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血月の新選組――未来が見える俺、人を斬れないのに新選組最強と勘違いされる。吸血鬼の姫だけが俺の秘密を知っている。――  作者: 鷹司 怜


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【第一章 血月編】 第八話 最初の任務

 夜明け前の京都は、不気味なほど静かだった。


 昨夜の騒ぎが嘘のように、町には朝霧が立ち込めている。


 しかし壬生屯所の空気だけは違った。


 庭には全隊士が集められ、誰一人として私語を交わさない。


 土方歳三が隊士たちを見回し、静かに口を開いた。


「昨夜の事件は偶然じゃねぇ。」


 低く響く声に、空気が張り詰める。


「町人が六人殺された。」


「下手人は未だ不明。」


 もちろん、本当の犯人を知っている者は数人しかいない。


 吸血鬼――。


 それは新選組ですら知らない、歴史の裏側に潜む存在だった。


「近藤局長より命令だ。」


 土方は腰の刀へ手を添える。


「今夜より新選組は京都市中の夜警を強化する。」


「一番隊は沖田。」


「二番隊は永倉。」


「三番隊は斎藤。」


 隊士たちが次々と返事をする。


 そして。


「神代。」


 突然、自分の名を呼ばれた。


「はい。」


「お前は総司と組め。」


 周囲がざわつく。


「いきなり一番隊か。」


「副長も思い切ったな。」


 朔夜自身も驚いていた。


「俺で……いいんですか?」


 土方は真っ直ぐ見据える。


「昨日、お前は町人を守った。」


「人を守るために剣を振るう奴なら、一番隊が合ってる。」


 その言葉に沖田が微笑む。


「よろしくお願いします。」


 朔夜も深く頭を下げた。


「よろしくお願いします。」


 こうして、神代朔夜の最初の任務が決まった。


◇ ◇ ◇


 日が暮れる。


 京の町は昼とは別の顔を見せていた。


 提灯の灯が揺れ、料理屋からは酒盛りの笑い声が漏れる。


 その一方で、人通りの少ない路地には重苦しい空気が漂っていた。


「夜は嫌ですね。」


 沖田が静かに呟く。


「昼間は笑っていた町が、急に怖くなる。」


 朔夜は頷いた。


 現代の京都とは違う。


 街灯もない。


 一歩路地へ入れば、闇しかない。


「怖いですか?」


 沖田が尋ねる。


「……はい。」


 朔夜は正直に答えた。


「でも。」


 刀の柄を握る。


「守りたい人がいるから。」


 沖田は嬉しそうに笑った。


「その気持ちを忘れないでください。」


 その時だった。


「助けて!」


 女性の悲鳴。


 二人は同時に駆け出す。


 細い路地。


 一人の娘が壁際へ追い詰められていた。


 目の前には黒い外套を纏った男。


 顔色は死人のように青白く、口元からは鋭い牙が覗いている。


 吸血鬼。


「総司さん!」


「神代さん、女性を!」


「はい!」


 朔夜は娘を庇うように前へ立つ。


 吸血鬼が不気味に笑った。


「新選組か。」


「ちょうどいい。」


「今夜の餌が増えた。」


 地面を蹴る。


 人間離れした速度だった。


(速い!)


 神速眼が発動する。


 未来が見える。


 右から爪。


 次に首筋。


 最後は心臓。


(分かった!)


 朔夜は娘を抱えて横へ飛ぶ。


 その直後。


 沖田の剣が夜を裂いた。


 白い閃光。


 吸血鬼は紙一重で避ける。


「ほう。」


 男が笑う。


「人間にしては速い。」


 沖田は刀を構え直す。


「あなたも。」


「普通の人間ではありませんね。」


 吸血鬼は牙を見せた。


「ならば見せてやろう。」


 その瞬間。


 男の身体が膨れ上がる。


 筋肉が軋み、背中から黒い翼が生えた。


 赤い瞳が月光を浴びる。


 完全な吸血鬼の姿だった。


 娘が悲鳴を上げる。


 朔夜はその肩を抱く。


「大丈夫。」


「俺たちが守る。」


 しかし。


 目の前の敵は、昨夜までの吸血鬼とは明らかに格が違った。


 沖田の表情からも笑みが消える。


「神代さん。」


「はい。」


「これは稽古ではありません。」


「命を懸けます。」


 朔夜も刀を握り直した。


「俺もです。」


 その瞬間。


 吸血鬼が咆哮を上げ、二人へ飛び掛かった――。


夜気を裂くように、吸血鬼が咆哮を上げた。


 漆黒の翼が大きく広がり、石畳を砕く勢いで沖田総司へ襲いかかる。


「神代さん!」


 沖田の声が飛ぶ。


「女性を!」


「はい!」


 朔夜は娘を背中へ庇いながら路地の奥へ押しやった。


「ここから動かないで!」


 娘は震えながら頷く。


 その瞬間、吸血鬼が翼を翻した。


「まずは弱い方から喰らうか!」


 一直線に朔夜へ迫る。


 ――ドクン。


 右目が熱を帯びた。


 神速眼。


 未来が流れ込む。


 右の鉤爪。


 続けて左足で薙ぎ払う。


 最後に牙で首筋を狙う。


(見えた!)


