11.第三章 こうちゃん エピソード2
そんなある意味で、僕が誰よりも心を開いていた祖母だったが、昨年、病気で亡くなった。祖母が亡くなったときは悲しくて数日間寝込んでしまい、高校を休んでしまったほどだったが、僕は祖母の遺影に向かって、寂しい気持ちをぶつけた。祖母は、穏やかな表情を浮かべて、僕の気持ちに耳を傾けてくれていた。やがて、十分な時間が経ち、悲しみは感謝の気持ちへと変わっていった。
祖母が過ごしていた部屋は、一階の奥にひっそりと佇んでいる。祖母がいた頃は、毎日のように入っていた部屋。埃臭さと樟脳の匂いが混じった部屋は、僕がこの家の中で唯一、心を落ち着ける場所だった。
祖母が亡くなったとき、なぜか僕は怖くて部屋の中に入れなかった。祖母との温かい思い出に触れて、その祖母がいなくなったことを受け入れるのが、怖かったからかも知れない。
それ以降も、ほとんど入ることのなかった部屋だったが、不意に入ってみたくなった。遠くに行ってしまう前に、祖母との思い出に一区切りをつける意味でも。
締め切った部屋の中は、ひんやりとしていた。祖母の匂いが、かすかに残っている。いつの間に針が止まってしまったのだろうか、主を失った置き時計が寂しげに佇んでいた。
祖母がいつも座っていた炬燵机は、当時のまま残っていた。いつも炬燵に入って向かい合いながら、学校での出来事を話していた机。僕は、ゆっくりと、その中に足を入れてみる。
「大丈夫、亮ちゃんは、素直で優しい子だよ」
祖母が、話しかけてきてくれたような気がして、僕は思わず祖母が座っていた座椅子に目を遣った。背もたれの部分に、窓の外から差し込む太陽の光が当たって、眩しく輝いていた。
「おばあちゃん、ここに座って、毎日、どんなことを考えていたのかな」
心の中でそう呟きながら、僕は見慣れたはずの部屋の中を見わたしてみる。
祖父を早くに亡くしてからは、ずっとこの部屋に籠っていた祖母。決して寂しい気持ちを口に出さずに、僕の前で明るく振る舞ってくれていた。
今は、その祖母がいなくなって、時間が止まってしまったかのようなこの部屋は、僕を感傷的な気分にさせる。
ふと、箪笥の上に、本のようなものが立てかけてあるのが見えた。見覚えのない赤色の本。「何だろう?」と思って立ち上がると、僕はそれを手に取ってみた。
『おもいでのアルバム』と題されたそれは、僕が通っていたらしい保育園の卒園アルバムだった。小学校の卒業アルバムより、ひとまわり小さなアルバム。小学校から高校までの卒業アルバムなら、僕の部屋の押し入れの中にしまってあった。どうして、こんなものが祖母の部屋の中に置いてあるのだろう。そう自分に問いかけた僕は、何かに促されるようにページをめくった。
学校のアルバムのように、園児一人ひとりの名前と、一枚の大きな集合写真が載っているページを見つけた。僕の名前はすぐに見つかったが、僕の顔はすぐに見つけられなかった。それでも、名前が書かれた順番を辿って、どうにかこうにか僕の保育園時代の姿を探し出すことができた。今とは違って、ふっくらとした顔つきの気弱そうな男の子。
実は僕、保育園時代の記憶が、まったくないのだ。正確には、小学校一年生の頃までの記憶なのだが……。だから、当時の自分の顔がわからなかった。
誰だって、幼い頃の記憶は意外にも残っていないもの。成長の過程で、古い記憶が新しいものに塗り替えられていくのだろう。だけど、自分がどんなことが好きだったとか、自分のまわりに誰がいたかくらいは、朧気ながら記憶に残っているだろう。僕の場合は、それらがごっそりとそぎ落とされてしまったかのように、思い出そうとしても思い出せないのだ。
まぁ、だからと言って、これまでに不便を感じたことはなかったし、小学校二年生以上の記憶はしっかりと残っていたので、気にも留めていなかったのだが、改めて自分の幼い頃の写真を見てみると、そこに写っているのが間違いなく自分でありながら、自分でないような不思議な感覚に陥ってしまう。
アルバムは、遠足に行った先での様子やお遊戯会、プールや運動会の様子などを、こと細かに記録していた。もちろん、それらを眺めていても、そういうことがあったのかくらいにしか思えなかったが、よく考えてみると、祖母にとっては、そこに写っているものは、しっかりと記憶に焼きついたものであっただろう。いつだったが、「おばあちゃんね、亮ちゃんを毎日、保育園まで送り迎えしていたのよ」と、昔のことを懐かしく振り返っていたことがあった。祖父を早くに亡くした祖母にとって、僕が成長していく様子をそばで見守り続けることは、生きがいだったのかも知れない。
