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血月の新選組――未来が見える俺、人を斬れないのに新選組最強と勘違いされる。吸血鬼の姫だけが俺の秘密を知っている。――  作者: 鷹司 怜


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【第一章 血月編】 第七話 吸血鬼の姫

 夜の帳(よるのとばり)が、ゆっくりと京都を包み始めていた。


 西の空に沈む夕日が朱く町並みを染め、やがて、その色さえ飲み込むように闇が広がっていく。


 壬生屯所では、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。


 しかし、その静寂を破る声が響く。


「神代!」


 土方歳三だった。


 朔夜は急いで庭へ駆け出す。


「はい!」


 土方は腕を組み、険しい表情で立っている。


 その周囲には沖田総司、斎藤一、永倉新八、原田左之助らが集まっていた。


「昨夜、三人。」


 土方が低い声で言う。


「今朝、二人。」


「町人が首筋を噛まれて死んでいる。」


 空気が張り詰める。


 沖田が静かに続けた。


「傷口は刀ではありません。」


「まるで獣に噛まれたような……。」


 朔夜は拳を握る。


(始まった。)


 吸血鬼による連続殺人。


 歴史書には決して記されない、血月の夜だけに起きる事件。


 カインが動き始めた証拠だった。


「神代。」


 土方が真っ直ぐ見据える。


「お前、何か知っているな。」


 その視線は鋭い。


 すべてを見透かすようだった。


 朔夜は迷う。


 吸血鬼の存在を話すべきか。


 しかし信じてもらえる保証はない。


 その時だった。


 ――ドクン。


 右目が疼く。


「っ!」


 神速眼。


 視界が赤く染まった。


 石畳。


 赤い鳥居。


 倒れた少女。


 白い着物。


 そして――。


「夜羽!」


 未来の中で朔夜は叫んでいた。


 少女を囲む黒衣(くろご)の吸血鬼たち。


 一人。


 二人。


 三人。


 いや、それ以上だ。


 夜羽は一人で戦っていた。


 銀色の刀を振るいながら。


 だが数が違う。


 肩を裂かれ、腕から血が流れる。


 それでも彼女は退かなかった。


「逃げて……。」


 未来の夜羽が微笑む。


「あなたまで……死んじゃう。」


 そこで映像は途切れた。


「神代!」


 沖田が肩を支える。


「また未来ですか?」


 朔夜は荒い息を吐いた。


「夜羽が危ない。」


「場所は?」


伏見稲荷(ふしみいなり)……。」


 その名を口にした瞬間だった。


 屋根の上から小さな影が飛び降りた。


「来ないで!」


 夜羽だった。


 月明かりに照らされた銀髪が風になびく。


 紅い瞳は悲しみに揺れていた。


「夜羽!」


 朔夜が駆け寄ろうとする。


 しかし彼女は一歩後ろへ下がる。


「近付かないで。」


「お願いだから。」


「どうして!」


 夜羽は唇を噛んだ。


「私は……。」


 震える声。


「吸血鬼だから。」


 沈黙。


 誰も言葉を発せない。


 夜羽は俯いたまま続ける。


「人間と一緒にいてはいけない。」


「みんな不幸になる。」


 その姿は、昨夜までの気丈な姫ではなかった。


 一人の、孤独な少女だった。


 朔夜は静かに一歩踏み出す。


「違う。」


「え……?」


「俺は昨日、お前に助けられた。」


「それに。」


 朔夜は優しく笑う。


「吸血鬼だから嫌いになるほど、俺は狭い人間じゃない。」


 夜羽の瞳が揺れる。


「でも……。」


「みんな私を化け物って呼ぶ。」


「怖がる。」


「逃げる。」


 その一言一言が胸に刺さる。


 二百年以上。


 彼女はずっと孤独だったのだ。


 人間にも。


 同族にも。


 居場所を失って。


 ただ一人で戦い続けてきた。


「夜羽。」


 朔夜は静かに手を差し伸べた。


「一人で抱え込むな。」


「俺がいる。」


 その言葉を聞いた瞬間。


 夜羽の頬を涙が伝った。


「どうして……。」


「どうしてそんなに優しいの?」


 朔夜は苦笑する。


「優しくなんかない。」


「守りたいだけだ。」


「大切な人を。」


 夜羽は息を呑む。


 胸が苦しい。


 吸血鬼になって初めて感じる温もり。


 人の言葉で涙が止まらなくなるなんて、思ってもみなかった。


 その時――。


 ドォンッ!!


 京都の夜空に爆発音が響いた。


 続いて悲鳴。


「きゃあああ!」


「助けて!」


 沖田が刀を抜く。


「来ました。」


 土方の瞳が鋭く光る。


「総司、神代!」


「現場へ向かうぞ!」


 その瞬間、夜羽の表情が変わった。


「だめ!」


 叫ぶ。


「これは罠!」


「カインが……。」


 しかし、もう遅かった。


 町の上空を覆う無数の黒い影。


 蝙蝠の群れ。


 その中心に、一人の男が立っていた。


 黄金の瞳。


 黒い外套(がいとう)


