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血月の新選組――未来が見える俺、人を斬れないのに新選組最強と勘違いされる。吸血鬼の姫だけが俺の秘密を知っている。――  作者: 鷹司 怜


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【第三章 千年の約束】 第二十九話 千年の約束

 六月五日――夜。


 京の町は静まり返っていた。


 昼間の喧騒が嘘のように消え、軒先に吊るされた提灯だけが淡い灯を落としている。


 その闇の中を、新選組は音もなく進んでいた。


 浅葱色の羽織は夜に溶け込み、草鞋が石畳を踏む音だけが静かに響く。


 先頭を歩くのは近藤勇。


 その一歩後ろに土方歳三。


 沖田総司、永倉新八、斎藤一、原田左之助、藤堂平助。


 そして最後尾近くを、神代朔夜が歩いていた。


 腰には《明星》。


 胸元には、宗真から託された手紙。


 右目の神速眼は、今夜に限って不気味なほど静かだった。


(未来が……見えない。)


 これまで危機が迫るたび、神速眼は未来を映してきた。


 だが今は違う。


 まるで何かが、その力を遮っているかのようだった。


「神代さん。」


 隣を歩く沖田が小さく声を掛ける。


「緊張していますか。」


「はい。」


 朔夜は苦笑した。


「こんなに未来が見えないのは初めてです。」


 沖田は穏やかに笑う。


「なら、今日は私たちと同じですね。」


 その言葉に、朔夜の肩の力が少しだけ抜けた。


「未来が見えないなら、目の前を信じるしかありません。」


「ええ。」


「それが剣です。」


 沖田は静かに前を向いた。


 その背中には、迷いがなかった。


 同じ頃――。


 京の外れ、鞍馬山。


 玄斎は一人、記憶石の前に座っていた。


 淡く青白い光を放つ石に、ゆっくりと手を添える。


「宗真……。」


 その名を呼ぶと、記憶石が静かに輝き始めた。


 光が溢れ、千年前の光景が映し出される。


 ――平安の都。


 燃え上がる炎。


 崩れ落ちる社。


 人々の悲鳴。


 妖と人間が入り乱れる戦場で、一人の青年が刀を構えていた。


 神代宗真。


 その隣には、まだ幼さの残る夜羽が立っている。


「宗真様!」


「下がれ!」


 宗真は迫る妖を一刀で斬り伏せる。


 だが、その数はあまりにも多い。


 空は真紅の月。


 虚無が世界を侵食していた。


 その時、一人の男が宗真の前へ歩み出る。


 漆黒の羽織。


 銀色の長髪。


 鋭い紅い瞳。


 血月王だった。


「……間に合ったか。」


 宗真は驚きながら刀を下ろす。


「来てくれたのか。」


「約束しただろう。」


 血月王は静かに笑った。


「人も吸血鬼も滅ぼさせはしない、と。」


 二人は背中合わせに立つ。


 種族は違う。


 歩んできた道も違う。


 それでも互いを信じていた。


「宗真。」


 血月王が低く言う。


「お前の未来視でも、勝てぬのか。」


 宗真は苦く笑った。


「何百回見ても同じ結末だ。」


「俺は死ぬ。」


 夜羽が息を呑む。


「嫌です!」


「そんな未来、変えられます!」


 宗真は優しく夜羽の頭を撫でた。


「だから未来から希望を呼ぶ。」


「未来……?」


「千年後に、俺より強い神速眼の継承者が現れる。」


 宗真は夜空を見上げる。


「その者なら、この運命を変えられる。」


 朔夜は歩きながら、不意に胸の鼓動が速くなるのを感じた。


 胸元の手紙が、かすかに熱を帯びている。


「これは……。」


 同じ瞬間。


 遠く離れた記憶石が、ひときわ強く輝いた。


 宗真の声が、時を超えて響く。


『朔夜――。』


 その声は、確かに朔夜へ届いていた。


 足が止まる。


「神代さん?」


 沖田が振り返る。


 朔夜はゆっくり顔を上げた。


「今……宗真さんの声が。」


 夜風が吹き抜ける。


 宗真の想いは、千年という時を越え、確かに未来へ受け継がれていた。


 そして、その想いこそが――。


 これから始まる池田屋の戦いで、朔夜の運命を大きく変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。


 宗真の声が、千年という時を越えて朔夜の胸へ響いていた。


