【第三章 千年の約束】 第三十八話 最後の剣
血月城が、悲鳴を上げていた。
天井から石が崩れ落ち、壁には無数の亀裂が走っている。
赤黒い月光が玉座の間へ差し込み、その中央で、二つの力が激しくぶつかり合っていた。
月夜の黄金の光。
九条羅刹の漆黒の闇。
互いが互いを飲み込もうとする。
「うあああああっ!」
月夜は刀を握りしめた。
始祖の血が全身を駆け巡る。
身体が熱い。
心臓が焼けるようだった。
それでも、刀だけは離さない。
「まだ……終わってない!」
九条が魔剣を振り下ろす。
轟音。
月夜の足元が砕ける。
「無駄だ!」
九条の瞳が赤く輝く。
「お前の力では、私には届かぬ!」
月夜の身体が吹き飛ばされる。
「月夜さん!」
沖田総司が駆け出した。
しかし、その身体もすでに限界だった。
胸を押さえる。
息が苦しい。
視界が霞む。
それでも沖田は倒れなかった。
「沖田!」
土方歳三が叫ぶ。
「無理するな!」
沖田は振り返り、笑った。
「土方さん。」
「僕、まだやれます。」
「嘘をつくな!」
土方の声が震える。
沖田は少しだけ驚いた顔をした。
そして、優しく笑った。
「……心配してくれてるんですね。」
「当たり前だ!」
土方は拳を握りしめる。
「お前は俺たちの仲間だ!」
沖田は目を伏せた。
「そうですね。」
「僕も……みんなと一緒に帰りたいです。」
その言葉に、近藤勇の胸が締め付けられた。
「なら帰るぞ、総司。」
「はい。」
沖田は頷いた。
だが、その瞬間。
九条が笑った。
「帰る?」
「誰が生きて帰れるというのだ。」
九条の身体から、再び闇が噴き出す。
黒い翼が大きく広がった。
「千年を生きた私に、人間ごときが勝てると思うな!」
魔剣が振り下ろされる。
土方が受け止めた。
「ぐっ……!」
床が沈む。
近藤が横から斬り込む。
九条は腕一本で防いだ。
永倉が背後から迫る。
「新八、行くぞ!」
「おう!」
原田の槍が九条の肩を狙う。
斎藤の剣が足を狙う。
四方からの同時攻撃。
しかし九条は、それすら凌いだ。
「遅い!」
衝撃波。
新選組の男たちが一斉に吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
「近藤さん!」
月夜が叫ぶ。
近藤は倒れながらも立ち上がった。
「大丈夫だ!」
「まだ戦える!」
土方も血を拭った。
「しぶとい連中だ。」
九条が笑う。
「それが人間の強さか。」
土方は刀を構える。
「違ぇな。」
「何?」
「人間の強さは、一人じゃねぇってことだ。」
土方が走る。
近藤が続く。
永倉、原田、斎藤も続く。
五人の剣が一つになる。
「新選組――!」
土方が叫ぶ。
「突撃ィィィッ!」
全員が九条へ斬り込んだ。
九条の魔剣と刀がぶつかる。
火花が散る。
九条の腕に傷が走った。
「……何?」
初めて。
九条が後退した。
月夜は、その瞬間を見逃さなかった。
「今です!」
沖田が頷く。
「はい!」
沖田は走った。
世界が静かになる。
音が消える。
時間さえ止まったように感じた。
沖田総司の得意とする、神速の剣。
一歩。
二歩。
そして――。
三段突き。
「ぐっ……!」
九条の胸に、沖田の刀が突き刺さる。
九条の目が見開かれた。
「人間が……!」
沖田は刀を押し込む。
「僕は……。」
血が口から溢れる。
「人間だからこそ……。」
刀をさらに深く突き立てる。
「守りたいんです!」
九条が咆哮する。
闇の力が爆発する。
沖田の身体が吹き飛ばされた。
「沖田さん!」
月夜が駆け寄る。
沖田は倒れていた。
胸元には深い傷。
それでも、目は開いている。
「月夜さん……。」
「はい!」
「今です。」
沖田は震える手で刀を差し出した。
「この刀を。」
「最後の一太刀は……あなたに。」
月夜は首を横に振る。
