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血月の新選組――未来が見える俺、人を斬れないのに新選組最強と勘違いされる。吸血鬼の姫だけが俺の秘密を知っている。――  作者: 鷹司 怜


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【第一章 血月編】 第四話 壬生屯所

京都の夜明けは静かだった。


東の空がゆっくりと白み始める。


橋での戦いから一夜。


神代朔夜は、新選組隊士たちに囲まれながら壬生の屯所へ向かっていた。


石畳を踏む草履の音が規則正しく響く。


昨夜の騒ぎが嘘だったかのように、京の町は朝の支度を始めていた。


豆腐屋の呼び声。


井戸端で洗濯をする女たち。


湯気の立つ味噌汁の香り。


現代では味わえない穏やかな朝だった。


「眠そうですね。」


隣を歩く沖田総司が笑う。


「昨夜は眠れませんでしたか?」


「……正直に言えば。」


朔夜は苦笑した。


「目が覚めたら幕末で、新選組に囲まれていましたから。」


「それはそうですね。」


沖田も小さく笑う。


「私でも眠れません。」


二人は顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。


その様子を前を歩く土方歳三が振り返る。


「総司。」


「はい。」


「気を許すな。」


「まだ素性も分からねぇ男だ。」


「承知しています。」


そう答えながらも、沖田の表情は穏やかだった。


朔夜は気づく。


沖田は誰に対しても優しい。


だが、それは甘さではない。


人を見る目を持っているからこその優しさだった。


やがて一行は、大きな門の前で立ち止まる。


木造の堂々たる建物。


朝日に照らされる瓦屋根。


門には力強く墨で書かれていた。


「壬生屯所」


朔夜は思わず息を呑む。


歴史の教科書でしか見たことがない場所。


数々の志士が訪れ、新選組の隊士たちが笑い、怒り、酒を酌み交わした場所。


その空気が、今もここに生きていた。


「副長、お帰りなさい!」


門番の若い隊士が深々と頭を下げる。


「昨夜の騒ぎは?」


土方が短く尋ねた。


「町方にも怪我人はおりません。」


「そうか。」


それだけ言って土方は門をくぐる。


その瞬間――。


「お帰り、副長!」


威勢のいい声が庭中に響いた。


振り返ると、筋骨隆々の男が大股で歩いてくる。


日に焼けた顔。


豪快な笑み。


肩に木刀を担ぎ、まるで祭り好きの若者のような雰囲気だった。


「おっ?」


男は朔夜を見るなり目を丸くする。


「見慣れねぇ顔だな!」


「誰だ、この兄ちゃん!」


「原田左之助。」


土方がため息混じりに言う。


「朝から騒ぐな。」


「いいじゃねぇか!」


原田は豪快に笑いながら朔夜の肩を叩いた。


「俺は原田左之助だ!」


「よろしくな!」


あまりの勢いに朔夜は一歩よろける。


「は、はい……。」


その様子を見て庭のあちこちから笑い声が上がった。


「左之さん、また脅かしてる。」


縁側から声がする。


眼鏡を掛けた穏やかな青年が、本を閉じて立ち上がった。


「初めまして。」


柔らかな笑顔。


どこか学者のような雰囲気を持つ男だった。


「山南敬助です。」


「どうぞよろしく。」


その物腰に朔夜は自然と頭を下げる。


「神代朔夜です。」


「神代さんですか。」


山南は優しく微笑んだ。


「いい名前ですね。」


その一言だけで、不思議と緊張がほどける。


「山南さん!」


原田が笑う。


「また人の懐に入るのが早ぇ!」


「左之さんほどではありませんよ。」


そんな何気ないやり取りに、屯所の空気の温かさを感じた。


ここは人斬り集団ではない。


笑い合い、支え合う仲間たちの居場所だった。


その時だった。


「副長。」


低い声が聞こえる。


庭の木陰から、一人の男がゆっくり歩いてきた。


背は高くない。


だが、放つ気配が違う。


感情の読めない鋭い瞳。


腰には一本の刀。


無駄な動きは一切ない。


朔夜は直感する。


――この人が、一番強い。


男は朔夜を一瞥しただけで言った。


「……異質だな。」


短い一言。


しかし、その言葉だけで朔夜の背中を冷たい汗が流れる。


沖田が静かに紹介した。


「斎藤一です。」


「三番隊組長。」


斎藤は黙ったまま朔夜を見つめる。


まるで剣ではなく、人の本質を見抜くような視線だった。


そして、小さく呟く。


「この男。」


「血の匂いがしない。」


その場の空気が、一瞬で張り詰めた。


隊士たちの笑顔が消える。


土方も眉をひそめる。


朔夜自身も意味が分からなかった。


だが斎藤だけは確信しているようだった。


