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血月の新選組――未来が見える俺、人を斬れないのに新選組最強と勘違いされる。吸血鬼の姫だけが俺の秘密を知っている。――  作者: 鷹司 怜


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【第三章 千年の約束】 第三十五話 鬼の誓い

 夜明け前。


 壬生屯所は、これまでにない静寂に包まれていた。


 昨夜の戦いで負傷した隊士たちのうめき声だけが、時折、障子の向こうから聞こえてくる。


 庭には折れた木刀。


 血の付いた羽織。


 砕けた提灯。


 新選組が初めて味わった"敗北に近い夜"だった。


 誰一人、口にはしない。


 だが全員が理解していた。


 九条羅刹は、まだ本気ではなかった。


 それでも沖田は倒れ、月夜は始祖の力を使い果たし、多くの隊士が傷ついた。


 もし王が本気で攻めてきたなら――。


 その先を想像できる者はいなかった。


 唯一人を除いて。


 土方歳三は、一人で道場にいた。


 朝日も差し込まない薄暗い板張りの床へ正座し、静かに刀を膝へ置く。


 その刀は、幾人もの敵を斬ってきた愛刀・和泉守兼定。


 柄に触れるたび、これまで斬ってきた者たちの顔が脳裏をよぎる。


「……俺は何人斬った。」


 答える者はいない。


 ただ静寂だけが続く。


 障子が静かに開いた。


「副長。」


 近藤勇だった。


 土方は振り返らない。


「眠れませんか。」


「お前もだろ。」


 近藤は苦笑した。


 二人は幼い頃から剣を学び、夢を語り、京まで来た。


 そして気付けば、新選組を率いる立場になっていた。


「総司は。」


「眠ってる。」


「そうか。」


 短い返事。


 その中に隠された不安を、二人は言葉にしなかった。


「歳。」


 近藤が静かに口を開く。


「覚えてるか。」


「試衛館で初めて総司に会った日のこと。」


 土方は小さく笑う。


「ああ。」


「ガキのくせに、とんでもねぇ剣だった。」


 近藤も笑った。


「でも人を斬るのが嫌いでな。」


「あいつは勝っても泣いてた。」


 土方は目を閉じる。


 まだ少年だった沖田。


 試合で相手を打ち負かすたび、


「痛かったですよね。」


と頭を下げていた。


 そんな優しい子が、


 今では"新選組最強"と恐れられている。


 皮肉なものだった。


「近藤さん。」


「何だ。」


「もし俺が。」


 土方はゆっくり立ち上がる。


「鬼になるしかねぇ時が来たら。」


 近藤はすぐ答えた。


「なるな。」


 土方が驚く。


「鬼になるな。」


「お前は歳三のままでいい。」


 土方は苦く笑った。


「無理ですよ。」


「俺は隊士を守るためなら、嫌われ役でも、化け物でも構わねぇ。」


「それがお前の悪い癖だ。」


 近藤は肩を叩く。


「全部一人で背負おうとする。」


 土方は何も言い返せなかった。


 一方、別室。


 沖田総司は静かに目を覚ました。


 月夜が、枕元で眠っている。


 涙の跡が頬に残っていた。


「……ごめんなさい。」


 沖田は小さく笑う。


 自分を心配して泣いてくれる人がいる。


 それだけで十分幸せだった。


 そっと布団から出ようとすると。


「起きたんですね。」


 月夜が目を覚ます。


「まだ寝ていてください!」


「そんなに怒らないでください。」


 沖田は苦笑した。


「少し歩きたいだけです。」


 月夜は首を横に振る。


「九条羅刹はあなたを狙っています。」


「だからこそです。」


 沖田は庭を見る。


「僕が隠れていたら。」


「誰かが代わりに傷付く。」


「そんなのは嫌なんです。」


 月夜は何も言えなかった。


 この人は本当に変わらない。


 命より先に、


 他人を心配する。


「沖田さん。」


「はい。」


「怖くないんですか。」


 少しだけ沈黙が流れる。


「怖いですよ。」


 沖田は素直に答えた。


「死ぬのは怖いです。」


「もっと生きたい。」


「桜も見たい。」


「みんなと笑いたい。」


 月夜の目から涙がこぼれる。


「だったら!」


 沖田は優しく微笑んだ。


「でも。」


「誰かを守れずに生き残る方が、もっと怖い。」


 その言葉は、


 月夜の胸に深く刻まれた。


 その頃。


 京の北、比叡山。


 血月城。


 巨大な玉座に九条羅刹は座っていた。


 足元には黒椿。


 そして残る十三将たち。


「王。」


「昨夜、新選組は想像以上でした。」


 黒椿が頭を下げる。


 九条は静かに笑う。


「だから面白い。」


「千年ぶりだ。」


「我が退屈を忘れさせる人間は。」


 そして立ち上がる。


「今夜。」


「終わらせる。」


 その一言だけで、


 城全体が震えた。


 十三将が一斉に跪く。


「御意。」


 その瞬間。


 壬生屯所の空に、


 一本の黒い光が走った。


