【第三章 千年の約束】 第三十三話 始祖の血、覚醒
第三十三話 始祖の血、覚醒
京の町に、雨が降っていた。
池田屋の戦いから数日。
町は平穏を取り戻したかのように見えた。
だが、その静けさは嵐の前触れに過ぎなかった。
――散る命
壬生屯所。
まだ夜も明けきらぬ道場で、沖田総司は一人、木刀を振っていた。
「……九百九十八。」
「九百九十九。」
「千。」
最後の一太刀を振り下ろした瞬間だった。
激しい咳が込み上げる。
「……っ!」
木刀が床に落ちる。
口元を押さえた手のひらが、真っ赤に染まった。
「総司!」
駆け寄ったのは近藤勇だった。
沖田は慌てて笑顔を作る。
「少し疲れただけですよ。」
だが、その笑顔は長く続かなかった。
膝から崩れ落ちる。
「総司!」
近藤が抱き起こした時には、沖田の意識は遠のいていた。
――命を蝕む病
医師は静かに首を振った。
「肺を患っております。」
屯所に沈黙が落ちる。
土方は壁を殴った。
「治せねぇのか!」
医師は苦しそうに目を伏せる。
「今の医学では……。」
沖田は布団の上で苦笑した。
「そんな顔をしないでください。」
「人はいつか死にます。」
「俺は認めねぇ。」
土方の拳が震える。
「お前はまだ死なせねぇ。」
その言葉を聞き、月夜は静かに部屋を出た。
――始祖の血
月夜は一人、庭へ出る。
雨粒が髪を濡らす。
「どうすれば……。」
その時だった。
胸の奥が熱くなる。
ドクン。
鼓動が響く。
まるで誰かが呼んでいる。
『目覚めよ。』
声が聞こえた。
誰もいないはずなのに。
『我が娘。』
月夜は耳を塞ぐ。
「違う!」
『血を受け入れよ。』
『そうすれば、救える。』
雨が紅く見えた。
視界が揺れる。
瞳が黄金色へと変わる。
風が逆巻き、庭石が震え始めた。
――覚醒
「月夜!」
近藤たちが庭へ飛び出した。
そこに立っていたのは、いつもの月夜ではなかった。
銀色だった髪は雪のような白銀へ。
紅い瞳は黄金へ変わっている。
その背中から――
淡い血色の光が翼のように広がっていた。
「これが……。」
月夜自身も驚いていた。
身体の奥から力が溢れてくる。
傷が一瞬で癒える。
気配が京中へ広がる。
そして。
遥か離れた山中。
九条羅刹が立ち上がった。
「始まった。」
黒椿も笑う。
「始祖が目覚めました。」
九条は静かに目を閉じる。
「千年待った。」
「ついに王が還る。」
――暴走
だが、その力は制御できなかった。
月夜の視界が赤く染まる。
鼓動が聞こえる。
人間たちの。
血の音。
「嫌……。」
喉が渇く。
理性が消えていく。
「来ないで!」
近藤たちは動けなかった。
圧倒的な威圧感。
誰も近寄れない。
月夜は涙を流しながら叫ぶ。
「お願い……。」
「私は人を傷つけたくない!」
その瞬間だった。
「月夜さん。」
優しい声。
沖田総司だった。
病を押して、庭へ出てきたのである。
「沖田さん!」
彼はふらつきながらも笑っていた。
「約束しましたよね。」
「あなたは一人じゃない。」
月夜の瞳が揺れる。
「でも……!」
「私は化け物になります!」
沖田はゆっくり刀を捨てた。
そして。
無防備のまま月夜へ歩み寄る。
「もし暴走するなら。」
「僕が止めます。」
「だから。」
「信じてください。」
――一滴の血
月夜は震えていた。
理性が限界を迎える。
その時。
沖田は自ら小刀で指先を切った。
一滴。
血が流れる。
甘い香り。
月夜の瞳が揺れる。
「駄目です!」
叫ぶ。
だが沖田は微笑む。
「少しだけ。」
「これで救えるなら。」
月夜は涙を流しながら、その一滴だけを受け入れた。
それだけだった。
それだけで。
暴走していた力が静かに収まっていく。
黄金の瞳が、再び深紅へ戻る。
光の翼も消えた。
月夜はその場に崩れ落ちる。
「ごめんなさい……。」
沖田は優しく頭を撫でた。
「謝る必要なんてありません。」
「あなたは勝ったんです。」
「自分自身に。」
――王の宣戦布告
その夜。
京の空を覆う黒い霧。
その中心に立つ九条羅刹。
彼はゆっくりと刀を抜く。
「聞け。」
その声は、十三将全員に届く。
「始祖の血は完全に目覚めた。」
「もはや猶予はない。」
彼は静かに笑う。
「新選組ごと滅ぼせ。」
十二人の将が一斉に跪く。
「御意。」
九条は夜空を見上げる。
満月は、血のように赤く染まり始めていた。
「京を血で満たせ。」
その一言で、戦争は始まった。