そう思った途端に、僕は「そうか」と閃いた。祖母に病気が見つかってからも、祖母はしばらく自宅で療養していた。いわゆる、死の病だった。自分の死期が近づく中で、祖母がどんなことを考えていたのかは想像もつかないが、昔のことを懐かしく振り返ることはあっただろう。僕は、おばあちゃん子だった。自分で言うのは変だけど、祖母は僕のことを人一倍、可愛がってくれていた。だから、僕が幼かった頃のことを、残された時間の中で振り返っていたとしてもおかしくはない。このアルバムが、祖母の部屋に残っていた理由がわかったような気がした。
そうであるならば、このアルバムは、このまま祖母の部屋に残しておく方がよさそうだ。そう思ってアルバムを閉じかけたとき、一枚の紙がアルバムのページからひらひらと、畳の上に落ちた。
「何だろう?」と思って、拾い上げて見ると、それは写真だった。僕の幼い頃を写した写真。そこに写っているのが僕だとわかったのは、今さっき僕の保育園時代の顔を見ていたから。写真に写っているのは、アルバムの写真に写っていた僕よりも、少し大きい。着ているトレーナーの、テーマパークのキャラクターのイラストには心当たりがなかったから、少なくとも二年生以降の僕ではない。とすると、小学校一年生の頃の僕だろうか。
その写真が不思議だったのは、僕の隣に僕よりも少し背の低い男の子が写っていること。僕たちの後ろに写っている大人二人が両親だということは、女性の今の母とほとんど変わらない顔の輪郭と、立ったときに腰に両腕をあてる父の癖からわかった。
かの有名なテーマパークのエントランスで撮られた写真のようだった。家族で旅行に訪れた先で撮った写真のようだったが、それにしても僕の隣に写っている男の子は誰だろう。
すぐに思いついたのは、従兄だった。父方の従兄、だけど、僕とは三つも齢が離れている。祖母の葬儀のときに数年ぶりに会って、身長の高さに驚いてしまったが、僕の記憶の中に残っているのは、いつも僕が従兄を見上げていたこと。今でも身長が百六十五センチしかない僕は、子供の頃に従兄に会うたびに、身長を少しわけて欲しいと思っていたほどだった。
どうやら、従兄ではなさそう。他に、僕の家族と一緒に旅行に出かけるような男の子に心当たりはなかった。
もう一度、写真に写る男の子の顔をじっくり見たとき、ふとどこかで会ったことのある顔だと思った。遠い昔ではなくて、ごく最近、どこかで見かけたことがあったような……。
その瞬間、僕の頭の中の神経回路に、強烈な電流が走った。
「あっ、こっ、こうちゃん?」
笑ったときに、片えくぼができるふっくらとした丸い顔が、丘の上の公園で見かけたこうちゃんにそっくりだった。
だけど、僕は、浮かんだばかりの考えを否定する。こうちゃんが、僕の子供の頃の写真に写っている訳はないのだ。それではまるで、映画に出てくるようなタイムスリップをしたみたいじゃないか。いやいや、この世の中には、自分に似た顔の人が数人はいると聞いたことがある。他人の空似というものだろうか。そうだ、こうちゃんによく似た子供が、たまたま写真に写り込んでいるだけ。どう考えても無理があったが、そう自分に言い聞かせて、僕はざわめく心を鎮めようとしていた。
気がつけば、僕は手に持っていた写真を落としてしまっていた。再びそれを拾い上げようとしゃがみ込んだとき、写真の裏に、小さな字で何かが書き込まれていることに気づいた。後で見たときに、その写真がいつどこで撮られたものであるかを、わかるようにしていたのだろうか。そこには、特徴的な丸みを帯びた母の字で、こう記されていた。
『アメリカンパークにて 亮太六歳 浩平五歳』
亮太は僕だとして、この男の子が『浩平』と呼ぶのかと思っていたとき、またもや雷に打たれたような衝撃が、僕の身体の中を走った。
「こっ、こうちゃんって、もっ、もしかして、浩平君のこと……」
母が、わざわざ家族写真の裏に、僕と浩平の名前を連ねて書いているということは、僕たちは兄弟だったということか。
もしもそうだったとして、これってどういうことだろう。僕には、弟がいたのだ。その弟は、今はいない。いないと言うよりも、はなからいないものとして、育ってきたのだ。病気で亡くなったのだろうか。それならそうと、正直に言ってくれればいいのに……。どうして、僕に隠す必要があるのだろう。弟がいたのなら、僕だって兄として、きちんと手を合わせて供養したかった。
結局、考えていても何もわからなかった。母に訊いてみるという手もあるにはあったが、僕にこのことをずっと隠していたのだ。旅立つ前に訊いてみて、母との間に余計な波風を立てたくないという思いもあった。
僕は、持っていた写真をアルバムに挟むと、そのまま元あった場所にアルバムを戻した。
いつしか日が傾き始めていた。窓から差し込む西日に照らされて、祖母が座っていた座椅子が黄昏色に輝いていた。