「できません。」
「私には……。」
「できます。」
沖田は微笑んだ。
「あなたはもう、始祖の娘じゃない。」
「僕たちの仲間です。」
月夜の目から涙が落ちる。
沖田は続けた。
「だから……。」
「僕たちの想いを、全部持っていってください。」
月夜は震える手で刀を受け取った。
「……約束します。」
立ち上がる。
九条は胸の傷を押さえながら笑った。
「その程度の傷で、私を倒せると思うか?」
「倒すのは……私です。」
月夜の黄金の瞳が輝く。
「そして、あなたを殺すためじゃない。」
「終わらせるためです。」
九条の表情が変わった。
「何を言っている。」
「千年前の約束です。」
月夜は刀を構える。
「あなたは、人間を憎むことで約束を守ろうとした。」
「でも、それは違う。」
「約束は……次の世代へ渡すものです。」
九条は魔剣を振り上げる。
「黙れ!」
月夜も走る。
黄金の光と漆黒の闇が正面から激突した。
轟音。
血月城の窓が一斉に砕ける。
赤い月が、二人を照らす。
九条の魔剣が月夜の肩を切り裂く。
血が飛ぶ。
それでも月夜は止まらない。
刀を振る。
九条が防ぐ。
さらに一撃。
また一撃。
月夜は一歩も退かなかった。
「なぜ……!」
九条が叫ぶ。
「なぜ立てる!」
「一人じゃないから!」
月夜は叫び返した。
「近藤さんがいる!」
「土方さんがいる!」
「斎藤さんも!」
「永倉さんも、原田さんも!」
そして――。
倒れている沖田を見る。
「沖田さんがいる!」
刀を振り抜く。
「だから私は負けない!」
九条の魔剣が砕けた。
パキィィン――。
千年の時を生きた王が、初めて膝をつく。
「……ありえぬ。」
九条の身体から闇が消えていく。
「私は……千年……。」
月夜は刀を下ろした。
「終わりです。」
九条は月夜を見上げた。
その瞳には、憎しみではなく――。
どこか懐かしむような色があった。
「……あの娘も。」
九条が呟く。
「お前と同じ目をしていた。」
月夜は静かに頷く。
「知っています。」
「だから。」
月夜は刀を納めた。
「もう、誰も同じ悲しみを繰り返さない。」
九条は目を閉じた。
そして、小さく笑った。
「……千年も待った甲斐が、あったのかもしれぬな。」
その身体が光に包まれる。
闇が消える。
血月城を覆っていた赤い光も、ゆっくりと薄れていく。
九条羅刹は、千年の時を終えた。
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「沖田さん!」
月夜が駆け寄る。
沖田は目を開けた。
「……終わりましたか?」
「はい。」
「そうですか。」
沖田は安心したように笑った。
「じゃあ……帰れますね。」
「はい。」
月夜は涙を流しながら頷く。
「みんなで帰りましょう。」
土方が近づいてくる。
沖田の肩を支えた。
「ほら。」
「帰るぞ、総司。」
「はい。」
近藤も笑う。
「新選組は、まだ終わっていない。」
永倉が刀を肩に担ぐ。
「腹減ったな。」
原田が笑う。
「お前はいつもそれだ。」
斎藤も僅かに口元を緩めた。
その時。
血月城の最上階から、一本の光が空へ昇った。
赤い月が消える。
代わりに――。
朝日が昇り始めた。
長かった夜が終わる。
千年続いた約束も、終わった。
けれど。
それは別れではない。
新しい時代の始まりだった。
月夜は昇る朝日を見つめる。
そして、静かに笑った。
「沖田さん。」
「なんですか?」
「桜を見に行きましょう。」
沖田は少し驚いたあと、笑った。
「……はい。」
「約束ですよ。」
その言葉を聞いた土方は、空を見上げた。
桜の季節は、もうすぐそこまで来ていた。
誰もが、未来を知らない。
それでも歩いていく。
守るために。
生きるために。
そして――。
もう一度、春に咲く桜を見るために。