 土方は空を見上げる。


「来たか。」


 近藤も刀を握る。


 月夜は沖田の前へ立った。


 そして静かに誓う。


「今度こそ。」


「私が、あなたを守ります。」


 その瞳には、もう迷いはなかった。


 黒い光が、京の空を貫いた。


 それは雷ではなかった。


 九条羅刹が放った妖気が、夜空そのものを裂いたのだ。


 京中の人々が一斉に空を見上げる。


 誰も理由は分からない。


 それでも胸騒ぎだけは消えなかった。


 壬生屯所では、近藤勇が隊士たちを見渡していた。


 傷を負った者もいる。


 包帯を巻いたまま立つ者もいる。


 それでも、一人としてその場を離れようとはしなかった。


「みんな。」


 近藤は静かに口を開く。


「ここまで、本当によく戦ってくれた。」


 隊士たちは黙って聞いている。


「これから向かう戦いは、勝てる保証なんてない。」


「もしかすると……。」


 近藤はそこで言葉を飲み込んだ。


 土方が前へ出る。


「副長。」


 近藤は小さく頷く。


 土方は隊士たちの前へ立つと、腰の和泉守兼定をゆっくり抜いた。


 鋭い刃が朝日に鈍く光る。


「新選組は、何のために京へ来た。」


 誰も答えない。


「名を上げるためか。」


「違う。」


「金のためか。」


「違う。」


「人を守るためだ。」


 その一言が、道場に響く。


「相手が浪士でも。」


「幕府でも。」


「吸血鬼でも変わらねぇ。」


 土方は刀を握る手に力を込めた。


「俺たちは、人を守る剣だ。」


 永倉が笑う。


「その通りだ、副長。」


 原田が槍を肩に担ぐ。


「今さら怖ぇなんて言えねぇな。」


 斎藤は静かに刀を納めた。


「最後まで付き合う。」


 その時。


 沖田総司がふらつきながら立ち上がった。


「総司!」


 近藤が駆け寄ろうとする。


 しかし沖田は笑って首を振った。


「大丈夫です。」


「まだ……立てます。」


 その顔は青白い。


 だが瞳だけは、池田屋の夜と変わらぬ光を宿していた。


「近藤先生。」


「もし僕が倒れても。」


「新選組をお願いします。」


「馬鹿を言うな。」


 近藤は沖田の肩を強く掴む。


「お前も一緒に帰る。」


 沖田は少しだけ寂しそうに笑った。


「そうですね。」


「帰りたいです。」


 その何気ない言葉が、誰の胸にも深く刺さった。


 月夜は沖田の横顔を見つめる。


(この人を死なせたくない。)


 その想いだけが、心を満たしていた。


 その時だった。


 屯所の門が、轟音とともに吹き飛んだ。


 爆風が庭を駆け抜ける。


 砂煙の向こうに、一人の男が立っていた。


 九条羅刹。


 その後ろには黒椿、そして残る血月十三将。


「待つのが退屈でな。」


 九条は静かに笑う。


「こちらから来てやった。」


 隊士たちが一斉に刀を抜く。


 空気が張り詰める。


 だが九条は動かない。


 ただ月夜だけを見つめていた。


「姫。」


「最後に問おう。」


「我が隣に立つか。」


「それとも。」


「人間と共に滅びるか。」


 月夜は一歩前へ出た。


 震えていた足は、もう止まらない。


「私は……。」


 振り返る。


 そこには近藤がいた。


 土方がいた。


 沖田がいた。


 永倉、原田、斎藤。


 笑い合い、支え合ってきた仲間がいた。


 月夜は静かに微笑んだ。


「私は新選組です。」


 その言葉に、近藤は目を見開き、土方は小さく笑った。


 沖田は嬉しそうに頷く。


 九条は静かに目を閉じる。


「そうか。」


「ならば。」


 ゆっくりと刀を抜く。


 千年の時を超えてきた魔剣が、月光を受けて妖しく輝いた。


「滅びよ。」


 その瞬間。


 土方が前へ出る。


 刀を構え、九条を真正面から見据えた。


「こいつは預かる。」


「近藤さん。」


「総司。」


「月夜を連れて行け。」


「歳!」


 近藤が叫ぶ。


 だが土方は振り返らない。


「副長命令だ。」


 月夜は息をのんだ。


「土方さん、一人では!」


「誰が一人だ。」


 その声とともに、永倉が土方の隣へ立つ。


「俺もいる。」


 原田が槍を構える。


「置いていくな。」


 斎藤が静かに刀を抜く。


「悪即斬。」


 近藤は苦笑した。


「本当に……お前たちは。」


 ゆっくりと刀を抜く。


「新選組、出陣!」


 隊士たちの雄叫びが京の夜を震わせた。


 月夜は涙をぬぐい、沖田を支える。


 沖田は小さく囁いた。


「月夜さん。」


「はい。」


「必ず、生きてください。」


 その言葉を胸に刻み、月夜は強く頷いた。


 その夜。


 鬼は誓った。


 仲間を守るためなら、鬼と呼ばれても構わない。


 姫は誓った。


 人として生き、人を守ると。


 そして新選組は、歴史に残らない最後の戦いへと歩み始めた。

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