 静かな笑み。


「久しいな。」


 男は夜羽だけを見つめる。


「我が姫。」


 夜羽の顔から血の気が引いた。


「……カイン。」


 京都の夜に、吸血鬼の王が姿を現した――。


 京都の夜空を覆う無数の蝙蝠。


 その中心から、一人の男がゆっくりと舞い降りた。


 黒い外套が夜風になびく。


 月光を浴びた黄金の瞳は、人ではない妖しい輝きを放っていた。


「久しいな、夜羽。」


 男は穏やかに微笑む。


 しかし、その笑みには温もりが一切なかった。


「……カイン。」


 夜羽の唇が震える。


 その名を聞いた瞬間、沖田総司は静かに刀へ手を添えた。


 土方歳三も一歩前へ出る。


「知り合いか。」


 夜羽は苦しそうに目を閉じた。


「私を……吸血鬼にした人です。」


 その一言で、空気が凍り付く。


 朔夜は思わず夜羽を見つめた。


「違う。」


 カインは小さく笑う。


「私はお前に永遠を与えた。」


「人は老い、病に倒れ、必ず死ぬ。」


「だが吸血鬼は違う。」


「永遠に美しく、永遠に強く生きられる。」


 夜羽は首を振る。


「それは呪いよ。」


 その声は震えていた。


「家族も。」


「友達も。」


「大切な人も。」


「みんな私より先に死んでいった。」


 静かな涙が頬を伝う。


「私は……。」


「ずっと一人だった。」


 朔夜は胸が締め付けられた。


 二百年以上。


 少女の姿のまま。


 誰にも心を開けず、生き続けてきた。


 その孤独は想像すらできない。


 カインはため息をつく。


「愚かな。」


「孤独なのは、お前が人間を愛したからだ。」


「我らは支配する側。」


「人間など家畜に過ぎん。」


「違う!」


 夜羽が叫ぶ。


「人間は生きてる!」


「笑って!」


「泣いて!」


「誰かを愛して!」


「だから私は守る!」


 その瞳に宿る強い光を見て、朔夜は確信した。


 夜羽は吸血鬼でありながら、人間よりも人間らしい。


 だからこそ、彼女は孤独だった。


「面白い。」


 カインが静かに笑う。


「ならば証明してみせろ。」


 指を鳴らす。


 その瞬間。


 闇から十数体の吸血鬼が姿を現した。


 赤い瞳。


 鋭い牙。


 人間離れした速度で一斉に襲い掛かる。


「総司!」


 土方が叫ぶ。


「町人を守れ!」


「はい!」


 沖田が駆ける。


 その剣はまるで白い閃光だった。


 一瞬で二体を斬り伏せる。


 斎藤も無言で敵を迎え撃つ。


 永倉と原田が町人を逃がしながら戦線を支えた。


 朔夜も刀を抜く。


(守る。)


(俺は人を斬れない。)


(でも……。)


 目の前では幼い子どもが泣いている。


 吸血鬼が牙を剥き、飛び掛かった。


「危ない!」


 右目が熱を帯びる。


 未来が見える。


 子どもが噛まれる未来。


 ならば。


「変える!」


 朔夜は飛び込んだ。


 刀ではなく、峰で吸血鬼の腕を打ち払う。


 体勢を崩した敵を、沖田が一閃。


 鮮やかな連携だった。


「ありがとうございます!」


 沖田が笑う。


 朔夜も笑い返した。


「人は斬れません。」


「でも守れます。」


 その言葉に、沖田は力強く頷いた。


「それで十分です。」


 夜羽は二人を見つめる。


 胸の奥が熱い。


 今まで信じられなかった。


 人間が吸血鬼を助けるなんて。


 でも。


 朔夜だけは違う。


「夜羽!」


 朔夜が叫ぶ。


「一緒に戦おう!」


 夜羽は涙をぬぐう。


「……うん。」


 その返事には、迷いがなかった。


 二人は並んで駆け出す。


 一人では越えられなかった闇へ。


 未来を変えるために。


 それを見たカインは、不敵に笑った。


「やはり面白い。」


「未来を見る少年。」


「裏切り者の姫。」


「ならば、もっと絶望を見せてやろう。」


 黄金の瞳が妖しく輝く。


 その瞬間、京都全域に血のような赤い月光が降り注いだ。


 夜空の血月が、大きく脈打つ。


 ドクン――。


 朔夜の右目も同時に疼いた。


 見えた未来は、一つではなかった。


 燃える池田屋。


 倒れる沖田。


 血に染まる土方。


 そして。


 夜羽が、自らの胸へ刀を突き立てる姿。


「やめろぉぉぉ!」


 叫び声とともに未来は砕け散る。


 息を切らしながら夜羽を見る。


 彼女はまだ生きている。


 笑っている。


 だが、その未来は確かに存在した。


(俺が変える。)


(絶対に。)


(誰も死なせない。)


 その決意が、神速眼をさらに強く輝かせる。


 一方、カインは闇へ溶け込むように姿を消した。


「今宵は挨拶だけだ。」


「次に会う時がお前たちの終わりだ。」


 無数の蝙蝠が夜空へ散る。


 静寂が戻った京都。


 夜羽は朔夜の隣へ歩み寄る。


 少し照れたように微笑み、小さく呟いた。


「ありがとう。」


「私を……一人にしないでくれて。」


 朔夜も笑う。


「約束する。」


「もう、お前は一人じゃない。」


 その約束が、二人を結ぶ最初の絆となった。


 しかし誰も知らない。


 その約束が、やがて歴史そのものを揺るがすことになるとは――。

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