「……戦場を知らない目だ。」


その言葉が、朔夜の胸に深く突き刺さった。


「……戦場を知らない目だ。」


 斎藤一の一言が、静かな庭に落ちた。


 隊士たちの笑い声が止む。


 神代朔夜は思わず息を飲んだ。


 図星だった。


 剣道は続けてきた。


 全国大会を目指したこともある。


 だが、それは竹刀を交える競技だ。


 命を奪う剣ではない。


 人を斬ったことも、戦場に立ったこともない。


 斎藤は、それを一目で見抜いたのだ。


「面白いな。」


 低く笑ったのは土方歳三だった。


「一なら、そう言うと思った。」


「副長。」


「こいつは人を斬ったことがねぇ。」


 土方は朔夜へ視線を向ける。


「だが昨日、お前は町人を守るために命を張った。」


「……。」


「普通の人間にゃできねぇ。」


 その言葉に、朔夜は胸の奥が熱くなる。


 土方はまだ信用していない。


 それでも、自分を見てくれている。


 その時だった。


「はっはっは!」


 庭中に響く豪快な笑い声。


 隊士たちが一斉に振り返る。


「局長!」


 門の奥から、一人の男がゆっくり歩いてきた。


 堂々とした体格。


 優しい目。


 日に焼けた顔。


 決して派手ではない。


 だが、その場に立っただけで空気が変わる。


 誰もが自然と背筋を伸ばえていた。


 朔夜は直感する。


(この人が……。)


 近藤勇。


 新選組局長。


 男は穏やかに笑った。


「君が神代朔夜君か。」


 声は驚くほど優しい。


「昨日のことは総司から聞いた。」


 近藤はゆっくり近付いてくる。


「町人を守ってくれたそうだね。」


「いえ……。」


「ありがとう。」


 その一言だった。


 朔夜は言葉を失う。


 疑われると思っていた。


 責められると思っていた。


 だが最初に返ってきたのは、感謝だった。


「守る者は違えど。」


 近藤は微笑む。


「人を守ろうとする心は同じだ。」


 その言葉に、庭の空気が柔らかくなる。


 原田左之助が大きく頷いた。


「局長らしいな!」


 山南敬助も優しく笑う。


 沖田総司はどこか誇らしげだった。


 土方だけは腕を組んだまま黙っている。


 近藤は朔夜を見つめた。


「君に一つ聞きたい。」


 静かな声だった。


「君は、何のために剣を握る?」


 朔夜は答えられなかった。


 何のため。


 学生時代は試合に勝つためだった。


 社会人になってからは、趣味として続けていただけだ。


 だが今は違う。


 橋の上で見た未来。


 泣いていた夜羽。


 守れなかった命。


 胸の奥から、一つの答えが浮かぶ。


「……守るためです。」


 近藤は黙って聞いている。


「もう二度と。」


 朔夜は拳を握る。


「大切な人を失いたくありません。」


 庭が静まり返る。


 近藤はゆっくり目を閉じ、小さく頷いた。


「そうか。」


 そして笑った。


「なら、新選組と同じだ。」


 朔夜は顔を上げる。


「新選組も。」


 近藤は京の町を見つめる。


「この町を守るために剣を振るう。」


「誤解されても。」


「嫌われても。」


「守るべきもののためなら構わない。」


 その言葉には、一切の迷いがなかった。


 朔夜は胸を打たれる。


 この人だから皆が付いていくのだ。


 この人だから、新選組は一つになれるのだ。


 その時だった。


 ――キィン。


 右目に鋭い痛みが走る。


「っ!」


 視界が揺らぐ。


 世界が白く染まる。


 未来が流れ込んできた。


 血。


 炎。


 燃え盛る屯所。


 倒れる隊士たち。


 そして。


 近藤勇の胸を、一振りの刀が貫いていた。


『朔夜……。』


 近藤が微笑む。


『皆を……頼む。』


「やめろっ!」


 朔夜は叫びながら現実へ戻った。


 庭中の視線が集まる。


「神代君?」


 近藤が心配そうに近寄る。


 朔夜は荒い息を繰り返した。


(また未来だ……。)


(局長が……死ぬ。)


 知っている。


 歴史を。


 近藤勇は、やがて処刑される。


 でも今見た未来は、それだけではない。


 もっと早い。


 もっと残酷な死だった。


 誰かが歴史を変えようとしている。


 そして、その誰かは――。


 門の外。


 屋根の上。


 一人の黒い影が、壬生屯所を静かに見下ろしていた。


 黄金の瞳が妖しく輝く。


「始まったか。」


 カインは静かに笑う。


「神速眼。」


「そして、新選組。」


「すべては血月の夜へ繋がる。」


 その姿は風と共に消えた。


 一枚の黒い羽だけを残して。

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