしをするってことは、その辺のことも自分でやらないといけないんだろ。まさか、寮に入るって訳ではなさそうだし……」

「あぁ、そうだよ。自分でやらないといけない……」

 無意識のうちに、声のトーンを下げてしまっていた。そうなのだ、隼人が言った通り、これまでは当たり前のようにやってもらっていたことを、自分一人の力でやらないといけないのだ。もちろん、家を離れて下宿をしたいと言い出したときから、その辺のことはわかっているつもりでいた。そのときになったら、なんとか自分でやっていけるだろうと、軽く考えていた。だけど、家で母が鼻歌を歌いながら夕飯を作っている様子や、テレビから漏れる音に耳を傾けながら、手際よく洗濯物を干している姿などを見ていると、果たしてそれらを自分一人でできるのかが、不安になってくる。

 親元を離れてみて、親のありがたみがわかると言うけれど、僕の場合はまだ離れる前からそれを感じてしまっている。内気で物怖じする性格を変えたいと思って、外に出る決断をした訳だけど、外に出ることが決まってしまえば、今度はそのことにあれこれ不安を感じてしまっている。僕って、どこまでも小心者なんだなと、思わずにはいられなかった。

「ちょっと、腹減ったな。牛丼でも食べて行こうぜ」

 フロントガラスの向こうに店の看板を見つけて、隼人が指さす。

「えっ、うん……いいけど……」

 そう来ると思っていた。これまで、隼人と遊びに出かけたときは、必ずと言ってよいほど、何かを食べたいと言い出した。牛丼やうどん、ハンバーガーなど、僕たちが立ち寄るのは全国チェーンのファストフード店ばかり。まぁ、夕食が二回になったとしても、どうってことはなかったのだが、これからはそんな風に気安く誘ってくれる人もいなくなってしまうと思うと、やっぱり気が重たい。

「どうしたんだ、お腹の具合でも悪いのか?」

 訝しそうに視線を向けてくる隼人に、僕は、

「うんん、別に何でもないよ」

 と、答えただけだった。


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