【第三章 千年の約束】 第三十七話 千年の約束
――ガキィィィン!
血月城の玉座の間に、鋭い金属音が響き渡った。
月夜の刀と、九条羅刹の魔剣。
二つの刃が激しくぶつかり合う。
押し返されたのは、月夜だった。
「くっ……!」
身体が宙へ浮き、床を数間滑る。
沖田総司がすぐに前へ出た。
「月夜さん!」
「大丈夫です!」
立ち上がる。
だが、右腕が震えていた。
九条は微動だにしていない。
「弱いな。」
冷たい声だった。
「始祖の血を受け継ぎながら、その程度か。」
月夜は刀を握り直す。
「私は……あなたのようにはなりません。」
「何?」
「力だけが強くても、人を傷つけるだけなら意味がない。」
九条は鼻で笑った。
「人間に毒されたか。」
「そうかもしれません。」
月夜は答えた。
「でも、それでいい。」
その瞬間、九条の表情が僅かに変わった。
「……その言葉。」
「誰に教えられた?」
「みんなです。」
月夜の脳裏に、近藤の笑顔が浮かぶ。
土方の厳しい声。
永倉と原田の豪快な笑い。
斎藤の静かな眼差し。
そして――。
沖田の優しい笑顔。
「私は、一人ではありません。」
九条は魔剣を構えた。
「ならば、その絆ごと砕いてやろう。」
踏み込む。
速い。
沖田が反応する。
「月夜さん、下がって!」
沖田の刀が魔剣を受け止める。
しかし。
――ズンッ!
衝撃で沖田の身体が後方へ吹き飛ばされた。
「沖田さん!」
壁に叩きつけられる。
血が口元から流れた。
それでも沖田は立ち上がる。
「まだ……です。」
九条が目を細めた。
「なぜ立つ。」
「約束したからです。」
「誰とだ。」
沖田は月夜を見る。
「この人と。」
その時。
九条の魔剣が赤く輝いた。
「約束……か。」
九条の声が低くなる。
「ならば教えてやろう。」
「千年前の約束を。」
玉座の間の壁に、巨大な光が浮かび上がった。
そこに映し出されたのは、千年前の光景だった。
人間と吸血鬼。
互いに武器を捨て、手を取り合っている。
その中央に、一人の少女がいた。
月夜とよく似た少女。
「これは……。」
月夜は息を呑む。
「始祖の娘だ。」
九条が言った。
「お前の祖先だ。」
少女の隣には、一人の人間の青年が立っている。
二人は互いを見つめ、微笑んでいた。
「私たちは、共に生きることを誓った。」
九条の声には、初めて悲しみが混じった。
「だが、人間たちは恐れた。」
「吸血鬼の力を。」
「そして始祖の娘を殺そうとした。」
映像が変わる。
炎。
血。
逃げ惑う人々。
少女を守ろうとする青年。
そして――。
青年が倒れる。
「……やめて。」
月夜が呟く。
「彼女は、絶望した。」
九条は目を閉じる。
「そして私に言った。」
『いつか、人間と吸血鬼が再び手を取り合える日が来るなら――』
『その時まで、あなたが私の代わりに守って。』
月夜は目を見開いた。
「それが……千年の約束?」
「そうだ。」
九条の声が震える。
「私は千年間、待った。」
「だが人間は変わらなかった。」
「だから私は、約束を捨てた。」
月夜は首を横に振った。
「違います。」
「何が違う。」
「約束を捨てたんじゃない。」
月夜は九条を見つめる。
「あなたは……約束を守る方法を間違えただけです。」
九条の瞳が揺れた。
その瞬間。
玉座の間の外から轟音が響いた。
「月夜!」
土方の声だった。
扉が吹き飛ぶ。
土方、近藤、斎藤、永倉、原田が姿を現す。
全員傷だらけだった。
「遅ぇぞ、総司。」
土方が笑う。
沖田も笑った。
「土方さんこそ。」
「まだ死んでなかったんですね。」
「お互い様だ。」
近藤が月夜の隣に立つ。
「一人で背負うな。」
「我々もいる。」
月夜の目に涙が浮かんだ。
「皆さん……。」
九条は、その光景を黙って見つめていた。
千年前。
自分が失ったもの。
それと同じ光景が、目の前にある。
仲間を信じる人間たち。
そして人間を信じようとする始祖の娘。
「……馬鹿な。」
九条は呟いた。
「千年前と同じではないか。」
土方が答える。
「同じじゃねぇ。」
刀を構える。
「今度は、守る奴がいる。」
九条の身体から、凄まじい妖気が噴き出した。
「ならば、私自身が終わらせる!」
城全体が揺れる。
天井が崩れ始める。
赤い月がさらに巨大になる。
九条の身体が変貌していく。
黒い翼。
鋭い牙。
血のような瞳。
「これが……。」
月夜が息を呑む。
「千年を生きた始祖の王……。」
九条が咆哮する。
新選組が一斉に構えた。
「来るぞ!」
土方が叫ぶ。
「新選組――最後の一太刀だ!」
全員が走る。
永倉の剣。
原田の槍。
斎藤の一閃。
近藤の刀。
そして土方の兼定。
五つの刃が九条へ迫る。
だが九条は笑った。
「無駄だ!」
凄まじい衝撃波が放たれる。
隊士たちが吹き飛ばされる。
ただ一人。
沖田だけが立っていた。
「沖田さん……?」
月夜が振り返る。
沖田は静かに刀を構えている。
「月夜さん。」
「最後の一太刀を。」
「あなたに託します。」
「嫌です!」
「僕は……。」
沖田が微笑む。
「あなたに出会えて、本当に良かった。」
月夜の目から涙が落ちる。
「だから。」
「僕の命を、無駄にしないでください。」
沖田が走る。
「沖田ぁぁぁ!」
土方が叫ぶ。
沖田は九条へ一直線に向かう。
神速の剣。
一閃。
九条の魔剣が弾かれる。
二閃。
肩を斬る。
三閃。
胸元へ届く。
九条が初めて血を流した。
「人間ごときが……!」
九条の腕が沖田を貫こうとする。
だが。
月夜が沖田の前へ飛び込んだ。
「させない!」
始祖の血が完全に覚醒する。
黄金の光が玉座の間を包み込んだ。
九条が目を見開く。
「その力は……!」
月夜は刀を握りしめる。
「千年の約束を――」
「今、終わらせます!」
黄金の光と赤黒い闇が激突する。
血月城が、大きく揺れた。
千年続いた因縁の結末が――。
今、始まった。