『未来は変えられる。だが、一人では変えられない。』


 その言葉と同時に、朔夜の視界が白い光に包まれる。


 神速眼が、自ら記憶を映し出していた。


 ――千年前。


 燃え落ちる社の前で、宗真と血月王は肩を並べて立っていた。


 足元には幾重もの屍。


 人間も、吸血鬼も、区別なく倒れている。


 宗真は折れかけた刀を杖代わりに立ち上がった。


「……もう時間がない。」


 血月王は黙って頷く。


 彼にも分かっていた。


 この戦いに勝者はいない。


 虚無を封じても、多くの命が失われる。


「夜羽。」


 宗真は少女へ振り返る。


「ここへ。」


 夜羽は涙を浮かべたまま歩み寄る。


「嫌です……。」


「そんな顔をしないでください。」


「私は最後まで一緒に――」


「聞いてくれ。」


 宗真は穏やかに微笑んだ。


「未来には、必ず希望が生まれる。」


「その希望を守れるのは君だけだ。」


 夜羽は首を横に振る。


「私には……できません。」


「できます。」


 宗真は迷いなく答えた。


「君は誰よりも、人を信じられる。」


 その一言に、夜羽は声を失う。


 宗真は懐から一枚の護符を取り出した。


 護符には古い文字で、静かに一文が刻まれていた。


 ――約を違えし時、月は再び満ちる。


「これを。」


 夜羽は震える手で受け取る。


「契約ですか。」


「ああ。」


「未来の神速眼を守る契約だ。」


「君が、その命を懸けて。」


 夜羽は護符を胸に抱き締めた。


 そして、涙を拭う。


「……約束します。」


「必ず守ります。」


「千年経っても。」


「この命が尽きる、その時まで。」


 宗真は安心したように目を閉じた。


「ありがとう。」


 血月王は静かに宗真の前へ歩み出る。


「次は俺の番だ。」


 宗真は苦笑した。


「お前まで無茶をするな。」


「友を置いて逃げるほど、私は臆病ではない。」


 そう言って血月王は右手を差し出す。


「宗真。」


「千年後まで、この約束は私が守る。」


 宗真はその手を強く握り返した。


「頼んだ。」


「未来を。」


 二人の手が固く結ばれる。


 その瞬間、赤い月が静かに雲へ隠れた。


 光景は消え、朔夜は現実へ戻る。


 目の前には、夜の京。


 新選組の隊列は、なお池田屋へ向かって進んでいる。


 胸元の手紙は、もう熱を帯びていなかった。


 代わりに、心の奥へ温かなものが残っていた。


「宗真さん……。」


 あの人は、自分に戦えと言ったのではない。


 誰かを守れと言ったのだ。


 それが神速眼に選ばれた理由だった。


 隣を歩く沖田が、朔夜の表情を見て小さく笑う。


「迷いが消えましたね。」


「分かりますか。」


「ええ。」


「さっきまでの神代さんは、未来を恐れていました。」


「今は違います。」


 朔夜は静かに頷いた。


「未来は決まっていない。」


「俺が選ぶものなんですね。」


 沖田は満足そうに笑った。


「その顔なら大丈夫です。」


 同じ頃――。


 池田屋の二階。


 闇の中で、一人の男が障子越しに町を見下ろいていた。


 虚無。


 その口元に、不気味な笑みが浮かぶ。


「来るか。」


「神速眼。」


 黒い霧が部屋いっぱいに広がる。


「千年前は宗真。」


「今度は、お前だ。」


 その瞳には、終わりのない憎悪だけが宿っていた。


 やがて、新選組の足が止まる。


 近藤が静かに右手を上げた。


 全員が足を止める。


 目の前には、一軒の旅籠。


 池田屋。


 提灯の灯だけが、静かに揺れている。


 土方が低く告げた。


「ここから先は、一歩も退くな。」


「誠の旗に恥じるな。」


 隊士たちが力強く頷く。


 朔夜は《明星》の柄へ手を添えた。


 夜羽は誰にも見えない場所から、その背中を見つめている。


 宗真から託された約束。


 血月王が守り続けた千年。


 夜羽が流した千年分の涙。


 そのすべてが、今この夜へ繋がっていた。


 朔夜は静かに息を吸う。


 そして、一歩前へ踏み出した。


 ――運命は、ここから変える。


 近藤の号令が夜空へ響く。


「新選組、突入!」


 池田屋の扉が勢いよく開かれた。


 歴史を変える戦いの幕が、静かに、そして激しく上がる。

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