 朔夜は半歩だけ踏み込み、刀の峰で鉤爪を受け流した。


 火花が散る。


 未来どおりだ。


 しかし。


「甘い!」


 吸血鬼は突然、身体を捻った。


 未来にはなかった動き。


「しまっ!」


 鋭い蹴りが朔夜の脇腹へ突き刺さる。


 身体が宙へ浮き、石畳を転がった。


「ぐっ……!」


 肺から空気が抜ける。


 息ができない。


 沖田がすぐさま間へ割って入る。


 キィンッ!


 二本の刃が激しくぶつかり合う。


「総司さん!」


「大丈夫です。」


 沖田は微笑んだ。


 だが、その額には汗が滲んでいる。


 相手は間違いなく強敵だった。


「神代さん。」


 剣を交えたまま沖田が言う。


「未来を見るだけでは勝てません。」


「……!」


「大切なのは。」


 鍔迫り合いのまま沖田は静かに笑う。


「相手の心を読むことです。」


 次の瞬間だった。


 沖田が半歩退く。


 吸血鬼は勝機と見て飛び込んだ。


 だが、それこそが沖田の狙いだった。


 一閃。


 白い軌跡が夜を走る。


 吸血鬼の右腕が宙を舞った。


「がああぁぁっ!」


 絶叫。


 黒い血が石畳へ飛び散る。


 朔夜は目を見開いた。


(今のは……。)


 未来を読んだわけじゃない。


 沖田は相手の「焦り」を読んだのだ。


 だから勝てた。


 沖田は静かに刀を構え直す。


「剣は、人の心を映す鏡です。」


「怒り。」


「恐怖。」


「焦り。」


「そのすべてが動きになる。」


 その言葉が朔夜の胸へ深く刻まれる。


 未来ではない。


 心を見る。


 それが沖田総司の剣。


 その時だった。


 吸血鬼が狂ったように笑い始めた。


「くくく……。」


「なるほど。」


「だから貴様が"天才剣士"と呼ばれるわけか。」


 黄金色の瞳が怪しく光る。


「だが。」


「これならどうだ。」


 吸血鬼が大きく息を吸い込む。


 黒い瘴気が口元へ集まった。


「総司さん!」


 夜羽が叫ぶ。


「避けて!」


 黒い奔流が放たれる。


 地面を焼きながら一直線に沖田へ迫る。


 避けられない。


 その未来を神速眼が映した。


 沖田が倒れる。


 血が流れる。


 その未来だけは。


(変える!)


 朔夜は迷わなかった。


 全力で駆ける。


 沖田の背を突き飛ばし、自らが前へ飛び出した。


 轟音。


 黒い衝撃が身体を飲み込む。


「神代!」


 沖田の叫びが響く。


 熱い。


 痛い。


 身体中が焼ける。


 それでも。


(守れた。)


 その時だった。


「朔夜!」


 夜羽の声。


 彼女が一直線に飛び込み、銀色の短刀を吸血鬼の胸へ突き立てた。


「これ以上!」


「誰も傷つけさせない!」


 吸血鬼は悲鳴を上げる。


 胸から白い煙が噴き出した。


「ぐあああぁぁ!」


 夜羽は震えながらも刃を押し込む。


「眠って……。」


「もう苦しまなくていい。」


 その言葉には憎しみではなく、慈しみがあった。


 吸血鬼の身体が灰となって崩れ落ちる。


 静寂。


 夜風だけが吹き抜けていく。


 沖田は朔夜へ駆け寄った。


「大丈夫ですか!」


「なんとか……。」


 苦笑する朔夜を見て、沖田はほっと息をつく。


「無茶をしましたね。」


「でも。」


 少し照れたように笑った。


「ありがとうございました。」


 その時、土方たちも現場へ到着する。


 周囲を見渡し、崩れた灰を見つめる。


「終わったか。」


 沖田が頷いた。


「神代さんのおかげです。」


 土方は黙って朔夜を見る。


 そして。


「初任務、ご苦労だった。」


 それだけ言うと踵を返した。


 だが去り際、小さく呟く。


「少しは隊士らしくなったな。」


 その一言に、朔夜は思わず笑みを浮かべた。


 認められた。


 まだ半人前でも。


 新選組の一員として。


 夜羽はそっと隣へ並ぶ。


「今日は……ありがとう。」


 朔夜は首を振る。


「礼を言うのは俺の方だ。」


「一緒に戦ってくれて。」


 夜羽は小さく微笑む。


 その笑顔は、初めて心から浮かべたものだった。


 しかし、その様子を遠くの屋根から見つめる影があった。


 黒い外套。


 黄金の瞳。


 カインだった。


「面白い。」


 口元がゆっくりと歪む。


「未来を見る少年。」


「人を愛する吸血鬼の姫。」


「そして、新選組。」


 夜空の血月を見上げる。


「役者は揃った。」


「次は……池田屋だ。」


 その不吉な言葉だけを残し、カインは無数の蝙蝠となって夜空へ消えた。


 朔夜たちはまだ知らない。


 この夜の戦いは、これから始まる歴史の闇への、ほんの序章に過ぎなかったことを――。

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